16.猫と少女
ゼナはロクシーの地図を頼りに依頼主であるアリシアの家に辿り着いた。
ゼナは少しの緊張を纏いながら呼び鈴を鳴らした。
「は〜い、今いきまーす」
扉の向こうから女性の声が返ってきた。声質からしてアリシア本人ではなさそうだ。
ガチャっと鍵が開き、扉が動いた。三十代前後のエプロン姿の女性が出迎えた。そしてその足にしがみ付いた少女がこちらを見上げていた。きっと彼女が依頼主だろう。
「何かごようかしら?」
「あの、こちらの依頼を受けてきた者です」
ゼナは件の依頼書を見せた。すると、恥ずかしいそうに母の足に隠れていた少女の顔がぱっと晴れた。
「アリシアが書いたのだ! ねぇお母さん! アリシアの!」
「わかったからアリシア。落ち着いて……」
「お兄ちゃん! ミーシャを探してくれるの?」
少女の目は太陽のように光輝いていた。それほどまでに依頼を受けてくれる誰かを待ち望んでいたようだ。
「ああ、そうだよ。君の依頼を見て来たんだ。大事なお友達のミーシャちゃんは僕が見つけて見せるから」
力強くそう言って少女にはにかんだ。ゼナの顔を見てアリシアも笑った。
「ええと、ここで立ち話もなんだからとりあえず上がってちょうだい」
二人の様子を見て微笑んだアリシアの母はゼナを自宅の中へ招いた。
「はい、粗茶だけどよかったら」
自己紹介を済ませ、席につくとお茶を淹れてくれた。
アリシアは母親の隣に座りオレンジジュースを啜っている。
最初ゼナもオレンジジュースを勧められたが大人振って遠慮した。だが、おいしそうに飲み干すアリシアを見て少し後悔した。
「では、早速お話をお聞かせ願いますか?」
「はい……まずは」
「アリシアが話す!」
母親が話始めようとした途端、娘が割り込んだ。
「アリシア、お母さんが話すから大人しくしてて?」
「えぇー」
アリシアはなんでも自分でやりたい年頃のようだ。
「お母さんが話した方がゼナくんもわかりやすいし、その分ミーシャも早く見つかるかもしれない。その方がアリシアもミーシャも嬉しいでしょ?」
母親は娘を巧みに誘導する。扱いは当に心得ているようだ。やはり母というのはどの家庭でも強く偉大らしい。
ゼナは改めてその事実を認識した。
「はーい。アリシア、おもちゃで遊んでくる!」
不満そうなアリシアはオレンジジュースを片手に子ども部屋に消えていった。
「単純な子でしょ?」
半ば呆れた顔で娘の背を見つめる。
「いえいえ聞き分けのいい子だと思います」
「そうだな。私もそう思う。駒として扱いやすそうだ。お前よりよっぽどな」
いつの間にかアリシアが座っていた席に陣取ったメイが偉そうにふんぞり返ってそう言った。
メイに言った訳じゃない。と、反発したかったが突然誰もいない場所に声を荒げる変人に見られ、話が拗れてしまうことを危惧してゼナはグッと堪えた。その様子を見てメイは口角をつりあげる。本当に嫌な奴だ……
「まず、その……ゼナくんに謝らなければならない事が二つあるの」
アリシアの母、リーシアは申し訳なさそうに切り出した。
「一つは依頼の報酬なんだけど……」
「ああ、気にしないで下さい。今は1Gでも嬉しいですから」
ゼナは二割の気遣いと八割の本音で答えた。こちらを睨みつける視線を感じたが気にせず無視した。
「ううん、そうじゃなくて。あれは娘が自分のお小遣いから出すって聞かなくて、その結果あの額になった訳なの。だからもし見つけてくれたのならそれ相応の金額を支払うから」
願ってもない話だった。額が増えるのはこちらとしてもありがたい。これなら生意気な魔力も少しは丸くなる。
「ありがとうございます。僕も期待に応えられるよう頑張ります」
「あともう一つあって……これが問題なの」
リーシアは深くため息をついた。ゼナは背中をピシッと立て、聞き入る態勢を整えた。何か大きな問題が降りかかってくる気がしてごくりと唾を呑んだ。
「実は、娘がミーシャと名付けた子猫は我が家で飼っているわけではないの」
「飼い猫じゃないんですか?」
「ええ、そうよ。……ある日アリシアが衰弱していたあの子を拾ってきたの。私は保健所に任せようとしたんだけど、案の定自分でって聞かなくて……仕方なしに家で看病することにした。それから数日で元気に走り回れるくらいにはよくなったわ。そしたらその子がアリシアに懐いちゃってね。
どうしたもんかと考えたわ。無理矢理引き剥がすのも気が引けるし……だからギルドに行って、子猫捜索の依頼がないか調べたりしたんだけど、どうもそういった依頼もなく、結果うちの子になることでこの話は落ち着いちゃった」
そう話すリーシアの顔はあまり愉快なものではなかった。
「リーシアさんは子猫を、ミーシャを飼うことに反対していたんですか?」
