34.幕は破られる
「メイ、本当にやらかしてくれたみたいだね」
ゼナは慣れない語気で目の前の浮遊する少女に詰め寄る。しかし彼女は悪びれる素振りを微塵も見せない。
「起きて早々何かと思えば一丁前な説教か」
「そうだよ。スタッフの人に僕がどんな闘いをしたのか細かく聞いたんだ」
「それで?」
「その人は僕とラビリが……メイとラビリが闘っている近くにいて、二人の会話が耳にした。ラビリが降参しようしたのを遮り、抑えつけ、それから楽しそうに彼女を殴りつけたって。彼女が降参を宣言したなら素直に受け取ればよかった。僕たちの目的はバーニンガだ。誰かを嬲り遊ぶことじゃない」
ゼナは拳を強く握りしめてメイに言った。話をしている最中、担架で運ばれるラビリの顔が思い浮かぶ。顔は酷く腫れ、泣き腫らしていた。 外傷は魔法でどうにか元通りにはなるだろう。だが、傷ついた心は簡単には元に戻らない。
「元はといえばお前の性に対する耐性のなさが原因だ。私はゼナ、お前の心臓、心に棲みついている。お前の感情が直ではないがそよ風ぐらいには感じるんだ。それが魅了魔法に囚われた瞬間、お前の意識は消え、お前が受ける筈の感情が直に私に流れた。初めてだったよ……あの屈辱感は……!
私は想像にして創造の魔力! この世に二つとない崇高な魔法なんだ。それが魅了魔法という下賎なものに足蹴にされた……到底許せるものかッ!!」
ゼナを凌駕する気迫でメイは眼前に迫る。だがそれでもゼナは目を逸らさず、意見を変えたりもしない。
「君の尊厳を傷つけてしまったのは僕が原因だ。その点については本当に申し訳ないと思っている。ごめん。だけど、メイがやり過ぎた事に対する怒りは変わらない。君は冷静に彼女の降参を受け取るべきだった。それが僕の知っている創造の魔力、メイの筈だ」
ゼナは半分諭すように優しく声で話した。これには思わずメイも眉を下げ、珍しく顔を赤くした。冷静に自分の暴走を振り替えられると、魔法の魔力でも恥じらいを覚えるようだ。
「…………私はあの時の行動を悔いるつもりもお前の理想の押し付けに従う気もない。……だが、冷静さを欠いていた事は認めよう……」
「それで?」
先程のメイの言葉を真似て問うてみた。メイは一瞬こちらを睨みつけたが、すぐに抑えて言葉を繋ぐ。
「今後は平静を保つよう努力……してやる」
最後の言葉にメイのプライドが見えて苦笑しそうになった。そんなことをすれば小さくなった彼女が膨らむので堪えた。
「僕も反省する。自分の力なさでメイを怒らせたし、ラビリを痛い目を合わせてしまった。メイ、僕はもっと強くなる。君の……その相棒? として並び立てるように!」
「いつお前は私に並び立った? 調子に乗るな、全くもって烏滸がましい。……まあ、強くなる気があるならその世迷言を多少は耳に入れてやる」
メイはいつもの悪い顔をして言う。だけど、ゼナにはその顔から飛び出す言葉がどこか柔らかく聞こえた。それが彼女なりの反省の姿勢に思えて、我慢していた笑みが溢れた。
「何を笑ってやがる」
「ごめん、なんでもないよ。そろそろ反省会を切り上げて、リーズの試合を観に行こうか」
「そうだな、決勝で当たるとしたらまずリーズだろう。少しでもあいつの情報が欲しい」
その言葉にゼナは頷き腰を上げる。次の試合、彼女はどう闘うのか。期待を膨らませ部屋を出た。
急いで観戦席へ着くともうそこには誰もいなかった。ディユスは敗退から姿を見せず、ルナストはファンの女性達に慰められに行き、ラビリは……来るはずもない。ゼナは特等席に構えた。
試合は両者の一言が丁度終わったところ、つまりは試合開始直前だ。
リーズの試合相手は奇術師の姿をしたウィックという男。Bブロック第二試合でまるでショーのような魔術で相手を翻弄し、観客を魅了させた。その技術は目を見張るものがあり、ゼナも思わず夢中になっていた。
実力的にリーズが勝つだろう。ゼナ自身も応援するならばリーズだ。しかし、ウィックの盛大なショーを見たいと心は言っている。
「何をそんなワクワクしている」
隣に座ったメイが醒めた目で見つめる。
「メイも見ただろ? あの大魔術! 次はいったいどんなのを見せてれるのかな」
ゼナの目はキラキラと輝いた。メイは心底興味のない表情で武舞台に視線を戻した。
「それではBブロック第二回戦。リーズ選手対ウィック選手、試合開始ッー!!」
司会者の宣言で試合の火蓋は切って落とされた。
リーズはまず距離をとる。まず相手の外見から判断して魔法に対する警戒を持った。
「まあまあお嬢さん。慌てなさんな。そんなすぐに闘う事はない。まずはわたくしの華麗なるショーをご覧になるといい」
「私は闘いにきたんですけど」
拳を構うながらリーズは言った。
「それはわたくしも同じ気持ちです。しかし、ここは戦場と名を打ちながら、その実余興の場なのです。大勢の観客の皆さんがいらっしゃいます。わたくしのような人の笑顔を生業としている者はどうしても血が疼く。彼ら彼女らを闘いの熱だけではなく楽しさの渦に巻き込みたいと」
