36.勝ちにいく!
雰囲気が変わった……。
何か独り言を叫ぶゼナを見てリーズはそう思った。あれは……ラビリ戦の時に感じたものに近い。そしてやっぱりあいつと似ている……。
二人の間に沈黙が流れた。再び、武舞台は静寂に包まれた。
――ざっ! どちらかが動いた音、仕掛けたのはゼナだ。踏み足でリーズとの距離を一気に縮める。
予想外のスピードにリーズは反応が遅れた。その隙目掛けてゼナは剣を脳天目掛けて振り落とす。
直撃……とはいかなかった。辛うじて間に合ったリーズの片手が剣を受け止めていた。しかし、完璧な防御ではない。リーズは痛みに顔を歪め、膝を折った。
すかさず、ゼナはがら空きの腹に向けて鋭い膝蹴りをかます。呻き声をあげてリーズがよろけた。さらに回し蹴りで追い打ち、リーズは吹っ飛んだ。
「よしっ! 手応えありだ」
意趣返しに成功し、ゼナは拳を握り込んだ。メイの補助があるとはいえ、あのリーズにニ撃喰らわせられたことに素直に喜んだ。
「やるじゃないゼナ。でも、乙女の腹を蹴り込むなんて紳士じゃないわね」
リーズはわざとらしく腹部を抑え立ち上がり、ゼナの反応を見た。
「えっと……そ、それは……」
ゼナは思わぬ言葉に慌てふためいている。
人格はゼナのまんまなのね……。
ラビリ戦の時に現れた人格。あれがまた出てきたと思ったんだけど、どうも違うみたい。もし目の前にいるのがあの時のゼナなら、私の言葉に動揺一つ見せないはずだ。
「冗談よ、ゼナ! ここは勝負の世界だもの。男も女も関係ない……全力で来なさい、真っ向から打ち砕いてやる」
リーズは乙女の顔をやめ、闘志の顔を表した。
「じゃ、遠慮はしないよ……!」
「ええ、出し切りなさい。でないと……痛い目みるからさッ!!」
メイの助力を受けたゼナに劣らない、いや、勝った速度でリーズは迫った。
渾身の一撃、ゼナは最少の動きで回避する。撃ち抜かれた空気の余波が肌にビリビリと伝わった。
ゼナはがら空きと化した横腹に薙ぎ払いを入れた。しかしこれを、リーズの左手は予期していたように掴み取り、自身の方で引き寄せた。
ゼナの顔がリーズの眼前に運ばれ、一瞬目が合った。束の間、重い頭突きがゼナを襲った。
視界が揺らぎ暗黒に包まれそうになったがなんとか堪え、目を見開く。頭突きの主は既にそこにはいない。
「どこに……!」
気づく間もなくリーズはゼナの背後に移動し、蹴りを放つ直前であった。避けられるはずもない一撃、だがゼナは振り向きもせずしゃがみ込む。リーズの蹴りは空を切る。
「なっ……!」
避けられるとは思っていなかったのかリーズは狼狽を見せた。そこを頭突きの痛みに堪えながらゼナは素早い足払いを掛けた。見事にリーズは体制を崩す。
「はあッ!!」
崩れた所にゼナは一閃を薙ぎ払う。腹部へと直撃。
砂埃を巻き上げながらリーズは吹っ飛び、倒れた。
「よしっ!」
「油断するなっ! たたみかけろ!」
一瞬緩んだ気をメイが直ちに鞭を入れる。まるでメイが騎手で自分が馬のように思えた。
急いでうつ伏せたリーズのもとに駆け寄る。隙だらけに倒れている。剣を助走の勢いのまま、振り下ろして……!?
