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ゼロの旅路  作者: イフ
50/134

50.狙われていた男

 洗脳された仲間へ刃の矛先を向ける。正直言って決して気持ちのいいものではない。自然と攻撃が手が緩む。しかしそうも言っていられない状況だということはゼナにも理解できた。


 リーズは一切の容赦をしてこない。武闘大会のような小手先や様子見など皆無だ。一発一発の拳と蹴りがとてつもなく重い。新品の剣が今にも砕けるのではないかと思える衝撃が伝わってくる。


「はあ……はあ……くそっ! 防御で精一杯だ……」

 何度も攻撃を受けて腕には痺れ始めた。


「催眠によって力のリミッターを外されている。それに意思もなければ迷いもない。今やただの戦闘を貪る亡者のようなものだ」

「そんな分析はいいからあの花弁を……あれ?」

「気がついたか? リーズの素早い動きで殆どの花弁が剥がれ落ちた。残る一つが催眠を司っている」

 メイがリーズの頭頂部を指で指し示す。一枚の花弁が虫のように張り付いている。いや、実際にあれは虫と言って差し支えない。花弁の裏から足のような――触手かも知れない――ものがリーズを捉えている。


「あれが本体ってわけか。よしっ、メイ、身体強化を……」

 言葉にしながらゼナは気がついた。既に体は魔力で強化された状態なのだ。その上でリーズに遅れを取っている。


「くるぞッ!!」

 メイの言葉でハッと我に帰る。真正面からリーズの右拳が! 真横へ飛び込む。拳は回避できた……しかし、リーズは拳が外れたのを見た瞬間、左足を地につけ軸足へと変えて後ろ回し蹴りに昇華させた。まだまともな防御を構えられていないゼナにそれは直撃した。花畑を蹂躙しながら転がされる。


「っ……!? ……メイ! もっと強化を!!」

「ダメだ。今がお前の体に普段のかからない最前の状態なんだ。これ以上は逆に毒になる。それにこんな事で無駄に消耗したくない」

 メイの言葉に呆れてため息すらも出ない。仲間の一大事だと言うのに……こっちも本気を出さなければどうにも……本気?


「メイ! 何故リーズは魔法を使わないんだ!?」

「そんなの使わなくても勝てるからに……いや、待てよ? 使わないのではなく使えないのだとしたら? そうか!」

「何か閃いた!?」

 ゼナはリーズの猛攻をギリギリで回避しながら聞いた。


「催眠魔法は心に刻まれた命令に従って動く、つまり心が本体だ。故にリーズのトラウマが体外に現れ、それがリーズの魔法を封じている」

「でも、リーズは吹っ切れたんじゃ……」

「お前は魔力がなかったあの頃を綺麗さっぱり忘れたのか?」

 その言葉に口を噤む。確かにそうだ。今は魔力(メイ)がいるから楽観的にいるが、あの日々の傷を完全に消し去ることはない。リーズも同じ、いやそれ以上だ。心体の限界を超えても彼女は魔法で誰かを傷つけるのを拒む。


「リーズ……必ず助けるから!」

「……………………」

 彼女は相変わらず無口を貫き拳を振る。全くらしくない。君は軽快にかつ屈強に闘いに挑む闘士じゃないのか。今のその姿は紛い物だ。戻ってこい、リーズ!


「メイ! 結論づけると彼女の弱点は炎、てことだよな!?」

「ああ、トラウマがわざわざ覗いているんだ。炎を見れば動きくらいは止まる」

 ゼナは早速頭に炎を思い浮かべる。想像するのは容易かった。嫌というほどに味わったからだ。


 イメージが固まるとゼナは大きく踏み込んだ。リーズの眼前へと迫る。そして左手を差し向けた。そこには小さな火種が。

「…………っ!?」

 ここで初めて彼女の表情が崩れた。確かな効き目を確かめてゼナは背後へと回り込む。右手に力を込めて頭頂部に張り付いた花弁を鷲掴み思いっきり引き剥がす。しかし、頑固にも裏の触手で花弁は抵抗した。


「こいつ!?…………うっ!!」

 その時、ゼナの腹部に衝撃が走る。リーズが背後への鋭い肘打ちをお見舞いしたのだ。

 痛みに倒れそうになるが、必死に堪えて残りの力を右手に集中させ――!


