24.武闘少女
深く生い茂る森、ブラッツェ森林。ここはプレラスとバテヴの間に位置している。生息する生物は多種に渡りまた、その危険もパシーク近隣の森とは段違いだ。力のない者が入り込めば単なる餌としてその生涯を終えるだろう。しかし、逆を言えば力のある者にとってこの森は良い鍛錬場と化す。その森に一人の少年が挑んでいた。
「うおおおおおおおっー!」
ゼナは力一杯に足を踏み込み跳躍する。すると、ゼナに向かって突進してきた猪型の魔物、フェロホーグは標的を失い大木に頭を打ちつけた。
「あ、危なかった……」
「気を抜くな! まだ敵はいるぞ!」
油断したゼナをすかさずメイが正す。剣を構え、こちらに矛先を向ける二匹のフェロボーグにゼナもまた矛先を向け返した。
ゼナが何故今この森にいるのか。それは魔王の魔力、倒すべき敵であるバーニンガと相対した後の話に遡る。
「……じゃあ、バテヴ行きの馬車を取りに行こう」
ゼナは立ち上がり馬車停に向かおうとする。それをメイは手で遮る。
「メイ……?」
「相手は見るからに心技体を会得した奴だ。そんな奴を前に碌な戦闘経験のない子供が相手になるか?」
メイのもっともな意見に勇み足が凍る。今のゼナが戦えば、メイの力があったとしても勝てるとは言えない。無様な負けが脳裏に浮かぶ。
「そこでだ……プレラスとバテヴの間にブラッツェ森林という場所がある。地図の解説通りなら修行に持ってこいの場所だ」
「今から修行を積むの?」
「ああ、徒歩で森林を抜け、戦いながらバテヴを目指す。これなら一石二鳥でお前は強くなれる。多少はな……」
「多少か……」
メイもこれが付け焼き刃で焼け石に水というのは理解している。しかし無策で挑めば負けは……死は確実だ。だから動き、抗う。彼女はそう決心した。ゼナもそれに突き進むと覚悟した。
ゼナと魔物は互いに睨み合い、隙を晒すのを待ち望む。……先に痺れを切らしたのはフェロホーグの方だった! 一匹は猛突進でゼナを目指す。この瞬間を待っていた。さっきと同じように横に跳ぶ。しかし今度はただ避けるのではない、倒すための回避だ。一匹目の攻撃で相手の動きを予習し、二匹目で復習、そして応用する。
横をすり抜けるフェロホーグに回避と同時に振り払った刃が深々と見入り、血飛沫を上げながら自らの勢いも相まって猛々しい魔物は地面に叩きつけられ、絶命を果たす。
ゼナは地面に転がりなんとか受け身を取った。次に隙をついたもう片方のフェロホーグが怒りを露に、こちら目掛けて突進をかける。それが仕掛けられた罠とは知らずに。
獲物を視界に捉え、自慢の鋭い牙を全面に押し出しフェロホーグは突き進む。だが、それは突如現れた壁に阻まれた。何が起こったのか理解する間もなく、獰猛な獣は頭を強く打ちつけ、しばし怯む。その怯みは命を狩るには充分な時間であった。
心臓目掛けて鋭い剣が突き刺さり、フェロホーグは断末魔をあげてその生涯を閉じた。
「はあ……はあ……」
剣を引き抜くとゼナは力なく地面に座った。戦いの経験のない少年が獰猛な魔物、それも三匹同時に相手するのは骨が折れるどころではなかった。おかげで命を奪うことに躊躇する暇もありはしない。
「お前にしてはなかなか上出来じゃないか。戦力を削ぎ、相手から仕掛けさせ、カウンターを狙う。こちらが強くないおかげで相手は油断する。お前でなければこなせない技だ」
「それって褒めてる?」
「褒めてる。大褒めだ」
メイが真面目腐った顔で言うのでそれ以上の追求はやめた。呼吸を整え休息に入る。その時……。ごそ……。草木を踏み荒らす音がした。音の方向を見る。