瞬間、リーズは両手で地面を押し出し、起き上がりからのドロップキックをかました。
剣を振り上げた姿勢、助走の勢いも相まって、到底防御と回避に転じることはできない。しかし、ゼナは驚くべき行動に出た。
両足で跳び、リーズの足裏に自身の両足を合わせるように乗せたのだ。
リーズのドロップキックがまるで発射台のような役割を果たし、ゼナは宙に舞う。観客のどよめきを浴びながら、華麗に受け身を取った。
「どうだゼナ! 相手の動きを利用し、防御! そして距離を取る。一石二鳥の闘い方、私にしかなしえんものだ!」
身体の内からメイの自慢げな笑い声が響き渡る。
ゼナは自由に動き回る身体に振り回されて胃から戻しそうな気分だった。
「……………………」
今の動きを見てリーズはある考えが浮かんだ。
ゼナの攻撃……パワー、スピード共に修行の時と比べて倍以上の力だ。けれど、技術は変わっていない。大ぶりで読み易い攻撃、それをスピードで誤魔化しているだけ。それに比べて回避や防御の反応速度は異常と言っていい。
あんなめちゃくちゃな回避方法……常人のそれを超えている……。
ここで一つの疑問。攻撃と回避、防御の動きに実力差が顕著だ。同じ身体なのにまるで別人のような動き……もう少し様子を見てみよう。
リーズは腰を落とし、拳を構える。ゼナとの距離は数十メートル、近接攻撃が届く距離ではない。遠目のゼナが警戒かつ疑問の目で見つめる。リーズはそれにニヤリと笑って返す。
「私は格闘だけの女じゃないのよ……」
空に向けて拳を打った。ブンッ! と、鈍い音を立てて空気が揺れた。その空気の揺れが巨大な拳のようにゼナを襲った。
初見では理解できない攻撃、どうするゼナ?
「…………!」
見えない空気の拳、ゼナはまるで見えているように避けた。いや、ゼナには見えていない。避けられたのはメイのおかげだ。
メイがゼナの五感を借り、強化する事で空気の揺れから攻撃を読んだ。それだけではない。遠距離で拳を構えたのを見た時点で近接以外の武器があると理解したのだ。
今の動きを見てリーズの考えはほぼ確信に変わった。すると次に沸くの興味。ゼナに巣食う得体の知れない者がどれほどまでの実力を持っているのか。
リーズは空に向けて素早い連続したパンチを繰り出した。それは空砲の弾幕に変わり、ゼナへと猛襲していく。
「メイ、いったい今何が……うわぁっ!?」
質問しようとした矢先、身体が勝手に動いた。
「説明している暇はない! 黙って私に身を預けろッ!!」
ゼナには見えない空拳の連続。メイは全力を持って回避する。ゼナはその光景を第三者で見つめるしかない。
拳が打ち込まれるたびに空気が揺れ、地面は抉れる。魔法防壁の外でこれに当たったら……そう思うだけで身震い者である。
「ちっ……完璧には避けられなかった。魔力の乗っていない攻撃はどうにも読み切れん」
メイの悔しそうな声が響く。ゼナの体に少しずつ傷が増えていた。
「近づくと剛腕が……遠距離だと見えない攻撃が……隙がないよ。どうする、メイ……」
ゼナはポツリと弱音をこぼした。
「そうだな……けど、だからと言って! 人間風情にこの私がいいようにされっぱなしでたまるかッ! なんとかして距離を詰めろ、接近戦の方がまだ分がある」
メイの言葉に身が引き締まった。
そうだ、まだ負けてない。勝てないなんて決まっていない。君と僕ならどんな奴にも勝てる、勝ちに行く!!
ゼナは雄叫びを叫びながらリーズに向かって走り込んだ。
「相変わらず真正面な動き、当てやすいったらないわよ!」
再びリーズは拳を引き、空拳の構えを取った。
「来るぞ、私に身を預けろ!」
「いや、今度は僕の番だ。僕に身を預けてくれ」
「なんだと?」
「信じてくれ」
ゼナが呟くと薄らいだ身体の感覚が少し戻り、そして腕が熱くなった。どうやら信じてくれたみたいだ。
ブンっ! 空気が揺らぐ音。空拳が射出された。それは見えない攻撃、だからといって……斬れない道理はない!!
