42.炎 対 炎!
過去の忌まわしを乗り越え、復讐の心火を希望の灯に変えた少女の両腕には深紅の炎熱が燃え盛る。
「どうしたの、構えなさいバーニンガ。この瞬間を待ち望んでいたんじゃないの?」
リーズは戦闘態勢を取りながら聞いた。バーニンガは何かを考えるようして顎に手を添える。その姿に戦意を感じない。
「……確かに待ち望んでいたさ。けどな……お前は俺の期待を二度も裏切った。三度目がないとは言い切れないだろ?」
「……それで?」
リーズが聞くとバーニンガは指を鳴らした。
炎の壁が大きく揺らぐ。バーニンガの背後の炎から何かが、のしのしと歩いてきた。リーズはその何かに深い見覚えがあった。
殺意を孕んだ爪牙。それをこなす体躯。相違する点を挙げるならば、そのすべてが炎で構成されていることだ。
「パンサルト……」
「懐かしいだろ? お前の運命を変えた宿敵、夜の殺戮獣。今は炎の殺戮獣ってとこだな」
「名前はどうだっていい。その獣もどきで何をしようっての?」
炎の殺戮獣は合計で二体現れた。まるであの日と同じ。命の危機に晒され、炎をこの身に宿したあの日と……。
「お前に試練を与える。二対の炎獣を超え、力を示せ!! この俺の闘争心に火をつけてみろッ!!」
バーニンガは己が審判者にでもなったようにそう宣言した。
「そういうこと。要は私を舐め腐っているわけだ。――けどねここに立っている私は、今までの私じゃない。半端な気持ちでこの拳を焦がしていると思わないことねッ!!!」
「だったら見せてみろ! その熱で証明して見せろ!!」
バーニンガはリーズに向かって指を刺す。
炎の殺戮獣が一匹先行して向かってきた。
左側面から大きく弧を描きながらリーズの喉元を狙って飛び込む。
リーズはそれに片手で答えた。
彼女の左手から生まれた爆炎が炎の獣を呑み込み、跡形もなく消した。
その光景を見てもう一匹がたじろぐ。しかし、主の命令には逆らえず無謀にも真正面から突っ込んできた。
「……洒落臭いッ!」
過去のトラウマを模倣する炎を思いっきり殴り飛ばす。リーズの炎と混じり合い、一つの爆炎と化してバーニンガへと向かっていった。
熱波が吹き荒れる爆発がバーニンガを襲った。
炎の魔人は理解した。目の前に立つのは期待はずれの弱者などではない。期待以上に成り得る火種だと……。
「……いい攻撃だリーズ。おかげで俺の一張羅が焦げついた」
バーニンガは黒ずんだ上半身の衣服を破り捨て、屈強な肉体を誇示した。
「火はついたかしら?」
「ああ……燃えてきたぜ」
バーニンガは拳に炎を宿した。
二人は笑い、構え、無言で見つめ合う。
火の粉が弾けたその瞬間が、開戦の合図だ。
「…………メイこの腕治せるの?」
リーズに託したゼナは瓦礫の影で治療を受けていた。
「動くな、やり辛い。お前の体内構造は熟知している。倒れた本棚に本を元に戻すようなもの、つまりは朝飯前だ」
「そ、そうか……」
自分の体の中身を知り尽くされているという事実にゼナは若干寒気がした。
「それにしても……リーズの魔力は凄まじいね。あれだけの力があれば……」
バーニンガを倒せる。そう言い切りたかった。しかしゼナは言葉を飲み込んだ。まだあの男は力のかけらも出していないだろうと思ったのだ。早計は滅びの予兆である。
「その通り。あいつの炎は点火したばかりだ。これからさらに燃え上がる。お前は余計なことを考えず、私の治癒を有難く受けるがいい」
