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ゼロの旅路  作者: イフ
53/134

53.間違っている

「………………」

 瞼を開くと僕は不思議な場所にいた。まるで白昼夢の中のような霧濃い空間に一人佇んでいた。


「……ねぇ、ここはどこだろう?」

 僕は真横に話しかけた。しかし返事は返ってこない。それは当然だ。ここには自分一人しかいないのだから。にも関わらず誰かいると、いたはずだと思った。


 気のせいか……そう納得した瞬間、霧が晴れた。照りつける煌びやかな太陽と蒼天の空。生い茂る草木と花。吹き付ける穏やかな風。


 まるで紙芝居のように場面が移り変わりその様に感嘆が漏れる。


「あれ、ここは……」

 その時僕は初めて気がついた。自分が立っている場所がすごく見覚えのある事に。

 それを裏付けるように視界の端に看板が映った。


『パシーク村』


 そうだ。ここは僕の住んでいる村じゃないか。何を呆けていたのか。

 途端に馬鹿らしくなり忘れさろうと村の中へ駆け出した。



「おーい、ゼナ! どこいってたんだよ!?」

 村に入ると遠くから駆け寄る人物が目に入る。


「フィート……?」

 そう、その人物は僕の幼馴染で親友のフィートだ。彼は息を切らしながら顔を見せた。


「探したぜ、ゼナ。まったく手間かけさせるなよなっ!」

 フィートは僕を軽く小突いて大いに笑った。


「フィート……久しぶり……」

「ん? 何言ってんだ、ゼナ。昨日もあったじゃねーか」

「え……ああ、そうだよね」


 何故そんなことを言ったのかわからなかった。ただ久しぶりの再会を果たした気がしてならなかったのだ。


「その歳でボケちまったのか?」

 フィートはさらに笑い飛ばす。


「なんだかフィートに会う事もこの村を見る事もすごく懐かしく感じたんだ」

「気のせいだって! 気にすんなよ」

 親友は笑う。けど、その目は笑わずどこか虚だった。


「そんなことよりみんな待ってるぜ!」

「待ってるって……僕を?」

「おいおい忘れちまったのか!? この村の一大儀式だろうが」

 フィートは呆れた仕草を見せた。


「…………儀式」

 そんなものがあっただろうか。よく思い出せない……どちらかと言えばあったような気がする。


 僕はフィートに手を引かれて村の中を駆けた。その道中、村人たちが笑顔で僕を見送る。なんだか心が暖かくなった。

 儀式というのが何かは思い出せないがきっと大事なことなんだ。そして僕はそれに選ばれた。しっかりと責任を果たさねばならない。

 自然と顔が引き締まった。


「おや、ゼナ。気合いは十分のようだね」

 優しく声が前方から聞こえた。


「村長、連れてきたぜ」

「ご苦労だったな、フィート。助かったよ」

 村長は僕とフィートに笑顔を向けた。


 村長がこんな笑顔を浮かべるなんて……僕は咄嗟にそう思った。

 何故そんな感想を抱いたのか……どうにも彼の純粋な笑顔を初めて見た気がしてならなかったのだ。


「どうしたんだいゼナ? ボーっとしてないで行こうじゃないか。みんなが待っている」

 村長はさらに微笑む。これ以上口角を釣り上げると彼の皮膚が避けてしまうのではないかと思うほどに。


「はい! 村長さん」

 僕はやる気のある返事をした。もう頭の中の疑問は塵と化していた。


 村の中心地はお祭り騒ぎだった。皆が着飾り思い思いの踊りを疲労している。


「ゼナ! やっと来たのね」

 母さんが眉を吊り上げながらも笑顔で声をかけてきた。


「ごめん、母さん」

「今日は大事な儀式なんだから。はい、しっかりやるのよ」

 母さんはそう言って一本の剣を僕に差し出してきた。


 僕はそれを掴み取り、お祭り騒ぎの中心へと歩み出す。


「お、ゼナ! ついに来たか!」

「待ってたわよ!」

「いよいよだな!」

 僕が登場すると歓声が沸き立つ。悪くない気分だった。しかし、そんな気分を一瞬にして消し飛ばす光景が目の前にあった。


 磔。そこにあるのは罪人を縛りつけ、刃で命を奪い、最後には炎で炙るあの磔だ。そしてその罪人に選ばれた人物を見て僕は全身が震えた。


「……マ……リア……?」

 磔刑に処されていたのは僕の幼馴染の一人、マリアだった。


「どういうことだ……これが儀式……?」

 こんなもの僕の村にはない、ない筈だ!


