55.決着
催眠を自らに掛け人間の力を超越したラデニア。その力と互角に戦う姿を想像し、並び立つゼナ。
二人の戦いは激化していく。その最中、足止めのために一人残ったリーズは次々と現れる雑兵を捌いていた。
「あがッ……!?」
鋭いアッパーが顎に入り男は地に伏せた。
「これでラスト……よね……」
リーズはその場に座り込む。流石の彼女も数十人を連続で相手取るのは過酷であった。部屋の隅に並べられた気絶した兵士たちがその過酷さを物語っている。
「今すぐにでも横たわりたい……けど、そんな甘い事言ってられる状況じゃなさそうね……」
リーズは扉の先から感じる戦いの熱を感じ取っていた。この熱を無視することなど到底できない。
リーズは一呼吸入れて立ち上がり、先への扉に手を掛けた。その瞬間――。
「――ッ!?」
空を切り裂く何かを感じ取った。リーズは真横に飛び込み柱に身を隠す。先程まで自分の頭があったであろう場所に矢が突き刺さっていた。
柱から覗き込む。吹き抜けの二階にボウガンを携えた女がいた。女はすかさずボウガンに次弾を装填して構えた。
まだいたのね……しかもただの雑兵ではないみたい。
リーズが疲れているとはいえ、矢が穿たれるまなで気が付かなかった。隠密に行動する狙撃手といったところか。しかしながらリーズは悲観していなかった。
頭を狙ったということは一発で仕留めたかったという証拠だ。つまり、正面切っての戦闘を不利と考えている。それもそうだ。見たところあのボウガンは単発式。一発撃てば次弾に装填が必ず必要になる。すなわち、隙が生じる。
倒せる! 相手は一人だ。一発撃たせて、装填の隙に攻撃すればなんて事はない。そうと決まれば隙の時間を把握する必要がある。
リーズは柱から飛び出した。矢が放たれる。
横目で矢の軌道を確認、今度は脚部を狙ってきた。
リーズは右足を左足にわざと掛け、すっ転んだ。そのままの勢いで柱に移動した。あのまま走り抜けていたら機動力を失っていたところだ。
……狙いをつけるのに約二秒。発射するのに約一秒。装填に三秒。つまり三秒間で攻撃を避け、三秒間で攻撃をする。
「我ながら無茶な作戦だこと……」
リーズは呆れたため息を吐く。しかしそれと同時に心は滾っていた。越えるべき障壁に。
「…………ッ!」
覚悟を決め、飛び出した!
すぐに矢が放たれる。今度は心臓目掛けた軌道。これを避けてはならない。よければ攻撃への移行が困難になる。即ち、死だ。
リーズは瞬時にそう判断して回避の選択肢を放棄した。こちらに向かってくる矢を手で弾く。
ガントレットを選んだ自分を褒めた讃えたいところだ。
リーズの行動に女は驚き、目を見開いた。動きがほんの一秒遅れる。
しめたっ! この隙は大きなアドバンテージになる。
リーズは大きく踏み込み、二階まで跳躍しようとしたその時――!
