3.冒険者ごっこ
村の隣に堂々たる様で鎮座する森は、木々が生い茂り、爽やかな風が吹き抜ける、まさに自然そのものだ。
ゼナ達は幼少期からここで遊んでいる。しかし、一人ぼっちになった少年が目指す地はそこではない。いつもの遊び場を抜け、小道に入り、藪を掻き分け、小さい崖を飛び降りた先。
視界が開けるとそこには、小さい洞窟がぽつんとあった。ゼナは恐れる事なく洞窟へ踏み入り腰を下ろした。ひんやりとした感覚が衣服越しに伝わる。
一人の時はよくここへ来る。この場所は母も友も誰も知らない、自分だけの秘密基地だった。
膝を抱えながらゼナは丸くなる。そして、目を瞑った。
瞼の裏にはここへ辿り着くまでの日々が浮かびあがった……
*
時は約4、5年前に遡る。
いつものように僕らは森で遊んでいた。当時、僕らの中ではとある遊びが流行っていて毎日それをして過ごした。
その遊びとは、冒険者ごっこだ。農業ぐらいしか取り柄のない、田舎村の少年少女は世界を股に掛け、魔物と勇猛に戦う冒険者に憧れるのは至極当然の事だった。
「今日はおれが戦士やる!」
「じゃあわたし魔法使い!」
「待ってよ、マリアは昨日も魔法使いやっただろ。今日は僕の番だ」
この遊びはまず、自分の役割を決め、地面に落ちてる枝木などを武器に見立てる。そうして、僕らの小さな大冒険は始まりを告げる。
「え〜魔法使いがいいのに…」
マリアは悲しそうな顔をする。
「そ、そんな顔するなよ…」
なんだか罪悪感に駆られてしまった。僕は昔から彼女の顔に弱い。
「まぁ、まてよお前たち。別に魔法使いが二人でもおれは構わないぞ! むしろ強そうなパーティーだ」
兄貴分のフィートが場を治める一手を打った。
「じゃあ、魔法使いコンビだ!!」
マリアはとても嬉しそうな笑顔で僕に語りかける。その顔に釣られて僕も笑う。
「よし! さぁ、武器をとれ、仲間たちよ。冒険へ旅立とうじゃないか」
「「おおー!!」」
フィートがいつもの掛け声を放ち、僕らは武器を装備して冒険へと勇んだ。
冒険といっても、平和な森をぐるぐる回って、でかい樹木や岩を魔物に見立て戦う、子どもらしい遊びだ。
「魔物がでたぞー! みんな構えろー!!」
フィートが太い枝を岩に向かって突き立てた。僕とマリアも枝を構えて、魔法を詠唱する。
「炎の魔力を燃え盛れーー!」
「水魔法をくらえー!」
当然、何も出ない。僕たちの魔力はまだ目覚めていないのだから、ただの真似事でしかない。けど、それで構わない。いつか魔法が使える事を夢見て、僕たちはごっこ遊びに興じる。
「いいぞ! 二人とも。トドメはおれにまかせろ!」
フィートは自然が生み落とした剣を思いっきり岩に振り下ろした。
バキッ!!
フィートの剣はいい音を断末魔にポッキリと逝った。散々吟味して選んだ剣は、虚しい枝に成り下がった。
「岩は流石に無理だったね……」
「……ゼナ、こいつは岩なんかじゃないぞ! ゴーレムだ。おれの剣が負けるはずがない。きっと近くに凶悪なゴーレム使いがいて、岩に擬態させていたんだ!」
フィートは年相応の負けず嫌いだ。無機物が相手でもそれは変わらない。
「二人とも気をつけろよ……油断するとやられるぜ。おれは新しい武器を拾ってくる。それまで持ち堪えてくれ!」
フィートは将来、役者にでもなればいいと僕は思った。
戦士が武器を探している間に二人の魔法使いは魔物と対峙する。
「きょうてきだね。まさか戦士が負けちゃうなんて……」
真面目な顔をして演技にのっかるマリアに僕は思わず笑みを溢してしまう。
「まだ、負けてないぞー!」
負けず嫌いがすかさず声を張って訂正する。
「よし、マリア。い、いっしょにこのゴーレムを倒そう」
僕も乗ってみたはいいものの、どうにも大根にしかならなかった。棒読みのセリフを吐きながら、枝を振り、ゴーレム? に魔法をぶつける。
岩はびくともしない。この瞬間は何回やっても羞恥心を拭えきれない。
次にマリアが魔法の詠唱を始めた。フィートもより太い枝を抱えて、戦闘に復帰。戦いは大詰めだ。
僕とマリアが魔法で隙をつくって、フィートがトドメ。いつもの流れ。しかし、今回はそうならなかった。マリアが拙い詠唱を言い終わり、枝を振った。すると、その瞬間、先端から小さい光が飛翔した。
