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ゼロの旅路  作者: イフ
5/112

5.箱

 瞼が閉じられ暗闇に染まる。意識が微睡の中へと呑みこまれそうなった次の瞬間、寒気が全身に迸り僕は反射的に立ち上がった。


 眠気が一気に吹き飛ぶ。

 なんだこの寒気は……


 正体のわからない寒気と厭な空気が突如として洞窟内を包んだ。僕はこの空気に気圧され雨に濡れる選択を取った。

 逃げるように出口へ進む。しかし僕の足はピタリと止まってしまった。


 誰かいる。はっきりとそう感じた……

背後。洞窟の最奥。薄暗い黒で塗りつぶされた空間。そこから何者かの気配が漂っている。


 もしかしてここに住んでいる人がいるのだろうか。それとも、奥に別の入り口があって僕と同じ雨宿りをしているのか。


「だ、だれかいますか」

 恐る恐る問いかけた。だが僕の震えた声が洞窟内に虚しく反響するだけだった。めげずにもう一回、さらにもう一回問いかけてみた。返事は依然としてない。


 僕は悩んだ。今から全力で洞窟から飛び出し、村へ逃げかえればこの気配と寒気からおさらばできる。しかし、奥の何者かが気になって仕方がないのだ。


 気つけば背を向けた洞窟の奥に向き直っていた。暗闇のベールを一枚一枚剥がすように慎重に歩を進める。

一歩踏み出す度に心臓が叫ぶ。


 未だ人影のようなものは見えてこない。なのに気配は強まる一方だ。まるで僕に存在をアピールするように……


 ついに洞窟の奥まで辿りついた。そこには人はいなかった。代わりに意外なものが僕を睨みつける。


 僕の胸ぐらいの高さの台座に真四角の箱がポツンと置いてあった。材質はおそらく金属。長年ここにいたのか錆や苔に覆われた様は宛ら歴史的建造物のようだ。

大きさはというと掌に乗っかるどころか、僕の手でも握りしめられるほど小さい。


 こんな小さい箱から、身の毛もよだつ寒気と存在を誇示させる気配が溢れているのが僕には信じられなかった。


 いったいこの中に何がいるのだろうか。そこらの小動物だってこんな小さい箱に入ることは不可能だ。そもそも入れるそうな隙間一つ見当たらない。仮に小動物だと考えても、この畏怖恐怖を撒き散らす寒気について説明がつかない。


 生き物ではない何かがこの中に蠢いている。僕はそう結論づけた。しかし、なぜだろうか。この箱に対する恐怖心を抱く一方で、箱をこじ開けて中身を暴きたいという好奇心も湧き出て止まらない。


 目の前の小さな箱は災厄が詰まったパンドラの箱でもあり、ワクワクに満ちたおもちゃ箱であった。


 ゆっくりとだが確実に箱に手を伸びていく。僕の頭の中では警鐘が鳴り響いている。しかし手は止まらない。

まるで手だけが独立して生きているのではないかと錯覚するほどに、脇目も振らず箱に向かう。


 箱に触れるまで指先一つといったところで、聞き覚えのある声が耳に届いた。


「おーい、ゼナー!!」

「どこにいるのー?」

 フィートとマリアの呼び声が聞こえてきた。雨音の中でも確かに聞こえた幼なじみの声。


 僕は慌てて洞穴を飛び出し、ぬかるんだ崖をよじ登った。さらに泥土に塗れながら二人の元へ辿り着いた。


「ゼナ……」

 フィートとマリアも僕に負けず劣らずびしょ濡れで、体のあちらこちらに泥と葉っぱがこびりついていた。それは汚れるなんてお構いなしに僕を探してくれた証拠だった。


「フィート……マリア……」

 僕は乾いた声で二人の名前を呼んだ。しかし次の言葉が喉に突っかかって出てこない。二人に対して言わなければならない言葉があるというのに……


「ごめん! ゼナ」

 僕が必死に言葉を探しいると、フィートが思いっきり頭を下げてきた。予想外の行動に僕は思わず素っ頓狂な顔をした。

「俺、ゼナの気持ちを考えてやれなかった。お前が悩みを抱えているのを知らずに好き勝手いってすまなかった」

「わたしも、もっとゼナと話すべきだった。なのに自分のことばっかりで浮かれて、あなたの悩みに気づけなかった。本当にごめんなさい」

 マリアも同じく頭を下げた。しばし、言葉のない静寂な世界がそこに広がった。降り頻る雨だけが鳴り響いた。


 二人は何も悪くない。悪くなんてないんだ。

フィートもマリアも僕の事情なんて知り得なかった。僕が隠し通してきたのだから当たり前だ。だというのに僕はまるで二人を己の不幸の捌け口にしてしまった。

謝り倒さなければいけないのは僕の方だ。


「ごめん……フィート、マリア」

 僕は大粒の涙を流しながら謝った。涙を流す資格なんてこれっぽっちもないと自覚しているが、一度溢れると止められなかった。


「僕は二人を傷つけたかったわけじゃない。魔法が使えるフィートとマリアが羨ましくて、あんなことを言ってしまった。それに怖かったんだ。もしかしたら魔法を使えない、魔力も持ってない僕は仲間はずれにされると思った。だったら自分から遠ざかったほうが……」