ざっ! 草陰からフェロホーグが飛び出してきた。額から血を流し、鼻息を荒くしている。最初に攻撃を避けた個体……! それが今起き上がり、報復の一撃を加えようと息巻いているのだ。
ゼナは剣を掴んで立ち上がる。しかし、既に獣は眼前に迫り今にもゼナの頭を弾き飛ばしそうだ。時間がゆっくりに感じる。それが死の間際の知らせだと気づくのは難しくない。
「っ…………!」
次に壮絶な痛みが全身を駆け回り、視界が赤に、それから暗闇に染まる、そう思った。だが、それは訪れなかった。ゼナの視界には横から突き出された右拳が映るのみだった。
「えっ……」
ゆっくりとその拳の持ち主に視点を合わせる。そこには一人の少女がいた。赤み掛かった髪をポニーテールにまとめ、ショートスパッツに白い半袖。そして服の上からもわかる鍛え抜かれた身体。まさに格闘家といったところだ。
「間一髪だったね、少年! 戦いは最後まで油断しちゃダメよ」
にっこりと爽やかな笑顔で彼女は笑う。彼女の拳の先には横っ腹に拳の跡がついたフェロホーグが白目を剥いて倒れていた。
「あ、ありがとうございます。助けてくれて……」
「いいのよ。私はリーズ、十五歳。あんたは?」
「僕はゼナ、十四歳」
「そうか……一様私がお姉さんなわけだ。なんてね! よろしくゼナ! 気軽にリーズって呼んで」
彼女はそう言うと手を差し伸ばしてきた。彼女の腕には手から肘にかけて包帯がぐるぐると巻きついていた。それは単なる怪我か、はたまた着飾りなのか、ゼナにはよくわからない。ただ、何かを隠し仕舞い込んだようなものに思えた。
「わかった! よろしくリーズ!」
ゼナは手を伸ばし、固く握手を交わす。命の恩人に不躾な質問をするわけにはいかなかった。
「ところでなんだけど、ゼナの他にもう一人いなかった?」
「え?!」
突然の問いにゼナは驚いた。もう一人……。まさかリーズには見えているのだろうか?
「き、気のせいじゃない? ここ鬱蒼としてるから見間違いだよ」
ゼナはひとまず誤魔化すことにした。メイは簡単に説明ができるほどの存在ではない。変に怪しまれても困る。
「ふーん。ま、いいや! じゃあ別の質問。どうしてこの森に? バテヴに用があるなら馬車があるし……迷子?」
「いや、なんというか成り行きというか……。バテヴの武闘大会に出ることになって……」
「武闘大会に……?!」
ゼナの言葉が衝撃だったのか目を見開いてこちらを見る。
「うん、そんなに衝撃?」
「当たり前じゃない! その大会に私も出るのよ、でもあなたの名前はなかったはず……」
「そうだったんだ。実はさっきプレラスでバーニンガに誘われて……」
ゼナがそう言いかけた直後、リーズが強く両肩を掴みゼナに聞き迫った。
「……バーニンガに誘われたって本当?」
「う、うん。本当だよ……」
あまりの気迫にゼナは背中を仰け反った。
「何て……誘われたの?」
「大会の選手の一人が出られなくなったから、代わりに出て欲しいって。自分で言うのは恥ずかしいけど……最近ちょっとした有名人になっちゃったんだよね、僕。あははは」
ゼナは軽口を混ぜて笑って見せた。しかしリーズは深刻な顔を続けるばかりだ。
「…………まあいいか。その可能性は低そうだし。考えるのは後にした!」
リーズは元の明るい顔に戻った。
「つまり、ゼナは武闘大会に出る。ということは私と闘うかもしれないわけだ」
「そう……だね」
リーズが何か含み笑いを浮かべた。その笑顔は悪戯を思いついた子供の様。
「私が修行をつけてあげる」
「え? どういう風の吹き回し……?」
「私は、優勝を目指して大会に励むわけ。ライバルは少ないに越したことはないんだけど……。相手が弱いのも面白くない!」
