35.決戦の幕開け
「只今より三十分の休憩に入ります!」
司会者はそう案内して席を立った。
「いや〜いつも白熱する大会ですが、今回は特にすごいですねぇ。バーニンガさんが推薦したゼナっていう少年! 最年少初参加にもかかわらずディユス選手、ラビリ選手を踏破し決勝戦入り!
対する同年代のリーズ選手も巧みなフィジカルで決勝に駒を進めた実力者! これはとんでもない闘いになりそうですね!!」
まるで子供のように興奮する司会者は椅子にふんぞりかえるバーニンガに捲し立てた。しかしながらバーニンガは司会者のテンションとは裏腹に浮かない顔をしている。まるでがっかりと言った顔だ。
「チャンピオン……?」
何かまずい事を言ったのだろうかと思い、司会者は猛獣を相手にするかのようにオドオドと聞いた。
「ああ、すまない。少し考え事をね。君の言う通り熱く激しい闘いが見られそうだ!」
バーニンガがいつもの熱苦しい顔を取り戻したのを見て、司会者はそっと胸を撫で下ろす。
「君も休みたまえ。この先の決勝戦にはその闘志を伝える男が必要不可欠だ。万全な状態で望んでもらいたい」
バーニンガは慈しむ顔で司会者の肩に手を起き、休憩を促した。司会者は感無量と言った顔でバーニンガに頭を下げ、部屋を後にした。
「……………………」
バーニンガはにっこりと作った笑顔をすっと消して、椅子に自分を投げ出すように腰を下ろした。
「リーズ。少しは期待したんだが……あの程度で臆するとは、何も変わっていない。あの頃から何も……まあいいさ。今回のメインディッシュはおまえじゃない。ゼナ、そして創造の魔力。ああ、楽しみだ……!」
思えば退屈な日々だった。魔王様の為に魔力を集める。その方法を模索して辿り着いたのがこの武闘大会だ。戦闘しながら魔力を集める、俺にとって一石二鳥だったんだが……俺を唸らせる者はいやしなかった。しかしついに現れた! それが創造の魔力、同胞だ。
何故奴が人間のガキと共存しているのか気にはなるが、些細な問題に過ぎない。お前たちを皮切りにこの街を終わらせ、蹂躙の限りを尽くす。魔王様が長き眠りから目覚めた今、人間社会で蠢動する意味もなし。
「待ち遠しい……闘争盛るその時が……!」
バーニンガは自分の体温が上昇しているのを感じる。渇いた心に炎が灯された気分だった。
「皆様大変お待たせいたしましたッー! 只今よりバテヴの戦場、決勝戦を行いたいと思います!!」
耳を劈くほどの歓声が沸いた……ということはなく、ほどほどの歓声が沸いた。試合をあっけなく終わらせたリーズ。ラビリを過剰な暴力で捩じ伏せたゼナ。二人の印象が観客の興奮を抑えている。
「お、おほん。では決勝に勝ち進んだ選手をお呼びします。盛大な拍手でお迎えください!」
二つの巨大な扉が重々しく開かれた。ゼナは一歩踏み締め、武舞台へ向かう。足が重い。この扉を通り闘いの舞台へ赴くのは三回目だが一向に慣れる気はしない、むしろ回を増すごとに足枷をくくりつけられた様な重さを体現する。
けれど、怖気付いてはいられない。相手はあのリーズだ。修行の組み手ではついぞ彼女を地面に伏せることはなかった。ここではそうはいかない。
彼女に勝利し、バーニンガの元まで辿り着き、奴の罪を精算させる。
「両者揃いました! バテヴの戦場チャンピオン、バーニンガの推薦! その期待を裏切ることなく突き進んだ少年ゼナッ!!」
「対するはその剛拳で強者を薙ぎ倒していった少女リーズッ!!」
司会者がハイテンションで二人の紹介を果たす。それに釣られて観客たちも徐々にテンションを取り戻す。観客達をチラリと観察し、司会者は満足げに頷いた。
「試合開始前にチャンピオンから一言、お二人から意気込みをいただきたいと思います! では我らがチャンピオン、バーニンガにご登場いただきましょう!」
司会者が一歩横にずれると、王座に座っていた男が赤いマントを靡かせながら一歩前に出た。
「ご機嫌よう諸君ッ! 今大会は君たちにとっても俺にとってと異質なものだったろう。けれど、見応えのある試合が見れた、そう思わないか?」
バーニンガの一声で会場のボルテージは最高潮に昇っていった。
「決勝に上がったのは若き彼らだ。新世代の頂上決戦、どうなるか大変楽しみだッ! 熱き闘いを期待する」
バーニンガはキメ顔を残し、王座に戻った。
「何をキャラ付けしているのか……馬鹿馬鹿しい」
ゼナの横でメイが呆れ悪態つく。ゼナも似たような気持ちであった。町の住民にはチャンピオンという人気者の顔を作り、裏では人を魔力の為に殺している。
あいつはただの下賎な奴だ。
「チャンピオン、ありがとうございました。それでは次に選手達の意気込みをいただきましょう!」
司会者がどちらかを指名しようと目を動かす。それは片手をあげたリーズに止まった。
「ゼナ。決勝にくるならやっぱりあんただと思った。今までの試合、退屈で仕方なかった。ゼナとなら面白い闘いができると思うの。どう?」
リーズは挑発気味の表情と拳を構えた。
「僕も同じ気持ちだ。修行の時のリベンジを果たさせてもらうッ!」
背中の剣を力強く掴んで引き抜き、臨戦態勢でリーズを迎える。
「両者の闘志は燃えたぎっている様子! では始めましょう! バテヴの戦場、決勝戦! ゼナ選手対リーズ選手、試合開始ッー!!」
ゼナとリーズは互いに睨み合う。どちらも動かない。風に舞う砂埃の音だけが会場に響き渡る。誰もが息を呑んだ。
緊張でゼナは眩暈が起きそうになった。目を瞬いて振り払う。その瞬間をリーズは見逃さない!
