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ゼロの旅路  作者: イフ
41/134

41.再燃する拳

 数多の闘いが繰り広げられたバテヴの町のシンボル。それは今、焦熱に包まれ瓦解し、灰へと変わりつつある。


 空は黒煙と宵闇と暗澹(あんたん)に染まり、武闘の祭りの終焉を告げた。


 バーニンガの暴挙によって、観客達はパニックに陥った。縦横無尽に我先と逃げ惑い、混沌を極めていく。


「こっちです! こちらから避難してください!!」


 その混乱を何とか治めようと、張り裂けんばかりの声をソフィーはあげる。


 彼女は会場従業員から逃げ惑ったあと、ゼナの試合を見ようと観客席についた。いつでも逃げられるよう、出口に手が届く場所を確保していたのだ。


 故にソフィーは逃げようと思えば一目散に避難できた。しかしこの惨状に目を背けるなんて事は真実を追い求める記者魂が許さなかった。

 彼女は人の波に押し流されないよう必死になりながら群衆を火の手から遠ざけた。


「これでここには誰もいませんね……」

 すっかり煤に塗れた顔を拭い瓦礫を乗り越え、ソフィーも脱出を果たす。



「どうなっているんですか!? チャンピオンは一体何を……」

 どこからか怒号が聞こえた。


 声がする方向を探ると、大会の司会者とソフィーを追っていた従業員が燃え盛るバテヴの戦場を見て嘆いていた。


「お二人ともっ! ここは危険です、もっと離れましょう!」

「ああ!? 何だお前、もうこの町は……てっ! お前は不法侵入したガキ!」

「ガキじゃないです! いやそれより、今はそんなことで声を荒げている場合じゃありません。早く非難を!」


「ですが……ご覧ください。バテヴの戦場の火災が周りの民家にも燃え移っています。このままだと本当にこの町は火の海です……逃げ場などありません」

 悲観した声で司会者は口を挟む。


「消化活動は? 消防団は動いているんですか!?」

「ええ、彼らはバテヴの戦場の消火に。水魔法に覚えがある者が民家の消火に当たっています」

「消防団を民家の消火に当ててください」

「し、しかしそれではまた燃え移る! 火元を消さない限り終わりませんよ!?」

 司会者はいまにも泣き出しそうだ。


「この火災はただの火災ではありません。バテヴの戦場で燃え盛る炎はまるで生き物のようです。いくら我々が立ち向かっても意味はないでしょう。しかし民家の火災は余波であり、まだこちらが太刀打ちできる範疇です。ですから……」

「わ、わかりました。ですがやはり、大元を断ち切らないとこの地獄は無限です……も、もしかしてこの事態を治める算段がおありで!?」

 司会者はすがるような熱視線を送る。ソフィーはその目に深く頷いた。


「ええ……それはおそらく今も戦っているでしょう。烈火の戦場の中を……」

 ソフィーは黒煙吹く戦場を見つめ、祈るように呟いた。

 




「……はぁ……はぁ……」

 ゼナは灼熱と疲労に当てられ膝をついた。炎のリングは戦いの場を限定するだけでなくこちらの体力を奪っていく。ゼナの体はまるで砂漠のような渇きを体現していた。


「どうしたゼナ? 動きが鈍っているぞ。あれだけの啖呵を切ったからには俺をもっと楽しませろよ」

 バーニンガは灼熱の中、涼しい顔でそう言う。


「僕はお前を楽しませるためにやっているんじゃない……お前を倒す為だッ!!」

 汗を振り切り、バーニンガに斬りかかる。今己が引き出せる限界を絞り出し剣を振るう。だがその剣筋をバーニンガは全て避けていく。


「……っ! さっきから避けるだけだな……もっと殴ってきたらどうだ!?」

 ゼナが詰るとバーニンガは冷たい目をした。そしてゼナの一撃を片手で掴んだ。


「…… !?」

「俺がお前の攻撃にたじろいでいるとでも思ったのか?」

 バーニンガに掴まれた剣はびくとも動かない。


「……ゼナ。気がつかないか? 俺はガッカリしているんだ。魔力のない体で俺にくってかかったその度胸はいい。けどそれに見合うだけの力をお前は持っていない。弱者の虚勢。俺が一番嫌いなものだッ!」

