43.炎、燃え尽きるまで
あまりに大きい。目の前に立ちはだかる炎の強大さに目が眩む。魔力が眠りから覚めれば同じ舞台に立てると思っていた。けどそれは甘い驕りと誤算でしかなかった。
リーズは自分の至らなさに嘆きたくなったが、そんな暇すらこの場にはない。故にやるしかなかった。
自身の心の中に入り込み、母を呼び寄せてくれた少女が提案した作戦を為すために……。
燃え滾る自分の拳を見つめる。
果たしてその境地に辿り着けるのか……確信なんてない。だけど――!!
「はあああああああ――っ!」
リーズは再び火球を放ち始めた。
「おいおい、それだけが手札じゃないだろ? お前はもっとやれるはずだぁ!」
まるで師匠か何かのような口調でバーニンガは喋り、次々に火球を弾き飛ばしていく。
「――はッ!!」
リーズは火球がバーニンガに当たる寸前に指先をくいっと下げた。それに呼応するように火球は足元へと落ちた。
「…………!」
小さい爆発と砂煙。それはバーニンガの視界を眩ませるには十分な量である。しかし、簡単に切り払われる代物だ。
火球が着弾したのを見て、リーズは素早く飛び出した。
一歩踏み込むごとに自身の足元にも煙を作り出す。
身を隠しながら素早く背後に移動し、一気に打った。
「……っ――!?」
リーズの拳は簡単に掴まれてしまった。
「――ふんッ!!」
バーニンガはリーズをそのまま地面に叩きつける。
「がはッ!?」
背中に嫌な痛みが走った。
バーニンガはその姿に蔑視の浮かんだ顔で覗き込み、仰向けになった腕を踏みつけた。
「くっ……!」
「リーズ、お前は俺を人間の猿真似と言ったな……ならばお前は馬鹿の一つ覚えだ。賢しい技ではこの俺は倒せん」
「いい加減本気を出せ、まだまだその炎は燃えるはずだ」
「……このおおおおおおっ――!!」
リーズは雄たけびと共に右手を振り切り、距離をとった。
「……はぁ……はぁ……」
「……さぁ、来い!」
リーズは地面に頭を打ち付け、自身を鼓舞した。
「……言われなくても!!」
リーズとバーニンガの炎による死闘が繰り広げられた。
互いの拳がぶつかり炎が溶け合う。かの男は拳を振るう度に喜び打ちひしがれる。かの少女は拳を振るう度に焦燥に暮れる。同じ炎でも対照的な感情を持つ。それはリーズがバーニンガの炎の一部を与えられた劣化品故か、はたまた炎に対する向き合い方の違いか。その答えは闘火に包まれた二人にとってはどうでもいい。
二人はただ己を燃やし、目の前の者を殴り続けた。
「……リーズの魔力が飛躍的な速度で上昇している……」
ゼナは二人の戦いを必死に目で追いながら、好奇と畏怖の感情で呟いた。
今やリーズの魔力は再燃した時と比べようのない出力を誇っている。彼女と距離が離れていようと、その強さはビリビリと押し付けられるほどだ。
ゼナは強く手を握りしめ、汗を垂らしながら戦いに目を向けていた。
ちらりと視線を真横にいるメイに移す。彼女も戦いに目を向けていた。ただしその視線の行き着く先はリーズであった。メイはひたすらにリーズを見つめる。何かを耐え難く待ち望むように。
きっとそれは彼女が企てた作戦、それをこうじる瞬間を今か今かと待ち望んでいる。
ゼナは何も言わず視線を戦いに戻した。今はリーズに信頼を預け、それが成就するのを祈願するしか他ない。
「ふふふ、いいぞ……いいぞ、リーズっ! その調子だ。もっともっと燃え上がれ!」
バーニンガは拳の焦熱を激しく滾らせ、リーズに振るう。それを迎え打つようにリーズの炎熱の拳が進む。
二つの炎が衝突する寸前、リーズは軸足を捻った。拳は正面ではなく斜め左に進路を変えた。そしてそのままバーニンガの拳を側面から殴る。
「……なにっ!?」
拳の押し合いが起こると思っていたバーニンガは梯子を外された様子だ。隙を晒す形でバランスを崩した。
リーズは拳の勢いを利用してその場で一回転をし、バーニンガの腹に一撃を沈め……。
「――迸る・炎熱・奔流」
リーズが素早く詠唱を呟くと、突き出した拳の炎が光り輝き、それはまるで決壊するダムのように溢れていった。
「――――ぐぅ……あっ……!?」
声にならない声を叫びながらバーニンガは炎に押し流され、自らが作り上げた炎のリングに叩きつけられた。