「……わかったよ」
メイにそう言われて素直に呑み込んだ。
「ただこのまま指を咥えて見ているのは癪だろう。私もお前も」
「何か作戦があるんだね!?」
自分の胸に向かって叫んだ。
「喚くな。……ああそうだ、策がある。それにはお前と私の力が必要だ」
体の中にいるメイはどんな顔をしているのかゼナにはわからない。けどなんとなくだが、得意げな笑みを浮かべていると思えた。
「はあああああああッー!!」
勇んだ声と共にリーズは猛攻を浴びせる。
炎の拳は容赦なくバーニンガを襲うが、全て弾かれ、いなされていく。
「どうしたッ! その程度じゃ俺には届かない!」
リーズの拳を掴み、乱暴に投げ捨てた。
「くっ……!」
リーズは地面を無様に転がされ砂に塗れた。
地面を悔しげに殴りつけ、立ち上がる。その時、背後に熱を感じた。振り返ると炎の壁が手の届くところまで迫っていた。
「……これだっ!」
リーズは一瞬の逡巡をして、自分の右拳で炎の壁を殴りつけた。
「ぐぅ……ああああああああっ!!」
炎の壁にリーズの拳が入り込んでいく。まるで彼女を呑み込むように拳は炎に沈んでいった。
「………………はあっ!!」
発破を掛ける声とともにリーズは拳を引き抜く。彼女の拳はぐつぐつと燃え煮えたぎり、マグマのようだ。弾ける火の粉が地面に落ち黒点を作る。
「ふはははは、面白い! だがそんな付け焼き刃で――」
「――くらえッ!!」
リーズは左手を突き出し燃えたぎる右手を引き絞る。狙いを定め、迸る業火を打ち出し解放した。
真紅色のエネルギーがバーニンガを喰らい尽くすように突き進み、爆発した。熱風の嵐が吹き荒れる。
「付け焼き刃がどうしたって?」
灰色の煙に向かって呟く。自分でも慄く威力だ。けど……この程度で倒れ伏す相手ではない。
煙がはけていく。その中には仁王立ちのバーニンガがいた。上裸の皮膚に幾つかの火傷が見られる。
「……付け焼き刃と評した事を訂正しよう。大したものだ。この俺に、炎の魔力であるこの俺に火傷を負わせるとは名誉な事だぞ」
バーニンガは屈託のない嬉しそうな笑顔でそう言った。
「そんな不名誉……」
リーズは右拳の炎を左手に移す。落ち着きのない炎が静に変わる。それは過剰に取り込んだ魔炎がリーズの体に適合したことを示している。
「突き返してやる!」
リーズは力強い一歩を踏み込み、拳の炎を燃焼させる。熱く吹き出す炎が推進力となってバーニンガとの距離を一気に詰める。
「…………!?」
驚愕するバーニンガの懐に潜り込み鳩尾を打つ。ずしりと鈍い感覚が腕に伝わり、確かな手応えを実感した。
そのままリーズは拳を連打していく。一発打つたびに拳の炎は滾り、バーニンガの苦悶の声を聞く。
バーニンガがふらふらとよろける。一歩二歩後ずさったところに顎目掛けた一撃を穿つ。
一瞬身体が宙に持ち上がった。その隙だらけの格好にリーズは空中からの強烈な回し蹴りを放った。見事に首元へ直撃し、バーニンガは無様たらしく転がった。
「………………ふははは、素晴らしい、最高だ。リーズ。これだよ、俺が求めていたもの――っ!?」
寝転び、喜びに打ち震えるバーニンガにリーズは飛び込み、膝蹴りを胸に落とした。
馬乗りの格好になり首を掴む。
「ベラベラと感想を語っている暇があるの? 勘違いしないことね。あんたは楽しい戦いがしたいらしいけど、私はあんたを無慈悲に殺す。そのために――」
