28.鋼の男
「バテヴの戦場にお越しの皆様、お待たせいたしました! 只今よりAブロック第一試合の選手入場です!!」
司会者が喉を張り裂けんばかりに謳った。会場の盛り上がりも第一試合とは思えない熱量を発している。
重々しい鉄扉が開き、ゼナは闘いの舞台に足を踏み入れる。開会式と同じ場所だというのに、先程とは重みが違う。ここで幾多の闘いが繰り広げられた。その闘争の残滓が纏わりつく。
ゼナの視線の先にはニタリとした笑顔を浮かべるディユスが武舞台へ歩む。その笑顔は余裕の表れ。そしてゼナへの侮蔑が含まれている。
両者が武舞台に揃った。
「さあ、Aブロック第一試合、ゼナ選手対ディユス選手。まずは両選手を紹介致します! 突然の参戦、期待のルーキーゼナ!!」
司会者がゼナの名を叫ぶ。まばらな歓声が起きた。
「彼は我らがチャンピオン、バーニンガが推薦した選手! 優勝候補のバルトの代わりにいったいどんな力を我々に見せつけるのか。大いに期待です!」
「続いて、バテヴの戦場ファンならもちろんご存じこの男、ディユスーッ!!」
司会者の紹介でゼナの時とは比にならないほど会場は盛り上がりを見せた。一斉にディユスの名を叫び、声援が飛び交う。この時点で既にディユスは優勢をとった。
「今大会にも参戦を決めたディユス選手ですが、彼は幾度もバテヴの戦場に参加して好成績を収めています。過去の大会では決勝戦まで勝ち残った実力者! 今回は優勝を狙い、チャンピオンの座を奪い去ることができるのか?! 必見の選手です!!」
「いきなりそんな相手と……」
ディユスの経歴に息を呑む。じっとりとした汗をかき始めた。
「優勝すればバーニンガに殺されるがな。それを知らずに奮闘するのは滑稽だ」
いつもの調子で笑い飛ばすメイに緊張した自分が恥ずかしくなる。
「両選手に一言頂きたいと思います!」
司会者が促すとディユスがゼナに背を向けた。
「おい! 俺様の勝利に賭けた観客ども、喜べ! 今日の優勝は間違いねぇ! バルトの代わりがこんなガキなんだからなぁ。バーニンガには感謝しねぇと……がははははははははっ!!」
ディユスは開会式でゼナに向けた言葉を再度観客を交えて送り、こちらに振り返って大きな嗤笑を繰り返した。
「……僕は勝ちにきた」
冷静な声でゼナは口火を切った。ディユスの笑いが止まる。沸いた会場もそれにシンクロする様に鎮静した。
「……予選も勝ち抜いてないガキが本気で俺様に勝つ気でいるのか?」
ディユスはゼナに近づき怒りの形相で詰め寄った。その姿にゼナは決して臆さず睨み返す。
「ふんっ。その度胸だけは認めてやる。無意味な度胸だがな」
鼻で笑ってディユスは下がった。
「両選手ヒートアップしている模様! これは激しい闘いになりそうだ! 皆さん準備はよろしいですか?」
武舞台が再び防御魔法で閉じられた。闘争に燃える男二人が静かに戦闘の開幕を待ち侘びる。
「…………Aブロック第一試合。ゼナ選手対ディユス選手。試合開始っー!!」
試合開始の合図と共にゼナは剣を抜き放ち、ディユスへと構える。一方のディユスは腕を組みにやけた面を浮かべるばかりで、構えをとる素振りもしない。
「おい小僧! ハンデをやる」
いきなりディユスはそんなことを言い出した。
「今から一分間俺様はここを動かない。だから好きなだけ攻撃しろ。そうでもしないとお前は勝てないし、せっかく来た観客も俺様の圧勝に盛り下がっちまう。どうだ? いい提案だろう。ふあははははは」
ディユスは巨体を揺らして醜く笑った。
「……メイ」
「体格差からして奴の方が有利なのは火を見るより明らかだ。わざわざ罠を掛けるとは思えない。とりあえず奴の提案に乗るとしよう」
横に浮かび上がったメイが探りを入れた視線を送る。ディユスはメイには気づかない。
「わかった。斬り込むよ。この中なら死ぬことはないんだろ?」
「ああ、その代わり力いっぱいに振れ。でなければお前の手に持っているものが木の棒と何ら変わらなくなる。いいな?」
忠告に頷き、剣を強く握りしめた。
ディユスに向かって走り込み、両手で剣を振り上げる。ディユスは宣言通りその場から石の様に動かない。反撃を入れる素振りもない。……だったらそのハンデを後悔させてやる!