 バーニンガの表情が怒りで崩れたその瞬間、()()膝蹴りが鳩尾に入る。腹を貫く様な鋭い一撃でゼナは血反吐を溢し、地面に突っ伏した。


「……ぁ……が…………ぅ……」

 声にならない声で喘ぐ。口内に血と胃液が混じ合って溺れそうになる。


「今の一撃で沈むこの様でお前は何ができると思ったんだ。まったく……もういいから創造の魔力を呼んでこいよ。今なら回復薬をやってチャラにしてやる。だいたいあの女に何を期待している? 復讐という力を持ってしても俺に拳ひとつ振るえないゴミに何ができるんだ」


 バーニンガの言葉が朧げに耳に入る。


 メイを呼び戻すことはできない。そんなことをすればあいつは僕を嘲り罵るだろう。……いいや違う。それを嫌っているわけじゃない。ここで屈すればメイに対する信頼、リーズを想う気持ち、僕の大事なものを……二人を踏み躙る行為だ。だから……!!


「僕は……にげ……ないッ!!」

 血を吐き出しながら、バーニンガの足を掴んで必死に這い上がる。バーニンガは酷く冷たい目でゼナを見下し、顎に足先を添えて蹴り上げた。


 ゼナは一瞬宙に舞い、無様な仰向けを晒す。


「どうやらもっと痛みつけないとわからないらしいな」

 バーニンガは冷笑しゼナから離れ、炎のリングへと歩き出した。

 ゆらゆらと燃え盛る炎の壁に触れる。するとそこから触手が、炎の触手が生え出てきた。バーニンガが指を鳴らす。所在なさげに蠢いていた触手が確かにこちらに振り向き……一気に距離を詰めてきた。



 ゼナは剣を取り、迫り来る触手に一刀両断を加える。しかし、ただの剣では魔法である炎は斬れない。一撃は炎を揺らすのみだ。


 攻撃をものともしない触手はゼナの喉元に直進し纏わりついた。


「こんなもの……うああああああっ…………!?」

 瞬間、ゼナは絶叫した。首に纏わりついた触手が喉を締めあげ、焦がす。時間にしてそれは数秒もなかっただろう。だがゼナを苦しめるには十分すぎた。


「熱いか? けどこれはほんの序の口だ。お前を死ぬ寸前まで痛みつける手段は山ほどある。どうだ、魔力を取り戻したくなっただろ?」

「…………………」

 ゼナはバーニンガに何も言わず、剣を構えて再び立ち上がった。


「強情な奴だ。命知らずは嫌いじゃないが……自分の実力を理解していない馬鹿は嫌いだっていってるだろ!!」

 バーニンガは再び指を鳴らした。触手が鎌首をもたげる。次には触手の先端が揺らぎ、拳の形に変形した。


 炎の拳はゼナに強烈な正拳突きをかます。

 咄嗟に剣で防御をとるが意味はない。すり抜けてゼナの胸元に一撃が入る。


「がはっ!?」

 熱い衝撃が走り膝を折る。がしかし、それは許されなかった。両側面の炎の壁から新たな触手が現れ、腕に絡みついてゼナを磔のように縛りあげる。


 正面の触手が二股に別れ、右拳と左拳を作りゼナをタコ殴っていく。先程より痛くない。おそらく、ゼナを屈服させる為に威力を抑えているのだろう。

 もはや戦いは拷問へと変わりつつあった。


「……さて」

 バーニンガは頃合いを見て指を鳴らす。炎の触手たちが幻だったかのように消えた。


 縛るものがなくなったゼナは無造作に地面に捨てられる。


「返事を聞こうかゼナ。お前は頑張ったよ。だからもう……!?」

 バーニンガはゼナの目を見て驚いた。


 少年の目に未だ光が宿っている。決して濁りのない光。絶望や諦め一つない瞳。どこにそんな希望があるというんだ!?