膝をつき、腹部を抑える。屈強な腹筋に焦げついた火傷が刻まれた。
「…………く、ははは……! 今のは効いたぜ……」
バーニンガの笑う。その笑い声は今までの余裕のある笑みでも、侮蔑の笑みでもない。一瞬の焦りから生じた、畏怖の笑いであった。
リーズは自身の炎を見つめる。今までにない手応え……そうか、これが兆し。ならもう少しだ。よりあの男とぶつかりあえばきっと――。
「バーニンガ、今のうちに笑っておきなさい。ここから先、あんたには絶望しかないんだからッ!」
今度はリーズが余裕の嘲笑を浮かべ、突っ走ってきた。
「ほざけ……小娘がっ――!」
バーニンガは怒りの感情を露わにし、向かってくるリーズに火球を打つ。それは彼女を呑み込むには容易い大きさのものだ。しかし、リーズは悠然とそれを躱す。火球はリーズの後方へと飛んでいった。
「…………」
その光景を見てバーニンガは笑った。
リーズは嫌な予感がし、咄嗟に体を翻す。
躱したはずの火球がこちら目掛けて突進してきた。
腕をクロスして不意打ちと化した火球に防御をとる。しかし、十分な防御姿勢ではなくリーズの体は押されていった。
「………………っ!!」
その進行方向にはバーニンガが拳を握り待ち構える。このままでは挟み撃ち。だが、今のリーズはこんな子ども騙しでやられるはずもなかった。
地面を削りながら進む両脚を一瞬浮かせ、強く踏み込んだ。リーズの体は浮き上がりムーンサルトの逆姿勢のような形になる。
勢い付いた踵がバーニンガの顎に直撃し、強烈な一撃となった。リーズはその勢いのまま、火球の枷から逃れ、抵抗を無くした火球は進路を変える事なく、顎をそらした主の元に直行して爆ぜた。
「ぐわああああッ―――!?」
何とも不様な悲鳴をあげてバーニンガは火煙に包まれた。
「賢しい技じゃ私は倒せないわよ?」
リーズはバーニンガの言葉を真似して送った。煙の奥で男の顔は見えない。けれど、どんな表情をしているのか何となくわかる。
煙が内から吹き飛ばされた。そこに立っているのは全身の至る所にまで火傷を負った男。男の表情は予想通り悔しさと怒りで濡れていた。
「炎の魔人がそんなに火傷しちゃうなんて、肩なしもいいところだわ」
「……調子に乗るなよ」
バーニンガは指を鳴らす。すると炎の壁からゼナを苦しめたあの炎の触手が現れた。
触手はリーズを左右方から縛りつけた。一瞬にして身動きが封じられる。
「小癪な手をっ……!?」
触手にまごついてる間にバーニンガの拳が沈む。逃げ場のない衝撃が内臓に響き、リーズは苦悶に顔を歪ませ吐血した。
「このままお前の腹に穴開けて――ぐおッ!?」
囀るバーニンガに向かってリーズは頭突きを振り下ろす。そして口内に溜まった血を顔面に向けて吐きつけた。
「ごあっ!? お、お前汚いぞ!」
「拘束して殴るような奴には言われたくないっての!」
拘束された腕を利用し両脚を持ち上げ、その場ドロップキックを顔面に送る。
目を抑えて悶えるバーニンガはぶっ飛んだ。このまま追撃と行きたいところだが、触手がそれを阻む。
「うざったいわね、あんたらッ!!」
リーズは触手に覇気のある声と共に眼を飛ばした。すると、まるで触手は蛇にでも睨まれたように震え、するすると拘束を解いた。
「なに? 私に恐怖したってわけ。ふざけるんじゃないわよ、敵前逃亡なんて許さないッ!」
リーズはそう言って右手に怯えるように漂う触手を握りつぶした。
霧散していく炎が拳の炎に吸収されていく。
「さて、残ったあんたはどうする? 今みたいに呆気なく消えるか、最後まで争うか、選びなさい」
リーズの言葉に触手はおろおろとし、やがて決心した。触手の中腹あたりから一本、二本と新たな触手が伸び出す。
「……その炎をぶつけにきなさい、そうすれば――!」
触手は様々な形、方向からリーズに襲い掛かるがそのことごとくが見抜かれ、いなされた。
生やした触手は引きちぎられ、リーズの炎に溶け合う。
「これで最後……」
残った大元の触手を引き裂き、全ての火を呑み込んだ。
「――――っ!?」
その時、リーズの心臓は高鳴った。何かが始まろうとしている。体は震え、体温が瞬く間に上昇した。
そうか、ついに――!
