37.場壊し
「確実に当てる作戦だと? 確かなんだろうな」
ゼナが言い放った言葉にメイは疑いを隠せない。
「ああ、きっとできる。ところで、僕の体を限界まで強化したらどのくらい保つ?」
「その一回が限界。それ以上はお前の体を破壊するだけだ」
「つまり一回はチャンスがあるわけか。一回あれば充分だ。いや……この一回しかない」
「ゼナ、お前は何をしようとしている? 考えが読めん」
ゼナの心が読めるはずのメイが困惑している。これはゼナの作戦が複雑……ではなく単純故の困惑。メイのようにロジックで動く性格では思いつかない作戦である。
「まあ、見ていてよ。……リーズッ!!」
ゼナは深く息を吸って、リーズの名を叫んだ。
「僕は今の闘い、死に物狂いで君に喰らい付いている。けどそれも限界に近い。このまま続ければ僕の敗北は確実だ」
「それで? はい僕の負けです降参しますって言うつもりじゃあ……ないでしょ?」
こちらの考えを見透かしたように答えるリーズにゼナは口角を少し上げた。
「ああもちろん。僕は次の一撃に全力を込める。だから……リーズも全力の一撃を頼む。この一騎打ちで白黒つけようじゃないか」
ゼナは挑発するようにリーズに言った。
「おいゼナ。これが作戦だなんて言わないだろうな」
「作戦だよ。これが」
「真正面からぶつかってください、なんて提案。リーズがのるメリットは――」
「わかった。あんたの勝負にまんまとのっかるわ。全力でやろうじゃない……!」
メイの言葉を遮るようにリーズはゼナの言葉に返した。
「ねっ? リーズなら乗るはずだと思ったんだ」
「………………」
メイはどこか不機嫌そうに腕を組んだ。
「メイ、さあ力を!」
「覚悟は出来ているんだろうな……力を限界まで引き出すということはその反動も凄まじい。生半可な精神でいると痛い目を見るぞ」
凄んだ声でゼナを脅しかける。
「覚悟ならあの日、君と再会したあの日にしたつもりさ。もちろん完璧なものじゃない。時に崩れ、折れることだってあるだろう。でも今はその時じゃない!」
「……そうか。ならばしっかりと受け止めろ! 私の力を、私をッ!」
メイがそう叫ぶと、体がズンと重くなる。
「ぐっ……あっがぁ……!」
声にならない声でゼナは痛みに喘ぐ。全身の血管が沸き立ち、血液が沸騰する。心臓は弾けそうなほど激烈に音を鳴らした。
先程の比にならない負荷が滝のように降りかかる。それは時間にして一分もないだろう。だがゼナには無限の時に思えた。
「………………」
ゼナの喘ぎが止まった。震えていた体も石像のように落ち着いた。
「準備はできたみたいね……」
ゼナのその姿を見てリーズは身震いした。もちろん恐怖からではなく、武者震いからだ。
ゼナの姿形は何一つ変わっていない。たがらこそ強者の香りが匂い立つ。リーズは笑みを溢さずにはいられなかった。
「最高ね、ゼナ。こんな好敵手と逢えるなんて思ってもみなかった!」
リーズは年相応にはしゃぎ切ると、やがて顔を強張らせた。本気の顔だ。情け容赦一つない闘士の顔。覚悟を持たない者なら尻尾を巻いて裸足で逃げ出す気迫……臆するな! 今、僕らは二人で一つなんだ。精神力で後ずさってはならない。
リーズは大きく一呼吸を入れ、しっかりと吐き出した。そして……腰を深く落とし、右拳を大弓の如く引いた。彼女の全身の筋肉が引き絞られ、その音がこちらまで聞こえる気がした。
リーズはいつでも事を構えられる姿勢になった。蓄えられた力を解放すれば、凄まじい破壊力が飛んでくるに違いない。
ゼナはその力のこもった拳を超えた力でリーズを斬り払わなければならない。
正直言って自信はない……などと言えば内なる魔力がけたたましく文句を言うだろう。だから言わない。いや、そんな気持ちは毛頭ない!
ゼナは剣を力強く握り直し、リーズに負けじと構えた。いつはち切れるかわからない緊張感が二人の間に流れゆく。会場の観客も司会者も固唾を飲んで見守る。もはやこの場に投げ込める言葉はなかった。
静粛に塗れた空間の中で音が響いた。それは二人にしか聞こえなかった。大粒の汗が一滴滴り、地面に落ちる音。その音が決着へのファンファーレであった。果たしてどちらから零れ落ちたのか……そんなこと二人にはどうでもいい。気がついた時には二人の体は動いていた。
リーズの拳は打ち出された矢の如くゼナに向かっていく。
ゼナはそれに抗う風のような剣撃を放ちながらリーズにぶつかりに行った。
勝負は一瞬にして終わる。二人はそう思った。だが、その考えはある音によってかき消えた。
何かが砕け散る音。この大会の中で二度聞いた音だ。咄嗟に脳裏に浮かんできたのは場外へと吹き飛んだディユスとウィック。つまりこの音は魔法防壁が破られた時の――
何かが勢いよく、二人の間に割り込むように魔法防壁の頂点を突き破って墜落してきた。
武舞台は砕ける水色の魔力と砂塵の嵐でカオスを極めていた。会場の観客たちは何が起きたのか理解できず、半パニック状態だ。
「何が起こった!?」
ゼナは気管に侵入した砂に苦しみながら言った。視界は完全に砂一色だ。
「まずは砂を斬り払え!」
横でメイが叫ぶ。どうやらリーズとの一騎打ちどころではなさそうだ。
ゼナは剣を団扇のように大振りに薙ぎ払った。反対方向からも風を感じる。リーズも同じ考えらしい。剣と拳の風が砂塵のベールを剥がす。そして……事の犯人を暴き出す。
拳を地面に突き刺し、赤いマントを旗めかせる男。
「バーニンガ……!」
ゼナは驚愕で目を見開く。一方のリーズは鋭い目でバーニンガを睨みつけていた。
「こここ、これはどういうことなのでしょうかー!? なんとチャンピオンであるバーニンガが決勝戦へと乱入しましたッー!!」
司会者は額に汗を滲ませながら叫んだ。その声は困惑の絵の具で彩られていた。バーニンガの乱入は予定調和でもなんでもないらしい……だったらこいつは何をしにきた?
