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ゼロの旅路  作者: イフ
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49.狙われた拳


「それでいつ攻め込むの?」

 リーズは焚き火で炙った干し肉を貪りながらメイに聞いた。


「明朝だ」

「明日? 夜中に侵入した方がいいと思うんだけど」

 リーズの最もな意見にゼナも同調した。


「相手が人間ならそれでいい。しかし敵は魔力だ。疲弊した時以外に睡眠を取ったりはしない。暗闇での戦闘は逆にこちらの不利になる。なら視界が確保できる朝に攻め込むべきだ。考えればわかるだろ?」

「はいはい、考えなしでごめんなさい」

 リーズが飽き飽きとした語気で返す。なんだか恒例の流れになっている気がする。


「仕方ない。捕えられたフロッサの民にはもう少し辛抱してもらおう……」

 ゼナは悔しそうに拳を握り、八つ当たりのように肉を噛みちぎった。


「ええ、明日朝一にラデニアの奴をぶちのめしてこの街に平和を取り戻しましょ!」

 リーズは明るく決意を固め、手を差し伸べる。

 ガシッと、握りその決意に笑って応えた。魔力の少女はくだらないと言わんばかりに冷笑しているが気にしない。むしろここで彼女も握手するように手を合わせてきたら僕らは気味悪がるだろう。

 いつもの調子の方がありがたい。


 それからたわいも無い話と簡素な食事で夜は更けこみ……運命の朝が顔を出した。




「……うっ、ああ……」

 昨日ゼナ達に話をし、疲れからそのまま椅子で眠りかけたダミアは節々の痛みを感じながら目覚めた。酷い眠り方だ。と、思ったがその体には一枚毛布が掛けられていた。ボロボロに擦り切れていないのを見るに、あの二人の私物と理解できた。

 有難い気持ちで胸が熱くなっていると鼻腔へ香ばしい匂いが飛び込んできた。ここ最近香ることのなかった匂いだ。

 その発生源は目の前のテーブルに置かれた焼いたパンと肉からだ。まるで飢えた獣のように涎を垂らし飛びつきそうになった。首を振り我に帰る。


 そしてなんだか奥の部屋がガヤついている事に気がついた。立ち上がり母達がいる部屋に赴く。

 覗き込み、目に入る光景に感嘆の声を上げずには居られなかった。


 母と老人達が美味しそうに食事を頬張っているじゃないか。こんな光景は二度と見れないと思っていた。自然と涙腺が崩壊を始める。



「あ、おはようございます。ダミアさん」

「……この食事はお前たちが?」

「はい! 有り合わせで申し訳ないですが……」


「何言ってんだい、坊や。こんなに美味しい物を食べたのは久しぶりさあ。人の温かさに触れたのもね」

 老人の一人が声を上げ、皆が同調し笑顔をつくる。もはやここに冷たい絶望の空気はなかった。


「ダミアさんも食べなよ! 焼いただけのもんだけど、腹にはたまるからさ」

 リーズが陽気に勧めるとダミアは席に着いて、ゆっくりとパンを口に運んだ。


「…………!!」

 これはただのパンだ。火で炙っただけの料理と呼ぶのに怪しい代物。だけど何よりも美味しい。気がつけばダミアの頬には涙が伝っていた。


「ちょ、ちょっと……泣くほど?」

 ダミアの様子にリーズは若干引いている。


「ありがとう。お前たちに出会て俺はよかった……」

 その一言にゼナとリーズは顔を見合わせ微笑んだ。そして簡素な食事会に参加して、しばし冷たい地下室で団欒の時を過ごした。



「……行くんだな」

「はい」

 穏やかな時間は終わり、戦いの幕が開けようとしていた。フロッサの支配者にして、魔王の魔力ラデニア。催眠魔法の魔女に今、少年と少女そして一つの魔力が挑まんとしていた。


「すまない……」

「謝る必要はありませんよ、ダミアさん」

「俺は無力だ。お前たちのような子どもに頼るしかできない、哀れな大人だ……」

「あんたは十分頑張ったわよ。一度逃げ出しても家族の為に戻ってきた。結果が震わなかったとしても後ろ指を指される事でもなんでもないわ。だから後は任せてちょうだい。ラデニアだかラザニアだか知らないけど、この手でぶっ飛ばすッ!!」

 リーズは満面の笑みで両の拳をかち合わせた。


「リーズの言う通りです。後は僕たちに……必ずこの街を、あなたの家族を救い出して見せます!」

 ゼナは右手を差し出す。ダミア潤んだ涙を拭い去り、同じく右手を差し出し固い握手を交わした。希望はたった今託された。


「頼んだ。俺たちの街を、愛する者を……」

 ダミアの言葉を胸に二人は外に飛び出した。



「行こう……」

 朝を告げる鬱陶しいほどの光を遮りながら一行魔女の根城を目指した。



「……そうだ、メイ。一つ聞きたいことがあった」

「なんだ?」

「話によればラデニアがこの街の支配を始めたのが約十年前、つまり魔王が人間に破られてから四年。ならこの空白の四年間……何をしていたのかなって」

「私の憶測でいいなら語ってやる」

 ゼナはその言葉に首を縦に振った。


「おそらくその四年間に奴は学んでいたんだ。人間について。街全体を催眠で支配するのはそう難しくない。しかし時間がかかる。その間に怪しまれて、人間に徒党を組まれると厄介と思ったのだろう。だから四年間を準備に費やし、さらには時間が掛かるのを逆手にとってじわりじわりと街に催眠の種を撒き散らした」