「そうね……あの子もまだ幼いし、命を預かる責任を持てるか心配。途中で飽きて投げ出すかもしれない。でもミーシャを飼うって言った娘の顔は今まで見たことないくらい真剣だった。だから私も否定的な考えはやめて、許可したの。そして家に住み着いて何日かでミーシャはどこかへ消えてしまった」
「逃げ出した……」
「そうなの……あんなにアリシアに懐いていたけど、結局は野生が恋しくなって出ていったんじゃないかと私は納得できた。ある意味ホッとしてた。けど、アリシアは納得しなかった。あの子は野生に帰ったんじゃない。「怖くて逃げ出したんだ」って変なことを言うの」
「怖くて……?」
「なんでもミーシャがそう口にしたって言ってる。私もミーシャをお世話していたからわかるけど喋ったことなんてないしただ、みーみー鳴くだけ。きっとあの子の想像だと思うけど」
「ちがうよ!」
一人遊びに飽きたアリシアが突如二人の会話に割り込んだ。
「ミーシャ、ずっと怖がってた。怖い人が来るって。だから逃げたんだ。さようならって、言っていっちゃったの!」
幼い少女は声を張り上げ大真面目な顔で言う。リーシアは困った顔でそれに応える。アリシアの話を聞いたのは一度や二度ではないのだろう。彼女は娘の与太話を信じることができずにいる。だが、ゼナにはわかる。アリシアが決して嘘をついていないことが。
少女の力強く握られた拳。アリシアもこれが簡単に信じてもらえるとは思っていない。だから必死に何度も訴えている。拳はわかってもらえない悔しさと無念さの表れだ。
そして何よりもその瞳。友を、ミーシャをなんとしても見つけたい。助けたい。少女の感情が一心に集まった瞳。
これだけの思いと感情を嘘やほらで切り捨ててはあまりに無常だ。
ゼナは椅子から降りしゃがみ込んでアリシアと視線を合わせた。
「アリシア。僕は君の話を信じる。君の目は口は嘘なんて一つも言っていない。僕にはわかる。だから僕に任せてくれ。君の大切な友達はこの手で必ず探し出して見せる」
ゼナは優しく彼女の頭を撫でた。
「お兄ちゃん……ほんと?」
アリシアは信じてもらえたのが意外かつ嬉しくてきょとんとした顔で瞳を潤ませている。
「ああ、もちろん。そのためにミーシャの話をもっと教えてほしいんだ」
「うん……えーと、ミーシャはね喋るの。声はださないけど頭に話しかけてくるんだ。……そしていなくなる前にすごく怖がってた。誰がが追いかけくる、怖いって……」
頭の中に、か。まるでテレパシー、超能力だ。果たしてただの子猫がそんな力を持てるのだろうか? これはミーシャの言う「怖い人」が関係しているのではないかと推理した。
ゼナは助言を求めて席に座っていたメイをちらりと見た。
しかし彼女はそこにはおらず、かと言ってゼナの中には戻っていない。不審がられないよう最小限の動きで辺りを見渡した。
いた。何やらアリシアの部屋を物色している。話に飽きてぶらつき始めたかと思ったがそうでもないらしい。メイは眉間に皺を寄せている顔だった。何かあるのだろうか……
「ありがとう、アリシアちゃん。おかげミーシャちゃんを探せそうだ」
ゼナは少女に向き直り礼を告げて立ち上がった。
「リーシアさん、お茶ご馳走様でした」
「ううん、気にしないで……その娘の話を信じてくれてありがとう。……はぁ、親としてなんだか情けないわ」
「落ち込まないでください。荒唐無稽な話と思うのは仕方ありません。吉報を待っていてください!」
ゼナはリーシアを笑顔で励ました。それをみて彼女の暗い顔は少し晴れた。
「お兄ちゃん、はいこれ」
玄関へ向かおうとしたゼナをアリシアが引き止め何かを手渡した。
「これは……?」
手の中には赤いリボンが握られていた。
「それ、ミーシャが大好きなリボン! いなくなる前まで着けてたの。ミーシャ怖がりだから、お兄ちゃんとあったらきっとびっくりしちゃうと思う。でもそれを見せてあげたらアリシアのお友達だってわかるから見せてあげて!」
つまりこのリボンは猫と少女の友情の証というわけだ。これはなんとしても見つけ出さなければならない。
「ありがとう。これで僕もミーシャちゃんと仲良くしてみせるよ」
リボンを懐にしまい、再び背を向けた。だがゼナは一歩踏み出したところで立ち止まった。一つ、リーシアに問いたいことがあった。
「あの、リーシアさん。一つ聞きたいんですが。近所でペットの行方不明に関する話とか、何か知りませんか?」
「え、うーん……あ、一つあった。ちょっと……こっちに」
リーシアは数秒腕を組んで記憶の引き出しを探し、そして何かを思い出した。影のある表情でゼナを手招きして耳打ちした。
「ちょうどアリシアがミーシャを拾った日の前後で、行方不明だった飼い犬が発見されたの……ゴミ捨て場の中で……骨になった手足だけが……」