ゼナは肌に感じる空気の震えを感じながらそこへ突っ込む。震えはどんどん強くなっていく。
「…………ここだッ!!」
ゼナは前方の何もない空間に向けて、剣を思いっきり薙ぎ払う。剣が一瞬何かに突っかかった。
「うおおおおおおああああっ!」
雄叫びをあげながらゼナは剣を払い切った。
「空拳を切った!?」
リーズが驚くと同時にゼナの姿は巻き起こった砂塵の中に消えた。
「…………………」
リーズはじっと砂塵の中のゼナの気配を探る。距離を取り、不意打ちに備えるのは簡単なことだ。しかし、その行動がゼナの狙いなのではないか? ならば不意打ちを仕掛けたところにカウンターを決める方がリスクは少ない。
「などと、リーズは考えているに違いない。こちらはカウンターのカウンターを決め、一気に畳み掛けるんだ」
潜む砂の中でメイは言う。視界と故郷を阻む砂塵。今すぐ飛び出したい気分だが、せっかくのチャンスを無駄にする道理はない。
空気の流れが変わった。攻撃の意思を纏いながらゼナが飛び出してきた!
剣を両手で逆手持ちし、振り下ろしてきた。素早い攻撃、だが……事前に予測できればなんてことはない素人の攻撃。
リーズは剣筋を見切り最小限の動きでかわす。ゼナの剣はざっくりと地面に刺さる。その隙を見て、空いた横っ腹に蹴りを……!
かわされた!?
リーズの攻撃は空を切った。視界の端にゼナが見える。
地面に刺さった剣を軸に体をぶん回し、遠心力を乗せた蹴りを放ったのだ。
反撃の反撃を喰らいリーズは無防備に吹っ飛ぶ。すかさずメイの指示が仰がれることもなくゼナは追撃に張り切る。
まだ立ち上がれていないリーズの元へ、渾身の一撃を……これでお終いだ!
……ゼナの攻撃の直前、リーズは思いっきり地面を拳で殴りつけた。砂岩が悲鳴をあげて砕け、瞬間多量の砂がゼナの顔面目掛けて飛んだ。
「……っ!?」
視界を覆いつくす砂。メイの防御が入り、顔面を両腕で固めた。
「しまった……!」
防御姿勢をとってすぐ、メイはミスに気づいた。これはただの砂埃。今のゼナの一撃なら風圧で消し飛ばせた。目潰しによる攻防低下のリスクが頭をよぎり、反射的に攻撃をやめてしまった……!
ガードを続けたままゼナは飛び退き後退する。
「くっ……リーズはどこに」
「ここよ」
耳元にリーズの声が囁かれた。振り返ろうとしたが強い力が首に巻きつき出来なかった。
「捕まえたわよ、ゼナ!」
リーズはゼナの背後からヘッドロックを掛け、さらに寝技に持ち込んだ。
「さて、少しお話でもしましょうか?」
「こんな状態でできる話なんてないと僕は思うけど!」
必死に呼吸を確保しながらゼナは言う。
「いいや、あるね。あんたの中にいる得体の知れないやつについて私は知りたい」
「な……!?」
「教えてくれる?」
「……………ぐっあ!!」
ゼナが沈黙を始めるとリーズは首を絞める力を強めた。
「話したくないなら私から振るわ。今の闘い、私はゼナあんた一人と闘っている気がしなかった。まるでもう一人いるみたいな錯覚を覚えたの。何故そう思ったのかその理由は回避と攻撃の実力差にあった」
やっぱりメイの存在を悟られていたのか……。
「そしてその動きはラビリ戦の時のゼナの動きだった。二重人格の疑いもあったけど、それは魔力の流れから否定できる。回避の瞬間、得体の知れない魔力を捉えた。あの悪寒を感じさせる魔力、私はあれと似たものを知っている……」
「ひょっとしてバーニンガのこと?」
「!?」
ゼナが顔を歪めながらもあっけらかんに言うとリーズは驚愕した。
