26.それぞれの決意
「ゼナさんのせいって……どういうことですか?」
震えるゼナを慰めながらもソフィーは問いただす。
ゼナは昨日の朝プレラスでバーニンガに誘われた事を話した。
「……確かにバーニンガがその行動をしていたなら、バルトさん殺害は真実味を増します……けれど、ゼナさんを出場させたいが為に人一人を殺しますかね〜シード枠として出場させた方が自然だと思いますが……むむむ」
ソフィーは頭を抱えて唸る。
確かに彼女の言う通りだ。バーニンガはチャンピオンとして、バテヴに君臨している。ならば大会を自由に弄くり回す権利だってあって然るべきだ。なのに選手暗殺という強引な手段を図った。いったい何故……?
「そいつの答えは簡単だ、ゼナ」
テーブルの上に踏ん反り帰ったメイが言った。
ゼナは頭を悩ませるソフィーの隙を見て、小声で話を促す。
「バルトって奴は優勝候補なんだろ? だから殺されたのさ。正確に言うと生命力ごと魔力を奪われ、死体を燃やされ灰と化した。優勝候補だから何だ? とでも言いたげな顔だな。バーニンガは元々バルトを殺すつもりだったんだよ。バルトが大会で優勝すると踏んでいたから。故にお前との交代役にも選ばれた。まだわからないか? あいつはな、この大会で強者を選び抜き魔力奪っているのさ。大会を催すたびに。つまりこの大会は"バテヴの闘技場"ではなく"バーニンガの餌場"というわけだ。回りくどい方法だが、上質な魔力を集めるのにはいい」
メイはどこか関心している様な顔で笑った。
「じゃあ、今までの優勝者は……」
「全員死んでるだろうな」
「……ゼナさん? 優勝者がどうかしましたか」
思わずメイに話しかけ、独り言になったゼナにソフィーは声をかけた。
「ソフィーさん!」
ゼナは両手をテーブルに叩きつけ、ソフィーに迫った。一瞬、店内の視線がこちらに集まる。
「歴代の大会の記録とか持ってませんか?」
「大会の記録ですか……任せてください。取材のために持ち歩いているんですよ」
ソフィーは自分の鞄をガサゴソと漁り始め、分厚い紙切れの束をテーブルに乗せた。幾年も使い回されたからか、古本特有の匂いが立ち込める。近くを通り過ぎた店員が顔を顰めた。
「随分……ありますね」
「ええ、この取材の為に私が集めた資料ですからね。王都の図書に保管されていてもおかしくないものです。やはり私は記者として逸材中の逸材ですよ」
一人酔いしれ笑うソフィーを横目にゼナは資料を読み開き、目的のものを探す。
「…………そうか」
資料を力なく離してポツリと呟いた。
「結局何なんですか、ゼナさん?」
「ソフィーさんこれを見てください」
ゼナが資料をめくり、指を指したのは大会の優勝者。
「この方が何か?」
「ここに書かれたインタビュー記事には『必ずバーニンガにリベンジを果たす!』そう書かれています。ですが次回の大会にこの人は予選にすら参加していないんです」
「それは単純に諦めたのではないですか? 人間急に冷めることもありますし、実力がついてこない事もあります。彼もそうだったのでは?」
ソフィーは欠伸をしそうな顔でゼナの考えを嗜めれる。
「そういう事もあるでしょう。ですが、これを見てください」
ゼナが歴代の優勝者のコメントと次回の大会の参加者を並べてみた。すると、ソフィーの顔に影が刺さった。
「ゼナさん……これは?!」
驚愕するソフィーにゆっくりと頷く。
「優勝した皆さんが次回大会への参加を意気込んでいます。しかしそのうちの誰一人として今日までの大会に出場一つしていません。それは何故か。喰われてしまった。バーニンガの魔力として。魔王へ捧げる魔力として」
「ま、魔王?! 喰われた?! 一体何の話ですか? 一から説明して下さい!」
ソフィーは抗議の声を張り上げた。
ゼナは一瞬、メイに視線を送る。彼女は手でゼナの視線を払いのけた。それは、話したければ話せというメイなりのサインであった。
ゼナは旅の目的、魔王とその魔力について語った。もちろんメイの事は伏せて。
「……なんとも興味深い話です。魔王の復活……。バーニンガはその部下。いや、魔力。にわかには信じがたいですが、今は呑み込みましょう。それでゼナさんはどうするのですか? 大会に参加し、彼の正体を暴くおつもりで?」
「はい。このままあいつを野放しにしていれば被害者は増すばかりです。それに……このまま尻尾を巻いて逃げたらバルトさんが浮かばれません。彼だけじゃない。今まで犠牲になった人たちの為に。僕が断ち切る!」
覇気を纏いゼナは宣言した。