リーズは確信した。己の内に秘めたる兆しが極まったことを……。
今こそ進化の……いや、進火の時!
「――進・火」
天地に向かって叫ぶ。炎が昂り光を発した。リーズの姿は包まれ……。
「……か、変わった」
リーズの姿を見て、ゼナはおののき呟いた。
彼女の炎は深紅の赤から、光輝の黄色に色づいていた。相対するように魔力も上昇している。
「炎というのは温度によってその色を変える。魔法による炎もその例外ではない。バーニンガの炎とリーズの炎がぶつかり、溶け合うことによりあいつの炎は進化したのだ」
メイがすかさず解説を挟む。まるでこれが起こるのを知っていたように。
「す、すごいよリーズ!」
ゼナは金色の炎を燃やすリーズに感動を覚えた。
「……だが」
そんなゼナとは裏腹にメイは重い声を発する。
「それは奴も同じだ……」
「……いいぞリーズ。その炎で俺を穿て。それで俺もその境地に、至る!」
バーニンガはリーズに飛び掛かった。リーズは構え、手を翳す。
「爆炎の・一撃」
拳が光、炎の応酬が襲いかかかる。バーニンガを呑みこみ吹き飛ばす。
火だるまと化して地面を転がった。
「ぐわあああああああ!――――あああああ――ふはははははははははっ!!」
しばらくの絶叫が聞こえたがそれはやがて歓喜の声に変わった。
「そう、これだ! 俺が求めていた存在。リーズ、お前という炎が俺には必要だった、さらなる先に進むためになぁ!!」
バーニンガは火だるまのまま立ち上がった。
その姿を見てリーズは苦虫を嚙み潰したような顔をした。
あれはただの火だるまではない。全身に炎を宿している。拳だけのリーズの上位互換だ。しかもその炎の色は……。
「バーニンガも……同じ色の炎を……」
「あっちが大本で、リーズが一部なんだ。当然あいつも進化し、その効果も絶大だ。そしてさらにまだ先がある。対してリーズの進化はあと一段階が限界だろう」
「そんな……」
事態が好転したと思い、湧いた希望が瞬く間に涸れ果てていく。
「……だがその限界点が勝負のカギだ」
「どういうことだい、メイ」
「リーズが限界ぎりぎりの魔力を得た時が我々の出番、策をこうじる時だ。ゼナ準備するぞ。創造魔法の準備だ」
メイは自信に満ち溢れた笑顔を見せた。どうやらまだ希望は涸れ果ててなどいないみたいだ。
リーズとバーニンガは進火した炎をぶつけ合う。リーズの力は初めよりも比べ物にならないほど各段にあがった。それでも全身に炎を宿した魔人には一歩遅れる。
「もっとこい! もっと燃やせ! お前となら俺はどこまでも熱くなれる!!」
攻撃と攻撃、炎がかち合う度に二人の炎はその威力を増していく。バーニンガはその具合に歓喜の表情を浮かべる。しかし一方のリーズは苦しみの表情で埋められていた。
戦う度に膨らむ魔力に呑まれそうになっている。
耐えろ、耐えるんだ。耐えて炎を呑みこむんだ。もう一度進火をするためにはそれが必要だ。でなければあいつの炎には到底届かない。だが、体はすでに悲鳴を上げている。長年封印していた魔力を慣らすことなく吹かし、それに加え進火を使っている。当然の結果だ。
では、ここからさらなる進火をすればどうなる? きっと燃え尽きる。でもそれはすぐじゃない。少しくらいは持つ、いや持たせる。だから恐れるな! 私! 私は成し遂げる!!