「あんた……やっぱり何か知っているのね? 詳しく聞かせなさい」
「それは……嫌だね。少なくとも首が圧迫されている状態じゃ口を割る気にはならない」
ゼナは言ってやったという顔をしたがリーズは意に返さない。
「だったら割らせるまでよ」
リーズはニヤリと笑った。その笑いにこそ悪寒が走った。
首を絞める力が一段階強くなった。解放されるどころか緩やかに敗北へと向かっている。
「ゼナ……! こいつの腕は私が、お前はなんとかして攻撃しろ!」
「攻撃たってこの状態でどうしろと!?」
「知るかっ! 自分で想像して考えろ!!」
メイはそれだけ言うと口を閉ざした。今はリーズの腕を押さえることで精一杯だ。ゼナが動かなければどうにもならない。
けれどどう動く? 両腕はリーズの腕を跳ね除ける為に使われている。足は自由だが蹴ろうともリーズに届く距離にない。武器はリーズに掴まれた時に落とし、蹴られた。三メートルは離れた場所にある。
くそっ! 剣さえあれば……いや、たとえ近くにあっても扱う腕がない。あの剣が一人でにでも動かない限り窮地は…………一人でに?
『想像して考えろ!!』
メイの言葉が頭でリフレインした。
そうか、そうだ! 一人でに動かないなら動かせばいい。剣が浮かびリーズに斬りかかる想像を創造すれば……!
果たしてできるのか? 不安が浮かび上がる。その時、息が詰まった。首を締めいる力がまた一段階上がった。もはや時間はない。
……の魔法は、僕の魔法は想像にして創造! これくらいやってやる!!
「意外に粘ったわね……でももう終わりに……!」
リーズがトドメを入れようとしたその時! 影が差し込んだ。不意に現れたその影にリーズは目がいった。
「っ……!!」
そこには宙に浮かび上がった剣が、リーズの頭目掛けて振り下ろされる最中だった。
リーズは急いでゼナから手を離す。剣が振り下ろされた。リーズは体を捻り剣の軌道から逃れる。
一撃は地面に刺さった。
予想外の攻撃、けれど避けられた。一瞬の安堵……すなわち隙!!
ゼナは素早く刺さった剣を引き抜き横振りを放った。リーズは安堵からの起き上がりで防御も回避も取れずにゼナの一撃をもろに喰らった。
「ふー、なんとかなった……メイ、想像しろっていうのはこういうことだったんだね」
「ああそういうこった。だがまだまだだな。点数をつけるならば三十点だ」
「……何点満点中?」
「五十点満点中だと思うか?」
「いいや……赤点ってわけか……」
昂った気分が少し落ち込んだ。いや落ち着いたらと捉えるべきだ。闘いは終わっていない。
リーズは砂を払い落としながら立ち上がった。
「まったく……次から次に驚かせてくれるわね、ゼナ」
勝利から遠ざかったというのにリーズはどこか楽しそうに笑った。
「とにかく窮地からは脱した。今度はこっちから――」
行くぞ! と言おうとしたのだが、体がぐらつき一瞬視界が暗転した。
「うっ……!?」
「今のは体の危険信号だ。ゼナ、リーズに追いつく為に私もお前も無理をしている。だというのにリーズと対等、いや劣勢だ。このまま消耗戦を続けていれば私の過剰供給でお前の体は毀れ、後は敗北を待つのみだ。だから、早急に決着をつけなければならない。
全身全霊を込めた一撃。そいつを確実に当てなければならない。だから作戦を練る。五分、次にお前の危険信号が発せられるまで五分と言ったところだ。それまでお前はリーズの攻撃を耐え――」
「その必要はないよ」
捲し立てるメイの言葉を遮る。
「作戦ならある。攻撃を確実に当てる作戦が!!」




