表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゼロの旅路  作者: イフ
12/135

12.魔力の血

 故郷から離れ、家族と友が米粒程に小さくなったところでゼナは一息ついた。さっきまではなんとも無かったが、いざこうして一人で旅をすると寂しさと不安で押し潰されそうになる。まぁ、一人ではないのだが……


「ゼナ、止まるな。とっとと歩け」

 体からさっき幼なじみの少女が出てきた。顔も体もそのものなのに中身は本人とはまるで違う。


「おはよう、メイ。よく眠れた?」

「ああ、いい夢を見せてもらったよ。お前が言った側から村人に見つかり、危うく私が露呈しかける夢をな」

 メイは皮肉な笑顔でそう言った。


「悪かったよ……あの時は頭が回らなくて……というか何で知ってるの?!」

「寝るといっても意識が完全になくなるわけではない。そんな無防備を晒せばお前は簡単に死ぬからだ」

 ぐうの音も出ない正論に唇を噛み締める。メイがいなければゼナは無力な人間でしかないのだ。


「まあ、母親に全てを話したのはいい判断だった。レナは元々、私を封印することに反対していたからな。味方にはつくだろうと踏んでいた。現にこうしてある程度の物資と共に旅をスタートしているわけだ。だからそこは褒めてやる。よくやった」

 メイは皮肉屋だが、褒める所は褒めてくれる。飴と鞭がうまい奴だ。

ゼナは簡単に受け入れないように突っぱねたかったが、口角の上がった幼なじみの顔に負けた。ちょろい自分が憎らしい。


 話を変えるため鞄から地図を出す。ゼナがいる現在地はパシーク村から数百メートル離れた地点。目的地の街までは約十五キロ。馬車が使えればなんてことのない距離なのだが、徒歩となると二つの意味で骨が折れそうだ。

しかもゼナの体力は回復し切っていない。走れば道中でのたれ、歩けば野宿は避けられない。そう思案しているうちにも太陽は西に向かいつつある。


「ゼナ、森に入れ」

 メイが唐突に言った。


「このまま道なりに進めばお前の考えた通りになるだろう。この道は森を迂回するように作られている。だから無駄に長い。この森を突っ切れば夜には街につくはずだ」


 メイの提案を耳に森を見る。木々が鬱蒼としていて奥には闇が見える。今はまだ明るい方だが、夜になれば闇はいっそう深くなる。ゼナは闇深い森を想像して身震いした。

しかし今のゼナは一人ではない。喋る魔力という頼もしい? 味方がついているのだ。もし幽霊に会ったとしても驚きはしないだろう。


「わかったよ、メイ。その案で行こう」

 ゼナは勇気を出して森に踏み入った。




 森は外から見るよりずっと緑が豊かで生い茂っている。

いつもの遊び場とは様子が違う。


 村の森はしっかりと草が刈られて整備されていた。だからこそ大人たちは森で遊ぶことを許可していたのだ。

つまりここから先は本当に未知で危険な領域。足場は草木に絡めとられ不安定、土石を這い登らなければならない場面もあるだろう。それに一番の危惧すべきは魔物だ。

パシーク村では魔物の存在は聞くことがなかったが、ここはそうと限らない。


 ゼナはコンパスと地図を頼りに歩く。周りの景色が変わり映えしないので油断すれば、森は緑の迷宮と化す。

しかし生まれてこの方、コンパスを使ったことがないどころか、村から出たことがないゼナは不安に支配されて進みが牛歩になっている。


「その調子じゃあいつまで経っても辿りつかんぞ」

 ゼナの体に戻っていたメイが呆れ顔で出てきた。


「しょ、しょうがないだろ。不安で一杯一杯なんだよ!」

 半ば逆ギレの情けない言い分を放った。メイはそれを鼻で笑った。


「そんな臆病者のゼナさんに朗報だ。街の位置がわかった。あっちだ」

 そう言ってメイは迷いなく指を指した。


「私は魔力を感知することができる。人間の何倍も広い範囲でな。それでここら一帯を探ったら北の方角に魔力が密集しているのがわかった。あの集合は街以外の何ものでもない」

 メイは自慢げな顔で言った。マリアの姿をしているからかどこか子供のような可愛らしさを感じる。

 気づけばゼナは頬が緩んでいた。


「あと、森に魔物がいるかも探ったんだがどうやらここは平和らしい。安心して歩……何だその笑みは。何か私はおかしなかとを言ったか?」

「ごめん……その変な意味じゃないよ」

「変な笑みの奴が言っても説得力はない。まあ、そんなことはいい。とっとと足を動かせ。出なければここにお前の墓を創造する羽目になる」

 メイは脅しをかけて引っ込んだ。見た目は可愛くても中身は……いや、よそう。ゼナは心の声に鍵が掛かっていないのを思い出した。



「……よしっ!」

 両頬を叩き、気合いを入れてさらに緑の奥地へ進んだ。




「はぁ……はぁ……」

 ゼナは肩で息をしながら草木を掻き分け進む。メイの案内で迷うことはないが、その代わり急な斜面や先の見えない藪の中を進めさせられる。ゼナに再び疲労がのしかかっていた。


