52.幸福な夢を
リーズが身を挺して活路を開いてくれたおかげでゼナは先へと進めた。道を阻む者は誰一人現れない。故にリーズの安否が気になった。しかし、そんな心配はおそらく彼女には不要だろう。信じて託し託されたのだから考えるより動かなければ。
「奴がいるとしたらこの先だ」
メイがはやる気持ちを抑えて言った。
ゼナの目の前には長い廊下が広がる。天井からぶら下がる華を模したシャンデリア。左右の壁際には花畑が広がっている。本当にどこまでも花尽くしで呆れ果てる。本来なら心地よい花の香りがどうにも気持ち悪く感じるほどに。
廊下を駆け足で――それでいて慎重に――進む。
終着点の大扉へ辿り着いた。一呼吸を入れ、警戒心を忘れずに扉を押す。一人だとどうしても扉が重い。この間に不意打ちでもされたらと不安がよぎる。だがきっとラデニアはここでは仕掛けない。もっと陰湿なやり方で牙を向いてくるはずだ。
扉が開き部屋の光景が見えてくる。
紅を基調としたカーペット。その随所に薔薇のデザインが見受けられる。天井は見たこともない鏡張りで反射により空も紅い。
ただの観光で訪れたとしてもこれは悪趣味よりだと言わざるを得ないだろう。
「……再び相見えましたねゼナさん、メイさん」
部屋の中央奥、数十段の階段の先、まるで玉座のような場所にラデニアは優雅に座っていた。
だがそんなことより彼女の背後にあるものが気になる。幾つもの管を張り巡らせたガラスの箱。そこに光が閉じ込められてる。それは今この瞬間にも管から送られた光を溜め込んでいる。
「それがみんなを苦しめて集めた魔力か……」
「苦しめた? 何か勘違いをしていませんか? ご覧になったでしょう、あの方々の幸福に満ちた顔を。わたくしは魔力をいただく代わりにその方々にとって一番の夢を提供しているのです」
「何が幸福な夢だ! お前は悪夢を見せているじゃないか!?」
「あれはあくまであの鎖から逃れた時にだけ発動するように仕掛けています。彼らに悪夢を見せたのはあなたの方ですよ、ゼナさん」
「そんな理屈が――」
憤り一歩前に飛びたそうとした時、メイの手が遮るように眼前に被さった。
「……ゼナ、戯言に耳を貸す必要はない。こいつをぶちのめせばそれで済む話しだ」
珍しく肩をもつメイにゼナは呆気に取られた。
「私はお前の体、心に取り付き共存しているんだ。否が応でもその怒りが伝播してくる」
メイはギリギリと拳を握る。あれだけ人間にドライな彼女が自分と同じ気持ちを持った。自主的な感情ではないとしてもその想いに心が熱を帯びる。
「今更な質問で恐縮ですが……創造の魔力。あなたは何故にわたくしに、魔王様に刃向かうのですか? 同胞で争う事に意味はありません」
「お前に話す義理はない」
メイはバッサリと切り捨てた。しかしラデニアはその態度を見て大いに笑った。
「まあ、おっしゃらなくても『想像』できますよ。あなたは魔王様に使われる事のなかった哀れな存在。魔法というのは使い使われてこそ価値がある。故にあなたは無価値だった。それが我慢ならなくて魔王様に復讐という手段を選んだ。こんなところでしょう……実に惨めです! 我々の使命は人間を支配し、魔王様の為に魔力を集める事。それに叛きあまつさえ人間とともに牙を向くなど……あなたはとんだ出来損ないの愚者に他ならない!」
ラデニアが侮蔑の言葉と視線を送る。
痛い所を突かれたのか、反撃の言葉を探しているのかわからないが……メイは口を閉ざしている。どちらかと言えば前者よりなのかもしれない。
今度はゼナがメイを遮るように一歩前に出た。
「僕の相棒を侮辱するのはやめてもらおうか」
ゼナのその姿を見てラデニアは一瞬ポカンとした。そして可笑しさに声をあげた。
「相棒だ、なんてあなたもよろしく愚者ですね。創造の魔力は最初からあなたの相棒として現れましたか? 違いますよね? それはゼナさん、あなたを乗っ取り体を意のままにしようとした筈です。そうでしょう?」
ラデニアの言い当てた通りだ。メイは僕の体を、心を、掻き乱し塗りつぶそうとした。失敗した結果が今この状況だ。確かにメイは僕の存在を奪おうとした。でも――!