「はあッ!!」

 花弁をついに引き剥がし、地面に叩きつける。そして左手に残ったボヤにもならなさそうな火を花弁に撃ち込む。


「――――!!」

 数秒ジタバタと炎に苦しみ、生き絶えた。この花弁が断末魔を上げるような生態でなくてよかったと心から思った。


「……あれ? 私は……ゼナ大丈夫!?」

 腹部を抑えて膝をつくゼナに駆け寄り、心配そうな顔をする。元に戻ったようだ。


「おかえり……リーズ」

「いったい何が……?」

 リーズは混乱困惑に囚われている。催眠中の記憶はないのだから当然だろう。


「お前は催眠魔法に掛かって私たちを襲ったんだよ」

 メイはここぞとばかりに文句を垂れ流しながらも事の顛末を語った。


「……ごめん! 私が至らなかったばっかりに……ゼナを傷つけた」

 リーズは悔しさで唇をきつく噛む。


「気にしないでリーズ。このくらいへっちゃらさ! 僕も強くなっているからね!」

「何が強くなっているだ。私が咄嗟に防御を集中させていなかったら内臓の損傷を免れなかったぞ」

 メイのフォローをぶち壊す言葉から気まずい空気が流れてしまった。お互いに目を合わせ、次の言葉を探す。


「「先を急ごう」」

 微妙な顔でハモリを生んだ二人を見てメイは冷笑する。


「息ぴったりじゃないか、その調子で頼むよ。今度は催眠に掛かったり己の実力を奢ることのないようにな」

 メイは皮肉たっぷりの表情で言った。


「「はい……」」

 二人は若干の意気消沈に陥りながら囚われた人々を探す為、屋敷の奥へと勇んでいく。




 時は少し遡り…ゼナとリーズがラデニアの屋敷へ向かってから三十分ほど。

 ダミアはもやついたら気持ちを胸に抱えながら虚空を見つめていた。


「あの子たちが心配かい?」

 見かねた母が優しさ声色で話しかけてきた。


「それはそうだ、心配だ。けどそれ以上に悔しいんだよ。自分の生まれた街に、皆に何もしてやれないことが……」

 ダミアの拳がガタガタと震えた。レイアはそっとその手を握り包み込んだ。皺くちゃ母の手から温かな体温を感じる。


「あの子たちも言っていただろう? あんたは十分頑張ったさ。悔しいのはわかる、けど信じて託した以上は静かにドンと構えて子供たちを迎えるのが大人じゃないのかい」

「はは……母さんの説教くさい言葉、久しぶりに聞いたよ」

 いつの間にかダミアに浮かんだ暗澹が晴れていた。


「母さん。今俺がすべき事がわかった。ありが――」

 

 コンコンっ。


「――!?」

 ダミアが素直に感謝を伝えようとした最中、ドアをノックする音が響いた。位置からしてこの民家の玄関口だ。


 全員が示し合わせたように息を潜める。


 コンコンっ。


 まるでそんな事では無駄だと言わんばかりにドアのノックは続く。


「俺が見てくる」

「ダミア、危険よ!」

 レイアは思わず声を荒げた。


「母さん! 静かに。大丈夫、鍵をかけてさらに南京錠まであるんだ。確認だけならなんてことない。皆を頼む」

 ダミアは母の静止を振り切って地下室を上り、息苦しい一階へ。玄関までは五メートルといった距離。忍足で近づいてそっと覗き込めばいい。

 あと四メートル……三メートル。目標に近づいた時、ドアをノックする音が変わった。


 ガンガンっ!


 力任せで乱暴な叩き方。ドアが揺れる度にダミアの恐怖も増大する。

 戻ろう。戻って母さんたちを守らなければ。使命感に狩られ踵を返そうとしたその瞬間――。


 扉の蝶番の断末魔、光が屋内に入り込みその中から犯人が姿を現す。


 ゼナとリーズが拘束したはずの二人の衛兵が土に塗れながらこちらを無表情で見つめていた。ダミアは咄嗟に拳を構えて臨戦体制をとった。ここを通すわけにはいかない。強い意志で己を震え立たせる。しかし、衛兵に戦う気はなくそれぞれ横に逸れて道を作るように跪ついた。

 

「一体何のつも…………!?」」

 開け放たれた道をゆっくりと歩き、室内に侵入してくる人物を認めダミアは狼狽し、呼吸が荒くなる。


「何故……お前がここに……!」

「ごきげんよう、ダミアさん。束の間の安息は如何なものでしたか?」

 華麗な足取りと透き通るような声。そして見るものを絆す笑み。彼の前に現れたのはこの街の支配者……ラデニアだ。


「外の衛兵達を殺しておくべきでしたね。彼らがいなければもう少し扉を開けるのに手間取っていました」

 彼女は可憐に笑う。だがその笑顔には断じて騙されない。目の前にいるのは人じゃない。人の皮を被りし悪魔なのだから。


「母さんたちには指一本触れさせない!」

「ええ、構いませんよ。あんな涸れ者共には要なんてありませんから。わたくしが必要としているのはあなたです。ダミア」

「なんだと?」

「あなたのお力がわたくしには必要なのです、ダミア」

 ラデニアは甘い声で囁きながら一歩一歩と近づいてくる。今すぐ逃げなければ。脳の危険信号が鳴り響く。しかしながら動けない。彼女の声に、瞳に、いや、彼女そのものに縛られているような感覚が全身を満たしている。

 ついにラデニアはダミアの眼前まで迫った。彼女は唇を耳元まで運び、囁いた。彼を己の従者に堕とす魔力の籠った言葉を。


「わたくしの為に尽くしてくれますか?」


 ダミアはゆっくりと首を縦に振った。彼の瞳はまた虚に染まり、そして意識もぼんやりと霞んで闇の中へと溶けた。

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