23.接敵
目が覚めると見知らぬ天井が見えた。それと見知った顔も見えた。
「起きたかゼナ」
「おはようメイ。ここは……」
「ギルドの仮眠室だ。昨日お前は歓迎会ではしゃいで疲れからその場で眠り、ここに連れられたんだ」
メイに言われて思い出す。この街の仲間たちと語り合いテーブルを共にした事を。思い出すと自然に微笑が浮かぶ。
「目が覚めたならとっとと行くぞ。金を受け取り街を出る準備をする」
眠気眼を擦るゼナをお構いなしにメイは急かす。荷物ーといっても剣ぐらいしかないがーをもって仮眠室を出る。廊下を渡りギルドに入るとそこは酷い有様だった。食器や酒瓶が散らかっている。そしてテーブルに突っ伏したり椅子にもたれる冒険者達。ゼナが落ちた後も飲み明かしていたのが容易に想像できた。
彼らの周りにはそれを片付けるギルドの職員達がいた。みな迷惑そうな顔をしているがそこにあからさまな嫌悪は感じない。普段街の為に奮闘している冒険者達に心から感謝している証だろう。
「ロクシーさんおはようございます」
腕を捲り、せっせと清掃に励んでいるロクシーに声をかけた。
「おっ! おはようゼナくん。よく眠れた?」
「はいおかげさまで。すみません。わざわざ仮眠室まで運んでもらって……」
申し訳そうに頭を下げた。
「いいのよ、未来ある若者をこんな馬鹿たちと一緒に寝かせることはできないもの」
「おい! バカとはなんだ〜俺たちは立派な……」
馬鹿の一人が反応して異を唱えようとしたがすぐに夢の世界に引き返した。
「はあ……。今ギルドはこんな感じだからお金のことはちょっとまってもらっていい? こいつらをどうにかしなくちゃ」
「大丈夫です。待ちますよ」
ゼナはおおらかな表情で微笑んだ。魔力の少女は苛々を前面に出した顔で大きな舌打ちをした。
「そうだ! まっている間にアリシアちゃんの元に行って依頼書にハンコをもらってきて。じゃないと依頼達成にならないからね。それにあの子もきっとあなたを待ってる」
「わかりました! 僕もアリシアにちゃんと報告したいです。君の友達は無事だって」
ゼナの言葉にロクシーは優しく微笑んだ。
「あっ! もう一つこの……いやこれは自分の目で確かめた方がいいわ」
ロクシーは何かを懐から出そうとして止めて今度はイタズラな顔で笑って見せた。
ギルドを後にしたゼナはアリシアの家を目指して歩いた。すでに日は昇っているので大勢の人が街を行き交っている。その途中、あることに気がついた。ギルドを出てから街の人間がこちらを注視している。
「メイ……僕何かしたかな……?」
小声でメイに語りかける。
「さあな……私は知らん。どうでもいい」
心底興味のない顔でゼナを突き放す。
「あ、あなた……ゼナ?」
ゼナがメイの言葉に消沈していると身なりのいい貴婦人が訪ねてきた。
「? はいそうですが……」
訝しんで答えると貴婦人はゼナの手をぎゅっと掴んで震えながらこう言った。
「ありがとう。私の家族を助けてくれて」
顔を上げた彼女は目に涙を浮かべていた。
「家族……もしかしてペットの……というよりどこでそれを?」
ゼナの疑問に貴婦人は何かを手渡した。それは新聞。そしてその見出しは……
『プレラスの救世主! 動物達を救った英雄、ゼナ!!』
「え?! これは……」
ゼナは驚きながらも記者の名前の欄を見た。そこには……ソフィー。昨日の記者の名がしっかりと刻まれている。
「もう記事にしたのか……1日足らずで」
ゼナは彼女の恐るべき記者力に感嘆の声をあげる。貴婦人がゼナに声を掛けたのはこの記事を見たからだ。そして事件の被害を被ったからだった。