ビシッとゼナに指を指す。
「はっきり言ってゼナ。今のままじゃあんたは簡単に負けるわ」
「それは……その……」
反論する言葉が浮かばず消沈する。
「だから私が鍛えてあげる。短い時間だけど鍛錬を積むのと積まないのでは天地の差があるの。……ゼナ。あんたも優勝、目指しているんでしょ?」
リーズが真っ直ぐな瞳で見つめてくる。ゼナはその瞳を見つめ返す。そうだ、わかっている。今のまま魔物と戯れあっていてもバーニンガは愚か、大会のコマを進めることすら怪しい。この申し出は僥倖に違いない。
「リーズ。僕を鍛えてくれ。僕はもっともっと強くなりたい。目的を果たす為にも!」
「決まりね。覚悟しなさい! ビシバシと鍛えてやるんだからっ!」
リーズは拳を突き出した。
「ああっ!」
ゼナは気合いを入れて返事をした。だが、それがなんだか不満だったのかリーズは渋い顔をしている。
「リーズ……?」
「ゼナ……。こういう時は……」
リーズはゼナの手を取り、拳を作った。そして突き出し、自分の拳と軽くぶつける。
「これが友情の挨拶よ、ゼナ」
リーズは誇らしい笑顔を浮かべる。ゼナもそれに応える様に拳を握りしめ、笑った。
「うわあああっーー!」
ゼナは声をあげて地面を転がる。
「どうしたのゼナ! まだ立てるでしょ!!」
リーズが叱咤の声を送った。
「ああ、まだまだ行ける!」
ゼナは剣を握る力を強める。基礎的な修行を終わらせ、実践形式の修行へと移った。その修行で彼女に参ったと言わせるのがゼナに課せられた目標なのだが、リーズの力を前に悪戦苦闘している。
「おい、このままじゃ無駄な一日だぞ。あいつの動きを読み切り、確実な一撃を与えろ。私が作戦を立ててやろうか?」
メイがお節介な顔で話しかける。ゼナはそれを打ち払った。
「僕一人でやる。やらなきゃ意味がない!」
「あっそ。だったら早く決めるんだな。私に退屈させるな」
メイは欠伸をしながら帰った。呑気な奴だ。しかし、のんびりやっていてもしかなたがないのも事実。ここは仕掛けに行くしかない!
「うおおおおおっー!!」
ゼナは大声を上げて剣を大振りに振り下ろす。
「動きが読み易すぎる! そんなんじゃ……」
ゼナの攻撃を見て、リーズは後方に跳んだ。振り下ろされた剣は虚しく地面に刺さる。
「隙がうまれ……」
リーズが攻撃を回避し、カウンターを決めようとしたその時、ゼナの姿が視界から消えた。咄嗟に上を見る。いた。ゼナは地面に刺さった剣をまるで高跳び棒の様に扱い、宙へ舞った。そしてバックステップで隙を晒したリーズに蹴りを喰らわせる。
「くっ……!」
見事に命中。蹴りの衝撃でリーズは仰向けになる。そこにゼナはすかさず馬乗りになり、剣を抜き放ち鋒をリーズの首元に当てがった。
「はぁ……はぁ……どうだ……!」
「…………まいった」
観念したようにリーズが力を抜く。それを見てゼナも力なく地面に横たわった。
「なるほど、わざと攻撃を大振りに行い私に回避を促して、隙を生み出す。私の隙を見つけるのではなく作らせた……。うん、なかなか上出来な戦法ねゼナ! 感心したわ」
リーズは笑顔を見せてこちらに手を差し伸べる。
「無我夢中でやったら出来たってだけさ。でも成功してよかった!」
リーズの手を取り微笑んだ。
「よし、じゃあ続きいこっか!」
「うん! ……続き?」
「そうよ。あっ! もしかしてゼナくん〜私に一回参ったって言わせて終わりと思ったのかな〜? 残念! 私の修行はそんなに甘くありません。たった一回のまぐれじゃ強くなったとは言えない」
「ま、待ってよ! まぐれじゃないよ。ちゃんと考えて……」
「なら証明して。あなたの力は本物だって」
