32.蠱惑のラビリ
思い出すと今でも口元が緩む。
試合開始前、正々堂々を謳い女性であっても手加減しないと意気込んだ男。精悍さの代表なような男、ライオネル。
わたしの魔法にまんまと掛かり、玩具のように遊ばれた男。いくら力があろうとも男はわたしには勝てない。醜い姿を晒すだけ。
次の対戦相手は急遽の参戦となった男の子、ゼナ。どうやらバーニンガの推薦という話だけど、決して強そうには見えない。しかし、あのディユスを打ち破ってきている……何か力を隠しているの?
まあ、いいわ。性別が男である以上、勝利は私のもの。大勢の観客の前でたっぷり可愛がってあげるわ……。
「会場にお越しの皆様! いよいよバテヴの戦場も後半に差し掛かりました。Aブロックを勝ち上った二人の選手をご紹介します!
大会初参加にしてチャンピオンの推薦、期待のルーキーゼナ! 大会常連であるディユス選手を打ち破り、今大会に新たな風をもたらした少年!!
そしてその対戦相手は、黒いコートに身を包んだ謎大きな女性……ラビリ。屈強な戦士であるライオネルを赤子のように捻った彼女は、若き少年をどうしてしまうのか!?
会場の皆さんの熱量がヒートアップ!! もちろん私も熱くなっております! それでは皆様、盛大な拍手で選手達を迎えましょうッ!!」
重厚な扉が重々しい音を立てながら開く。そこから飛び込んでくるのはむせ返りそうになる熱と闘争の気が染み込んだ砂地の匂い。そして、耳を突き破る拍手の喝采。
この場に立ち、闘いに赴くのは二回目だというのに未だに手は震える。
しかし、だからといって立ち止まるわけにはいかない。この身に背負い混んでいるものがある。それは責任だ。自分のせいで散った命がある、悲しんだ人がいる。
それだけじゃない。今までに消されてしまった命の仇を取る為に決勝へ進みバーニンガを倒す。だから……!
ゼナは足を地面から引き剥がし、進む。向かいにはラブリがいる。フードで目元を隠し、口元だけを妖しく歪ませていた。
ゼナは武舞台に立ち、神妙にラビリを待った。どんな相手だろうと負けるものか。
「両選手揃いましたッー!! お二人から一言いただき試合を始めたいと思います、まずはゼナ選手!」
司会から指され、ゼナは背筋をピンと伸ばし、息を大きく吸い込んだ。
「僕は勝ち上ってチャンピオンを倒す、それだけだッ!!」
会場に響き渡るように叫んだ。観客席から歓声が沸く。最初の頃とはえらい違いだ。ようやくゼナも応援を勝ち取れるほどになった。
しかし何か違和感を感じる。観客の表情が怪しい。"楽しみ"の表情ではあるのだが……どちらかといえば"愉しみ"といったところ。これから始まる闘いを、いや、余興を待ち望んだ顔……。
「素晴らしい意気込みをいただきました! 対するラビリ選手、如何でしょう?!」
司会が熱量を持って振ってみたが、ラビリは片手で制し、何も言わない。ゼナなど眼中になく、吐く言葉すらないのだろうか。
「熱い思いをぶつけるゼナ選手と冷静に試合に挑むラビリ選手、これはおもしろい闘いになりそうです!」
司会がまるくまとめ、いよいよ第二回戦が始まろうとしている。
ゼナは背中の剣に手をかけ、じっと待つ。
「Aブロック第二回戦、ゼナ選手対ラビリ選手。試合開始ッー!!」
合図とともに剣を引き抜き、警戒して構えた。
相手の手の内がわからない以上、こちらから仕掛けづらい。見た目からして魔法を主軸として闘うのだろう……いったいどんな魔法を……。
ラビリはコートの袖から白く細い腕を出した。ただの手だというのに、それは妙な色気を醸し出していた。
ラビリの手がコートの襟を掴む。グッと握り込んで一気に引き剥がした。黒いコートが宙に舞い、ラビリの姿が太陽の下に晒された。