「あの子は二ヶ月前に突然いなくなったの。臆病な子だから一人で何処かに行くはずないってそう思った。あっちこっち探し回ったしギルドにも依頼した。けど見つからなかった……昨日まで。あなたが…………見つけてくれた」
貴婦人は大粒の涙を流して感謝を述べる。気がつけばゼナの周りを街の住民が取り囲み次々にゼナに感謝を述べた。その光景にゼナは圧倒される。そんなゼナを見て彼女らは微笑む。
「みんなあなたに救われたの。ここにいる人達は今回の被害者。この記事を見てあなたにお礼がしたくて集まったのよ。本当にありがとうね」
彼女たちの姿を見て胸が熱くなると同時にこれだけの被害があったことを痛感した。ゼナは素直に喜んでよいのか逡巡したが目の前の笑顔を見て迷いを打ち払った。今は事件の解決を分かち喜び合うことにした。悲しみと苦難を乗り越えたプレラスの住民と共に。
それからアリシアの家まで誰かしらに声を掛けられながら進んだ。歩くたびにソフィーの拡散力をひしひしと感じた。悪事を働いたら……と思うと背筋が凍る。
やっとの思いでたどり着き呼び鈴を鳴らす。数秒の間が開き、やがてドタドタとした足音が近づきドアが開け放たれた。
「……ゼナお兄ちゃん!」
ドアノブを掴んだ少女が健やかな笑顔を見せた。
「やあ、アリシア。君に報告を……」
言葉を言い切る前にアリシアに引っ張られ家の中へと入った。
「おかあーさん! ゼナお兄ちゃんきたー」
なすがままリビングに通される。
「こんにちは、ゼナくん」
リーシアが何やら料理を盛り付けている最中だった。
「あのこれは……? もしかして邪魔しちゃいました?」
「ううん、違うわ。アリシアの提案。ミーシャを助けてくれたあなたにお礼がしたいって」
二人がすでに事件の解決を知っている。きっと記事の……いやきっとロクシーの仕業だ。ここに出向かせたのは依頼書の為だけではないのだろう。彼女には何から何まで頭が上がらない。
「ミーシャを助けてくれてありがとう!」
アリシアはとびっきりの笑顔で感謝を述べた。そこには昨日の悲しみに包まれた少女はいない。
「僕はできる事をしただけだ。それにこの依頼を解決できたのは君のおかげだから」
そう言ってゼナは懐からアリシアに託されたリボンを取り出し持ち主に返した。このリボンがあったからミーシャの信頼を経て結果として多くの命を救うことに繋がった。今回の立役者だ。
「返してくれてありがとう! 私もお返し!」
リボンを受け渡したゼナの手にアリシアは何かを乗せた。それもまたリボンだった。一目で見てわかる手作りの。歪ながらも作り手の想いが込められた少女からの素敵な贈り物であった。
「アリシア、ありがとう。大切にするよ」
感涙すると共にリボンを抱きしめた。
「さっ! ご飯にしましょう。ゼナくんお腹すいてるでしょ! いっぱい作ったからたくさん食べてね!」
「はいっ!」
ゼナとアリシアは仲良く食卓につき食事を始めた。
「はあ〜いっぱい食べた〜」
アリシア達との食事を終え、ゼナはギルドへの道を辿っていた。
「そろそろいい時間だ。報酬の準備も終わった頃だろう」
「そうだね。これを出しにいこう」
ゼナはしっかりと判を押された依頼書を大事に懐にしまった。
「あ、そうだ」
「……なんだ?」
「このリボン……」
懐にしまったリボンに触れたついでに取り出す。
「それがどうした」
「メイがつけることって、できないのかな?」
「は……?」
メイは鋭い目付きのままぽかんと口を開けた。
「その……今回一番尽力してくれたのはメイだと思うんだ。だからこのリボンは勲章としてつけるってのはどう?」
メイは数秒目を閉じ、逡巡したのち答えを出した。