「何、狼狽えてるんだゼナ?」

 フィートが不思議そうな声で僕の肩に手を乗せる。


「この村では毎年生贄を捧げて豊作を祈っているじゃないか」

 村長ももう片方の肩に手を乗せる。


「今回はマリアちゃんが生贄であなたが執行人。幼馴染同士なんてなんだか運命ね!」

 母さんはさもめでたい事のように笑う。


 おかしい、間違っている。こんなこと僕の生まれ育った故郷にあるわけがない。そう心が叫んでいるのに……体は磔へと歩んでいく。


 止まれ止まれ止まれ止まれッ――!


 いくら叫んだところで体は歩みを止めやしない。

 ついには彼女の目の前まで来てしまった。


「マリア……」

 磔にされた彼女を見上げる。手足は釘で固定され、そこから真っ赤な血を滴らせている。蒼白の顔には涙の跡がくっきりと残っていた。まだ息はあるようで、微かに胸が上下している。


「さあ、やれ!」

「刺せ! 刺せ!」

「パシークの豊作を願って!」

 フィートも村長も母さんも群衆も、誰もがマリアの命を奪う事を期待している。


 僕の腕は一人でに持ち上がり刃の鋒が彼女の心臓部へと運ばれた。群衆が期待の声をあげる。後は僕が押し込むだけで幼馴染の処刑が完成する。


「ゼナ……や……めて……」

 マリアはか細い声で訴える。しかし僕の体はそれを肯定しない。剣を持つ手が強くなった。


 どうすればいい!? どうすれば彼女を助けられる!?


 僕は絶望に染まるマリアの顔を見ながら心の内で喚いた。その時だ。

 僕は違和感を感じた。それは彼女の表情だ。この状況ならマリアの表情はなんら不思議なことではない。でも違和感を感じざるを得ない。


 頭が痛む。

 ああ、そうか。わかったぞ違和感の正体が……。


 もし君ならそんな顔はしない。不敵に笑って僕を煽り焚き付ける筈だ。


 そうだろ? メイ。


 頭の痛みが加速し、やがてすっきりと晴れた。気がつけば腕の支配権が戻っている。


 