「もしかして領主が病に伏せたのも……!?」

 顎に手を当て頭を悩ませていたリーズがハッとして答えた。


「ああ、それが計画の一手目だ。街の実見を握った方がぐっとやりやすい。偶然……かどうかは知らんが、領主の娘の体を乗っ取った催眠の魔力は領主を不死の病に掛かったという暗示にかけた。街は当然混乱する。そこで娘のラデニアが堂々と手を上げ、この街を導くと宣言する。フロッサの民にはそれが女神にでも思えただろう。興奮の渦に呑まれ訝しむ者など掻き消えた。それからはじっくりとこの街を……まあ、あくまで私の考察の域を出ないが」


 メイの今の話を聴いて概ね納得がいった。あちらから仕掛けてこず、自分の根城に誘い込むのは当然だ。むざむざ安直な勝負をしない。可能な限りのリスクを避ける。

 催眠の魔力ラデニア。彼女は狡猾な強敵だ。



 それからしばらく一向は無言で静寂の街を突き進んだ。所々に見える衛兵が抑揚のない声で案内を告げる以外は何も起こらず遂に屋敷の前に辿り着いた。


 間近で見る屋敷は遠目で見るよりも圧巻だ。ゼナ達を歓迎し、そして嘲笑うかのように見下ろしている。


 怖気つく事なく二人は正面の大扉の手を触れる。

 

 昨晩の話の末、堂々と真正面から攻めることに決めた。裏をかいてもその裏を描かれる可能性を考慮しての正面突破だ。


 二人は重い扉を押して開く。ぎいぎいと金属と床の大理石が擦れ、嫌な音が響いた。


「…………っ!!」

 扉を開け、目に飛び込んだ光景に驚きの声を漏らす。


 屋敷の中には庭園が広がっていた。色とりどりの花園、天井まで聳える木々、羽ばたく蝶の類。まるで森の一部を切り取り貼り付けたような場所だ。観光で訪れたかった。と悔しさを積もらせるほどに美しい。


「……花の手入れは怠っていないみたいね」

 確かにリーズの言う通り先程から心地の良い自然の匂いが漂っている。どの花も、いや、植物全てが生き生きとしているのを感じとれた。人間は軽んじるが植物は違うのだろうか。ラデニアの人物像が読めない。


 がちゃ。

「…………!?」

 その時、音がした。扉のノブが回された音だ。

 ぎぎぎ……。

 真正面の扉が開け放たれた。


 コツコツコツとこぎみのいい足音を響かせながら一人の女性が現れた。


 黒を主体としたドレス。スカート部分には荊を模した装飾が施され、上半身は艶やかな肩を露出し、その下を真紅色の薔薇が覆っていた。髪色も同様に赤い。彼女は本当に薔薇なのではないかと思ってしまう。


 その圧倒的な存在感から彼女がこの街を支配した外来種、催眠の魔力ラデニアであると理解できた。


 綺麗な薔薇には棘が……とはよく言ってものだ。目の前にいる彼女は正にそれの代表者だ。甘い言葉で囁けば催眠魔法さえも必要なさそうに思える。


「止まりなさい!!」

 リーズが片腕を突き出し、その指先に炎を宿らせてラデニアへと狙いつける。彼女は素直に足を止めた。


 ラデニアとの距離はざっと見て十メートル以上はある。

 

 ゼナは昨夜のメイの言葉を頭で反芻した。


『催眠魔法は一度掛かれば距離や場所の影響を受ける事なく発動する。そして魔法が人体に侵入するルートは五感。視覚、嗅覚、聴覚、味覚、触覚だ。こう聞くと人間である以上は催眠魔法に手も足も出ないように思えるだろう。だが、実際はそんなことはない。この中で戦闘時に主に使われるのは視覚と聴覚……あとは触覚くらいだ。そして視覚は目を合わさなければ、聴覚は耳を塞げば、触覚は近づかなければ掛かることはない。

 つまり結論づけると距離をとって視線と音に注意すればいいだけの話だ。どうだこれで催眠魔法は取るに足らないと思えるだろ?』




 ラデニアはドレスのスカートの両端を持ち上げ令嬢らしい優雅な一礼を取りながら、

「ご機嫌よう、お待ちしておりました。既にご存知かと思いますがわたくしがこの街の領主にして――催眠の魔力ラデニアにございます。ゼナ様、リーズ様、そして創造の魔力ことメイ様。お三方の来訪を心より歓迎いたします」

