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ゼロの旅路  作者: イフ
15/134

15.依頼:ペット探し

 無事ギルドに登録することができたゼナは依頼が貼られている掲示板を眺めていた。


「あんまりないね……」

 掲示板を見つめてそう呟いた。ゼナの目に入る依頼書は全部で三枚。ギルド内と同じく閑散としている。どうやらいいものはあらかた持っていかれてしまったようだ。

コルクボードに刺さった無数の画鋲がそれを物語っている。


「どれも大した報酬じゃないな。これなんて見てみろ。酷いもんだ。とてもじゃないが割に合わん」

 そう言ってメイが指差したのは迷子猫の捜索依頼だ。

達成報酬は100G。子どもの小遣い程度で、落とした財布の額には程遠く、ギルド入会金の返済に当てるにも足りないお粗末な額だ。


 そしてその依頼書は、中身だけでなく外見も散々だった。

あろうことかクレヨンで書かれているのだ。多種多様の色彩を使って中央にデカデカと子猫が描かれている。まるで依頼書をキャンパスと勘違いしているかのように。

しかし依頼内容の欄にはミミズがはったような字で一文が添えられているので依頼には間違いなかった。


 みーしゃをみつけてください。


 端的にそう書かれていた。ゼナは依頼書を掲示板から剥がし、まじまじと見つめた。


「おい、まさかガキの悪戯じみた依頼を受けるのか? 勘弁してくれ」

 メイが嫌悪に満ちた顔でこちらを睨む。


「もしこれがただの悪戯ならとっくに剥がされている。これは正真正銘の依頼に違いない」

「だとしても受けるならこっちだ」

 メイが指差したのは万年筆で丁寧に書かれた依頼書だ。しかも内容は迷子のペット探し。報酬も高い。中身も外見もクレヨン依頼書の上位互換であった。


「確かにメイの言うとおりだ。でもここを見てほしい。クレヨンが滲んでる。きっとこれは涙だよ。依頼主の子が必死に祈りを込めて書いたんだ。無事に帰ってきてほしいって」

「はっ、どうだかな。それが涙である証拠はない。お前のようなお人好しのバカを引っ掛けるために水滴でも飛ばしたんじゃないか」

 メイは意地の悪い笑みでゼナの考えを馬鹿にした。だがゼナはその笑みに屈しはしない。


「たとえそうだとしても依頼を出している以上、困っているのは事実だ。僕はこの依頼を受ける」


「ちっ、好きしろもう。こうなったお前と押し問答しても時間の無駄だ。早く依頼を受けろ」

 メイは半ば投げやりな姿勢で会話を切った。真っ直ぐな少年の手綱を握るのはまだ難しいようだ。


「ありがとう、メイ」

 ゼナの感謝に唾を吐く仕草をしてメイは帰った。


「どう、ゼナくん。随分独り言が多かったけど、いいのは見つかった?」

 背後からロクシーの声が聞こえた。


「あ、はい、おかげさまで……」

 ゼナは顔を赤くしてゼナは答える。

 メイの姿は今のところゼナにしか認識できない。側から見れば宙と会話する変人に見えてしまう。気をつけなければならない。


「あの、この依頼を受けようかと」

「おっ、なになに……あら〜助かるわ、ゼナくん。これ誰も手をつけなくて困ってたの」

 ロクシーは依頼書を手に取り、心底ほっとした顔を見せた。

 確かにあの報酬額とクレヨンの外見からして好き好んで取るものは少ないだろう。


「これであの子も笑顔になるかしら……」

 あの子。どうやら依頼主は子どもで間違いなさそうだ。


「あの子っていうのは……」

「これを依頼してきたのは四歳の女の子なの。大好きなお友達の子猫がいたんだけど、ある時いなくなって、大泣きしてギルドに来たのよ。それから親御さんを呼んで……まぁ大変だった。いろいろな問答の末、依頼書を書こうって話になったんだけど、自分で書くって聞かなくてね……それでこの依頼書ができちゃったわけ。まあ、わかると思うけどこの見た目と報酬だからねぇ……掲示板の肥やしになっていた訳だけど……今日ついに救世主が現れた!」

 ロクシーはしんみり語らったかと思えば、ビシッとゼナを指差した。


「きゅ、救世主?!」

「そうよ、少なくともあの子にとってはそう。ずっと待っていたもの。期待に応えてあげてね」

 そう言うとロクシーはゼナの頭を優しく撫でた。

 恥ずかしさで顔を真っ赤にして下を向く。母以外に優しく頭を撫でられたのはいつ以来だろうか。ゼナはこの温もりをもう少し味わいたかったが、ゼナの胸から上半身だけを出したメイが、苛々を募らせた顔でこちらを睨みつけるので諦めた。