「行くわよ、バーニンガ!!」
「こいっ!!」
「――進・火の・一撃!!!」
リーズの渾身の一撃、バーニンガはそれを向かい打つ。二人の拳はぶつかり火花を激しく散らす。そして爆発した。激しい爆風と光で両者は呑まれ、吹っ飛ばされる。
バーニンガとリーズは倒れ伏せた。束の間の静寂。それを最初に破ったのはバーニンガであった。
「……ふふふ、ふははははっ!! 最高だリーズ! お前のおかげで俺は――」
バーニンガは全身に力を込め、立ち上がった。燃え盛る炎の色が、白い輝きに変わった。炎で空気が歪み、地面は溶ける。炎の魔人はまた一歩完成に近づいた。
「……お前も進んだようだな!」
自分の炎を眺めながら、白い拳を燃やすリーズに嬉しそうに言葉をかけた。
「……はぁ……はぁ……」
体が震え痙攣する、視界が陽炎に揺らぐ、何よりも熱い!!
リーズは爆発寸前の火薬庫のようであった。体内が魔力で埋め尽くされ、立っていられるのが不思議なくらいだ。けれどこれで準備は整った。この炎があればバーニンガに届く。そう確信した。
「――はああああああ!!!!」
リーズは拳の炎を燃え上がらせた。
「バーニンガ、決着をつけましょう」
「俺はまだまだ楽しみたいんだがな」
バーニンガは残念そうな仕草をした。
「私もそうしたとこだけどね、見たらわかるでしょ? 私はここが限界なの」
「らしいな、本当に残念だ」
「だから、次の一撃にすべてを込める。魔力のすべてを。だからあんたもそうしなさい。全力と全力のぶつけ合い。負けたほうが燃え尽きる炎の決戦を」
「……いいだろう。お前が消えてしまうのは非常に惜しいが仕方ない。俺が進火するためには必要なことだ」
「もう勝った気でいるのね、後悔するわよ」
「後悔するのはこの勝負をしかけたお前のほうさ、リーズ」
バーニンガは余裕綽々に顔を綻ばせる。
よし、こちらの土俵にどうにか乗った。あとは……。
リーズはバーニンガから視線を外し瓦礫に隠れるゼナに移す。
ゼナが深く頷いた。
準備は万端のようだ。
……ゼナ、任せたわよ。私の命あんたに預けた!
リーズは炎を昂らせる。油断すれば燃え尽き消えてしまいそうだ。
耐えろ! この一撃はあの瞬間まで保たねばならない。
「では、リーズ! 俺の最高峰の炎でお前を送ってやる。そして、俺はさらなる進火を遂げるのだ!!」
全身に滾る白い炎は轟轟と燃え上がり、周囲の空間が捻じ曲がるほどだ。ここから繰り出される一撃は相当なものになる。決して覆せるものではない。もはやバーニンガはより高みに至った未来の自分が想像できた。
「これで終いだッ――!!」
バーニンガの全身から巨大な炎の塊が、リーズ目掛けて猛進していった。地面を削り溶かしながら、標的を焼き焦がそうと息巻いている。
その炎に向かってリーズは走り出した。傍から見れば自棄的行動に思える。だがそうではない。これは勝利を勝ち取るための行動だ。
信じている。
私の為に命を張ってくれたゼナを。だから私も命を預けられる。
バーニンガ。あんたの炎は今日この日をもって燃え尽きる。
バーニンガの攻撃が炎の壁まで到達し、弾けた。あまりの高熱により、攻撃が通り過ぎた地面はドロドロに溶けている。
「……俺の勝ちだ」
バーニンガの炎は一時的に消失をし、全身から排熱を行う。オーバーヒート状態というものだ。
体が重い。だが構わない。もうこの場に戦えるものはいない……あれはなんだ?