 ゼナは鋒をマリアから離し、剣を逆手に持ってあろうことか自分の心臓に突き刺した。群衆は困惑の悲鳴をあげる。


「君がいるとしたらここだ! 僕の居候だから……ね」

 不思議と痛みはない。刃が突っかかる事なく体に侵入する。


「……掴めたッ!!」

 確かな感触を覚え、剣を引き抜く。

 ただの刃に白い光が纏わった。


「……マリア、すまない」

 絶望に喘ぐ彼女に謝罪し、ゼナはその剣を突き立てた。


「――――ッ!?」

 マリアが声にならない声をあげ、そこを中心に光に包まれた。



「……居候で悪かったな」


 光が消え去るとそこには予想通り不敵に笑う顔があった。


「……メイ!」

「お前にしては早かったな。おかげでラデニアの幻想世界に顕現できた」

 メイはそう言いながら釘で固定された手首を力任せに引きちぎった。手首が完全に取れる。しかし、腕を振ると直ぐに元通りになった。


「来てそうそうショッキングなことを……」

「自らの心臓を突き刺した奴が言える台詞ではないな」

 メイは軽口で返し、ゼナは笑う。


「こんな無駄話しをしている場合ではないぞ。ここから脱出する。ラデニアはこの状況を把握しているだろう。そうなれば……見ろ」

 メイが指差すと群衆が武器を携えジリジリとこちらに迫って来ている。


「まずいね、これは……」

「これはまだ序の口だ。あいつが魔法のプライドを捨てた時が一番危険だ。忘れるな。外のお前は今無防備、危害を加えられたな抵抗一つ出来ずに死ぬぞ」

「早く脱出しないと……でもどうやって!?」

「お前を入り口にこの世界に入れた。なら出口は私だ」

 そう話している間にも二人は囲まれつつある。


「ちッ! 動きながら話す。ついてこい!」

 メイは磔の壇上から飛び降りた。ゼナも続く。

 武装した群衆はこちらの命を貪ろうとする亡者の如く襲いかかってきた。


「走れ走れ!」

「メイ! いったいどこへ…………この森はまさか!?」

 網膜に過ぎ去る景色に見覚えがあった。


「この世界に出口を作るなら私と深い関わりがある場所が必要だ」

「そうか! パシークを丸々再現しているとしたら……」

「ああ、あの洞窟もある。場所は覚えているよな?」

 メイに問われて自信有り気に頷く。


 忘れる筈もない。

 僕と君が出会い、全てが始まったあの場所を。



 亡者から逃げ延びながら二人は件の洞窟へと辿り着いた。まさか幻影の中とはいえ、再訪れることになろうとは思わなかった。


「あそこだ!」

 メイが封印されていた箱があった場所に次元の切れ目のようなものがある。メイは僕の手を引っ張りその中へと飛び込んだ。



 景色がぐるぐると回転し色が消えていく。そんな光景がしばらく続き、やがては晴れた。


 幻想の夢から目覚めた。視界には赤い部屋が映る。そして視界の中心にはドレスを纏った女性が……怒りの形相でナイフを突き出してきた!


「…………くっ!?」

 ゼナは咄嗟に腰の剣を抜刀して弾く。ナイフは宙に舞って飛ばされた。



「あ、危なかった……」

 一難去ってまた一難の状況に冷や汗が出る。

 ゼナは一歩下がりラデニアと距離をとった。


「何故、わたくしの魔法を……こんな事はあり得ない!!」

 ラデニアは半狂乱に頭を抱える。


「ふはははっ! 残念だったなラデニアさんよぉ。お前の魔法は全くの無意味に終わったみたいだ」

 メイの挑発にラデニアの表情がこの部屋同様に赤くなる。それと同時に彼女の目が妖しい光を帯びた。


 メイがゼナとラデニアの間に割って入り、手をかざす。


「無駄だ。お前の催眠は見切った。もう通用しない!」


「…………あはは……アハハハハッ! まさかわたくしの魔法が敗れるとは思いもしませんでしたよ。実に見事です」

 先程の屈辱の表情から打って変わってラデニアは余裕の笑みで賞賛を送った。まるでまだ奥の手があるように……。


 厭な空気が流れる。

 その答え合わせだ、と言わんばかりにラデニアは指を鳴らした。

 

 視界の端に剣を振りかぶった人影が映る。ゼナは振り向き剣を斜めに構えて応戦の姿勢で相手を見た。


「……そんな……嘘だ」

 相手を認識した瞬間、ゼナの表情が絶望に塗り潰された。


「……ダミアさん……!?」

 刃を振り下ろしたのはこの街で出会い、最初に助けたはずの人物、ダミアであった。



「素晴らしいですよゼナさん。信じられないって顔、実に唆ります」

「どうしてダミアさんが!?」

「あなたがお仲間と戦っている間に彼の元に足を運んで再びわたくしの催眠に掛けたのです」

 ラデニアは満面の笑みを浮かべた。


「ああ、でもご安心下さい。彼の意識は彼のままです。ただ体だけが言う事を聞かないだけですから」

 ラデニアの言う通りであった。ダミアの表情は彼のものだ。自由の効かない体に振り回され、目に涙を浮かべている。


「やめてくれ……こんな事したくない! 命の恩人にこんな事……」

 言葉で抵抗しようとも力は強まるばかりだ。ダミアは悔しさと恐怖に涙を流した。


「……ラデニアっ!!」

「わたくしが憎いですか? なら早くその男を斬り捨ててかかってくるといいでしょう。そんな事ができるなら、ね?」

 ラデニアの笑みは止まらない。


「メイ! 催眠を解いてくれ、できるだろ!?」

「……無理だ。術式が複雑すぎる。短時間ではとても……」

 メイは悔しさに顔を歪まる。ゼナは絶望と戸惑いに押し潰されて剣を構える力が弱々しくなっていた。

 そこをダミアが力を入れて斬り払う。ゼナの手の甲に鮮血が迸り、床を転がる。


「くそっ! 一体僕はどうすれば……」

 絶望して地面を殴りつける。そこにすかさずダミアの追撃の一刀が振り下ろされた。剣を横に構え、間一髪で防御を果たす。



「あはははっ! さあ、ゼナさん。第二回戦と参りましょうか?」

 ラデニアの愉悦に満ちた笑い声が鳴り響いた。

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