「呆れたぜ、まったく……もういい。次が最後だ」

 そう言うとバーニンガは右拳を引き、腰を落とした。拳には炎が宿り轟轟と燃え盛る。


「今から10数える。その間に創造の魔力を呼び戻すならこの炎を消す。そうしないのならお前を消す。簡単な二択だ。いくら馬鹿でもわかるよな?」

 ゼナは話を聞いて、リーズが横たわる瓦礫を見た。体はボロボロだが決して動けないわけじゃない。最悪這っていけばあそこへ辿り着ける。


「10……」

 カウントダウンが始まった。決断しなければならない。しかし、ゼナの答えは既に決まっている。故にこの時間は決断のためではなく想像する時間だ。どのようにあの一撃を掻い潜るのかを……。



 バーニンガのカウントは容赦なく進む。

 ゼナは倒れ伏せたまま動かない。


「3…………2…………1…………」


「…………0」

 バーニンガから与えられたチャンスの時は幕を下ろした。



「本当に哀れな奴だ。拾える命をみすみす投げ出すとは……ではお望み通りにしてやろうか……!」

 バーニンガは怒りと呆れの混濁した表情で拳の火をさらに燃え上がらせる。



  大丈夫だ――


                 できる。

      本

      当        

      に      

      ?     外せば

                  死ぬ。

     

      無謀な

                掛けだ。



    ……やれる。       やるしかない。


                       メイ――


                   力

                   を

                   !

            


          僕に勇気を貸してくれ…………相棒っ!!

 


 炎の拳がこちら目掛けて向かってくる。空気を切り裂き焼き焦がす一撃。

 ゼナはその拳に狙いを定めて、剣を――――



 熱を纏った風が吹きあられ、砂塵を引き起こす。二人の姿は砂にのまれた。

 しばらくは轟々と揺らめく炎の音だけが聞こえた。



「……………………」

 砂塵が晴れるとそこにはバーニンガが立っていた。

 右拳に剣が半分ほど突き刺さっている。


「これは……!?」

 目を見開き、拳を見つめ驚愕する。


「…………へへへっ、ざまあみろ」

 ゼナは仰向けになり首だけを何とか上げてそう言った。簡単には立ち上がれなかった。右腕は衝撃のぶつかり合いであらぬ方向に折れ曲がっている。鈍痛が駆け巡り、意識がとびそうだった。


 ゼナの作戦は向かってくるバーニンガの拳の勢いを利用し、そこ目掛けて剣を突き刺すという暴挙そのものであった。

 無論外せば攻撃をもろにくらうことになる。極めて危険な掛け。だがゼナには一つの希望があった。 

 それはメイだ。 


 メイはゼナの体から離れ、今のゼナには魔力がない。しかし、用心深い彼女は自分の一部を切り離しゼナに残した。いざという切り札のために。あえてそのことを伝えなかったのは、魔力を意識してバーニンガに悟られないようにと考えたからだ。