「メイ、休憩! 休憩しよう」

 有無を言わさず木を背に座り込んだ。


「おい、さっきも休憩しただろ! 根性なし」

 メイはイライラを全面に剥き出した顔でゼナに迫る。


「あれから一時間だよ。休憩……挟まないと」

「まだ四十分だ」

 細かい指摘を受け流し、荷物の中を漁る。母が入れてくれた飲み物と携帯食糧をつまみ、一息つく。


 空を見上げると黄色い満月がゼナたちを照らす。すっかり夜になってしまった。


「これなら近道しない方がマシだったな。次からお前の貧弱な体力も計算に入れよう」

 いちいち嫌味を混ぜ込む魔力に反論はできないし、する気も起きない。



 少しの間、月を見つめていた。その月はゼナが人生で見たもので一番綺麗だった。きっとこの状況がそう思わせているのだろう。外の世界で見るもの全てが素晴らしく見える。

 ちらりとメイを見ると彼女も月を見上げていた。


「メイもあの月が綺麗だと思う?」

「…………私に風景を慈しむ情緒はない」

 そう言うメイの横顔は言葉とは裏腹にどこか寂しげで儚かった。


 しばしの沈黙。吹き抜ける風だけが音を奏でていた。


 だがその沈黙は、予告なく破られた。


 がさっ。

 草木が揺れた。風によるものではない。何かが動く音。

 がさっ。がさがさ。


 一つではない。複数だ。


 ゼナは立ち上がり背の剣を掴み、警戒態勢をとった。ところがそんなゼナに対してメイはのんびりとした態度をとっている。


「そう、ピリつくなゼナ。草むらの主が可哀想だ」

 メイは冷めきった視線をこちらに送る


 メイに気を取られていると草むらから影が飛び出した。


「うわっ!」

 ゼナは驚き情けなく尻餅をついた。それを見てメイはせせら笑う。


 ゼナの前には耳をピンと立て、透き通るような赤い目を持った白い物体が数匹。


「う、兎……」

 ゼナは溜めた力と緊張を解放し仰向けになる。そんなゼナに首を傾げ兎達は通り過ぎていく。


「こんな小動物にあたふたしやがって……気配ぐらいわかるだろ」

 ゼナを見下ろしに冷たい視線を送る。


「…………」

 恥ずかしさで何も言うことができなかった。



 過ぎ去る兎を見送っていると、最後の一匹が出遅れているのに気がついた。その兎は他のに比べて体躯が一回り以上小さい。子供だろうか。どんどん親兎と距離が離されていく。


「あいつは子どもじゃないぞ」

 ゼナの思考に当たり前のようにメイは入ってきた。毎回不意を突かれるのでやめて欲しいのだが、彼女は言っても聞かないだろう。


「どういうこと?」

「あいつはすでに成長しきっている。体が小さいのは幼少期にあまり食わせてもらえなかったらだ。おそらくあいつの親は死にたえ、餌を潤沢に与える存在は消えた。周りの奴は同類とはいえ真面目に育てる義理はない。その結果があれだ」


 兎は自分の体の何倍もの段差を登ろうと躍起になっている。ゼナは兎に手を差し伸べた。するとぴょんと跳ね、手の平に乗ってきた。自然界で生きる者に対して、この行為は正しいのかゼナにはわからないが、手助けしたいと思った。


 兎はゼナの手をくんくんと嗅いでいる。


「……何かないかな」

 鞄をごそがそ漁り兎が食べられそうな物を探し始めた。


「はぁ。おい、お人好し。もう充分休んだだろ。そいつを放って出発するぞ」

「ごめんメイ。これだけ……痛っ!」

 突然指先に痛みが迸った。見ると兎が人差し指に齧り付いていた。血が少し滴り落ちる。相当に空腹のようだ。

 一度兎を下ろし、軽い手当てをする。


 兎はゼナの血をぺろりと舐めていた。


「まったく余計な怪我をしやがって……」

 メイは呆れ腐った顔をした。


「あはは……」

 笑って誤魔化し兎に向き直る。するとゼナの笑いは止まった。


 兎の透き通るような赤い目が怪しく光っている。さらにそれだけではない。兎の身体が膨張している。ぼこぼこと厭な音を立てながら大きくなっていく。



「なんだ……これ……」

 ゼナは震え声をあげて兎を見る。


 兎は困惑するゼナを構うことなく、あっという間に二メートルはある巨体に変わってしまった。


 ゼナはこれが悪い夢だと思いたかった。こんなのは現実じゃないと。しかし、目の前の巨大兎が放つ獣臭は紛れもない現実であった。

 一方のメイは兎を食い入るように見ている。何が起こっているのかを冷静に分析しているようだ。



 がさ。

 また草木の揺れる音。その音にゼナは視線を引っ張られた。

 さっき通り過ぎていった兎が草むらからこちらを覗き込んでいた。きっと小さい兎がついてきていないことに気づいて戻ってきたのだろう。


 小さい兎も、いや、小さかった兎も視線を移した。真っ赤な目で仲間を見つめる。


 次の瞬間、巨大兎は大きく口を開けたかと思えば、仲間に飛び付きその体を歯で噛み砕いた。


 ぐしゃりと。肉を食いちぎり骨を砕く音が森に響く。

 巨大兎は、一切の躊躇なく仲間を貪りついている。

純白の身体に真っ赤な鮮血が返り、口周りには臓物がこびり着く。


「ゼナ、逃げろ」

 メイの声は焦っている。だがゼナは今し方起きた光景の衝撃で固まった。


 巨大兎は仲間を平らげると、ゆっくりとこちらに振り向いた。涎と血を地面に垂らし、舌舐めずりをしてゼナを見る。


 その目はこう言っている。次はお前だ。



「ゼナ!!」

 メイの叫びで固まった体が動き出した。


「うわぁぁっ!!」

 ゼナは悲鳴を上げて脱兎の如く逃げ出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