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ゼロの旅路  作者: イフ
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51.養分

 ラデニアが奥へと消えた正面の扉を二人は息を合わせて開いた。そこはまだ部屋ではなく長い渡り廊下。リーズと一戦交えた場所が玄関とするとここから先が本館だろう。

 渡り廊下の壁には花の絵画、その下に実際の花が見事な咲き誇りを見せている。ここまでくると花を愛でているのか、花に愛でられているのかわからない。


 廊下の終着点に着いて扉を開く。そこには吹き抜けの中庭が広がっていた。太陽の暖かな陽射しを浴びて花たちが輝いて見える。


「ほんと……こんな状況じゃなきゃ素直に感動できたんでしょうね。今は近づきたくもないわ」

 花に意識を――実際は花の魔物に刻まれた催眠魔法に――乗っ取られたリーズにとっては見るのも嫌だろう。しかしそんな我儘を通すほど彼女は柔じゃない。ズカズカと進んでいき、ゼナの方が遅れる。恐れよりも怒りが先行してそうだ。


「メイ、魔力探知の方はどう? 人質は見つかった?」

「それらしい反応はある。扉の先だ」

「先ってどの扉?」

 ゼナ達が今いる部屋には入って来た物を除いて扉が七つある。左右にそれぞれ三つ、花畑の奥に一つ。外観から想像する限りは左右の扉には廊下はなくすぐに部屋へ繋がるだろう。真正面の扉はラデニアが待ち構えているであろう屋敷の奥へ続きそうだ。



「左右の扉全てから魔力を感じる。まあ、当然と言えば当然だ。この街の住民の殆どを閉じ込めるにはいくらこの屋敷でも部屋の余裕はないはずだからな」

「探す手間が省けたってわけね。そうとなればみんなを早く助けさなくちゃ」

 リーズは扉に向かって駆け出した。


「リーズ、慎重にね! あいつは必ず何かしらの罠を仕掛けている筈だ」

 ゼナは深刻な顔で忠告し、リーズも同じ顔で頷く。


「特に花にはね……」

 リーズは恨めしそうな目で花畑を見つめた。よっぽど屈辱的だったらしい。下手な慰めは彼女の怒りを買いそうだと思い、ゼナは口を閉じた。



 二人は扉の正面に佇み、メイの判断を待った。


「うむ、やはり人間の魔力とラデニアの魔法の匂いしか掴み取れない。さっきのような魔物が潜んでいる可能性はなさそうだ」

「本当なんでしょうね……」

 リーズは疑り深く聞く。


「この私以上の探りを入れられる奴を呼べるなら呼んでみろ」

 メイの言葉にリーズは口を噤まざるを得なかった。


「今はメイの判断を信じよう。きっと大丈夫さ」

 特段根拠のない台詞。しかし、ゼナの自信に満ちた笑顔に否定する気は起きなかった。


 リーズは自分の両頬を軽く叩き、気合いを入れ直す。


「準備はいいわよ、ゼナ!」

 両開きの片方の扉に手をかける。


 ゼナはその反対側に手を掛けて……。


「……突入ッ!」

 ゼナの合図で二人は扉を解き放ち、転がるようにして部屋へ飛び込んだ。


「これは……!?」

 二人は部屋の光景に困惑を隠せない。部屋の左右に不気味と言わざるを得ないほど、二段ベッドが敷き詰めれている。そしてそこには人質達が寝かされていた。幸せそうな笑みを浮かべて……。


「なんなの……」

 リーズは戦々恐々としながら部屋を見渡した。端から奥まで敷き詰めるだけ2段ベッドを敷き詰めている。ここで安眠はできないと思った。なのに……彼らは多幸感溢れる寝顔を浮かべる。それがこの不気味な状況を加速させているのだ。


「リーズ、これを見て」

 ゼナの声に恐怖から脱した。声の方向を見る。


「……それは?」

 ゼナが示したのは淡い光を放つ鎖。それは寝かされた者達の手足と首に巻きつき、部屋の奥の箱へと延びている。


「僕もよくわからない。メイはわかる?」

「こいつは魔力伝達することができる鎖だ。おもな用途は拘束と拷問。捕えた者の魔力をじわじわと吸い取っていく。そしてその終着点があれだな」

 メイが指し示す先には大きな箱があった。あそこに魔力が貯まっている。


「ふふふ……」

 ゼナが箱に近づいた時、いきなり笑い声が響いた。反射的に大きな一歩で後ろに退がる。

 リーズは既に構え、いつでも戦える姿勢をとった。


「どこだ、ラデニアっ!」

 ゼナも剣を抜いて応戦の構えを。しかし、ラデニアの姿は見えてこない。


「いるではありませんか。あなたの目の前に」

 その言葉で彼女がどこにいるかわかった。正確にはそこから声がしているだけでラデニア本人がいないことも。


 扉を開け、正面の奥壁に飾られているラデニアの肖像画。その彼女の口が不気味に歪み言葉を発したのだ。


「お待たせしましたね。わたくしの用事はすみましたので思う存分あなた達のお相手ができます」

 肖像画は不自然な笑みを浮かべた。


「あんたのお遊びに付き合う気はこれっぽっちもない!」

 そう言ってリーズは鎖を持ち上げ、引きちぎる手前の仕草を肖像画に向かって見せつけた。

 それを見ても絵の中のラデニアの笑みは崩れるどころかさらに吊り上がっていく。美しい絵がここまで醜く変わる姿にある意味の感嘆を覚えた。


「やめた方がいいですよ? 彼らは幸福な夢を見ているのですから。それを奪い取っては可哀想ではありませんか。どうか彼らの笑顔の為にお願いします」

「ふざけるなっ! お前が勝手にやった事だろ。こんなことは許されないッ!」

 ゼナは刃を肖像画に向かって突きつける。


「この街の人たちは魔王の養分なんかじゃない……! 返してもらうぞ」

「そうですか。わかってはいただけませんか……ではお好きにどうぞ」

 途端に突き放すような声色に何か違和感を覚えた。ここにいる者達を解放してはラデニアは困るのではないのか。いや、それなら警備の一人や二人つける。そもそも鍵すらついていないのもおかしい。

