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ゼロの旅路  作者: イフ
31/135

31.魔法と拳

 風の音すら聞こえない外部から隔絶された空間。

 Aブロック第二試合が始まり、終わるまでの時間、ゼナはここに閉じ込められている。非常に簡素で温かみなどまるでない部屋だが、気持ちを落ち着かせるにはもってこいだ。


 ドアがノックされた。それは静寂を突き崩し、ゼナをまた闘いの渦へと巻き込む。次はBブロック、まだゼナの出番ではないが決勝で争う相手を見極め事も重要だ。


 気を引き締めて、戦場の入り口へと向かった。




 観戦席に着くと、トーナメント表が目に入った。Aブロック第二試合、ラビリ対ライオネス。勝者はラビリだった。



 ラビリは全身を黒いフード付きのコートで身を包んだ、謎多き女性。一方のライオネスは鋭い槍を挟持した、精悍さが滲み出る騎士だ。



 ラビリは見た目から判断がつかないが、ライオネスはゼナの素人目から見ても肌に伝わる実力の持ち主だった。しかし勝者はラビリだ。

 槍使いは彼女にどう負けたのか、彼女はいかようにして勝利をもぎ取ったのか……。決勝への駒を争うゼナは気が気でない。


 コツコツコツ……。廊下から足音が反響する。その主はラビリだ。


 優雅な足取りと妖艶な香水をただ寄せながら、ゼナの横を通り過ぎて、椅子に座って足を組む。


 ゼナは少しでも情報を得ようと横目で彼女を観察した。すると、ラズリは口元を小さく裂いて、こちらに笑みを浮かべた。目元がフードで隠れ、その真意を図ることはできない。しかし……艶やかに光る唇が何かを示していると、直感は告げていた。




「さあ、波瀾のAブロックが終了し、続いてはBブロック第一試合! 選手の入場です!!」

 司会の宣言と共に、武舞台両端の扉が開き選手が登場する。


 リーズは静かに武舞台へ出向き、相手を待つ。

 一方のルナストはゆっくりと武舞台へと歩く。まるで自身の姿を見せつけるかのように。


 その姿が観客の目に映ると、黄色い歓声が湧き上がり会場を占めた。ルナトスを呼び、こっちを向いて、と張り裂けんばかりの声が飛び交う。中には愛の告白までする者もいて、会場の雰囲気がルナストに呑まれ、掻き回された。


 それでもリーズはその光景に顔色一つ変えない。自分のやる事だけを見つめている。いや、もはやこの先の闘いのことを見据えた目だ。


 彼女にとってルナストは大した相手ではないのだろうか……。ゼナから感じ取ってもルナストの魔力は相当なものだ。それを相手に()()()()()()()リーズの力は届くのか……。


 ゼナは危惧を覚えながらも闘いを静観する事に決めた。



「両者が武舞台に揃いましたッ! それではまず選手の紹介をさせていただきます、若き拳剛の持ち主リーズッ!! 彼女は今回初参加の選手ですが、別の街での大会経験を持ち、過去に優勝も果たしています!

 今大会でその力が発揮されるのか!? 必見です!!

 一方、拳剛を迎えるのは美麗の魔法使いルナスト!! その強大な魔力から織りなす魔法は、他者の追随を許さない猛攻!

 過去にバテヴの戦場に出場した際には相手の攻撃を喰らうことなく、完勝しています! 今回もその姿は見られるのか!? 期待の選手です!

 では、お二人から意気込みをいただきましょう……おっ?」

 司会がどちらから言葉を貰おうか逡巡していると、ルナストが手を挙げた。


「僕から言わせてもらうよ。やぁ、僕の天使達よくきてくれた!」

 ルナストは観客に向かって大きく手を広げた。再び黄色い歓声が湧き上がる。


「僕の天使達……君達はいつも僕を心から応援し、ついてきてくれた……。けれど今までそれに対する結果を出しきれていなかった」

 ルナストが落ち込んだ仕草をすると、観客席からいくつも慰めの声が飛び交い、埋め尽くす。


「ありがとう。君達の言葉は暖かい、つい甘えてしまうよ。だが、今日は! 自分に厳しく全力で、そして美しい勝利を、優勝を飾ってみせる! 見ていてくれ、僕の天使達ッー!!」

