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ゼロの旅路  作者: イフ
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2.別の道

 ドアを開けると、すっかり目覚めた太陽がゼナを照らして出迎える。その眩しさはあの夢に出た光を思い出させた。

かぶりを振って頭から追い出し、当てもなく村の中を進んだ。


「おはよう、ゼナ」

 太陽の眩しさから逃げるように下を向いて歩いていると、前から声をかけられた。


 頭を上げるとそこには老人が立っていた。

老人は茶色いローブを羽織り、樫の杖をついている。白髪と威厳のある髭は彼が只者ではないと判断するのには十分だ。


「おはようございます、村長さん」

 そう、威厳を感じるのも当然、彼はこの村の長だった。


 若かりし頃にパシーク村を集落から村へ格上げ、農村に発展させた村の立役者。パシーク村のような小さい田舎村が地図に書き記されているのは、彼のおかげと言っても過言ではない。


「調子はどうだい?元気かい」

 優しい笑顔と声でゼナに語りかける。


「はい!元気です。今日は母さんに畑仕事を休んで、遊んでこいと言われたの有り余っています」

 ゼナも笑顔で返した。


 実はゼナはこの時間があまり好きではない。

その理由は村長にある。村長は村を建てた実績、持ち前の優しく穏やかな性格ゆえ村人全員から好かれていて、彼に関する悪い噂を聞いた事がない。

ゼナも昔はその一人だった。しかし、ある時気づいてしまったのだ。村長が自分に向ける目の違和感に。


 老人の目の奥にはゼナに対する恐怖と欺瞞が垣間見えた。いくら笑顔の仮面をつけてもそれは隠せない。

まるで忌むべき存在を監視するかのようなその視線は不快極まりない。

 

 ゼナには村長に何かをしたという記憶はまるでない。それがまた不気味さを助長させた。


 村長はゼナと緊張感の走る上っ面だけの会話を終えると、去っていった。その後ろ姿はまるで、捕食者から逃げる被捕食者のようだ。


「はあ..….」

 毎度のことながら気疲れしてしまう。


「いったい僕は何したんだ……」

 愚痴のひとつもこぼしてしまう。煌びやかな光を放つ太陽とは裏腹にゼナの心は闇暗く沈んでいく。


 すると突然、誰かがゼナの肩に勢いよく腕を回してきた。おかげで、ゼナは危うく地面と睨めっこするところだった。こんな事するのはこの村では一人しかいない。


「おっす、おはよーゼナ!」

 黒い髪を短く携え、少し煤がついた作業着をきた少年。背はゼナより少し大きく、世界を照らす太陽と同じくらい明るい笑顔をしていた。


 彼の名は、フィート。ゼナとは幼なじみで、親友だ。


「おはよう、フィート。相変わらずうる……元気だね」

「おうよ!俺は常に、元気だ!!!」

 太陽には本音が届かなくて安心した。


「そういうお前は元気なさそうだけど、なんかあったか?」

「え、いや、大丈夫。なんでもないよ」

 ゼナは慌てて取り繕った。大雑把な性格をしているが、フィートは人の感情にめざとく、こちらの心を簡単に見透かす節がある。


「そっか、ならいいけど」

 ゼナは安堵してフィートに向き直った。するといつもの彼と違う事に気がついた。背中に剣を背負っていたのだ。


「フィート、それなに?」

「おお、これか。ふっふっふ……よくぞ聞いてくれた!」

 フィートは芝居が掛かった笑いをしながら、剣を鞘から抜いた。扱い慣れていないのか、動きがぎこちない。


 その剣はどこにでもある普通の剣だった。特徴があるとすれば、刀身が綺麗に磨かれていることぐらいだ。


「こいつはな、俺が親父の目を盗んでコツコツと造ったものだ。今日やっとこさ完成した!」

 フィートは剣を高らかに掲げて決め顔でこっちを見た。


 フィートの家はこの村唯一の鍛冶屋だ。彼の父親は腕利の鍛治職人で、村の農具や工具など、さらには家具など手掛けている。どちらかと言えば何でも屋かもしれない。

 そんな鍛冶屋の一人息子であるフィートは跡取りとして、日頃から鍛冶の鍛錬をさせられているが、今みたいに自分の好きなものを勝手に作ったりサボってゼナに会いに来たりするのは日常茶飯事だった。