「……わかりました。では、私は、優勝者失踪……いや殺害の調査をしましょう。もしゼナさんがバーニンガの闇を暴いたとしても、彼は町の中心人物です。ぽっと出のゼナさんでは狂言で終わります。なので、この天才記者が確たる証拠証言をもってゼナさんを援護します。プレラスでの記事は大いに好評でしたからね。そのお礼も兼ねて」
ソフィーの言葉にゼナの心は熱くなった。予想外に頼もしい協力者を得ることができた。彼女の力はきっとこの町の助けになる。そう確信した。
ゼナとソフィーの二人は固い決意を結び、喫茶店を後にした。ソフィーは証拠を集めにバテヴの町へ飛び出し、ゼナは明日の大会に備え宿を取った。
「……よし、これでバッチリだ!」
大会のルールブックを読み終わり、体をベッドへと投げ出した。
「メイ……僕は勝つことができるのかな……」
弱気にゼナは呟く。
「勝って貰わなくては困る。炎の魔力が、魔王の魔力が手に入るチャンスが早々に回ってきたのだからな」
「……思ったことがあるんだけど言ってもいい?」
「なんだ?」
「僕はてっきりメイの事だから、大会に参加せず闇討ちでもしろって言うかと思った。わざわざ相手の土俵に乗るなんて意外だなって」
「この短い期間で私の何たるかをわかられては堪らん。お前のしょぼい観察眼で私を理解するのは年単位では足りないぐらい早い」
小馬鹿にした表情で答えるのでゼナはムッとして言った。
「じゃあ、大会に参加する理由は?」
「バーニンガは自分が特異な魔力を持っていることをひた隠しにしている。あいつは見た目と言動こそ派手だが、中身は慎重だ。自身の正体を悟られない様にしている。そんな奴と大衆の前で闘えばどうだ? バーニンガは魔王の力を容易に振るえない。そんなことをすればせっかくの餌場に居づらくなる。逆に人気のないところを襲えば、奴は気兼ねなく力を発揮できる。私たちに勝ち目は無い。どうだ? わかったろ」
メイの言葉に渋々ながらも頷くしかなかった。プレラスで出会った時からバーニンガの強さを肌で感じていた。その裏に真の力があるならば……。考えるだけで恐ろしい。大衆の視線を盾に立ち向かうしかなさそうだ。
「……僕たちは決勝まで駒を進まなければならない」
「ああ、バテヴの闘技場でバーニンガと闘う事が魔王の魔力を奪い去る第一歩になる」
ゼナは拳を握り込み、自身の胸に打ちつけた。そしてその拳をメイに向ける。
「なんだ? 私に喧嘩を売りにきたのか」
「違うよ。明日の大会で勝つために気合いを入れたんだ。メイもほら!」
ゼナが促すと嫌そうな顔をしながらも胸に拳を打ち、ゼナの拳に拳を合わせた。
「僕たちはバーニンガを必ず倒す! 犠牲になった人たちの為にも!」
「私にはそんな義理も大義もない。だが、魔王の力を吸収し、魔王をぶちのめす。その為にバーニンガを私の踏み台にしてやる」
ゼナとメイ。互いの思いは相違する。しかし、バーニンガを倒すという目的は合致した。今はそれで、それだけでいい。彼女が側にいてくれたら、どんな困難も希望に創り変えられる気がするから。
住民が寝静まった夜。バテヴの闘技場に併設された訓練所。そこから拳を打ちつける音が響く。何度も何度も。それは怨みを込めるかの様に、それは後悔を嘆く様に、それはさめざめとした涙の様に打ち込まれた。
「はあ……はあ……はあ……」
息を切らしてサンドバッグにもたれ掛かる。振るった拳が震えている。これは奴への果てしない憤怒か、それとも目的を果たせる喜びか、はたまた純粋な恐怖か。理解する事はできない。いやする必要などない。ただこの拳を打つけるだけでいい。
また立ち上がり、サンドバッグに体を向ける。打つ。打つ。穿つ。
拳を打ちつける度に頭に声が響く。懐かしくて悍ましいあの日々の声が。
『君は才能がある。俺の魔法を引き継げるだろう』
『あなたの魔法は誰かの助けになるすごい魔法なのよ!」
『ああ……大丈……ぶ……泣かないで……さ……は…』
『期待はずれだ。やはり人では無理なことか』
『近寄るな! 化け物! この……人殺しっ!!」
人殺し。人殺し。人殺し。最後の言葉が頭を埋め尽くす。
そうだ。
私が殺した。
奪った。
大切な人を。
わかっている。だから私が幕を下ろさなければならない。
力一杯込めてサンドバッグを殴りつけた。殴られたサンドバッグに穴が空き、そこから砂が血の様に流れ出る。
「あいつを……バーニンガを必ず殺す。その為に私はここまできた」
包帯で巻き固められた腕を睨み、リーズは一人闇にそう呟いた。