 透き通るような声を響かせてラデニアは丁寧な挨拶を重ねた。



「ふん、私の名前までご丁寧なこった。その余裕な面も今日ここまでだな」

 メイは息巻き挑発するがラデニアは笑顔を崩すことはない。

 煽りが無駄に終わったのを見てメイは舌打ちをしてバツが悪そうに沈黙した。


「フロッサのみんなを助けにきた」

 ゼナは毅然とした態度で物申した。


「助けに……ですか? それはおかしな話です。フロッサの、わたくしの民はみな喜んで協力してくれていますよ。魔王様復活の為にその身を捧げて……」

 ラデニアは誇らしげに語ったかと思うと、今度は感極まったように涙を流した。

 その姿勢にゼナは頭に血が昇り沸き立つのを感じた。


 腰の剣を抜刀し、リーズ同様ラデニアに矛先を向ける。


「下手な芝居はやめろよ、ラデニア」

「あらら、ばれちゃいましたか?」

 ラデニアは悪びれるはずもなく嘘泣きから生まれた涙を取り払う。そしてゼナたちの元へ一歩踏み出し――


 バンッ!!

 彼女の足先で小さな爆発が起こった。

 ラデニアは爆発を一瞥し顔を上げて、その発生源を睨みつけた。


「動かないでもらえるかしら?」

 リーズの指先から煙が立ちこめていた。


「酷いお人ですね。まだなにもしてないじゃありませんか……」

「ふんっ、あんたの手口は知ってるのよ。距離さえ保てば何もできない! さあ、人質の場所を吐きなさい。それとも今すぐあんたを焼き払おうか?」

 リーズが凄むがラデニアは崩した笑顔を元に戻していた。彼女の余裕が消える未来が見えない。


「穏便にはいきませんね、残念です」

 そう言って項垂れた、かと思えば指をパチンと鳴らした。


 ズズズッ!!

 何かが這い上がる音、それはゼナとリーズの立ち位置の左右から聞こえた。


 花畑から通常の花の十倍以上の質量を持った花が咲き誇っている。


「な、何こいつ!?」

「植物型の魔物だ! くそっ、やられた!」

 メイが叫んだ通り、不意打ちに近い動きをされて二人は攻撃に転じれていない。このままでは一撃をもらう。と思った。しかし魔物は攻撃どこらか激しく痙攣し、なんとそのまま破裂してしまった。

 巨大な花弁が紙吹雪のように細かく舞い散った。


「あらまあ、わたくしとしたことが調整に失敗してしまったようです」

 ラデニアはしょげ込んだ。わざとらしく。


「あいつのミスに救われたわね……」

「………………まずい、花弁から離れろッ!」

 メイが焦った顔で叫んだ。しかしすでに二人にはいくつか花弁が付着している。


 メイは素早く動きゼナに纏わる花弁を弾き、振り払った。次にリーズの方へ向かおうとしたが叶わなかった。


 リーズは大きくそして素早いバックステップを決めて距離をとった。まるで大事な物に触られてほしくない子どものようだ。


「リーズ……!?」

 ゼナは驚き彼女を見た。そしてその行動の意味を理解した。


 リーズの瞳は深い、まるで深淵のように虚で染まっている。今まで見てきた催眠に掛けられた人間の目だ。


「まさか、あの花が……」

「ああ、そうだ。あの破裂は決して失敗でもなんでもない。最初からお前たちをいや、リーズが狙いだった……そうだろ、ラデニア」

 メイは恨んだ瞳で睨む。ラデニアは笑顔を、先程とは違う愉悦めいた笑顔を浮かべる。



「彼女は催眠に対する耐性がどうにも脆弱だと思いましてね。私の予想的中でした。ご明察ですね創造の魔力。ですが気づくのが一歩、遅かった」

 拍手を送りながらけたけたとラデニアは笑った。


「リーズ……」

 ゼナがいくら呼びかけても少女は表情一つ変えなかった。ただ主人の命令を待つ傀儡に成り果てたのだ。


「わたくしは用事がございますので、また後ほどお会いいたしましょう。リーズ様との楽しい一時をお過ごしください。それではごきげんよう」

 ラデニアは最初の挨拶と同じように華麗な仕草を決めて、身を翻し扉の奥へと去っていく。


「待てッ!」

 駆け寄ろうと一歩踏み出した時、目の前にリーズが立ちはだかった。


「花弁だ。あの花弁には術式が刻まれている。それが触覚を通してリーズの精神を操り命令を下しているんだ」

「じゃあ、あれを取り払えばリーズは元に戻る!?」

「ああ、手早く済ませて先へ進むぞ。そしてあの女のうすら笑いをすぐにでも凍りつかせてやる!」


 憤るメイを横に冷静に剣を構えた。リーズも静かに拳を前に持っていく。


 一筋縄ではいかないと思っていたが、よもやこんな最悪なスタートを切るなんて……。


 頭で悔やみながらゼナは剣を握りしめた。

 囚われの仲間を救う為に今、刃を振るう。

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