39.希望に火をつけろ
「――つまり俺はあいつの親の仇。リーズは俺を倒すために遥々やってきたわけだ。それなのにあの様……笑えるよな?」
バーニンガは欠伸混じりの嘲笑を浮かべ、顎でリーズを指す。
「…………今の話、本当なのか? お前がリーズの母親を……」
ゼナは震える声で問いを投げかけながらもそれが真実だとわかってしまった。
炎に対する過剰な拒絶反応。バーニンガに向ける憎悪の視線。封印を施したような腕の包帯……全て合点がいく。彼女の勝気で明るい性格は自身のトラウマと復讐心を覆い隠す脆いベールであった。
「さて……昔話は終わりだ。戦場で怯え屈する弱者にはご退場してもらおうか」
バーニンガは再びリーズに向けて掌をかざした。
腕が燃え盛り、陽炎が生まれる。そして、太陽のような火球がバーニンガの掌に出現し、怯える少女へ放たれた。
その瞬間、ゼナはリーズの元へ飛び込み火球の射線から彼女を突き飛ばす。ゼナの背中すれすれを灼熱が通り過ぎた。
「おいおいゼナ、危ないじゃないか。そんなゴミのためにお前の命をかける必要はない。くだらん行動で俺の楽しみを奪うなよ」
バーニンガは心の底から心配するような猫撫で声を口にした。ゼナは全く見向きもせず、庇ったリーズを必死に呼びかける。
「リーズ!? リーズ、しっかりして!?」
「気絶しているだけだ」
横からメイが補足する。その言葉で一気に気が抜けた。
「そうか……よかった……」
「よくあるものか。あいつの言うとおりくだらん行動をしやがって……」
「なんだよ、その言い方……まるでリーズの命なんてどうでもいいみたいじゃないか!!」
「ああそうだよ。こんな怯え切った奴はクソの役にも立たない。そのために無茶して私の命まで危険に晒すな! 今、この場にお前の無鉄砲な善意はいらないんだよ」
「メイ……! お前…………いや、今は言い争っている場合じゃない僕も君も」
ゼナは吐き捨てられたメイの言葉を怒りが沸点に達する前に受け流し、冷静に鎮めた。
「ひとまずリーズを安全な場所に運ばなくちゃ……」
「ふん、ここにそんな場所はないだろ。なんせ"戦場"なんだからな」
ゼナとバーニンガを同時に馬鹿にするメイをあしらってリーズを隠せる場所を探した。……あった。
炎によって崩れた観客席の亡骸にリーズを横たわらせる。安全とは決して言えないがないよりはマシだ。
「……茶番は終わったか? だったらこいつを」
バーニンガは何かをゼナへ投げつけた。受け取り拳を開く。そこには小さな小瓶があった。
「魔力回復薬だ。弱ったお前たちと戦いたいわけじゃないんだよ俺は。フェアプレイといこう」
ゼナは手の中の小瓶を訝しんで見ていた。バーニンガはああ言うが果たしてこれは安全な代物なのだろうか……。
「ゼナ、飲め」
「えっ」
「それに毒物の類は見当たらない。店で市販されている純粋な魔力薬だ。あいつは万全な私たちでも余裕で捻られるらしい。まったくムカつく野郎だ……」
メイは立腹し奥歯を噛み締め、ない血が溢れ出そうなほど、拳に爪を食い込ませていた。
「……わかったよ、飲んでやる。バーニンガ」
ゼナは小瓶のコルクを抜き、一気に飲み干した。
あの時プレラスで飲んだ劇薬のように喉を焦がす。というようなことはなく飲みやすかった。けれども形容し難い味が喉を駆け胃に染み込むことに変わりはなかった。
魔力薬の類とは今後も相入れなさそうだ。
「ありがとう、まずかったよ」
ゼナは小瓶を幾分か力を込めて投げ返した。バーニンガは軽く受け取り小瓶を砕く。
「では……始めようか。バテヴの戦場、真の決勝戦を!!」
バーニンガは実に楽しそうに宣言し、大いに笑った。一方のゼナ達は笑顔もなければ楽しくもない。それどころか純粋な絶望と焦燥に至り嫌な汗を滴らせていた。
「メイ、勝てると思う? 僕は今、魔力が戻ってはっきりしたよ。目の前にいるのがどんな奴なのか……」
「お前と意見が合うのは癪で不快でたまらないが……認めざるを得ない。誤算だった……! 十四年という時は解き放たれたちっぽけな魔力を強大にするには十分すぎたらしい。今の私たちでは勝てる未来が想像できない。かと言ってここから逃げ出す事も熾烈を窮めるだろうな」
メイは苦悶の顔で頭を抱えた。
「メイ……」
「なんだ今必死に考えているんだ。邪魔するな。それとも、何か打開策の一つでもあるのか?」
「一つ……ある」
「なに!?」
メイが心底驚いた顔で振り向く。
「僕の考えが読めるんじゃないのか?」
「四六時中お前の思考に当てられるのはごめんだからな。私とて静謐を享受したい時がある。まあそんな話はどうでもいい、それで作戦は?」
