47.生き残り
「……俺はお前たちにその……何かしたか?」
男がまず一番に聞いたことは催眠にかかった自分の事だった。魔法で自我を失った己が何か危害を加えたのではないかと不安になったのだろう。かつて同じような目に会い大衆に暴君として見られたゼナにはその気持ちが痛いほど理解できた。
「あなたは僕たちに危害を加えてはいません。あなたは馬車で僕たちをこのフロッサに連れてきました。いや、連れてくるように催眠を施されていた。と言ったほうが正しいですね」
「……そうか。それならよかった。知らぬ間に誰かを傷つけていたらと思うと恐ろしいからな……」
男は肩の力を抜き、安堵の溜息を漏らした。
「あんたはこの街の事情を知っているんでしょ? 催眠にかけられていたことをすぐに呑み込んだし」
「……ああ、知っているさ。ラデニア、あいつのせいでこの街はおかしくなっちまった。皆あいつを教祖のように崇拝している。それに……あの光景は……」
男は何か恐ろしいものを思い出したらしく、ガタガタと震えだした。
「だ、大丈夫ですか!? 落ち着いて、何があったのか話していただけますか?」
ゼナは荷物から水を取り出し差し出した。
男は縋るようにそれを飲み干す。
「……そうだな、まずは――」
男が話を始めた次の瞬間、リーズが素早く男の口を塞いだ。
「リーズ何を――」
ゼナが問いかけだがそれも塞がれる。
静寂が訪れた。その静寂に迷い奏でられたのは足音だ。
ざっ、ざっ、ざっ、とこちらに近づいてくる。三人は息を呑み闇に潜んだ。魔力の体であるメイだけが姿を隠す事なく足音の主を見つめた。
「………………」
衛兵がゼンマイ仕掛けの人形のような動きで辺りを監視しながら練り歩いてきた。相変わらずその顔には人間らしさは皆無だ。
やがて衛兵は何事もなく過ぎ去った。一同は同時に肩の力を抜く。
「おちおち話もできないわね。どこか安全な場所……そんなのないか」
「いや、一つある」
男は心当たりのある顔でそう言った。
「あるんですか!?」
「ああ、俺以外にも催眠を免れた者達が集まっている場所が」
いわゆる反抗軍といったところだろうか。味方がいるのは心強い。
「あそこだ」
ゼナ達は衛兵の巡回を掻い潜り、件の場所へと辿り着いた。物陰から覗き込む。
「……っ!?」
覗き込ませた首を直ぐに引っ込ませ、再び息を潜めた。
衛兵が二人、門番のようにして民家に立ちはだかっている。
「もしかして僕たちのことがばれたんじゃ……」
「いや、あいつらは前々からあそこにいる。俺たちの監視役だ」
監視役……。その言葉はやはり――。
「ちょっと待った! 今の話しだとあの場所が元々敵に割れているみたいに聞こえるんだけど……」
リーズがゼナの考えを代弁するかのように聞いた。
「その通りだ。俺を敵に攫われた反抗軍の一人でも思ったか? 違うな。俺たちはただ生かされただけなんだよ。あの女が愉悦するその為だけに……」
男は悔しそうに拳を地面に打ちつけ項垂れた。
ゼナの嫌な想像が当たってしまった。敵は街をまるごと支配できる力をもつ、魔王の魔力だ。そんな奴がみすみすただの人間を取り逃がすわけはなかったのだ。
地面に屈する男の無念が深く伝わってくる。
「……ひとまずはあの家に入りましょう」
ゼナは男を支え立ち上がらせた。
「だがどうするんだ? 奴らは手強いぞ……そうか! 催眠を解くんだな。俺をラデニアの支配から解放したように」
男は希望の光を宿した目でゼナを見た。この男にはすでにゼナが街を救う未来が見えているのかも知れない。しかしそれは淡すぎる夢物語だ。現実はそう容易くはない。
「それは無理。だから力押しでいくしかない」
リーズが両の拳を打ち合わせ息巻く。ゼナも頷いた。男は湧き上がって希望を無くし顔を暗くする。
「私が背後から強襲する。ゼナは囮になってね、よろしく!」
肩を強めに叩き、リーズは颯爽と駆けて行った。彼女の即決即断は相変わらずだが、頼もしい限りだ。
「だ、大丈夫なのか?」
男は怯える子供のように不安を露わにした。
「ええ、僕には心強い奴がいますからね」
そう言って視線を横に移す。欠伸をしてつまらなさそうにした白い少女が漂っていた。アイコンタクトで用意はいいかと、尋ねるとめんどくさそうにゼナの体に入りそして、魔力による身体強化を施した。全身が熱を帯びる。
「念の為だ、華奢なお前はこれくらいしないとな」
相変わらずの一言が気に触るが、やはり僕の相棒は心強い。作戦に対する不安が少し晴れた。
リーズの準備は整っただろうか。そう心配した時、民家の屋根から一点の光が。リーズが腕のガントレットに陽光を反射させていた。万端らしい。
それでは作戦開始!