光は弱り果てた鳥のようにふらふらしながら、岩に向かって突き進んだ。
バチっ。
命中した音がした。岩を見遣ると、ど真ん中には小さいひび割れが刻まれていた。
「「「………」」」
僕らは今し方起きた光景に視線を奪われ、しばしの静寂が三人を包みこんだ。
「今のって、魔法……だよな?」
「うん……」
初めに口を開いたのはフィートだ。声に驚きと興奮が纏っている。
僕とフィートはマリアの枝を見つめた。枝から白い煙が登っている。それは魔法が放たれた確たる証拠だった。
「……」
マリアは枝とひび割れた岩を交互に見つめ、状況を呑み込むのに必死と見える。
僕らの世界では、人間の魔力が目覚めるのは、早くて十歳とされている。これは学者たちの長年の研究によって証明された世界の定義だ。
マリアが魔法を使えたことに驚いた理由は、そこにある。僕とフィートは九歳だ。けど、マリアは早生まれでまだ八歳。十歳からは遠く離れた存在だ。
その彼女が二の一番に魔法を放ったのだからそれはもう驚愕も驚愕だった。
「すっげーよ! マリア!! もう魔法覚えたのか」
「う、うーん…どうだろう、よくわかんない」
「とにかくすげーよな、ゼナ!」
フィートは素直に人を褒め称える、いい奴だ。僕はそんな彼が羨ましい。
僕にはマリアを称賛する言葉が浮かばなかった。
最初に浮かんだのは、先を越された悔しさと嫉妬心。それを年下の女の子に感じてしまった罪悪感。さらに、フィートに比べて狭い己の心に深く自己嫌悪さえしてしまう始末。
昔から魔法に憧れていた。何がきっかけかは覚えていないが、どうしようもなく魔法、魔力といったものが欲しくてたまらなかった。村の大人たち、絵本の中の主人公。あらゆる者が魔法を使う。それを見ていると魔法に対する欲求は湧き立つばかりだった。だから、誰よりも早く魔法が使いたかった。早く魔力を"取り戻したかった"
「うん、マリアはすごいよ。天才だ」
僕はどうにか笑顔と言葉を取り繕ってマリアに捧げる。声が震えてないか心配になる。
「二人ともありがとう……」
マリアは何が起きているのかまだ把握しきれていないようだが、照れ臭そうに笑った。彼女が覗かせる笑顔は純粋で、眩しい。
「なあマリア、魔法のコツ教えてくれよ。どんな感じで撃ったんだ?」
「だからよくわかんないんだよ。だだ偶然出ちゃったみたいな……」
「そっか。でも、マリアの魔力の目覚めたならおれたちもいよいよってことだよな」
フィートの目はキラキラと輝いている。
そうだ。なにも悲観することなんてない。マリアの母親は昔、王都の高名な魔術師だったと聞いた事がある。ならば、遺伝によって魔力の覚醒が早かっただけの話しだ。
僕たちもいずれ魔力が目覚めて、魔法が使えるようになる。焦る必要なんてない。
僕は自分をどうにか納得させる。しかし、どうにも漠然とした不安が僕を鷲掴んで離さない。嫌な予感がしてたまらない……
「どうしたのゼナ? こわい顔してるよ」
「え、いやなんでもない。大丈夫」
マリアの言葉で思考の海から引き上げられた。すぐに笑顔を作って顔を向ける。
「よし、決めた!」
突然、フィートが声を張り上げた。僕とマリアは振り返る。
「冒険ごっこはやめだ。今日から魔法訓練を行う!」
フィートはゴーレムもとい岩の上に立って宣言した。
「「まほうくんれん?」」
僕らは声を揃えて疑を投げかけた。
「そう。魔法訓練。これからは冒険者ごっこなんて、生ぬるいことはやめて、本気で魔法を覚えるんだ。そしていずれ村の外に出る!本当の冒険をする」
「すごい! おもしろそう!」
マリアはフィートと同じく目を輝かせた。この二人は案外波長が合う。
「訓練って言っても、具体的に何をするんだ?」
「それは……」
フィートはすぐに腕を組んで悩み出した。相変わらずの計画性のなさだ。
「そうだ。まずはマリアにもう一度魔法を撃ってもらう。その時の感覚がわかればそれが魔力覚醒の糸口になるんじゃないか? どう思う、ゼナ」
「……いいんじゃないかな。今の僕たちにはそれぐらいしか手掛かりがないし」
「そうと決まれば、マリア。さっきの感覚を思い出すんだ」
この出来事が後に僕を苦しめるきっかけになるとは当時の僕は知る由もなく、魔法という未来に希望を抱いていた。