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ゼロの旅路  作者: イフ
13/134

13.責任


「はぁ……はぁ……」

 息を切らしながらゼナは森を駆ける。白き捕食者から逃げる為に。しかし体力は昼の洞窟、夜の森で疲弊に疲弊を重ねており、逃げ足は緩やかに減速している。


「…………っ……」

 カラカラになった喉で喘ぎ木にもたれ掛かる。


「……ひとまずは撒いたようだな」

 メイは警戒を怠らない顔で出てきた。


「ねぇ、メイ。あの兎はいったい? 何がどうなって……」

 ゼナは息も絶え絶えに質問する。


「あくまで私の推測だが聞くか?」

 ゼナは無言で頷いた。


「あいつが巨大に変わった原因は三つだ。お前の血と私、そして兎の想像力」

「兎の……?」

「ああ、まずはそれから話そう。あいつは小さい体に不満を持っていた。体のせいでいつも遅れをとる。それでろくに餌にもありつけず、負の連鎖に陥っていた。だから大きくなりたいと望んだ。そこに私とお前が現れた」


「次に血と魔力。私はお前を乗っ取ろうとした時、心臓に魔力を流し込み、血管を通して全身に行き渡らせたんだ。しかし魔力が足りず、それは無駄に終わった。その時放流した魔力は血液と結合し、お前の血は創造の魔力が含まれた特異な血に変わったのさ」


 僕の血が……

 改めてメイが自分を乗っ取ろうとした事実に震える。

もしメイの魔力が万全だったら自分はどうなっていたのだろう……兎のように姿形が変わっていただろうか……


「安心しろ、ゼナ。私に力があったとしてもお前は化け物にはならないさ。お前の体に私という中身がある、魔力人間が出来上がるだけだ」

 メイは何がおかしいのか笑ってみせた。ゼナは決して笑うことはできない。自分が自分でなくなるあの経験はもう味わいたくない。


「まぁ結論づけるとだな、ゼナの血液に含まれている私、創造の魔力を体内に摂取し兎の"大きくなりたい"という想像が魔力により具現化したのさ。それがあの巨体の正体だ」


「血液だけであんなに変わっちゃうの?」

「いや、あれは特殊な例だろう。そこらの動物にお前の血を与えても必ず作用するとは言えない。あの兎のコンプレックスが相当だったのだろう」


「とにかく逃げないと……」

「その前に一つ教えてやろう。このままここを脱すれば森は終わりだぞ」

 メイは衝撃的な言葉を放った。


「あいつは今、溢れる食欲を抑えられず本能のまま目につく生き物全てを食い散らかしている。明日には森は静かになる。そうられば餌を失ったあいつは何処へ行く?」


「まさか……」

 村が……

 ゼナは巨大兎が村を蹂躙する様を想像して全身を凍らせる。ここで食い止めなければ……


「後で伝えるとお前は文句を言いそうだったから、一応伝えた。私としてはお前が無事なら他はどうでもいいのだがな」

 ゼナの命、すなわち自分の住処が無事ならば他者は犠牲になっても構わないとメイは言う。

彼女はそもそも人間ではないのだがら命の価値観が違うのだろう。しかしゼナはお人好しの人間だ。自分の為に他者を投げ出すなんて事はできない。


 ゼナは震える手でも剣を掴む。僕がやらなければ。僕が……


「ゼナ。お前は剣を振ったことがあるのか」

「えっ…………ない。けど……」

「ああ、知ってる。あんな村で剣を振るう機会なんてないからな。そのお前が自分の体の倍以上の奴を相手にできるか?」

 目を細めてゼナを見つめる。その視線はとても痛い。

ゼナは剣の経験どころか戦いの経験すらない。闇雲に振っても己の体が噛み砕かれる音を聞くだけだ。そもそもあの恐怖を塗した顔を前に立てるかすら怪しい。


「お前一人なら惨めに逃げるしかない。だが私がいる。魔王の魔力、創造の魔力である私がな」

 メイは自信に満ちた笑みを浮かべる。その笑みはゼナの不安定な精神を支えてくれる。もちろん彼女にそんな意図はない。ただ自分の力を信じて疑わない。だから笑う事ができる。


「何か手があるの……?」

「ああ、ある。それにはお前と私の連携が不可欠だ。だから今から言うことを一言一句聞き逃すなよ」

 メイは作戦を語り始めた。



             *



 巨大兎は森を駆けていた。今までの鬱憤を晴らすように。

この体は素晴らしい。決して尽きる事のない体力。地から木へ跳び移れる筋肉。そして獲物を確実に噛み砕く鋭い歯。

 兎は全能を手にして気分だった。この体ならどんな奴でも食い散らせる。


 視界の端にリスが映った。その瞬間、兎は跳躍しリスに噛み付く。一切の抵抗なく歯が入り、肉が裂け、骨が砕ける。

 リスは自分が捕食されたと理解する間もなく、兎の栄養に変わってしまった。しかし兎の空腹はいまだ満たされない。食欲は収まるどころか、どんどん湧いてくる。


 これは急激に体が限界以上に成長した事が原因だ。大きい体を動かすにはそれ相応のエネルギーが必要になる。小動物ではまるで足りない。さらにこの体は創造の魔力が働いていることもあり、体を維持するには魔力摂取が不可欠だ。