「今から森に行ってこいつの切れ味を確かめようぜ」

 パシーク村の周りは平原や森しかない。その中でも村に隣接し魔物や動物が現れない森が、昔からゼナ達の遊び場だった。


「マリアのやつも誘って行こう。きっと驚くぜ!」

 ゼナはいつもフィートの誘いを断ることが出来ない。それは、フィートの真っ直ぐな目を見ると無碍にするということはしづらいからだ。


「はあ、わかったよ。マリアも誘って…」

 ゼナは言葉言い切る前にフィートの背後に佇んでいる人物を認め、静止した。


「どした、鬼でも見たような顔をして。後ろ? なんだ魔物でも出たか? はっはっは、安心しろ。こいつさえあれば、どんなやつも一刀両断よ。さあ、誰でもかかってこい」


 フィートは勇者の如く剣を構え、意気揚々と後ろを振り返った。

 そこには、まさしく鬼の形相で息子を見つめる屈強な男がいた。


「よぉ、馬鹿息子」

「お、親父……」

 フィートの顔は快晴の空よりも青くなった。


「俺がやっておけといった仕事をやらずに、そんなおもちゃを作っていたのか?」

「いや、これはその仕事に必要なもの的な……」

「この平和な村でいつ剣を使うんだ?」

「えー、あはは……」

 次の瞬間フィートは襟を掴まれ引き摺られていった。


「あぁ!サボって悪かったよ、親父!」

「今日という今日は許さん」

「助けてくれぇ!」

「ゼナ、悪いが馬鹿息子は連れて行く。こいつは跡取りとしての自覚がまるで足りん!」

「どうぞどうぞ。存分にお願いします」

 ゼナは深々と頭を下げた。


「ゼナぁ!この薄情者!たすけてくれよぉー!」

 そんな彼の叫びはゼナからどんどん遠ざかっていった。


「相変わらずだなぁ」

 いつもの調子の親友を見て苦笑する。


「ほんと、相変わらずよねぇ」

 背後から柔らかい声がして、思わず振り返る。


 そこには、白いローブを羽織り、茶色い髪を肩まで下ろした少女が立っていた。


 彼女の名は、マリア。彼女もまたフィートと同様ゼナの幼なじみである。


「あいつはいくつになったら成長するの?」

 呆れた顔で、父親と口喧嘩しながら遠ざかる幼なじみを見ている。


「フィートは大人になってもあんな感じだと思うよ……

ところで、その格好どうしたの?」

 ゼナはいつもと違うマリアの姿に目を留めた。


「ふふっ、気づいてくれた? これはね、魔法学園のローブ! のお下がり。お母さんが昔使ってたやつ。はあ、本当は新品がよかったのよねぇ」

 そう言って愚痴をこぼすマリアだが、顔は嬉しさを隠せていない。実際、こうしてゼナに自慢しにきているのだから。

「どう、似合ってる?」

 可憐な少女はその場で一回転した。その姿にゼナは顔を赤くする。


「いいんじゃない、似合っている」

 ゼナは照れを隠すのに必死でつい素っ気ない返事をしてしまった。


「何、その普通の反応は。もっと褒めなさいよ!」

 そう言って頬を膨らませる彼女はハムスターのようで可愛らしい。


「マリア〜! そろそろ時間よ〜!」

 マリアを呼ぶ、女性の声が聞こえた。


「あ、お母さんが呼んでる。ごめん、ゼナ。これから勉強しなきゃいけなくて。家に戻らなくちゃ」

「そっか、フィートもマリアも忙しいと僕は暇だなぁ」

「あのバカといっしょにしないでよ。私は真面目なお勉強なんだから」

「はは、ごめんごめん。じゃ、勉強頑張って!」

「勉強が終わったら遊ぶに行くから! フィートも連れてく、またね!」

 マリアはローブをはためかせ走って行った。


「頑張って、僕の分まで」

 ゼナはマリアがさっきまでいた空間に、心の言葉が漏れた。

 マリアは昔から魔法使いになるのが夢だった。そして、来年ついに魔法学園に入学することにになった。そのため日々勉強に励んでいる。それがゼナにはどうしよもなく羨ましい。なぜならゼナは……


 突然、風が吹き、ボーっとしていたゼナを現実に呼び戻す。


 遊んでこい、と言われたが、結果的に遊ぶ相手は見つからなかった。パシーク村でゼナが遊べる相手は、フィートとマリアの二択であって、その二人がいなければ必然的にひとりぼっちになってしまう。


 ゼナは、フィートが引きずられた道と、マリアが駆けていった、二本の道を寂しく見つめる。そして、ゼナも自分だけの道に駆けて行った。

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