正面の扉がぶち破られ、長い得物を携えた男が現れた。
新手の登場にリーズは跳び出すタイミングを逃した。そこに装填を終えたボウガンの一閃。
なんとか避ける。だが男の獲物、鋼鉄の棍による一撃は躱せなかった。
鋭い突きが腹部に入り、派手に吹っ飛んだ。
「くっ……まだ隠し玉がいたとはね……」
リーズは痛みを誤魔化すように笑った。
「……こい。まだ倒れたほどじゃないだろう」
男が抑揚のない声で挑発する。
「…………」
リーズはすぐに返事をしなかった。この状況はかなりまずい。あの男は手練れだ。まともにやり合って簡単に勝てる相手じゃない。さらに背後に狙撃者もいるとなれば尚更だ。どうする……何か策を……。
「こないのか。ならばこちらからいくぞ」
男が動いた。隙間のない連撃を振り回し襲いかかる。
「ッ……!?」
リーズはなんとか捌くことで精一杯だ。
「……つまらん」
男はそう言うと背後へ飛び退いた。
「……このっ!」
ムキになってリーズは男を追う。そこに矢がはなたれる。
「くっ…………」
左肩に掠めた。血が滲む。
「本気を出せ。さもなくば惨くの死を味わうことになる」
「…………本気、ね……」
リーズはこれまでの戦いの中で魔法を使ってこなかった。それは相手が催眠に掛かった人間だからだ。いくら強く、いくらこちらに敵意を向けようとも炎で燃やすわけにはいかなかった。
けど、この状況でそうも言ってられない。覚悟を……いや、あるはずだ。魔法を使っても彼らの意識だけを失わせる方法が。
「……後悔しないでよね。私が本気を出せばあんた達なんて一瞬なんだから」
リーズは右手に炎を構えて、一気に男に詰め寄った。
男は反射的に防御姿勢をとる。しかしリーズの狙いは男ではなかった。男の目の前の床だ。それを殴りつけて激しい爆発を起こす。
男の視界を奪うと同時にリーズは爆発の勢いで跳び上り、天井スレスレの位置に滞空した。ボウガンの女と目が合う。
「当ててみなさいよ」
挑発の言葉とともに人差し指で煽り入れる。
女は言わずもがなリーズに狙いをすまして矢を放つ。宙に浮いた格好の的を外すわけもなく、リーズの眉間目掛けて飛んでいく。
「――はっ!」
リーズは突き進む矢をなんと、つかみとった。そしてそれをペン回しの要領で回転させた後、投げた。
目標は今し方次弾を装填中のボウガン。
命中! 矢が突き刺さり、女はボウガンを落とす。
リーズは落ち続ける空中で蹴りの姿勢をとり、左手で背後に向けた爆発を起こす。推進力が生まれ、リーズの体は女へと向かっていく。
「――くらえッ!!」
勢いのある蹴りが女の腹部へと沈む。一気に白目を向き、ボウガン使いは撃沈した。
リーズの攻撃はまだ終わらない。蹴りの反動を活かして空中に翻り、姿勢を変える。今度はパンチだ。標的は煙でむせている男。隙だらけの背後に重力を伴った一撃が入る。
「ぐうぁ……!?」
何もできないまま男は地に伏せた。
「申し訳……ありま……ラデニ……ア……さ」
男は悔恨の顔で意識を失った。
「…………つ、疲れた」
リーズはその場に大の字になった。流石の連戦に疲労困憊だ。今すぐにでもゼナ達に合流しなければならないのに体が地面に根を張る。
「二人とも……無事でいてよね……」
ぶつかり合う魔力を感じながらリーズの意識は混濁していった。
「はあ…….はあ……こんな屈辱があってはなりません……たかが人間ごときに!」
ラデニアが目にも止まらぬ剣撃を浴びせる。ゼナはそれを全て捌くイメージを浮かべ、攻撃を無に帰す。
「ラデニア、お前がいくら強くなろうと僕らは追いつき凌駕する。……最後のチャンスだ。大人しく負けを認めろ。でなければお前はたかが人間に無様な最期を任せることになる」
ゼナの宣告にラデニアは高らかに笑った。
「わたくしの生殺与奪の権利を握ったつもりですか!? 驕りもいいところですねぇッ!」
ラデニアは瞬時にゼナの懐に入り、剣を上へとその手から弾いた。
「無駄だッ!」
ゼナは弾かれ宙に舞った剣に手をかざし、真下へと下ろした。すると剣は呼応するようにゼナの手と同じ動きをする。
「なっ……!?」
ラデニアは顔を逸らす。そのスレスレに剣が通り過ぎ床に突き刺さる。
「想像力にはこんな使い方もあるみたいだ」
「…………」
ラデニアは無言のままゼナから大きく距離をとり、また天井を見上げた。
「……その体躯は瞬雷が如く」
素早く呟くとラデニアの体に稲妻が纏われた。
「……このわたくしを捉えられますか!?」
ラデニアが一歩踏み出すと彼女の体は完全な雷光と化した。目に捉えることのできない一閃がゼナの肩を掠める。