「ああそう、じゃあショーでもなんでもお好きにどうぞ」
リーズは興が削がれたのか投げやりな姿勢で言った。
「ありがとうございます。それでは皆さん! 少々お付き合いください。このウィックが織りなす不思議な世界に……」
ウィックは丁寧な一礼を観客に向けた。そしてステッキを取り出し、天高く掲げ黒い光を魔法防壁のドーム頭頂に向けて放った。
白い紙にインクが一滴溢れるように、ドーム内が暗闇に染まっていく。一瞬にして武舞台が夜に包まれた。
「準備が整いました。それではご覧ください……ウィックが描く夜の夢を」
ウィックが再びステッキを構える。今度は七色に光り輝いてた。それを筆のようにし、夜のキャンバスにアーチを描く。するとどうだろう。夜の中に煌びやかな虹が現れたではないか。観客もゼナも見惚れてしまう美しい虹だ。
「まだまだ夜は続きます」
ウィックは次々とステッキで宙に描く。それは星や動物など様々だ。やがて武舞台は賑やかな夜の幻想世界に変わってしまった。
今自分が見ているのは武闘大会ということも忘れてしまう。それほどまでに美しい光景、ゼナはふと昔を思い出した。
幼い頃好きだったおもちゃがあった。それは小さいドーム状のもので、中には家や動物達がいた。彼らは動かずドームの中に固定されている。だが、少し魔力を込めると生きているように動き出すのだ。初めてあれを見た時は感動した。それからことあるごとに母に動かしてと、ねだったものだ。
「はぁ、とっととこのつまらん余興を終わらせてくれ。時間の無駄だ」
メイは悪態ついた顔で吐き捨てる。わかってはいたことだが、彼女に美しいものを愛でる感覚はない。もしウィックとメイが闘うことがあればショーの幕があがることはないだろう。
光の動物達がウィックの元に集まり横に整列する。その光景はまるでサーカスの最後の舞台挨拶のように思えた。会場から沢山の拍手が溢れる。皆、ウィックの虜だ。
「ありがとうございます! 続いては私の十八番、闇の中の炎舞をご覧いただきましょう!!」
ステッキを一振りすると、動物達が淡い夢のように溶けた。
そしてステッキが赤くなり、燃焼した。暗闇の中にウィックの炎が轟々と燃え立ち……。
パリンッと、ガラスが突き破られたような音が会場に響き渡った。全員の視線が音のする方向に目を集まる。
武舞台を覆っていた防壁に穴が空いている。今の音はこれが破られた音だ。そしてその穴の下にはウィックが白目を向いて転がっていた。
観客が騒めく。今何が起こったのか……ウィックの魔法が解かれ、武舞台からは夜が過ぎ去る。中には拳を突き出したリーズがいた。彼女の攻撃をまともに食らってウィックは場外負けを果たした。
「場外ッー!! 勝者、リーズ選手!」
司会者が呆気に取られながらもリーズの勝利を宣言した。観客達はたった今状況を理解した。ウィックの次のショーが幕を開ける瞬間、リーズは思いっきりぶん殴ったのだ。勢いづいた不意打ちにウィックは驚く間もなく吹っ飛ばされた。
白けた拍手を受けながらリーズはこちらに歩いてくる。その顔はどこか遠い目をしている。
「リーズ、勝ったね!」
精一杯明るい称賛を送ったが、リーズは上の空のようにゼナの横を通り過ぎていった……。
「ふああ〜やっと終わったか。退屈でなんとも無駄な時間だった」
「メイ、リーズのことなんだけど……」
「そうだな、まず最初のウィックが魔法を使う瞬間にぶん殴っていればこんな時間を過ごさずに済んだ。あいつに文句の一つ付けてやれ。できるなら最初からそうしろってな」
メイは本当にあの時間が苦痛だったみたいだ。情緒のかけらも持ち合わせていない。いや、今はそんな事どうでもいい。
「そういうことじゃなくて……リーズにはなんだか余裕がないように見えた。ウィックを一撃で終わらせたのは彼女らしくない。どう思う?」
「…………火だ」
「え?」
「リーズは炎を見た瞬間、表情が変わった。呆れながらウィックの魔法を見ていた目が、憎悪と恐怖の色に染まり……そして体が勝手に動いた。一秒でも早くウィックを、炎をこの場から消したくて拒絶反応が拳に表れた」
「炎が怖い…………そういえば!」
ゼナはブラッツェ森林での出来事を思い出した。リーズを野宿に誘い、断られた。あの時はてっきり野宿が嫌なんだと納得したがそうじゃなかった。嫌ったのは火だ。ゼナが集めた薪を見て燃え盛る炎を連想し、逃げるようにゼナから去った。
彼女は炎というものに相当のトラウマを持っているようだ。
そのリーズが炎魔法の使い手であるバーニンガに挑戦するのはどういう風の吹き回しだ? 自身のトラウマを背負ってでも挑まなければならない相手なのだろうか……。
謎は深まるばかりだ。この武闘大会、一筋縄で行くものではない。きっと何かが起こる……ゼナは確信めいた。
リーズ、バーニンガ、ゼナ。三人のそれぞれの想い、思惑が交わりバテヴの戦場に混沌が迫りつつあった。