「いいだろうつけてやる」
意外にも首は縦に振られた。
メイは手をリボンにかざし、力を込める。すると光り輝き、その光がメイの頭に導かれ止まった。光が収まるとそこにはゼナの手にあるリボンが色を除き、そっくりそのまま存在を放っている。
「これでいいか?」
「すごいよメイ! それによく似合ってる」
ゼナは満足そうに微笑んだ。
「じゃ、お前の人形遊びも済んだところで早くギルドに戻るぞ」
メイの言葉でゼナの笑顔が凍った。
「え……」
「おや、間違いだったか? 自分の恋した相手の模倣を自由に着せ替えすることで己の欲求を消化したいのだと思ったが私の勘違いか。いやーすまない」
メイは全く謝る気のない、むしろ悪辣な笑みでゼナに視線を送る。あの時目を瞑ったのは、どうやって詰ってやろうかと悩んでいたに違いない! なんとも好意を無碍にする嫌なやつだ。ゼナは心の中で悪態つかずにはいられなかった。だかそんなゼナを見てメイは嘲笑うばかりだ。心の声が聞かれている事を思い出し、なるべく無を維持してギルドへと早足で向かった。
「最初からそうすればよかったろうに」
メイがリボンをヒラヒラさせ勝ち誇ったような顔をしているが気にせず先に進んだ。力のこもった足取りで。
「はいこれが今回の報酬!」
依頼書を提出し、報酬を受け取った。
「それとこれも」
ロクシーは一枚のカードを差し出す。
「あのこれは……?」
「ギルド共通銀行のカードよ。これがあれば懐に大金を持つ心配がなくなるわけ。ゼナくんが助けた飼い主たちから続々と報酬が振り込まれてね……ほら」
ロクシーが一枚の紙を見せてくれた。そこにはおよそ少年が持つことのない金額が記されていた。
「こ、こんなに?!」
「そう、こんなに。あなたに感謝する人が大勢いるのよ」
ゼナはカードを感謝するように握りしめ、懐に仕舞い込んだ。
「この後の予定はあるの? 推測だけど長居するつもりはないんでしょ?」
彼女の言った通りここはあくまで旅の準備の為に訪れた場所であり、長居しているのは森でのトラブルが原因だ。本来なら既に旅立っている。
「はい、名残惜しいですが……やるべきことがあるので」
毅然とした顔でロクシーに向く。
「そう、じゃあ私は笑顔で送り出す。そしてまたいつか戻ってきて。その時はゼナくんの旅の話を聞かせてね。私に、ギルドのみんなに。約束よ」
そう言って彼女は手を差し出す。ゼナも手を出し、固い握手を交わして笑顔で別れた。
「さて、金が手に入った。旅の準備を整え本筋に戻るぞ。まずは商店に行くか」
「そうだね、行こう」
「ああ、そうだゼナ。財布は買えよ。紐付きのやつを」
メイは念を強めてそう言った。
「……はい」
悔しいが何も反論できず、削がれた気分のまま商店に出向いた。
「ふうー、こんなもんかな」
一通りの買い物を終えて、広場のベンチに座りこむ。こんなに買い物をしたのは初めてでそれだけで疲れてしまった。
「ゼナ、さっき買った地図を出せ。休憩の小話にこれからの行き先を説明してやる」
「わかった。助かるよ」
地図を広げる。
「今いるプレラスから北上し、港町シィフィムへと向かう。そこから船に乗り王都へ行き城内の書庫にたどり着くのが直近の目的だ」
「書庫?」
「ああ。あそこには世界の事象を記録する大魔道書が存在している。魔王の魔力どもは魔力を集める為、街に潜伏し魔王が目覚めた今、行動に移したに違いない」
「つまりその行動が魔導書に記されていれば……」
「奴らがどこで何をしているか丸わかりなわけだ。闇雲に世界を放浪する必要がなくなる」
「そうとなれば動こう。馬車を手配してシィフィムへ!」