振り上げた剣を力の限りディユスの前頭部目掛けて、振り下ろした。
キンッ! 甲高い音を立てて刃は弾かれた。与えるはずの衝撃が腕から跳ね返り、身体全体に伝播していく。
「……か、硬い!」
「どうした? 手加減はいらんぞ」
挑発的にディユスは笑う。
「はあっ!!」
今度は横振りに、胴体を狙い澄ました一閃を打つ。またもや弾かれる。次は剣を引き、刺し貫く一撃。……鋒がディユスの腹に添えられた位置で止まった。いくら押しても衝撃がディユスへ伝わることはない。
「どうなってるんだ?! いくら何でも硬すぎる!」
まるで石像を相手にしているような錯覚に陥る。このままでは倒す前に剣が先にくたばる。
「防御魔法だ」
「え?」
「奴は防御魔法を使っている。それも上等なものを。防御魔法を魔法防壁の中で発動することにより、異常なまでの堅牢さを可能にしている」
「ルールを上手く活用したわけか……」
「見た目と違った頭が回るらしい。気をつけろ。どんな攻撃が飛んでくるかわからんぞ」
ゼナは一歩下がり、相手の出方を待つことにした。防御の構えでディユスを観察する。
「そんなことをしてていいのか? ハンデの時間が終わってしまうぞ?」
ディユスは余裕綽々に笑う。
「ゼナ選手の激しい攻撃! しかし、ディユス選手の前には歯が立たないー!! 刃を通さない鋼の身体。ディユス選手の強靭な魔法がゼナ選手に大きな壁として立ち塞がる。これにルーキーはどう闘うのか?!」
司会者が実況で盛り上げ、歓声がディユスへと注がれていく。ゼナへ向けられた声は今や蚊の鳴き声だ。
「へっへっへ、そろそろ時間だ。ハンデは打ち切らせてもらうぜ。そして……喰らいな。俺様の強さを」
ディユスはゼナに向かって走ってきた。足を踏み込む度に武舞台が振動する。そしてゼナに向かって岩石のような拳を振り下ろす。
「後ろに避けろっ!!」
切迫したメイの声が響く。ゼナは背後へと跳んだ。まるで蛙のような跳躍をし、二メートルは飛び退いた。
標的を失ったディユスの拳は地面に叩きつけられ轟音を奏でた。
砂埃と砕けた砂岩が辺りに舞い散り、武舞台にディユスの熾烈さが刻まれた。
「避けたか。逃げ足だけは達者だな。だがいつまでも続かんぞ」
ディユスは不敵に笑い、再びゼナに迫った。
「ゼナ。奴の攻撃をギリギリで避けろ。お前の脚力は私で強化されている。さっきの様な跳躍が可能だ」
「わかった……けど、どうする?! このまま避けていても勝てないよ」
ゼナは焦燥気味に問い詰める。しかしメイは冷静な目つきでディユスを睨む。何か考えがあるのだろうか。そうだ、そうに違いない。今までだってそうだっのだから!