 最後に高らかな声でルナストは自身のファンに呼びかけた。会場の熱―といっても一部の女性―は灼熱のように燃え盛る。



「ゼナ、何故かはわからんが私はあいつが好かん。この手で捻り潰したいほどムカつく」

 目覚めて早々に青筋を立ててメイは言った。きっとそれはマリアの姿を、女性の姿を借りているから本能的な理由ではと、ゼナは思ったが口にはしなかった。



「おはよう、メイ。よく眠れたかい?」

「ふんっ、途中騒がしい奴の声が聞こえたが概ね快眠だ。目覚めは最悪キザ野郎だったがな……リーズがあいつをぶっ飛ばしてくれるのを願う」

 メイはリーズを見る。ゼナも釣られて目を向けた。


 若き拳剛はどうやらルナストの姿に呆れているようだ。すごく冷めた目をしている。


「おや、僕の美貌に言葉が出ないのかいリーズ?」

 ルナストは白い歯を見せ、キザったらしく笑う。


「ええ、そうね。言葉が出ない。だからこの拳で語らせてもらってもいいかしら……返事はあんたの無様な泣き顔で結構よ」

 リーズは腰を落とし、拳を構えた。


「僕の涙はダイヤよりも輝き、愛しく、儚い。君には僕の涙は似合わない。僕の勝利の笑顔を送ろう」

 負けじとルナストも返し、闘いに備える。


「両者、気合いは充分! それではBブロック第二試合、リーズ選手対ルナスト選手、試合開始ッー!!」



「僕の魔法。存分に味わってくれ」

 ルナストは杖を地面に突き立て、素早く詠唱を行なった。ルナストの周りに、二つの碧い玉が浮かび上がる。


 杖を地面から抜き、リーズへと向ける。二つの碧き玉は機敏に動き出し、魔弾を放った。



「ふっ!!」

 リーズは放たれた魔弾を飛び退いて避ける。その先にも魔弾が撃たれ、地面を抉った。魔弾は雨のように絶え間なく、リーズを来襲し始めた。


「どうだい? 僕のかわいい魔弾は。この子達はいつまでも君を追いかける。この武舞台では逃げ場も少ない」

「魔弾に任せてあんたは棒立ち? いい度胸じゃない」

 魔弾を交わしながらリーズが言う。


「君程度、僕が直接動くまでもない。それに君は格闘で闘うタイプだろう? 僕がわざわざ接近戦に持ち込む意味はない。だから、こうやって攻撃するのさっ!!」

 碧の玉を杖を向ける。球が一回り大きくなり、光が増した。降り注ぐ魔弾が雨から豪雨、弾幕に変わり、リーズを徹底的に追い詰める。


 リーズは避けるのが精一杯といった様子だ。ルナストは涼しい顔でそんな彼女を見つめる。よもや勝利を確信している。


「このままじゃリーズは……」

 ゼナは悔しそうに観戦席の柵を掴んで闘いを見護る。状況はまずい。

 格闘戦を得意としたリーズがルナストを倒すには接近するしかないが、絶え間なく放たれる魔弾がそれを許さない。


 ルナスト。彼はキザなナルシストだが、実力は本物だ。リーズの闘い方を見抜き、遠距離戦に徹している。どうにかして攻撃を加えなければ、持久負けしてしまう……!



「……なるほど、流石だな」

 メイが関心するように身を乗り出す。やはり、メイから見てもあの男は優秀な魔法使いのようだ。


「ルナスト、すごい奴だね……」

「そっちじゃない。私が言ったのはリーズの方だ」

「え?」

「お前の目にはリーズが追い詰められたように見えたか? 違うなぁ、あいつは最初から勝つ算段を立てていた。今はその準備中だ」

「勝つ算段って……この状況から? 誰が見ても追い詰められているじゃないか!」

 ゼナは抗議するように言った。ゼナ自身もリーズの勝利を願いたいが、この状況では祈りも届かない。


()()()()()。そう誰が見てもだ。リーズが追い詰められているのは一目瞭然。それはルナストから見てもそうだ。故に気づかない。勝利が近づくにつれ、油断と驕りが生まれる。ゼナ、リーズは今どこにいる?」

 メイに言われてリーズに視線を戻す。……いない、武舞台にリーズは見えない。何故なら……。


「これは……?!」

 リーズが居たであろう場所を砂塵が覆い尽くしていた。


「リーズばただ避けていた訳じゃない。打ち尽くされる魔弾が地面に当たる事で生じる砂塵を利用し、自身を潜伏させる隠れ蓑を作り出した。こうすることでルナストは視力ではなく、魔力探知でリーズに攻撃を当てなければならない……しかし」

 メイは不敵に笑った。


「リーズは魔力を持っていない……!」

 ゼナがいくら集中しても、砂塵の中のリーズを捉えることはできない。


 ルナストも事態に気がついた。リーズの気配が完全に消えたことで顔に汗をかき始めている。ジリジリと後ずさるように砂塵から距離を取った。



「でもこの後はどうする? ルナストが派手に攻撃したから濃い砂埃ができた……けど、これもその内消える。ルナストは警戒して待つだけでいいじゃないか」

「ああ、そうだな。同じ状況なら私もそうする。距離を取って警戒すればなんてことはない。砂埃からリーズが飛び出してきても対応できるだろう……だが、あいつの顔を見てみろ」