「いやっーすまない! 観客のお前たちを驚かせてしまったことは謝罪しよう。二人の戦いを見ていたらどうにも昂りを抑えられなかった。こうして無茶な乱入を果たしてしまった次第だ……はっはっはっ!!」
バーニンガは快活に笑った。その様子に会場は安堵に包まれた。ゼナとリーズを除いて……。
「お早いご登場ね……バーニンガ」
リーズは拳を握り締め、感情を無理矢理押さえつけた声を出す。
「……リーズ。お前と戦うかはこれから次第だ。俺はどちらかというとあいつに興味がある。あの二人と言った方が適切かな?」
バーニンガはゼナを指差し、次にゼナの横の空間を指差した。
「……ゼナ、これはチャンスかも知れん。わざわざ獲物がまな板に乗ってきた。そしてこの場にはリーズがいる。連携をとって戦えば勝機はある……!」
「言うじゃないか、創造の魔力!」
バーニンガはもはやメイが見える事を隠しもしない。
「ならば用意せねばならない。最高の戦場を!!」
バーニンガはそう高らかに宣言すると、両手を横に広げ……。
「はあッ!!!」
気合いのこもった声と同時にバーニンガの手に炎が宿る。そして、そのバーニンガの炎が火球と化して会場に放たれた。
「……っ!?」
バーニンガの火球は会場に直撃しあっという間に火の手を広げた。観客たちはバーニンガの暴挙によって大パニックを引き起こした。
「に、にげろっー!!」
「あついあついあついああああああっ!!!」
「誰かたすけ!……」
炎はまるで失われた魔法防壁の代わりだと言わんばかりに武舞台を囲った。
「どうだ? 俺特製の炎のリングは。最高の戦いをするのに相応しいだろう、フハハハハッ!!」
バーニンガは高揚感に酔いしれながら笑う。その声に人々の阿鼻叫喚が混じり、余興であったはずのバテヴの戦場は……本当の戦場になってしまった。
「いいのか? バーニンガ。これではお前はもう二度とこの町で暗躍することはできんぞ」
皆が混沌に呑まれる中、メイは冷静な目でバーニンガに問い掛ける。彼女の変わらないその姿はゼナの焦りを抑えてくれた。
「そ、そうだよ。こんなことしたらお前の目的は果たされないじゃないか」
「目的? ああそうか。確かに俺は魔王様の為に魔力を集めていた。だがな……それはあくまで命令だ。俺が本当にしたかったのは、お前たちのような者と戦うことだ! ずっと抑圧していたこの感情! 同族であるお前が! それを扱うお前が! お前たちが呼び覚ました。見ろ! この悲鳴を嘆きを! お前たちのせいでここは地獄と化したのだ」
「…………そうか。だったらお前を倒してこの地獄を鎮める。そいつが僕の役目だ」
ゼナは剣を構えてバーニンガに毅然とした視線を送った。
「ふっ、根性なしではなさそうだ。それに比べて……」
バーニンガは笑みを消して振り向く。そこにはリーズがいた。彼女は目を血走らせ、体をガタガタと震わせている。完全に怯えきった姿、普段の彼女からは想像もできない。いや、もしかしたらこれが彼女なのかも知れない。己を強者のベールで覆い尽くし、恐怖から目を背けた少女。
それが本当のリーズ。そしてその恐怖の根源は、炎……と、炎の魔力であるバーニンガ……。
「お前はこの戦場には不要だ」
バーニンガは掌をリーズに狙いつけた。掌が赤く光る。
「やめろっ! バーニンガっ!!」
ゼナは咄嗟に側面からバーニンガの右腕目掛けて剣を薙ぎ払った。その瞬間放たれたバーニンガの火球は軌道が逸れ、リーズの横をすり抜けて炎のリングに当たり激しい熱風と共に弾けた。
「全く邪魔しやがって。こんな期待はずれは俺たちの戦いには枷でしかないだろうが」
バーニンガは呆れたようにため息を吐く。
「……お前とリーズはどういう関係なんだ。彼女に何をした!! 答えろっ!!」
ゼナは頭に血を昇らせて詰めた。ゼナの左眼には興を削がれたバーニンガが映り、右眼には……地面に項垂れ完全に戦意を喪失し、絶望したリーズが映り込んだ。
「ふーん、いいだろう話してやる。後腐れのないようにな。そこの期待はずれがどうしてこうなったのかを」
バーニンガは邪悪な笑みを浮かべて口を開いた。