「止まれ、何者だ?」
ゼナは堂々と衛兵達の前に姿を晒した。彼らは虚の目と抑揚のない声で槍を向けて構える。
「お前は外からきた奴だな。案内役はどうした? まさか――」
衛兵達はゼナが催眠にかかっていないと理解し、警戒してにじりよってくる。故に背後にいるリーズのことなど微塵も気が付かなかった。
メイがゼナの体から腕だけを生やし、パチンと指を鳴らす。もちろん二人にしか聞こえない。合図と共にリーズが左の衛兵に飛び掛かる。重力の加わった手刀を首に向けて放つ。衛兵は一瞬の呻き声をあげて顔面から倒れた。そして次、同じく油断している右の衛兵に拳を沈める予定……だった。
しかし、もう一人の衛兵は仲間が倒れたにも関わらず一切心配も驚きもせず槍をリーズに向け、突き放ってきた。流石のリーズも間髪入れないこの攻撃には対応できず、目を見開くしかできなかった。
けれど、ゼナがいる。彼はただの囮役で終わるつもりもない。万一に備えるのは当然だ。
敵の対応速度があまりに迅速で刃を抜き放つ時間はない。
ゼナは反射的に右腕を伸ばし槍を掴んだ。槍先がリーズの顔面スレスレで静止した。メイの助力、身体強化がなければこんなことはできない。
ゼナは掴んだ槍にさらに左手で掴みそしてぶん回した。遠心力で衛兵は地面を転がり仰向けで止まる。がら空きと化した土手っ腹にリーズの拳が沈み、無事もう一人の衛兵も沈黙させることができた。
「ふぅ〜、ゼナ助かった」
「私がいなければお前危なかったぞ。感謝してもらおうか?」
メイがおずおずとリーズに迫る。
「わかったわよ、ありがとさんっ!!」
リーズはムキに喚いて礼を言った。
「もう大丈夫ですよ!」
ゼナは物陰に隠れている男に声をかけた。男は警戒しながらゼナ達に駆け寄る。
「すごいなお前たち……まだ子供なのに」
「まあね、そんじゃそこらの子供と違うからさっ!」
リーズの言葉にゼナは深く同意する。実際、同年代がおよそ経験しないことをやってのけてここまできたのだ。そしてこれからその経験はさらに積み上がる。
男は倒れた衛兵の腰を弄り鍵を取り出した。民家の扉には錆びついた錠前が施されている。彼らは監禁状態にあったのがうかがえる。
「……しかし、こいつらはどうするべきか。目覚められたら厄介だぞ」
男は頭を悩ませる。催眠にかけられた衛兵達は常人の力を遥かに超えている。それは身をもって体験した。縄で縛り上げる程度では脱出される可能性がある。
何かいい方法がないか? と、ゼナは目配せをメイに送った。
「そうだな……ああ、思いついた。あそこでいいだろう」
メイは適当な地面を指し示した。
「リーズ。寝てるのを引っ張ってこい」
「あいよっ!」
リーズは衛兵の首根っこを掴みずるずると引きずった。あれで目覚めてしまうのではないかと心配になる。
「彼らは僕らに任せてください。扉の方をお願いします」
「……ああ、わかった」
役割分担を決めてリーズ達の元へ駆け寄る。
「……よし、ゼナ。ここに穴を創造しろ。深さとしては地面からこいつらの首が出るほどだ。そこに埋める」
「それはつまり……首から下を埋めて動けなくするわけか。晒し首みたいでなんだか……」
ゼナは嫌な気分を覚えた。この二人も元はただの人間で、今は傀儡なだけだ。催眠さえ解くことができればこんなことをせずに済むのに……。
「うだうだと考えるな。私はこいつらを殺したっていいんだぞ。それを提案したらお前たちが喚きちらすだろうから譲歩してやってるんだ」
「……わかったよ」
ゼナは渋々迷う気持ちに蓋をして魔法に取り掛かった。平らな地面にメイの言った通りの深さを想像する。一瞬地面が白く光り、そして穴が生み出された。
「よし。リーズ、こいつらを入れろ」
創り出された穴に衛兵が田植えのように入れ込まれていった。
「次にゼナ、今維持しているイメージを完全に消すんだ」
ゼナは言われた通りにしたがった。目を瞑り、頭のキャンバスを白紙に戻す。そして目を開けると……地面は元の形に戻っていた。二人の衛兵が首から下を埋められているのを除いて。
「顕現した創造魔法を消し去ることにより創り出された穴が元の地面に戻ったのさ。これでこいつらは地面と一体化したようなものだ。簡単には出られない」
「そうか……創造魔法は術者のイメージによってその存在の有無を左右される。だからこういう芸当も可能なのか!」
ゼナは顎に手を当て、興奮気味に話した。創造魔法のさらなる可能性を夢見て心が踊っている。
「ふっふっふ……! ようやく気がついたか? お前が宿し力はとてつもなく偉大で強大だと!」
メイはゼナの驚嘆に両手を広げ、天を仰ぎ自慢げに胸を膨らませた。
「メイはともかくとしてゼナ、あんたまでそんな顔して……結構な惨状よこれ」
リーズは青い顔で埋められた二人を指し示した。
「ごめん、つい……」
ゼナはリーズとそして哀れに地面から生える二人に謝罪を送る。
「ではこの惨状をさらに広げてやろう。そこにバケツがある。被せてやれ。目覚められたときに喚いても声が届かない」
「「…………」」
メイのその提案に二人はドン引きした。しかし危機的状況を避けるためには実行せざるを得なかった。ごめんなさい。と、何度も謝罪しバケツを被せた。
「よし、開いたぞ!」
男の声にゼナとリーズは振り返り駆け寄った。明け離れた扉の先に薄い闇が見える。
「うげ!? 何だか気味が悪いわね……」
リーズの忖度ない発言にゼナは肘で軽く小突いた。
「はは、別に気にせんさ。もうこの環境にも慣れたもんだ……慣れちまったんだ……」
男は自嘲気味に笑ったかと思うと、最後には顔を悲壮と苦悶で歪ませた。
「……行こう、リーズ」
ゼナ達は男に続き、生かされた者達のものへ向かう。