靴は赤いヒールで、足首から腰までが薄い網タイツが覆っている。肩は露出し胸の豊満なものが確認できる。極め付けは、コートと取り払い頭につけたもの。兎の耳を模したそれを身につけることで彼女は完成した。
ゼナは彼女のような姿を見た事がある。いつぞやパシーク村の書庫に忍び込み、本を漁っていた時のことだ。
本棚の奥にあり、何か魔法について記された文献では、とゼナは思った。素早くそれを引っ張り出し中を見た。その中には今のラビリと似たような格好をした女性が写っていた。
当時のゼナはいけないものを見たと思い、慌てて閉じた。それにその後に自身の重大な秘密を知ったために、そんなことは忘れていた。
しかし、今思い出したのだ。そのページには『バニーガール特集』と書かれていたことを。
「さあッ! 黒いベールを脱ぎ去って、現れたのはバニーガールのラビリ! その美貌と色気で大会を勝ち上がったきました! ご覧ください、会場から彼女のファンの声援コールが響き渡っています!!」
「コートで身を隠していたのはその為か。まるで露出狂だな」
メイは小馬鹿にラビリを蔑む。
「あの手の奴がすることは一つだ。魅了魔法。それでライオネルの奴は負けたんだろう。しかし私がいる以上、そんな魔法は通らない。この勝負もらったな」
メイは自信ありげにゼナに振り返り……ため息が出た。
ゼナは顔を赤くしてラビリから目を背けていた。構えた剣が木の枝に見えるほどに迫力が消えている。
「おいゼナ、あんな見てくれに惑わされるな。お前はただあの女を叩き斬ればいい。ああいうのは魔法に頼って、肉弾戦は不得手という質だ。お前の力でも黙らせることは可能だ。わかったか?」
「ああ、ごめん。集中するよ」
ゼナは所在なさげな剣をラビリに定めた。
「よろしくね、坊や」
脳が溶けそうな甘い声がみかに絡みつく。
ゼナは頭を振って声を追い出し、ラビリに向かって走り出した。
「あら、積極的ね。嫌いじゃないわ。あなたのような真っ直ぐな子を籠絡するのは!」
ラビリは腰をくねらせ、豊満な肉体を強調した。それはただの誘惑ではなく、魔法。彼女のような人種が好む魔法。
『魅了魔法』
ピンク色の妖艶な光がゼナに向かって突進してくる。
「避けるなッ! 私が受け止める、お前は攻撃しろッ!」
メイの声が響く。ゼナは剣を振り上げた。
やはりチャーム、予想通り。こんなもの魔王の魔力である私が通すものか。さぁ、晒せ。自慢の魔法が無力だった時の腑抜けた面をなぁ!
メイはゼナの剣が振り下ろされる時を待った。しかし、いくら待てどその時は来ない。
ラビリの顔は不敵な笑みで占められていた。
「ゼナ!?」
慌てて振り返る。そこには目の奥をピンク色にして、だらしなく口を開けた少年が突っ立っていた。
「なんだと……!?」
魔法は防いだはず……何故魅了されている!?
「まさか……!」
メイは思い返す。ラビリがコート剥いだ時のゼナの顔を。
あの時顔を赤くしていたのは本当に照れていただけか? もしあの時既に半魅力状態であったなら……。
そうだ! 今この場において、こいつの内情を一番知っているのは私だ。
武舞台に上がる前のゼナの思い。こいつはバーニンガの餌にされた者の仇を、責任を果たす為に躍起になっていた。その覚悟は鬱陶しいほどに本物だった。
それがいくら思春期のガキといえど、色だけで簡単に揺らぐとは思えない。
コートを脱ぎ姿を晒したあの瞬間、チャームを既に放っていた。それは遅効性の毒のようにゼナに侵食した。メイが気付けぬほどに……。
むしろゼナがすぐに顔を赤らめたのはラビリにとっては想定外だろう。遅効性がほぼ即効性だったのだから。
ラビリは砂地にヒールの音を弾ませて心ここに在らずのゼナに近づく。優しく耳元に紅い唇を添えて、囁いた。
「可愛い坊や……愉しい時間の始まりよ……」