リーズが冷酷な目つきでバーニンガを見下ろしたその時、魔人の口の中が紅く光った。
咄嗟に飛び退く。すると熱線が照射され空まで突き抜けた。
「無慈悲にねぇ……俺はもっとお前とゆっくり闘争のダンスを踊りたかったんだが……試合でなく死合を所望するなら応えてやろう!」
バーニンガの拳が唸るように火を噴く。見ているだけで焼き尽くされそうな炎だ。
「簡単に焼かれてくれるなよ?」
「あんたのその余裕な顔、今に焼き焦がす!」
両者は構え、同時に踏み込んだ。拳と拳がぶつかり合う。
「……………はあっ!!」
「……………おらッ!!」
拳が拮抗し激しい火花が散る。
先に仕掛けたのはリーズだ。ぶつかり合う拳を蹴り上げ、その拮抗を外す。そして解放された拳を掌底の形に開き、地面に打つ。爆発と粉塵が起こりバーニンガの目を眩ませ、リーズの姿は一瞬煙に紛れた。
煙が晴れるとそこにリーズはいない。彼女はバーニンガの背後の空中にいた。
地面に打った掌底で起こった爆発と粉塵で飛び上がり、攻撃の隙を作り出したのだ。
がら空きの後頭部に踵落としを放つ。が……それをバーニンガは振り向きもせず片手で掴んだ。
「…………っ!?」
「いい作戦だが……俺に小手先は通じない」
バーニンガは掴んだ足を振り回し始めた。リーズに遠心力が加わっていく。
十分なエネルギーが加わったところで手を離した。リーズの体は遥か上空へ放たれた。その高度はバテヴの町が一望できる高さだ。
「町が……!」
リーズの目には燃え盛るバテヴが飛び込んできた。つい数時間前までお祭り騒ぎであった町が、今や地獄の喝采と化している。
「よそ見してる場合じゃないぞっ!」
バーニンガの声にハッとして首を戻す。
視界に数えきれない程の火球を視認した。それらは落下中のリーズに次々と向かってくる。
「くそッ……!」
リーズは打ち出された火球を弾き、殴り、撃ち落とす。数こそ多いが威力は並。大したこと――
「やるなぁ! じゃあ、こいつはどうだ!?」
バーニンガは右手を大弓の如く引き絞った。拳が加速度的に紅く染まる。
「お前どころか、町すら焼き尽くせる炎だ!」
右拳で狙いを定めて放った。リーズの比にならない業火が空に向かって突き進む。
「こんな……ものッ!!」
向かいくる炎の塊に向かって殴りかかった。
激しい衝撃のぶつかり合いが生まれる。リーズの拳は悲鳴をあげるが、そんなことに構ってはいられない。空中で逃げられない以上は、貫き壊すしか選択肢はない――!
「つらぬ、けえええええええええええっ!!!」
拳の塊がひび割れていく。綻びができた。
「よし! このまま――」
いや、だめだ。それではこの炎は穿てない。
考えろ。力押しだけじゃ……今の私には魔法がある。基礎を思い出せ、思い出せ!
リーズは限りある時の中で己の知識を引っ掻き回す。
詠唱……そうだ詠唱だ!
詠唱。それは言葉で魔力を形作り、魔法へと昇華させる行為である。
現代人の魔法は詠唱を破棄したものが殆どだ。理由は幾つかある。使い慣れた魔法は詠唱がなくても顕現が可能、詠唱が隙になる、詠唱を行うのは初心者のやり方。
要するに熟練者にとって詠唱という行為は煩わしく、そして恥なのだ。だけどリーズは知っている。
大切な人がその身で教えてくれた。
魔法は想いなのだ。人々の想いに応えてその身を表す。
想いは口にしなければ叶わない。だから私は口にする。この炎を退ける想いを魔法に変える!