 どうにも不自然だ……。


 リーズが手に持った鎖を引きちぎろうとした。ゼナは焦ってその手を止めた。


「どうして止めるのよ!?」

「何か嫌な予感がするんだ……」

 リーズの問いに答える確かな言葉が思い浮かばない。


「ふふふ……」

 背後でラデニアの声が聞こえる。見えなくともその表情が笑顔に歪んでいるのがわかった。


「メイはどう……思う」

 助け舟を求めたが、彼女はどうでもいいと一蹴して意見の一つも出さなかった。それもそうだろう。メイにとって彼らの生死は関係なく、ラデニアを倒しその魔力を奪うのが目的なのだから。


「……助けよう。慎重にね」

 

 近くにいた男性の拘束を解いた。回路を外すと萎むように男の微笑みが消えていく。それからゆっくりと目を開けた。


「……………………」

「……大丈夫ですか?」

 ゼナは恐る恐る聞いた。


「……だ……だ。」

「え?」

「いやだ、いやだ、いやだ、イヤだ、イやだいやダいヤだいやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――っ!!」

 男は目覚めた途端に癇癪を起こした子供のように暴れ散らかした。


「な、なんなの!?」

「わからない、けど危険な状態だ!」

 二人は男を力の限り抑えつけた。一端の暴走は止められたが、少しでも手を緩めると今にも爆発しそうだ。


「彼らは幸せな夢を見ているのです。彼らにはその世界が希望であり己の全て。それ以外の景色など身の毛もよだつ恐怖でしかないのですよ」

「ふざけるなッ! お前が何か細工をしたんだろ!?」

「ふふふ、その通りです。彼らの意識が現実にある時、目に写り肌に感じるものはどうしようもない絶望と恐怖に塗れた悪夢なのです。そうなるようにわたくしが催眠を施しました。……ああ、そうでした。彼、早く鎖に繋ぎなおさないと……ほらっ」

 ラデニアは肖像画の視線でゼナを誘導する。


 促されるままに見ると、

「…………がっ、ぐぎぎぎ……」

 男が今にも自らの舌を噛みちぎろうとしていた。リーズが咄嗟に手をかける。それでも鰐のように歯を閉じようと男は足掻く。


「……ゼナっ! 今は……っ!」

 リーズの言いたいことは理解した。彼らを現状では救う事が出来ない。この部屋の全員を解放したとして、その全員が悪夢に狂い自死を望めば本当にこの街が滅びへと向かってしまう。


「私が抑えているうちにっ……!」

「……くそっ!!」

 どうしようもない憤りを抱えながらゼナは男に再び鎖を繋げた。

 

 男を元の場所に戻した瞬間、血走った目が落ち着きを取り戻し、乱れた呼吸が正常へと移る。ゆっくりと瞼を閉じて微笑みを浮かべた。


「はあ……はあ……」

 リーズは汗だくで地面に腰を下ろした。

 ゼナは悔しさに震える拳を地面に叩きつけ、ラデニアの肖像画を睨みつけた。



「彼らはわたくしの掌で転がされる存在。助けたければわたくしを倒すしかありません。しかし、あなたたちではそれは厳しいかと……まあ、精々の奮闘を期待していますよ?」

 肖像画は元の形に戻った。


「ふんっ、口の減らん奴だ。……おい、下を向いている場合じゃないぞ」

 目の前の人々を助けられないと絶望している二人を叱咤した。


「こいつらを救いたいんだろ? だったら立ち上がれ。その憎しみをぶつけてやれ」

 その言葉にリーズは思わず笑った。


「まさか、あんたに励まされるとはね……」

「別に励ましたつまりはない」


「……そうだね。僕らがここで燻っていたら何も始まらない。ラデニアを倒す、それだけだ。簡単なことじゃないか……!」

 ゼナは笑った。メイもその意気だ、と言わんばかりにニヤリと笑い返す。


「行こう! この街を救いに」


 一行は部屋を飛び出しラデニアの反応が強い奥へと進むことにした。

 廊下を駆け抜け扉をぶち破る。それを数回繰り返した。すると吹き抜けの二階構造の広い部屋に辿り着いた。


 二人は動きを止め、警戒の姿勢をとる。先程まで微塵も感じなかった人の気配が鼻をつんのめるほど漂っている。

 

 その気配は誠だった。部屋の一階の扉が全て音を立てて開け放たれた。ぞろぞろと武装した人間が出てくる。


「くそっ! 足止めか……」

「…………ゼナ、私が道を作るからその内に突破して」

「一人でこの数なんて――」

「行きなさい! それとも私がいなくちゃラデニアには勝てないわけ!?」

 リーズの危機迫る声にゼナは覚悟を決めた。リーズは笑みを浮かべる。


「安心なさい。この程度でやられる私じゃないわ!」

 そう意気込むと同時に、扉の真ん前に陣取る二人に向けて小さな火球を放った。それは足元で爆発し、煙幕を作る。


「今っ!」

 その言葉で走り出し煙の中を突っ切る。

 リーズはそれでもゼナを止めようとする二人を拳で沈めた。


「さてさて……ざっと十人ほど。これからまだ増えるのかしら? まあ、なんでもいいわ。あんたたち全員この拳で黙らせてあげる!」

 勇猛果敢にリーズは敵の渦中へ飛び込んだ。

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