攻撃が通った後の地面に穴が開いている。あれは攻撃でできたものではない。
「――!?」
穴について逡巡したその時、魔力を感じた。この魔力は……!!
バーニンガは当然の勝利に酔いしれ魔力探知を怠っていた。故に気がつかなかった。自分の劣化品である少女が未だ健在ということに。
背後を振り返る。そこにはリーズがいた。地面から飛び出し、右手に凝縮された炎を携えて。
なぜ生きている? どこから出てきた? あの穴か!? いやそんなことよりも攻撃に備えなければ……!?
リーズが拳を打つ。バーニンガも拳で反抗する。
大丈夫だ。オーバーヒートは一時的なものだ。すぐに回復する。するはず……なのに……!!
バーニンガの右手から血が噴き出している。痛みが腕から響き渡った。
なんだこの痛みは!? 出血? こんな傷、いつの間に――。
『…………へへへっ、ざまあみろ』
脳裏に少年の声が浮かんだ。
ゼナ……!!! まさかお前の――!?
リーズの拳がじりじりと押し込まれていく。拮抗が崩れ去るのは時間の問題であった。
傷口が開いたのか……ならまた塞いで治す……。
再び頭に声が浮かぶ。今度はバーニンガ自身の声であった。
『決死の反抗。だが無念だったな。俺の炎がある限りこの身は無限の武火、不死鳥の如く!』
今の俺には炎がない――!
拮抗が崩れた。抵抗する拳を乗り越え、リーズの拳が魔人の胸に届く。
「イグス・シュターク」
炎熱焦土の拳がさく裂し、爆発と光に包まれた。
瓦礫につかまりゼナは必死にくらいつく。
やがて衝撃は収まった。爆心地に目をやるとそこには誰もいない。
「リーズッ!?」
ゼナは慌てて飛び出しかける。その場所にたどり着くとリーズの姿が消えた理由が分かった。
巨大なクレーターが形成されていた。その中心地には佇む少女と黒焦げの人型。
ゼナはクレータを滑り落ち、リーズのもとへ行く。
「リーズ、やったんだね!?」
「……ええ!」
リーズは笑顔でサムズアップを決めた。
「私が考えた完璧な作戦だ、失敗するわけがない」
メイは自慢げに胸をはる。
「だいぶ無茶な作戦だったけどね……」
ゼナとリーズは顔を合わせメイが語った作戦を今一度思いだす。
それは極限まで魔力をためたリーズがバーニンガの攻撃を誘う。攻撃が打ち出されたら、それに向かって走り出す。そして攻撃が当たる直前、ゼナが創造魔法を使いリーズの足元に穴を生成。その穴の中には一本の通路、出口はバーニンガの背後だ。そこから飛び出し、力を出し尽くした隙をついて一撃を放つ算段だ。少しでもタイミングがずれていれば、リーズは消し炭だっただろう。
「勝利は勝利だ。さてお楽しみの時間と行こうか。ゼナ、こいつの心臓を突き刺して魔力を奪う。こいつは虫の息だが魔力の源は健在だ。これで私の力はパワーアップする……」
メイは逸る気持ちを抑えられない様子だ。そんなメイをみて気まずさを覚える。
「……どうした? この期に及んで刺したくない、とか言うんじゃないだろうな。私たちはこのために来たんだ。さあ早く剣を――」
メイはそう言って振り返り、そして閉口した。
「……そういうことじゃなくて……この剣じゃ、たぶんむりだよね……」
乾いた笑いでゼナは折れた剣を差し出す。
「…………お前」
「これには簡単に語れない事情があって……」
「はあ、待て。少し考える」
メイが腕を組んで目つむったその時、バーニンガの体がピクリと動いた。
リーズはすぐさま戦いの構えを取った。