ゼナは立ち上がり向かおうとした時、周りの住民たちが何やら騒がしそうにしているのが目に入った。皆上を見て何かを話している。ゼナも釣られて上を見る。そこには広場の塔の頂上に人が今にも飛び降りそうな格好で佇んでいた。そう驚いたのも束の間、その人物は本当に塔から飛び降りた。
「なっ?!」
ゼナが反応した時にはすでにものすごいスピードで地面に迫り、そして……華麗な着地を決めた。
「え……?」
ゼナも周りの者も皆ぽかんとした。
「やあ、君が噂のゼナかい?」
男は歯を光らせてゼナに近づきそう聞いた。まだ頭が追いついていない。
「おっと……突然の挨拶で驚いただろう。しっかと自己紹介をしようか。……俺の名はバーニンガ! 誰よりも熱き闘志を持つ紅蓮な男……いや、紅蓮そのものだ!!」
男は大柄な体と筋肉、真っ赤な服に真っ赤なマントを翻し、そして暑苦しい自己紹介を決めたのだった。なおもゼナは困惑する。が、周りは歓声に包まれた。
「すげっー! 本物だ!!」
「サイン! サインしてくれー!」
「バーニンガっ! バーニンガっ!」
男の熱に当てられたように広場が住民の熱気で満たされた。
バーニンガは彼らに手を振り、こちらに向き直る。
「そのバーニンガさんが一体僕になんのようが……」
「いい質問だ少年! 俺はプレラスとシィフィムの間にあるバデヴで武闘大会を開催しているんだ! そしてその大会の通年チャンピオン保持者でもあるッ!」
バーニンガが言葉を発する度に周りの人間が歓声を上げる。すっかりここは彼の手中に堕ちた。
「その大会の季節が今年もやって来たのだが……参加者の一人が辞退してしまってね……困り果てた。しかし! そこにこれが舞い込んで来たのさ!」
バーニンガは新聞を突き出してきた。その内容は言わずもがなゼナのことであった。
「僕の記事……もしかしてその参加者の代わりに僕が?!」
「その通りだ少年! まさに天からの贈り物。話題の人物である君が参加すれば大会も大盛り上がり間違いなし! そうだろみんな!!」
バーニンガの声に皆同調し、湧き上がる。すでに断れそうな雰囲気は消し飛んだ。
「まあ突然のことだ。考える時間をあげよう。ただし二日だ。明後日には大会が始まってしまうからね。良い返事を期待している。……是非君たちの戦い方を見せてもらいたい。では、さらばだっ!」
バーニンガは家屋の屋根に飛び乗り、人々に見送られて去っていった。野次馬たちも大会の事を口にしながら少しずつ捌けていく。
「なんだが大変なことに巻き込まれたね……」
暑苦しい男に呆れているであろうメイを見た。しかしそこにはあったのは険しい顔をした彼女であった。
「どうしたの……メイ?」
「……ゼナ。あいつ去り際になんて言った?」
「え? 君たちの戦い方を見せて……君たち?!」
「そうだ。奴ははっきりとそう言った。あの時ベンチにはお前しか座っていなかった。他にいるとすれば……私だ」
「じゃあバーニンガにはメイが見えていたのか……。つまりあいつは……」
「ああ、魔王の魔力。間違いない。……ムカつく野郎だ。奴は完璧に人間界に潜伏できていた。現に私は奴のあの言葉まで気づけなかったのだ。……だというのにわざわざ正体を晒すヒントを出した。これは明らかな挑発だ」
メイはギリギリと唇を噛んだ。
「何かの罠かも……」
「その可能性もある。しかしいずれ倒さなければならない敵だ。その挑発に乗ってやろうじゃないか……! ゼナ。目的地変更だ。バテヴに向かい、武闘大会でバーニンガを叩き潰す!」
そう意気込むメイに一抹の不安を感じながらも頷き、ゼナは闘技の町を目指すのだった。