 メイはルナストに指差す。彼の表情は焦りと恐怖で塗りたくられていた。



「ルナストはどうしたんだ……」

 さっきの余裕の笑みが完全に消え去っている。


「お前ならわかるだろう。魔力を微塵も持ってない奴の異端さが」

「……………」

 メイの言葉にあの日のことが呼び覚まされ、ゼナは顔を曇らせた。


「人間は魔力を完全に隠匿するのは不可能だ。魔力は、人体と常にある。魔力切れしたとしても微かな魔力は残るのさ。魔力を完全に消せるとすればそれは、何十年何百年修行をした老賢者か発達前のガキ、そして死体くらいだ。

 リーズは体の奥底に魔力らしきものがあるにはある。だがそれは、私が目を凝らしてやっと見えるぐらいの代物だ。ルナストが優秀な魔法使いだとしても、この状況では土台無理な話だ」

「つまり、ルナストにとってリーズは偉大な魔法使いか、動く死体にでも見えるわけか」

「そうだ。そして魔力を持たない不気味な相手に魔法使いのルナストは怯え、いち早く決着をつけたくなる」


 ルナストは標的を見失った二つの玉を杖に集め、一つの大きな魔弾を作り出した。威力は武舞台から吹っ飛ばすにも、気絶させるのにも充分……腰を落として獲物が飛び出してくるのを待つ。


「…………………」

 ゼナも観客も司会者も、会場全体が沈黙を持ち始めた。皆、この闘いの行く末を見守っている。


 砂埃が……大きく揺れた!


 人影が飛び出す、リーズが右拳を引きながらルナストに向かって行く。不意打ちから、一撃で吹っ飛ばすつもりだったのだろう。しかし、ルナストとは距離がある。その距離はルナストが魔弾を放つには余裕のある隙だった。


 蒼い魔弾がリーズへと猛進する。リーズはそれに……右拳を殴りつけた!


 一瞬拮抗して魔弾は跳ね返り、より勢いをつけて主へと向かって行く。



「なっ……!」

 ルナストな跳ね返された魔弾を全力で避けた。

 左肩を掠め、背後へ魔弾が通り過ぎ、防壁にぶつかって蒼い爆発を引き起こした。


「あ、あぶな……」

 敗北から逃れた安堵がルナストの脳から全身に染み渡る。その隙をリーズが見逃す筈もない。



 ルナストが視線を前方に戻した時には、リーズの拳がルナストの腹部に撃ち込まれる直前であった。


 ズンっ! と深い一撃が入った。一瞬ルナストは宙に浮いた。


「ぅ……ぁああ……!」

 ルナストは膝をつき、その自慢の顔から鼻水と涙を惨めに流す。


「約束通り、お返事ありがとう。ダイヤのように美しくはないけど、敗北を彩るにはいいわね」

 リーズは拳をはらい、ルナストを見下ろす。



「く……そぉ………お前は……なん……」

 言葉を言い切る前に白目を剥いてルナストは倒れ伏せ、意識を失った。


「決まったー!! Bブロック第一試合、リーズ選手対ルナスト選手! 勝者はリーズ選手だッー!!」


 会場から野太い歓声と黄色い嘆きの声が響き渡った。

 野太い声は、ルナストを嫌う男性の声。黄色い声はルナストが負けたことで咽び泣くファンの声だろう。


 リーズはそんな彼らに脇目を振ることもなく、ゼナのいる観戦席へと歩いた。



「やったねリーズ! すごい闘いだった」

 ゼナは右拳を差し出した。


「あったりまえじゃない! あんなキザ男だけには負けられないもの」

 そう言ってリーズも右拳を差し出そうとしたがすぐに引っ込め、代わりに左拳を差し出した。


 ゼナはその行為に一瞬引っかかったが、ルナストの魔弾を返した時に怪我を負ったのかもしれない。それを気にして拳を替えたのだろう、と解釈して何も言わなかった。


「じゃ、私は行くね」

 颯爽とリーズはスタッフと共に廊下へと出た。



「…………では失礼します」

 スタッフが一礼し、部屋に一人になった。


 リーズはロッカーへ赴き、そこから包帯を取り出した。そして右腕の、ルナストの攻撃で焦げた包帯を取り払う。


 自身の腕が露出するこの時、リーズは目を背けたくなる。否が応でもあの日の記憶が脳裏を埋め尽くすからだ。


 包帯を取り切った。現れたのは拳から肘にかけて燃え上がる炎のような火傷。

 バーニンガを一目見た時から疼きを発していた、纏わりつく古傷。


 リーズは深呼吸をしてから新品の包帯を丁寧に巻いていく。決して見えないように、遠ざけるように、懺悔するように、忌まわしき傷を再び封印した。


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