「ういっーす」

 ギルドの入り口から声がした。声の主はこちらに向かって歩いてきた。


「あらザイレ。はやいのね。もう見つかったの?」

 ロクシーは男性を見るなりいたずらっ子のような声をかけた。どうも顔見知りのようだ。


 ザイレと呼ばれる男性は赤い鎧を身にまとい、背には斧を携えている。体格はがっしりとして顔は厳つい。戦士の教科書に載ってそうな風貌だ。


「いや、景気付けの一杯をしにきた。やっぱり呑まないとギアが入らないからな」

「酒飲みのいい訳だね、全く……」

 ロクシーは呆れた視線を送る。


「はっはっは、俺には酒という相棒が欠かせねえのさ。

……ところでその坊主は誰だ? ここらで見ない顔だな。あんたの親戚か何かか?」

 ザイレはゼナをジロジロと観察した。その顔の厳つさにゼナは少したじろぐ。


「いいや、まさか。あんたの同業者。本日付の新人さ」

「ほーなるほど。若いのに冒険者とはやるなぁ兄ちゃん! 俺はザイレ。プレラスギルドの古株だ。わからないことがあればなんでも聞いてくれ。よろしくな!」

「は、はい! 僕はゼナと言います。冒険者として新人なのでよ、よろしくお願いします!」

 ゼナはザイレの大きな手と握手を交わした。見た目と違いとても気さくな人物で安心した。


「その新人の記念すべき依頼第一号はどんな奴だ?」

 ザイレは依頼書を覗き込む。


「これは三丁目のガキンチョのか。まだ残ってたのか」

「私は優しさで溢れたあなたが受けてくれると思ったんだけど」

 ロクシーが目を細めてザイレに詰め寄る。


「今は懐が寂しくて……その……」

 ザイレはなんだか恥ずかしいような申し訳ないような顔と声をしている。


「それで受けた依頼がこなせていないんじゃ世話ないわね」

「この広い街で犬一匹探せなんてそもそも無茶な話なんだよ。受けたのを後悔してる」

「依頼の放棄は罰金だよ〜」

 ロクシーはにやにやとした笑みを浮かべ、ザイレはその顔に歯軋りしていた。


「ペット探し専門のギルドか、ここは」

 メイが飽き飽きした顔で呟いた。その一言はゼナにあることを気づかせた。


 ゼナが手に取らなかったもう一方の依頼もペット探しだった。ザイレの依頼もペット探し。ゼナが受けた依頼も……

偶然にしては重なり過ぎている気がする。考え過ぎだろうか……


「じゃ、俺は呑んでくるよ。頑張れよぉ! 兄ちゃん」

 ゼナに声援を送るとザイレは酒場に誘われていった。


「あいつの酒飲み癖はなんとかならないのかねぇ。迷惑を被るのはこっちなのに」

 ロクシーは遠ざかるザイレの背に向けて愚痴る。


「あの、ロクシーさん。このギルドってペット依頼が多いんですか?」

 ゼナは思い切って真っ向から聞いてみた。


「いやいや、そんなことはないよ。たまたま残っていたのがそれってだけ。内では朝のギルド開店と同時に依頼を張り出すのさ。だからやる気のある奴が朝から掻っ攫っていく。

気がつけばあの通り閑散としちゃうのよ。ザイレは寝坊したから良い依頼にありつけなかった訳。ゼナくんも稼ぎたいなら、早起きしてギルドに来てね」


 やはり偶然、同内容の依頼が固まっただけなのか。既に取られた依頼の内にペット依頼は一枚もないのだろうか。

 ゼナの疑心は晴れず曇る一方だが、ひとまず呑み込むことにした。今は考えるより足を動かさなければならない。


「教えてくれてありがとうございました! 早速行ってきます」

「ちょっと待った、ゼナくん!」

 ロクシーは駆け足で立ち去ろうとしたゼナを呼び止める」


「依頼主のお家知ってる?」

「……知りません」

「だよね。ちょっと依頼書を貸して。……はい! 裏に家までの地図を書いたから参考にして」

「何から何までありがとうございます!」

「頑張ってねゼナくん。あと、依頼が完了したら依頼主のサインか判子をもらってね。そうここに押して、最後に受付に提出して依頼終了。オッケー?」

「はい、わかりました!」

「よし、行ってこい! 少年! 応援してるぞ」


 ロクシーの声援を胸にギルドから出発した。時刻は十時台。まだまだ太陽が活動している時間だ。探すなら明るい内がいい。……と、動き出す前にやはり気になってメイに一つ質問した。


「メイ。ペット探しの件、どう思う?」

「さあな。まあ、きな臭くもあるが気にするほどのことじゃない。というより、どうでもいいというのが本音だ。

いいか? 忘れるなよゼナ。お前が今ギルドの依頼を受けているのは冒険者として上に立つでも、人助けのためでもない。お前の落とした財貨の補填が目的の苦肉の策なんだ。とっととこの依頼を終わらせて次の依頼をこなし、金を稼いで、装備を揃えたらすぐに出発する。これが最優先事項だ。余計なことを考えるな」

 メイは早口で捲し立てた。その言葉一つ一つが鋭い槍と化して、心に突き刺さる。


「……とにかく依頼をこなそうか」

 沈んだ気分を抱えながらプレラスの住宅街へ向かった。

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