「……とにかく避ければいいんだね」
「聞き分けが良くてよろしい。絶対に避けるんだ。あの拳に当たればこの空間の中でも無事では済まない」
ゼナはディユスの動きに注視して腰を落とす。いつでも跳び立てる様に。
「ごちゃごちゃと独り言の多い奴だ。その口開けなくしてやるっ!!」
拳が振られた。今度は真上ではなく真正面からの鋭い攻撃。重く速いパンチだ。常人なら避けられない。だが今のゼナなら……。
「はっ!」
斜め前に跳び込む。ディユスの拳は空を切った。ゼナは宙で体勢を安定させ砂岩を削りながら着地を決める。休む間もなく追撃がくる。同じ様に避ける。攻撃がくる。避ける。攻撃。避ける。その繰り返しでディユスを翻弄する。
「ディユス選手の大地を砕く攻撃! しかしゼナ選手はそれを脅威の身体能力で避ける! この勝負まだまだわかりません!」
ゼナの力―ほとんどメイの力だが―を見せられ、観客もより一層の喧々轟々に呑まれる。
「はぁ……はぁ……くそっ! 俺様のパンチが当たらねぇ!! ただのガキじゃねぇのか?!」
ディユスは目に見える疲れと苛立ちに渦巻かれていた。
「……メイ。ディユスを疲労させる事が目的?」
「いや、そいつは怪我の功名だな。私の目的はあいつの魔法発動のタイミングを図ることだ。あいつの拳が何故あれほどの威力を誇っているのか。それは体格だけで生まれるものじゃない。ディユスは攻撃の瞬前、防御魔法を使い自身の剛性を高める事で攻撃の底上げを行なっている」
「防御は最大の攻撃ってわけか……」
「その通り。だがその防御魔法を常に発動しているわけじゃない。魔力を抑えるために魔法を解く瞬間がある。さらに奴の魔法は自身をまるで鉄の様にするタイプの防御魔法だ。あれは堅さを得る代わりに著しく身体が重くなる。見ろ」
メイがある場所を指さす。そこは他の場所に比べて少し沈んでいた。
「あれはディユスがハンデを出した時の……。そうか! あいつは動かなかった訳じゃなく、動けなかった。その証拠があの地面!」
「その通り。ディユスは攻撃を打ち出す直前に魔法を使う事で、慣性を利用して硬直のデメリットがない様演出していたんだ。しかし種は割れた」
「うん。移動して攻撃に移るその時間はあの硬さは得られない。つまり攻撃を通すチャンス!」
ゼナの結論にメイは満足そうに頷いた。
「奴の攻撃パターンはもうわかったろ?」
「ああ、バッチリだ。攻撃に移られる前に打てばいい。メイ。身体強化頼むよ!」
「あの巨漢をぶちのめしてやれ!」
ゼナの身体全体が熱を浴び始める。魔力を全身に行き渡らせることで力、速度、防御が跳ね上がる。
「な、なんだ?! ガキの雰囲気が変わった……」
ディユスはゼナを見て狼狽する。
「おい、ディユス! さっきからお前の攻撃は僕に当たっていない。もっとよく狙ったらどうだ? それとも当てられないのか? このままだとでかいのは態度だけになっちゃうぞ」
ゼナは慣れない煽りをディユスに送る。あの手は怒らせた方が隙ができる。と、メイが言うので下手なりに乗っかった。
「ガキが……避けてるだけで調子に乗るなよ。今すぐお前を叩き潰してやるッ!!」
ディユスは激しい怒りを見せながらこちらに向かってくる。種が割れた今では、巨漢は当てやすい的でしかない。
ディユスが移動から攻撃に移るその瞬間、ゼナは懐へ飛び込む。予想外の動きにディユスは戸惑いを見せ、隙が生じた。その隙を強い一撃で辻斬る。
「があっ?!」
背後から痛みに喘ぐ声が聞こえた。振り返るとディユスが横っ腹を抑えている。もしこれが魔法防壁の中でなければ彼の自慢の巨体に鮮血の傷が描かれるところだ。
「手応えあり……!」
作戦が上手くいったことでゼナは調子付く。次はこっちからだ。
顔を青くするディユスに駆け出す。彼も不意を突かれたとはいえまだ闘える。向かってくるゼナに対し魔法で防御。剣を弾かれた衝撃で揺らいだところを場外まで吹っ飛ばす。しかし、そう思考した時には少年は攻撃に入る直前だった。
「なっ……」
言葉を紡ぐ隙もなく内側まで響く一撃が打たれた。これを繰り返せば鋼は砕ける!
「な、なんということでしょう?! 大会常連である鋼の男ディユスが緊急参戦のルーキーに転がされています! 大会最年少が見事な闘いを見せてくれるとは、バーニンガはこれを予見していたのでしょうかー!!」
司会者も観客も活躍を見せるゼナに熱狂する。だが、当の本人は嫌な汗をかき始めていた。もう何度もディユスに攻撃を打ち込んでいる。なのにディユスは一向に倒れる気配がない。体力を消耗して呼吸が荒くなっているが、最初の頃のように苦しむことはなくなっている。
むしろこちらが危い。魔力を行き渡らせるメイの強化は優れものだが、この状態は体のタガを外す様なもので長く使えば使うほど体を蝕む。
「はぁ……はぁ……おかしい。攻撃を当てているのにまるで手応えがない」
「……こちらの動きが読まれている。ディユスはお前の攻撃パターンを読んで打ち込まれる場所に魔法防御を集中させているんだ。戦闘経験の浅さが仇になった」
メイが悔しげに唇を噛む。彼女が立てた作戦が初めて崩れ去った。
肩で息をするゼナを見て鋼の男はニヤリと笑みを浮かべる。