 兎は飢える腹を抑えつけ木の上に跳躍しじっと耳を、鼻を澄ます。


 あの人間を喰らわなければならない。あいつを喰えばこの腹は鎮まる。何よりあの血が欲しい。血を口に含んだ瞬間全てが変わった。惨めに生きていた己と決別できた。それどころかこの森の頂点に達してしまった。


 アの人間を丸ゴト喰エば俺は究極ノ存在になレル。

 

 兎は魔力で発達した頭でそう考えながら、意識を鼻と耳に注いだ。まだそう遠くには逃げていない。獲物の香ばしい匂いを感じる……


 見つケた。あノ匂いダ。俺を満たシテくれルもの。待っテイろ……


 兎は木々から木々へと跳び移った。その姿はまるで兎というより猿だ。あっという間に獲物と距離を詰める。


 獲物は月明かりに照らされながら、大きな岩に腰を下ろしていた。その様はまるでスポットライトに当てられた一品に思えた。


 口から大粒の涎がべちゃりと地面に落ちる。


 馬鹿ナ奴だ。俺の気配に気づキもシナいとは。だガあリがたい。これナラお前を味わっテ喰エル。お前の肉はどンな味だ? お前の骨はどんナ味だ? それを飲み込めば俺はどんな姿になる? "想像"するだけでたまらない……


 兎は足に力を込めた。筋肉がビキビキと締まり、木が軋む。口を大きく開けた。このまま獲物に飛び付き、頬張るつもりだ。滝のように滴る涎を飲み込みついに、獲物に跳躍した……!




「ゼナ!! 今だっ!!」

 メイが叫んだ。その合図でゼナは岩から前方に飛び退き、反転して兎と向かい合う。兎は高い木から口を大きく開け、

ゼナがいた場所に向かう。


 ゼナは勢いで倒れつつも座っていた岩に手を翳す。メイの作戦通りに。

 脳内で想像したものを岩にぶつけ、"創造"する。脳が沸騰し、魔力の集まった手が多大な熱を持つ。


 次の瞬間、ただの岩が針のように鋭い岩山に変わった。

突然の出現に兎は反応できるはずもなく、岩山を口から飲み込み、背中を出口に貫通した。


 野太い断末魔を叫び、辺りに血と肉を撒き散らして純白の巨獣はあっけなく命を落とした。




「ふっ。上手くいったな。チンケなお前の脳味噌でもどうにかなるもんだ」

 メイは血濡れの獣を前に意地の悪い笑みをゼナに向ける。しかしゼナは反応一つせず、兎の死体を見つめるだけだ。


 兎は口を岩に引き裂かれ、まだだらだらと血を流し、地面を黒く染めていた。


「メイ……この子はこの先どうなる?」

 兎から視線を逸らすことなく尋ねる。


「どうなるって……この死体の未来は野鳥あたりに喰われて分解されるぐらいしかないだろ」

「そっか…………ねぇ、メイ。もう一つ魔法を使ってもいいかな。この子のお墓を作りたいんだ」

「墓だぁ? 今言っただろう。お前がそんなことしなくても野鳥が……」

「このままじゃ可哀想だ」

 ゼナの言葉にメイはきょとんとする。


「この子は僕が触れなければこんな姿にはなっていない。僕には責任がある。一つの尊い命を奪ってしまった責任が」

「先に襲ってきたのはあっちだろ?」

「確かに僕もメイも血一つであんな姿になって襲ってくるなんてわからなかった。でも、それでも発端は僕というのは消えない事実だ。この子を弔うのは僕がしなければならない事だ」

 真っ直ぐな眼でメイを見つめる。


「へいへい、わかったよ。私が止めようものなら、お前は素手で地面を掘りそうだ。魔法を使ってとっとと墓でもなんでも作ってくれ」

 メイは心底めんどくさそうな顔で引っ込んで行った。


「ありがとう、メイ」

 わがままに付き合ってくれる魔力に礼を言い、兎に向き直る。


「ごめんよ……君は何も、何も悪くないんだ。せめて安らかに眠ってくれ」

 決して伝わることのない謝罪を送り、墓作りを始めた。





「おい、起きろ。おい!」

 荒々しい目覚ましでゼナは瞼を開けた。目の前には白い少女が怒り顔で佇んでいた。


「メイ……あれ、僕は……」

「墓を作り終わったと思ったらすぐに寝やがって……おかげで見ろ!」

 ゼナの頭を掴んで起こす。すると眩い光が眼に差し込んだ。


 日の出だ。洞窟でメイに会い、故郷を別れ、森で命の危機に晒された日がいつのまにか過ぎさっていた。


「長い一日だった……」

 ゼナは太陽に向かってそう告げた。


「とっとと歩いてもらおうか。まだ街にはついてないんだ」


 メイの言葉で立ち上がる。そうだ僕らの旅は始まったばかりだ。次なる地が僕らを待っている。


 行ってくるよ。そしていつかここに戻ってくる。僕が見た世界を君に伝える為に。


 ゼナは兎の墓を後にし次なる街、プレラスへと一歩踏み出した。

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