「おいおい、落ち着けよ。ちょっと体を動かしただけだろう? もう攻撃できる体力は残ってないぜ」
体とは裏腹に快活にバーニンガはしゃべった。
「何? 遺言でも残しに来たの」
「ははは、そうかもな。お前らの戦い見事だった。まさかゼナ、最後はお前の傷にしてやられるとは」
バーニンガの言葉にゼナは驚く。聞けばあのゼナの必死の抵抗が戦いのわけ目を決めたらしい。
「ほう、お前もやるもんだな。その結果得物を台無しにして困り果てていなければ、なおよかった」
メイは素直にほめたたえる。一言余計だが……。
「ところで、創造の魔力。お前は俺の力が欲しいらしいな。けどその方法が今はないと」
「そういうことだ。まあでもそれは時間の問題だ。お前を縛り上げて、その間に剣をどこかからかっぱらって突き立てるだけで、炎の魔人は終わるんだからな」
メイが悪辣愉悦の笑みを浮かべたが、バーニンガは意に返さない。むしろ笑顔を浮かべている。それがメイの気に障った。段々と苛立ちの表情に変わる。
「何がおかしい?」
「おかしいさ。俺の魔力はお前には絶対に渡らないからだ」
「なに――」
バーニンガがしたり顔を浮かべる。その瞬間、赤いエネルギーがリーズのもとに襲いかかった。
「うっ!?」
突然のことにリーズは反応できず、それの体内への侵入を許してしまう。
「リーズ!?」
「貴様、なんのつもりだ!」
「は……はは、炎は炎へと受け継が……れ――」
バーニンガは満足そうに笑い、こと切れた。
「リーズ、しっかり! 意識を保つんだ!」
ゼナはリーズに自分と同じ現象が起きていると思った。バーニンガがリーズの体を乗っ取るという最悪のシナリオが。
「……う……がぁ……はあッ!!」
覇気の籠った声が鳴り響き、リーズはがくりとした。
「…………」
ゼナは生唾を呑みこんで。事態に備えた。もしリーズが乗っ取られていたら……。
「安心しろ。バーニンガにその気はない」
「え……?」
メイが不貞腐れた顔で言った。
「……何ともないわ。むしろ体の奥底から熱を、力を感じる!」
「バーニンガは一体何をしたんだ」
「……奴はリーズに自分自身を魔力として譲渡したんだ。おそらくは私とリーズへの嫌がらせだろうな、くそっ!」
「なるほどね。母さんの仇である自分が体の中にいる。どんな気分? ってとこかしら」
リーズは呆れて首を振る。
「最後まで最悪な奴だな……」
「まったくね……でも、それだけじゃない気がする」
「どういうこと?」
「あいつの顔どうだった」
「腹立たしいくらい満足そうな顔をしていた」
メイは完全に不機嫌な顔で答えた。
「……つまり、リーズの炎を認めたってことかな」
「そんな気がする。あんな奴に認められたところでうれしくもないけど……はあー疲れた。ゆっくり寝たいわ」
リーズはぐったりと座り込んだ。ゼナもつられて腰を落とす。思えば怒涛の一日だった。鋼の男との戦いだったり、メイに体を乗っ取られたり、腕がへし折れたり……。
でも得たもののほうが大きい。この町に巣くう悪意を取り除くことができた。メイとリーズと共に。
「ありがとう。ゼナ、メイ。二人のおかげで私は過去から進めた」
「僕こそ助けられた。炎をかっ飛ばすリーズはすごくかっこよかったよ!」
少年と少女は互いを称え、握手を交わし微笑む。
ゼナとリーズ。それからメイ。誰が欠けてもこの勝利はあり得なかった。これを形容するなら、人と魔法が生み出した偶然による……いや、これは偶然とは呼ばない。
これは――奇跡。
人と魔法が生み出した―—奇跡の勝利だ。