「――リーズを起こす」
「……は?」
メイは呆気に取られた間抜けな声を出した。
「この戦いにはリーズが必要だ」
「……確かに戦力が多いに越したことはない。だがな、それは役に立つ奴に限っての話だ。目を瞑っていたとは言わせんぞ……お前も見ただろ。あの小娘の怯えようを。起こしたところでなんの力にならない。さっきと同じ光景を目にするだけだ。それともなにか? 盾にでもして逃げるわけか。その役割すら無理だろうなッ!!」
最後は怒号に変わった声をゼナはたじろぐ事なく聞いていた。
メイの意見は正しい。けど、正しさではこの窮地を乗り越えられない。無茶が必要だ。僕もメイも……。
「この場には彼女が必要だ。バーニンガを斃すには同じ炎の魔力を持った存在が……頼むメイっ! リーズを呼び起こすことが君なら出来るはずだ」
「……あいつの精神に入り込み、覚醒させることは容易いだろうな。だがその間、私はお前からいなくなる。つまり魔力のない状態でバーニンガと対することに。無事じゃすまないぞ」
メイは深刻な顔で脅す。ゼナの体を……いや、自分の住処が害されることを相当に嫌っているようすだ。
ゼナはそんな彼女に笑顔を作って見せた。想定外の表情にメイはたじろいだ。
「安心してメイ。あいつは僕を殺さないさ。直ぐにはね」
ゼナの言葉の意味が分からず、メイは疑問符を頭に浮かべる。
「バーニンガは戦いを楽しみにしている。殺すのが目的じゃない。でなければ今頃僕たちは灰燼と帰している。あいつは魔力のない僕でも多少は遊んでくれる……はずだ」
「多少って……精々五分か十分の話だろ」
「それだけあればなんとかできるだろ? メイなら」
「………………はぁ」
行き当たりばったりの作戦を真っ直ぐな顔で話すゼナにメイは溜息を吐いた。
「何故そこまでリーズの肩を持つ? あいつと出会ってから数日しか経っていないんだぞ」
「……どこか似ているんだよ。僕とリーズは。魔法が使えないところとか、過去に忌まわしい記憶があるところとかさ。だから……助けたいんだ」
ゼナの言葉にメイは意味がわからないという顔で返す。
「僕はメイに会って、止まっていた時計の針が動いた気分だったんだ。あの日から本当の自分として歩けている。リーズは今、時計の針が止まった僕と同じだ。過去の因果に縛られ、蹲っている。
仮にこの状況を脱し、生き延びたとしても……彼女は一生しがらみに苛まれたままだ。そんなのだめだ。嫌だ。僕の知っているリーズは明るく強気な闘士だから」
頭の中でいきいきと拳を振るう少女の姿が浮かぶ。彼女に一番似合う姿だ。
「お人好しの我儘もここまでくると病気だな……」
「そのお人好しに取り憑いたのはメイだろ? 君は僕に付き合うしかない」
「わかったよ、ああわかった。お前の愚策に乗る。乗ればいいんだろッ! もう知るか。どうにでもなれだ」
メイはヤケクソ気味にリーズの元へ飛んで行った。
「ありがとうメイ……頼んだよ。僕も頑張って生き延びるから」
遠ざかる魔力の後ろ姿を見つめながら小さく呟いた。
「待たせたな、バーニンガ」
ゼナは剣を構え、炎の魔力に立ち向かう。
「作戦はまとまったか?」
寝転んで空を見上げていたバーニンガは立ち上がった。
「ああ、お前とは僕一人で戦う……!」
「…………あのなぁ」
ゼナの言葉にバーニンガは心底ガッカリしたようにしゃがみ込み項垂れた。
「俺は創造の魔力と共存するお前と戦いたいんだ。ただの人間と戦っても何一つ面白くないだろ」
「なんだ、やらないのか? じゃあ僕の勝ちだな」
そう言った次の瞬間、バーニンガの拳がゼナの眼前まで迫って止まった。
「……ほう? 大したもんだ。てっきり腰を抜かして泣き喚くと思ったんだが、根性は、あるようだ。……それともただ動けなかっただけか?」
バーニンガは嘲笑った。
「……両方さ」
ゼナは笑った。その笑いは恐怖から来たのか、自信から湧き出たのかわからない。だが、気に入られたことは確かなようだ。バーニンガの嘲笑いが昂揚笑みへと変わりつつある。
「ふふふ、ふはははははっ! 面白い! お前のような命知らずは嫌いじゃないぞ。いいだろう、戯れに付き合ってやるとしよう」
どうにかこちらの手に乗ってくれた。とはいえ決して長くは持たない。ゼナの力も、それに対するバーニンガの興味も。
故にあとはメイを信じ、希望の炎が点火されるのを祈ってこの身で一刀を賭すのみ!
「いくぞ……バーニンガ!!」
覚悟を決めて剣を握り、兇漢の炎へと斬りかかった。




