40.復活の狼煙
猛火のリングの中を一人の白き霊体が駆ける。
依代の無茶無謀な作戦を遂行するために駆ける。
ぐったりと横たわり気絶している少女の元へ辿り着く。この場に立つと後悔が豪雨の様に降り注いだ。この小娘がバーニンガに対抗する手段だと? 世迷言がすぎる。
何故私はあいつの作戦を受け入れてしまったんだ……今からでも戻って――
いや、待て。もしかすると……そうだ。可能性はある。これなら少しは戦況が傾く。それに……今からあいつの元に戻るのは私のプライドが許さない。
「始めるか……」
メイは水中に潜るかの如く、深く深呼吸をしてリーズへと飛び込んだ。
「………………入れたようだな」
目を開けるとそこは暗闇。何も見えない。けれどメイはこの場所を知っている。この光景を二度、目にしている。一度目は魔王討伐後、ゼナの母親であるレナの体に入り込んだ時。二度目は封印から解き放たれ、ゼナの体を支配しようとした時だ。
メイは暗闇を見渡し、あるものを探す……遠目に光が見えた。あれだ。
光目掛けて突き進む。近づくにつれ朧げな光に輪郭が顕れる。触れられる距離までくるとその姿は完全な形を持った。
メイは目の前にある者に驚嘆の声をあげずにはいられなかった。
そこにはリーズが蹲っていた。通常なら目の前にはただ光の球があるだけだ。しかし、目の前の魔力は色を除いて現実のリーズそのものだった。
これは……もしかしたらバーニンガの魔力が影響しているのかもしれない。
メイは切迫している状況であっても、魔力の可能性について探究心を募らせた。
その時、リーズの形をした魔力がぴくりと動き、そして顔をあげた。
「…………あんたは……」
「…………!!」
メイの喉から声にならない驚きがあがった。
「まさか意思まであるとはな……」
もはやメイは研究学者のような目つきになっていた。
「あんたはゼナの隣にいた……」
「やはり私が見えていたのか。まあ、バーニンガの一部があるのだから見えても不思議ではあるまい」
納得のいく答えを得られたからか、メイは深く満足したように頷いた。
「……私になにかよう?」
精気のない声でリーズは話す。彼女の目は光を放つ体であっても暗く死んでいる。
ゼナ……やはりこいつはだめだ。
「説明するのが面倒だから簡潔に言う。お前を起こしにきた。バーニンガを倒すためにお前の力が必要だ」
メイは心にも思っていない虚言を呟いた。
「私の力……ふふ、嫌な冗談。今の私を見てそう思えるわけないじゃない」
リーズはメイの嘘に怒るでもなく悲しむでもなく、ただ遠くを見つめ諦め切った顔をする。
その顔はどうにもメイを苛立たせた。
人間ならもっと抗ったらどうなんだ。私の知っている人間は……。
頭に一人の少年が浮かんだ。が、すぐに頭を振ってかき消す。
あの馬鹿に感化されるなんてことあってはならない。
「まあ、お前の自己評価の通り。戦力として数えるのも烏滸がましい。だから――」
メイはリーズの頭を掴もうと手を伸ばした。リーズの体を支配するために。
気絶しているリーズを見た時、その考えが浮かんだ。他人の体を操るのは至難ではあるが、魔力を自ら封じた体なら不可能ではないと思い至ったのだ。
ゼナ。この女が我々の希望になどなるはずもない。だから私が操り有効に使ってやる。
――――て……。
「っ……!?」
頭に触れる寸前で手が止まった。
「おい……今お前喋ったか?」
「………………」
リーズは上目遣いで力なく首を振る。
「だとしたら誰だ……誰の声だ? ここには私とお前しか……」
メイは警戒するように辺りを見渡す。が、そこにはただ闇が広がっているだけで何もない。
――っ……。
またもや声が。今度は魔力まで感じた。
「これは……可能性があるとしたらこいつの体に入ったバーニンガの一部が意思を……いや、それはない。同胞の気は掴み取れない。この魔力はむしろ……」
頭を悩ませながら、小さく座り込むリーズに目を向ける。
そう……こいつだ。リーズ自身の魔力に近い。つまりこの声の正体は――
「おま……ぇ……ゔ……あ……!?」
その時、確信に触れそうになったメイは突如として胸を抑え始めた。なにかが入ってくる……こいつは……!