 おかげで作戦は成功した。右腕は使い物にならなくなったが仕方のない犠牲だ。付いているだけマシというものだろう。



「ふふふ……ふははははっ! ゼナ、お前を哀れと言った事を謝罪しよう。お前は面白い奴だ。根性だけで俺に一矢報いるとは…………だがやはり残念だ。お前は俺に届かない」

 バーニンガは右腕を振り上げ、そして地面に叩きつけた。拳に刺さった剣が真ん中から折れた。


「……っ!?」


「……ふんっ!!」

 バーニンガが拳に炎を込める。するとゴボゴボと音を立て、何かが拳から滴り落ちた。


 ……剣だ。拳の中に残った剣が、バーニンガの炎熱で溶解され液体と化してしまった。


「…………ははっ」

 ゼナは思わず笑ってしまった。自分の腕を犠牲にしてまで遂行した作戦。それは淡い夢のように消え、無駄に終わった。


 拳の傷は炎で焦がされ塞がった。


「決死の反抗。だが無念だったな。俺の炎がある限りこの身は無限の武火、不死鳥の如く!」

 バーニンガは両の手を広げ高らかに笑い飛ばす。その笑い声は重石のようにゼナに降りかかった。


「ゼナ、寿命が本の少し伸びたがどうする、まだ歯向かうか?」

 バーニンガは足元に落ちた剣を蹴り飛ばした。

 ゼナの目の前へと滑りくる。


 何とも無惨な姿だ。親友から授けられた剣は柄から数十センチほどしか(やいば)が残っていない。もはや剣として死んでしまっている。

 皮肉なことに今のボロボロのゼナにはお似合いだ。


「…………くそッ……!」

 残った左腕でそれを掴む。もう反抗できる手段はない。しかし意思だけは未だ消えず、それだけがゼナを奮い立たせた。

 右腕が痛みの絶叫をあげ、視界が白昼夢のようにぼやける。いつ倒れても不思議ではない。それでもバーニンガを睨みつける視線だけは外さない。


「いい目だ。最後まで抗う戦士の眼差し。だがもう十分だ。お前は風前の灯。依然として燃え盛る業火の前に屈するしかないんだよ」

 バーニンガはゼナに向かって掌を突き出した。そこに火が集まり、やがては火球に変わった。


「さらばだ、ゼナ。お前の来世が強者である事を祈り、この一撃を手向として盛大に送ろうではないか」

 その言葉を最後に煉獄の魔人から狂炎迸る一撃が放たれた。それは情け容赦なくゼナに猛進していく。


 避けることも抗うこともできない死への片道便を無力に見つめるしかなかった。


 メイ。リーズ。

 僕は――何も――――――



 視界が魔炎で染まり切ろうとしたその時、視界の端に何かが横切り……火球を()()()()()


 横から衝撃を受けた火球は炎のリングまで飛ばされ、派手に爆ぜ散った。


 ゼナはゆっくりと首を回す。


 包帯の巻かれた腕。その包帯が炎で焼き焦げ、覆っていた傷を露わにする。まるで炎のような火傷のあと。いや、今は炎そのものだ。何故なら彼女の拳は真っ赤に燃えているのだから。



「…………リーズ!」

「お待たせゼナ。どうにか間に合ったみたいね!」

 拳に炎を宿らせた少女はにっこりと笑った。その笑顔にあの時の絶望や恐怖はない。


「全く……派手にやられやがって。まるでボロ雑巾だな」

「メイっ!」

 ゼナはさっきまでの苦悶が嘘のように吹き飛んだ。無茶無謀な掛けはどうやら成功したようだ。


「ゼナは休んでいて。ここからは私の番ね」

「……リーズ。頼んだよ」

「……ええ!」


 頷き合う二人をバーニンガは興味深そうに見つめる。


 よもやあの小娘が今になって再燃するとは思っていなかった。嬉しい誤算。だがまだ慌てるな。

 まずはあいつの意気込みをその身で聞こうじゃないか。


 バーニンガは再び手を翳し魔力を集め火球を放った。


 「リーズッ! あぶない!!」

 ゼナは叫んだ。しかしその必要はなかった。

 彼女は右手でそれを抑えつけるとまだ包帯の巻かれている左手を添えた。

 白い腕が黒く染まり、やがては深紅へと色づく。


「…………はあっ!!」

 炎の宿った両手で火球を抱え上げ、空へと打ち上げた。


 火球は勢いよく上空へ突き進み爆発した。それはまるで真のバテヴの戦場決勝戦のファンファーレのようであった。


「待ち侘びたぞ……この瞬間を……」

 バーニンガは嬉しそうに口元を歪める。


「ええ、私もよ。この日を……この火に至るのを待ち望んでいた」

 リーズは自身に宿りし魔炎を見つめた。

 

 大丈夫。この炎は誰かを助ける魔法。

 私は救う。私を頼ってくれたゼナを。

 地獄に見舞われたこの町を。


 必ず……救って見せる!


「バーニンガッ! あんたを倒す。炎の申し子であるこの私が!」

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