リーズは戦闘体制をとった。
「わかったよ、やってやる。僕の力を何度でも叩き込む! 行くぞ、リーズっ!」
「来なさい! ゼナ!!」
「もう……むり……」
ゼナはリーズの拳を受けて地面に倒れ伏せた。あれからも続けて修行を行い、体力は限界に達していた。流石のリーズも肩で息をしている。
「そ、そうね……。私もちょっと疲れた」
リーズも大の字で地面に寝っ転がった。二人が見上げる空は既に黄昏時を過ぎ去り、夜の帷を受け入れようとしている。結局、あれからリーズにもう一度参ったと言わせることは出来なかった。彼女の動きは洗練されており、体力を段々と減らしていったゼナでは届かなかった。しかし、惜しい場面もないわけではなく、その都度リーズが褒めてはくれた。
「今日一日でゼナは大分強くなったと思う。大会で戦うのが楽しみね」
リーズは疲れを感じさせない笑顔でそう言った。
「リーズのお墨付きなら僕も胸を張れるよ。……もうこんな時間か。今日は野宿になるね。よかったよ。プレラスで野宿道具を買っておいて。でも野宿は初めてだ。リーズはやったことある?」
ゼナの見立てではリーズは旅の経験をいくつも積み重ねている様に思えた。そんな彼女から冒険の心得を聞いてみるのもある種の力になるだろう。しかし、そのリーズはどこか気まずい表情を浮かべている。
「あ……その、そうだ! 忘れ物! 忘れ物してきちゃったかも!」
いささか、いや、かなり唐突にリーズは忘れ物を思い出した。それはゼナの目には咄嗟の嘘、建前と受けざるを得なかった。
「だから……プレラスに戻るね。明日この場所で落ち合いましょ!」
「今から戻るの? 夜中になるんじゃ……」
「私の脚ならなんとかなるわ。じゃあ、おやすみ! また明日!」
リーズは一方的な挨拶を放つと高速で森を駆け抜けて行った。
「行っちゃった。野宿、嫌だったのかな……」
男勝りの彼女にも乙女な部分があるのかも知れない。
「ふう、静かになったな。退屈な時も終わって清々した。にしてもこれだけやって、お前は大した力はつかなかった様だな。ゼナ」
伸びをしながらメイが飛び出し、早速気分を削ぐ一言を投げつける。
「魔物と奮闘するよりは全然よかったよ。……ところでリーズのことなんだけど……」
「あの女が私の姿を認識しかけたことか?」
「うん。もしかして彼女もバーニンガと同じ……」
「違うな。あいつは魔王の魔力ではない。断言できる」
「そっか……よかった。じゃあメイが見えかけたのは高い魔力の持ち主だから……まってでも……」
目を見開きメイを見る。彼女はゆっくり頷いた。
「戦ったお前にもわかるだろう? リーズには魔力がない」
今度はゼナがゆっくりと頷いた。
「もし魔王の配下であるなら魔力を完全に消すことはできない。それは魔王への叛意として捉えられる。そもそもそんな発想も浮かばない。隠したければ普通の魔力として隠匿すればいい。バーニンガみたいにな」
「もしかしたら僕と同じ存在だったりしない? リーズも魔力を儀式によって奪われたとか」
「だとしたら私が気づく。それにないと言っても完全なゼロじゃない。奥底に眠るものを感じる。まあ、結論としてあいつは今のところ武闘大会で当たる敵というだけだ。今はバーニンガの事を考えろ。そして明日に備えて休め。その体で悩んでも毒なだけだ」
メイは言いたい事だけ言って体の中に帰っていった。
メイとの会話で、リーズが魔王関係ではないとわかり、安堵に包まれる。そうなると忘れていた疲れが一気に押し寄せた。ひとまずは休息に徹することにしよう。
ゼナは木々を集め、篝火を作り、そして"火"を灯した。