「貫く、炎の、――」
リーズの拳が紅く、鋭く、光を放ち始めた。
「貫く・炎の・一撃――!!」
リーズの想いの魔法は襲い来る魔炎の塊を貫いた。
激しい爆発が宙で発生し、激しい衝撃の輪が発生した。
「……はあ……はあ……――!?」
息を切らしリーズは地面に膝をつく。そこに予兆もなく火球が飛んできた。
咄嗟に地面に爆発を作り、難を逃れた。
「いやはや、あれを貫き壊すとは驚きだ」
煙の中から拍手をしながらバーニンガが現れた。
「……まいったねこれは……たいして効いてないじゃない」
「そう悲観するなよ。これでもちょっとちびりそうだったんだぜ? 俺に恐怖心を芽生えさせたのはお前が初めてだ」
「……そいつはどうもっ!!」
薄ら笑いを浮かべるその顔面にリーズは拳を叩き込んだ。が、それは片手で簡単に掴まれてしまう。
「リーズ、一つ聞こう。お前の力はどこからくる? 現時点でお前は期待外れから期待以上に変わりつつある。ほんの短い時間でだ……お前を変えさせたのは一体なんだ?」
「……ふふふ、知りたい? だったら教えてあげる……それは――」
「それは……?」
リーズは頭をあげ、にやりとした笑顔を向けた。
「あんたのような人間の皮を被った化け物には到底理解できない、人間の気持ちってやつさ!!」
リーズの言葉にバーニンガは目を見開いた。その隙を彼女は見逃さない。
掴まれている右手を極限まで加熱し、解放した。超近距離で爆発が起こり、バーニンガは吹っ飛んだ。繰り出したリーズ自身も地面を転がる。
「……無茶するねえ……早死にするぜ?」
「あんたを斃すにはこれぐらしなきゃね……」
「人間の気持ちか……俺はこの体に入り込んで十四年以上になる。お前とそう年も変わらない。これでも結構人間を理解したつもりなんだがなあ」
バーニンガは悲しみに沈むしぐさをした。
安い演技だ。リーズはそう思った。この男の言葉はすべてが上っ面。戦いに関する感情以外は模倣でしかない。
「猿真似はしまいだ!!」
リーズは両手をバーニンガに向ける。その掌が赤々とした光と炎が集い、発射された。
「……はっ!!」
リーズの炎は放たれた火球によって相殺された。
「ならばこの身に刻んでくれよ! 人間とやらをよおッ――!!」
挑発する笑みに、リーズの血管が沸騰する。
「その言葉後悔するわよ……」
リーズは次々に火球を打ち出していく。しかしバーニンガは正確にそれを、同じ火球で相殺していく。
勝負は拮抗――いや……。
「このままじゃリーズは負ける……!」
炎の打ち合いを瓦礫の陰から見守りながらゼナは絶望混じりに呟いた。
「よし……こんなもんだろう。我ながら完璧な治癒だ。どうだゼナ? 私に全身全霊の感謝を、何なら頭を地面に擦り付けてもらってもかまわ――」
「メイ、傷が治ったなら作戦を早く! もう指を咥えて見ているわけにはいかないだろ!?」
自慢げに語るメイの言葉を無視してゼナは今にも戦場へと飛び出しそうであった。
「…………別に感謝が欲しいわけじゃない。うん。そうだ、欲しいわけじゃない」
メイは自分を納得させるようにボソボソと呟いた。心なしか肩が少し下がっている気がしたが、そんなことはどうでもいい。
「…………メイ!」
「あーうるさい! そんなに喚くな。まだ我々の出番じゃないんだよ」
「出番じゃないって……この状況で!? リーズはもう……」
「限界だと思うか?」
「…………っ!?」
「お前はリーズに信じて託したのだろう? ならば待てばいい。お前が必要になるその瞬間まで」
「………………」
メイからそんな言葉が出てくるとは思わなかった。
信頼……そうだ、僕はリーズに託し、それは未だ彼女の手の中に……。
少しでもリーズへの信頼を揺らげてしまった自分をゼナは憎らしく感じた。
「よく見ておけ、ゼナ。あいつの戦いはこれからだ。炎はまだまだ燃え上がる」