「なんて速さだ……」
雷撃による傷がビリビリと痛む。
「あなたの想像とやらで追いついてご覧なさい、ほら、ほらっ! アハハハハッ!」
ラデニアが愉快に笑う。彼女は確信しているのだろう。ゼナの力が及ばないことに。彼女の力を想像し、ものにするのは不可能ではない。しかし、時間が足りないのだ。頭を働かせている間にあの一閃をくらえばそれで終わりだ。
「くそっ……手が詰まったか……」
「ゼナ、難しく考えるな。無理に奴に付き合う必要はない」
「じゃあどうしろって言うんだ、メイ」
「思い出せ、お前を苦しめたあの硬さを」
「僕を苦しめた? ……そうか、あの力か!」
ゼナは思い出し、確信した。彼の力をものにできれば……勝利の天秤がこちらに傾く。
「作戦会議は終わりましたかぁ? ではトドメと行きましょう。今度は心臓を貫きます」
「最初から狙っていればもう決着はついていたんじゃないのか?」
「ふふふ、それではつまらないではありませんか。あなた方の戦略を潰した上でわたくしは勝利したいのです」
「その油断は命取りだよ……ラデニア」
「遺言はそれだけですか?」
「ああ、これだけだ。もっとも遺言にはならないけどね!」
「では……試しましょうかッ!」
ラデニアは再び雷光と化して、進んでくる。一直線だ。今度は確実に殺しにくるだろう。
大丈夫だ、やれる。僕なら、僕と君ならできる。
「これでお終い……な……何故!?」
ラデニアは驚愕する。確かに彼女の剣はゼナの胸に当たっている。しかしそれだけだ。それ以上刃が進まないのだ。まるで鋼を相手しているかのように。
「ディユスには感謝しないとね」
ゼナは拳を固めて自分に突き立てられた剣を叩きつける。剣は音を立てて砕けた。
「なんなんですか、その力は……硬さは……」
「僕が武闘大会で闘った鋼の男の魔法さ。彼の魔法を想像できればお前の攻撃を防ぐことができると。結果はこの通りだ」
「…………ッ!」
ラデニアは砕けた剣で切りつけてきた。しかし、今のゼナには微塵もかゆくない。
「もう終わりだッ!」
渾身の蹴りを放つ。ラデニアは無様に転がった。
「まだ……終わってなど……ゔッ!? アアあああぁぁあ!?」
途端にラデニアは胸を抑えて苦しみ始めた。
「なんだ!?」
「自己催眠の反動だな。あれは単に力を付与するのではなく、思い込みによる力の生成だ。人間の体には相当の負担がかかる。怒りが先行したあいつにはそのデメリットを考える暇がなかったのだろう」
「何にせよチャンスだ! 今のうち……に……!?」
意気揚々とラデニアに近づこうとした時、ゼナは頭を抑えた。
がくりと膝をつく。
頭が酷く冷たく、痛い。眩暈で視界が湾曲している。
「私の想像魔法も似たようなものだ。力を想像し、その身に振りかける。当然お前には相当な負担だ」
「そう言うのは……先に教えて……よ」
「先に言ったらお前は全力で挑まないだろうが。安心しろすぐに治る。それよりも準備しろ。奴にトドメを刺す準備をな」
ゼナは苦しみながら頷き、背中の剣を抜いた。刀身が折れた直剣。そこにあったかつての姿を思い出す。光が集まり折れた剣は微かに発光する想像の剣と化した。
この剣はメイの魔力を浴びている。これでラデニアを貫けばその魔力伝導の力で彼女の魔力を奪える。無論命も。
二人はふらつきながら同時に立ち上がった。
「わたくしを殺す気ですか?」
「……今更な質問だな」
「この体は人間なのですよ。その剣で貫けばあなたは立派な人殺しです!」
賤しい笑みをラデニアは浮かべる。
「耳を傾けるな、ゼナ。もう数十年経っているんだ。人間のラデニアはとっくに死んでいる」
「それでもゼナさんが刺し貫くのは紛れもなく人なのです。あなたにその覚悟が本当にあるんでしょうか?」
「……当然だ」
「……何故そう言い切れる」
ラデニア全くわからないという声色で聞く。
「簡単だよ。わからないのか? 人の心を持たないお前は人じゃない。人の形をしただけの化け物だ。躊躇など覚える筈もない」
これまで見てきた街の惨状がゼナの容赦と甘さを消したのだ。
ゼナはそれ以上語らず、低く構えて距離を詰める姿勢をとった。
「……言ってくれますねぇッ!」
ラデニアは素早く懐からダガーを取り出して斬りかかろうとした。しかしそれは叶わない。
ゼナが稲妻のように彼女の懐に移動したからだ。
「――待っ」
ラデニアの懇願の声をあげる。だが、慈悲を殺し、覚悟を纏った少年にはその声は決して届かず――彼女の心臓は刺し貫かれた。