 言葉を言い切る前に、フィートが僕を抱きしめた。

「おれ達がゼナを仲間にはずれにしたこと一度だってあたか?」

「……ない」

「そう、おれもマリアもゼナは幼なじみで大切な友だ。お前を馬鹿にすることものけものにすることなんて、これまでもこれからも絶対にない。信じてほしい」

「ごめん、フィート」

 僕はしきりに謝った。涙が降り頻る雨と同じ様に流れ落ちる。

フィートも泣いていた。マリアも僕らを抱きしめ同じく涙を流した。泥まみれの僕らは赤子のように仲良く泣いた。



 あのあと僕たちはこっぴどく叱られた。服を泥だらけに汚した体で帰ってきたからだ。でも、説教は苦じゃなかった。今日の出来事で幼なじみ三人の友情は以前よりも強固になったのだから。


 それからも僕らはいつものように遊んだ。魔法の訓練にも僕は参加した。羨望の眼差しが消えさったわけではないが、以前のような妬ましい気持ちはない。二人と一緒にいれるだけで楽しい。

それに……僕には魔法のことより、考えなければならないことがあった。


 森の奥で偶然見つけた洞窟に、寂しく鎮座する小さな箱。そこから漂う忌まわしい気配。あれは結局何だったのか……


 僕は時間を見つけては箱についての調査を始めた。

まずはもう一度洞窟を見つける所からだ。


 あの場所は闇雲に走って偶然見つけたものだから、簡単には辿り着けなかった。記憶を頼りに何日もをかけて探した。

フィートとマリアの手を借りることも脳裏に過ったがそれはしなかった。

 これは自分一人の力で成し遂げなければならない事だと僕は思った。それにあの箱に二人を巻き込みたくはない。

もし、犠牲が出るとするならばそれは僕だけで十分だ。


 洞窟を発見したのはそれから3日後だった。

 

 洞窟はあの日と同様に口を開けて僕を誘っていた。

その光景を見て僕は涙腺が緩んだ。なぜ涙が流れたのかは今でもわからない。

 中に入ると箱も変わらず存在していた。しかし、あの日の様な寒気や気配はいくらまっても感じられなかった。


 僕は沈黙の箱をまっすぐ見つめてこう言った。


「必ず君の事を突き止めてみせる」


 しかし、そこからの進展はなかった。いくら時間をかけても箱について何もわからなかったのだ。


 村の書庫に忍び込み、本棚を引っ掻き回して読み漁ったりしてみたが、無駄に知識をついただけで箱は依然として謎のままだ。

しかし何もわからなかったわけではない。


 ある日、書庫の奥に村長自らが綴った村の歴史書ーというよりも村長の日記と言った方が正しいーを見つけた。

それは十冊以上にも及ぶ。まるでシリーズ物の小説の様だ。それほどに村長はこの村が大事という事だろう。


 洞窟や箱について何か書いていないかと読んでみたが退屈な時間を過ごしただけだった。


 欠伸を噛み殺しながら最後のページを開くと僕は気になる文書を見つけた。



 今日で私の歴史書は終わる。あの忌まわしき存在を思うととても筆を取る気にならない。



 前のページでは「この歴史書を綴る事が私の生き甲斐である」と書かれているにも関わらず、まるで打ち切りのように本は終幕していた。


 これはどういうことだ……この1ページの間に一体何が……


 僕は本に日付が書かれていないか注意深く観察した。

 ……見つけた。本の隅に日付が書かれている。指で准えながら声に出して読んだ。


 誕生日……僕が生まれた日付がそこに刻まれていた。しかも西暦は十年前ときた。ただの記念日ではなく、僕が人間として誕生した日。それが件の文章と同じページに載せられていた。


 忌まわしき者……誕生日……打ち切られた歴史書……


 僕は頭の中で推理を組み立てようとしたが、すぐに崩れ去ってしまう。恐らくは本能がそれを止めている。知る必要はないと。


 僕は本を元に戻して書庫から飛び出して駆けた。


 息を切らしながらたどり着いたのはあの洞窟だった。

僕は迷いもせずに入った。洞窟のひんやりした空気が跳ねる心臓を鎮めてくれた。そのままだらりと壁に身を預ける。


 恐らくあれが箱に繋がる唯一の手掛かりだろう。けど僕はそれ以上は踏み込めなかった。これより先は厭なものを知ることになりそうだったから。


「ごめん……」

 箱に向かってぼそっと謝り、目を瞑った。

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