「どうしたの……?」
リーズが小さな声で心配するが、それは届かない。メイは内に入り込むものを必死に追い出そうと暴れた。しかし、他人の体の中ということもあってか思うようにいかない。
「この……私がしは……され……あり……え」
途切れ途切れの雑言を最後にメイの意識は落ちた。そして彼女の体は光り輝き辺りを照らす。
リーズは眩さに目を顰め、視線を逸らそうとした。けど……できなかった。そこに現れ始めたものを見てしまったから。
あの日失ったもの。奪ってしまったもの。もう一度会いたいと願ったもの。懺悔をしてもしたりない存在。
「おか……あさ……ん?」
メイがいた場所にはあの日と変わらない母が立っていた。
『……久しぶりね。リーズ』
柔らかく愛しい声が耳に飛び込む。間違いなく母の声だった。
リーズは思わず立ち上がり母の胸に飛び込みたかった。あの日失くした温もりを一心に受け取りたかった。
けれどそれはできない。その温もりを奪ったのは私自身なのだから。そんなことは許されない。許してはいけない。贖罪すらも果たせない自分では。
きっとこれは幻だ。弱い己を慰める為に創り出した……。
『いいえ……リーズ。私は正真正銘のあなたの母親よ』
母の形をした光は優しく語りかけた。
『あの日、私が命を落とした最期の瞬間、私はあなたに手を伸ばした。どうしても伝えたい事があったから。けど私の声は炎に阻まれ届かなかった。だから……私は全ての力を振り絞って魔力をあなたに送ったの。いつの日かそれを届けられるように……それが今、この瞬間みたいね』
「お母さんは……あの日からずっと私のそばに……」
『そうよ。あなたをずっと見守っていた』
「ごめんなさい……お母さん」
リーズの目から涙がとめどなく溢れた。
『どうして謝るの?』
母は触れれば壊れてしまいそうなリーズに近寄り、そっと涙を拭う。
「全部私が悪いんだ! 私が勝手に突っ走って魔法の恐ろしさもわからずに……そのせいでお母さんは! だから復讐に身を投じた。あんなことになった元凶を斃して、贖罪を果たそうと……だけど、その復讐も結局は自分の罪から目を背ける為の手段でしかなかった。私は……お母さんを殺めた現実からただ逃げたかっただけなの……」
『……お母さんはあなたの魔法が好きだった』
「え…………」
『本当はリーズが魔法を初めて見せてくれたあの時、思いっきり褒めてあげたかった。私の娘は天才だって、親ばかになりたかった。でもそうはしなかった。……お父さんと同じ道を歩ませないために』
「お父さんと同じ……?」
『そうよ。あなたのお父さんも幼い頃から強大な魔法を使えた。けどそのせいで周りから恐れられた。天才という常識はずれは畏怖の対象になってしまう』
「……だからお母さんは私の魔法を……あはは、その通りだ。お母さんの言う通り。私の魔法は命を奪う魔法」
『リーズ。それは違うわ』
母は毅然とした顔で言う。
『私があの時伝えたかった言葉を今、あなたに送ります』
そして柔らかな慈愛に満ちた顔に変わった。
『リーズの魔法は誰かの役に立つ魔法。誰かを救える魔法。決して奪い傷つけるためだけにあるものじゃない』
「誰か……の役に……」
『ええ……』
母は立ち上がり、リーズの手を引いた。そして何もない空間を指差す。するとその空間が陽炎のように揺らぎ、映像が映し出された。
剣を携えた少年がよろめきながらも果敢に男に向かって行く光景。あれは……。
「ゼナ……!」
『そうよ。私が意識を覚醒できたのはこの子を送り込んだあの少年のおかげ』
「どうしてゼナが……」
『あなたを信じているから』
「…………!」
『あなたはここで怯えすくむような人じゃないって。必ず立ち上がり……悪しきを打ち倒すって願ってる』
「……馬鹿じゃないの。私はヒーローでも何でもない。それに私とゼナは出会って数日。それなのにあんなにボロボロになってまで私を信じているっていうの……?」
『リーズはああいう無茶無謀が嫌い?』
「――いいえ、ああいう馬鹿は嫌いじゃない……!」
リーズの目に光が、いや炎が宿った。
「あそこまで私を信じて頼ってくれる奴がいる。なのに私は怯えて蹲って……そんなのは嫌だ! 私は想いに応えたい。魔法で、誰かを助けられるこの魔法で!」
リーズの涙はすっかり晴れ決意で固まっている。その姿に母は涙を流した。
『それでこそ……私の娘だわ!』
そう言うと母の体は揺らいで見えた。
「お母さんっ!」
『私はずっと見守っているから。あなたが前に進む姿を。だから胸を張って生きて……炎の申し子、リーズとして』
「ありがとう……お母さん」
『さようなら。たまにはお父さんに顔を見せなさい。きっと心配して――――』
眩い光が走り、母の姿はのまれた。リーズはそれを瞬き一つせず見つめた。母の姿と言葉を一心に噛み締める為に。
「……はぁ……はぁ……なんだ、何が起きた!? 私の体は……」
リーズの母がいた場所からメイが現れた。自分の体を乗っ取られるという、自分がしていたことの逆をされ狼狽を隠せない。
「ねえ、あんた名前は?」
「はあ? 何だ突然……」
「いいから! 名前は?」
「……メイだ」
先程と打って変わって気丈なリーズに戸惑う。この短時間で人が変わったように思えた。
「メイか……ありがとうメイ! あんたのおかげで私は過去の悔恨から抜け出せた。今度は私が助ける番ね!」
「…………お前は何を言っているんだ」
メイにはリーズの言葉が理解不能で仕方がない。
「ゼナの想いに応えるために、バーニンガを倒すわよ!!」
リーズは拳を握り掲げた。それは怒りや憎しみ、後悔や逃避などではない。明るい明日へ進む為の復活の狼煙であった。