「メイがいなければ今の僕はない。彼女がいなければずっと故郷の村で同じ毎日を繰り返していた筈だ。それがメイのおかげで色々な景色を目にできた。そしてこれからもそうしていきたい。君はどうだ、メイ?」
ゼナは振り返り笑って見せた。
メイは呆れたため息を吐いて……笑った。
「そんなくさい台詞をスラスラとよく言えたもんだ。…………そうだ私は魔王を倒す。その光景をお前に見せてやってもいい」
こんな場面でも素直に成りきれない彼女に苦笑しつつ、それでいいと思った。
「くだらない友情ごっこはそこまでです」
ラデニアが一歩前に出る。
「そこまでなのはお前だ、ラデニア。お前を終わらせてこの街を救う」
「終わらせる? 終わるのはあなたですよ、ゼナさん」
ラデニアは邪悪な笑みを浮かべて指を鳴らした。
「――っ!?」
途端にゼナは頭を抱える。まるで何かが頭の中を塗り潰す感覚……やられた、と思った時にはゼナの意識は掻き消えていた。
「催眠魔法……バカなっ!? いつの間に……」
「霊体であるあなたは気づかなかったのでしょう。花の匂いに紛れた魔法に」
「匂い? まさか!?」
メイはリーズと別れこの部屋までの廊下を思い出す。ずらりと並んだ白い花。ゼナは確かに匂いに顔を顰めていた。
「あの時に仕込まれたのか……」
「ええ。それをわたくしの合図で起動させました。あの花はクチナシといって香りの強い花です。その一輪一つ一つに少しずつ魔法を刻み、廊下の端から端まで歩くだけで全身に魔法の種子が行き渡るよう施しました」
「御託は聞かん。お前の魔法なぞに私の住居が荒らされてたまるかッ!」
メイはゼナの体の中に入っていった。
「聞こえているかは分かりませんがお伝えしましょう。クチナシの花言葉は『喜びを運ぶ』です。ゼナさんはこれからわたくしの魔法によってとても幸福な夢を見るでしょう。そこにあなたの入る余地がはたしてあるでしょうか? まあ、見させてもらいますよ。創造の魔力の奮闘を」
ラデニアはゼナの頭を水晶玉のように見立て手を翳した。
「……おっと、その前に一応あちらの様子も見ておきましょう」
目を瞑り催眠にかけた者の意識へと繋げる。
「――はあっ!」
気迫ある声で拳を打ち放つ。武装したフロッサの住民は倒れた。リーズは引き受けた多数の敵を全て薙ぎ払い一息をついたところだった。
「よしっ、これで――」
ゼナに合流できる。そう思った矢先にまたぞろぞろと敵が現れた。息を整えているリーズを容赦なく囲む。
「おかわりを頼んだ覚えはないんだけどっ!」
愚痴を溢すと同時に床を蹴りつけ目の前の兵の鳩尾に一発喰らわせ沈ませる。すでに十数人を地に伏せた経験から、彼らの個人個人の力は大したことないとリーズはわかっている。ならば楽勝か、と言うとそんなことはない。個人は大したことがなくても集団であれば話は違う。こちらにはない連携を人間を卓越した動きで繰り広げ、力の差を埋めてくるのだ。
兵が息を合わせて刃を振り下ろす。後方へ飛び退き、回避する。しかし、背後には槍を携えた者が。
突きが背中目掛けて飛んでくる。
リーズは視線を前方に向けながら手だけを背後に回し、槍先を掴み取った。そしてガントレットで覆われているのをいい事に力の限りを持って握りつぶす。鉄がミシミシと音を立てて崩れ、砕け散った。
「プレゼントしてあげるッ!」
リーズは手中の鉄屑を弾丸のように投げ放った。それは前方の手首を正解に狙い、武器を手放させる。
ただの棒を持った槍使いに後ろ蹴りをかまし、棒を奪い取る。突きの構えで丸腰と化した二人の鳩尾をリズムよく打った。
「……見計らったように補充してきたわね」
扉からまた兵が現れた。
「いや、実際に見ているんでしょ、ラデニア。そっちにはゼナがいったはず……いったい何をした――」
リーズの怒りの慟哭を遮るようにラデニアの兵が襲いかかる。
いったい幾人の兵を抱えているのか……考えるだけ無駄だった。今リーズにできることは目の前の敵を殲滅し、ゼナと合流を果たすことだ。
拳を構える。
「十人でも二十人でもかかってきなさいよ。私の拳で全てぶっ飛ばしてやる!」
「ふふふ……威勢は認めますが、急いだ方がいいですよ? わたくしの魔法があなたの大事なお仲間を呑み込み完全な傀儡と変えるその前に」
立ったまま意識をなくしたゼナの前でラデニアはひとしきりに愉悦めいた笑い声をあげた。
「さてと、メインディッシュをいただきましょうか。わたくしが与える夢であなたはどんな顔を、感情を見せてくれるのか。今から楽しみですね、ゼナさん」
ラデニアは艶かしい蛇のような手付きでゼナの顎を摩り、これから始まる幸福な夢の、いや、絶望の夢の物語に心を踊らせた。