ダンっ! と砂地を蹴り出す音、最初の踏み足でリーズは疾風の如くゼナに向かってくる。
「来るぞ、備えろッ!」
メイが叫んだ時にはゼナの面前に拳を引いたリーズがいた。攻撃の寸前の構え。避けるにはもう間に合わない! ゼナは剣を盾のように構え、防御の姿勢を取った。
直撃。衝撃が剣を伝って腕へ全身へ伝わる。数メートルほどゼナは地に足をつけながら飛んだ。
「流石のパワーだ……!」
衝撃を受けた腕がビリビリと震えた。修行した時の倍以上の力が込められている。
攻撃に感心しているゼナにリーズは追撃の手を緩めない。今度は少し弧を描きながらゼナの側面目掛けて走る。その勢いのまま踵からの回し蹴りを決めにいく。
「しゃがめ!」
メイの声。ゼナは迫り来るリーズの右脚を見つめながら腰を落とす。頭上で空気が切り裂かれ風が舞う。数本の髪の毛が犠牲になった。
今だッ!
回し蹴りが外れ、リーズに明確な隙が生まれた。
胴ががら空きだ……!
ゼナはそこ目掛けて剣を薙ぎ払った。がしかし、リーズは左脚で迫り来る剣を弾いた!
思わぬ反撃と驚きで逆にゼナの姿勢が崩れ、隙が生じた。リーズは回し蹴りの勢いを利用しゼナの正面まで一回転を、そして今度は左拳をゼナの鳩尾に沈ませた。
「ぐうッァ!?」
声にならない声をあげながらゼナは勢いよく吹っ飛ばされた。
まずいこのままじゃ……!
ゼナの背後に薄青の壁が迫りつつある。
「うおおおおおおおおおおッー!!」
雄叫びをあげながらゼナは剣を地面にブッ刺した。ガリガリと地面を削りながら剣は杭のような役割を果たす。
勢いが止まった……背中にヒヤリとした不思議な感覚のものが当たる。魔法防壁だ。武舞台の中央からここまで飛ばされたのだ。咄嗟の判断で地面に剣を刺してなければ今頃負けていた。
「ゼナ、とりあえずの作戦が決まった。聞け」
「作戦? 何も言わないと思ったらそういうことか。今、負けそうだったよ、僕」
ぜえぜえと息をしながらメイに言った。
「あれくらいお前ならなんとかできると思ったんだが……私の目が節穴だったか?」
わざとらしく目を瞬いた仕草でメイは返した。こいつは平常運転だ。
「もちろん一人で! なんとかなったさ。それで作戦って?」
「お前は攻撃だけに専念しろ。防御や回避といった行動を意識するな。そいつは私が行う。役割分担という奴だ」
瞬間、体が熱くなり、全身の感覚が薄らいだ。視界は鮮明に映り出され、聴力は小石が転がる音すら拾う。
「なんか気持ち悪いよこれ……」
「勝つためだ、我慢しろ。リーズの力量に追いつくにはこれしかない。私はお前に攻撃という重要な役割を託す。私はお前の守りを担う。……ゼナ、私の相棒と宣うなら見せてみろ。お前の力を!」
その声はゼナにしか聞こえない辛辣魔力が溢した信頼の言葉。噛み締めるように受け取り、笑顔で応える。
「いくぞ、メイ!」
「ああ! 遅れるんじゃないぞッ!!」
二人はリーズに向かって駆け出した。




