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ゼロの旅路  作者: イフ
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11.旅立つ

 母は息子の真剣な眼差しを真正面から受け止める。しばし親子の間に奇妙な沈黙が生まれた。


「わかったわ。ゼナ」

 母は根負けして沈黙の糸を解いた。


「じゃあ……」

 早速何があったのか伝えようと口を開いたが母の手によって遮られた。


「その前にシャワーを浴びてきなさい。服も体も土だらけじゃない」

 母は笑いながら叱う。


 改めて自分の姿を見下ろすと家に入る資格のない汚れ具合に身を包んでいた。


「確かにこれじゃ話が入ってこないね」

 ゼナも思わず笑みが溢れる。


「それに疲れてるでしょ。あったかいお茶でも飲んでゆっくりと話しましょう。母さんは逃げないから」


「うん!」

 母の抱擁力を言葉で実感しながら、ゼナは廊下を汚さぬよう慎重な足取りで風呂場へ向かった。



 母、レナ=アストリアはゼナを見送るとリビングへ踵を返す。温かいお茶をいつでも淹れられるよう準備し、ゼナの着替えを用意した。


 準備が終わった所でふと、棚の上を見つめた。そこには息子と”二人”で撮った思い出の写真がいくつも飾られている。


「…………」

 レナはおもむらに棚の引き出しを開けた。引き出しの奥の奥に鍵のかかった小箱が一つ、寂しげに置かれていた。

別の引き出しに隠しておいた鍵を取り出し、差し込む。

カチャりと音を立てて小箱が開いた。


 中には写真の束が入っていた。そしてその束の一枚目をレナは手に取る。


 自宅の前でカメラを恥ずかしそうに見つめる自分とその横に立ち並び、眩しい笑顔を放つ男。

 ゼル=アストリア。レナの夫であり、ゼナの父親。彼の顔を見てレナは目頭が熱くなるのを感じる。


「ゼル……ほんとにそっくりね」

 レナは潤む瞳をグッと堪えて写真を懐にしまって、席についた。



「お待たせ、母さん」

 すっかり綺麗になったゼナがリビングに入ってきた。


 母はいつでも息子の話を聞ける姿勢になっていた。

 ゼナは一度深呼吸をして、母と向かい合う形で席に着く。


「……何があったのか全部話すよ。きっと、いや、かなり突拍子も現実味もない話だけど最後まで聞いてほしい」

 ゼナは信じてもらえるか受け入れてもらえるか不安で心臓の鼓動が加速する。そんなゼナを気遣ったのか母はこう言った。


「母さんはどんなことでも受け止める。安心して、ゼナ」

 母のその言葉で不思議と鼓動が落ち着きを取り戻した。これならば自然体で話ことができるだろう。ゼナは話を始めた。



 例の洞窟の存在を知っていたこと。そこで自分の魔力と出会ったこと。魔力が封印された経緯を知ったこと。そして旅に出なければならない理由を語った。

 話を聞いている母は真剣そのもので、こんな信ぴょう性のない話に口を挟む事なく聞き入ってくれた。


「……これが今日僕が体験した全て。信じて……くれるかな」

 それでもゼナは不安だった。もし逆の立場なら今の話を簡単に呑み込むのは至難と言えよう。


「信じるわ」

 母は拍子抜けするほどあっさり信じた。真面目に取り合ってくれていたのは理解できるが、それにしても受け入れるのが早い。

 呆けた顔で母を見つめる。


「ゼナが見た記憶……それは紛れもない真実だわ。あの日の事は鮮明に覚えている」

 そう言うと母さんは顔を暗くし、拳を強く握り込んだ。


 あの時の選択を後悔しているのだろうか。

確かに結果としてゼナは今日まで魔法と相容れない人生を歩まざるを得なかった。だがメイはあの時点では魔王の力が色濃く、邪悪な気配で満ちていた。村長がゼナを犠牲にしたのは決して過ちではない。でなければゼナはメイに支配され、今頃村は無事ではなかっただろう。


「それで母さん……言ったとおり僕は旅に出なければいけない。ここにいれば、いずれまた魔力を失う。そうなれば僕の魔力、メイが苦しい思いをする。あんな顔はもうさせたくない。そのために魔王を倒す。メイが僕に魔法を与えるなら僕はメイの願いに答えたい」


「魔王を……か。父さんと同じね」

 母は懐かしむような声で笑った。


「え……」

 父さんと同じ。それはいったいどういう意味だ?

 父さんもかつて魔王を倒さんと、旅に出たと言うのか。

いやそれはない。ゼナは考えを打ち消す。何故なら父親は体が弱く、ゼナが産まれた前に病気で他界している。旅をする体力なんてないはずだ……

 しかし母はこんな時に冗談を言う人間ではない。


「母さん、まさか父さんも魔王を倒しに旅立ったていうの?」

 ゼナは真正面から話を切り込んだ。メイには申し訳ないがもう少し時間がかかりそうだ。


 母は一枚の写真を懐から取り出し、テーブルの上に滑らせた。そこには照れて顔が赤い母と笑顔の男性が写っていた。


 ゼナはそっと手に取りしばらく男性を見つめる。目鼻立ちはまるでゼナそのものといっていいくらいそっくりだ。

これは紛れもなく彼の父親だった。


 初めて見る父の顔にグッとくるものがある。思えば家の写真は母とゼナの写真だけで父親が写っているものは一枚も飾られてはいない。意図的に隠していたのだろうか。いったいなぜ?


「母さん……父さんは病気で死んだ訳じゃないんだね」

 写真を見つめながら母に問いた。


「……あなたの父親はとても勇敢な人だった。世界に魔王が現れた時、王都の魔王討伐の募集に飛びついた。

側から見ればただの無鉄砲だったわ。でもあの人にはそれを成し遂げるだけの実力があった。だから母さんは信じてあの人を送り出したの。お腹の中のゼナと一緒にね」

 母は柔らかく笑った。その笑顔は悲しみを纏っていた。


 きっと母は父に旅立ってほしくはなかったのだろう。

魔王討伐の旅路は常に危険と隣合わせだ。魔王にたどり着く前に命を落とす可能性だってある。辿り着いたとして勝てるとは限らない。そんな危ない橋を渡らせたくなかった。

 だが母は父を見送った。そこにはいくつもの葛藤があったのだろうけど、最後には父の意思を尊重したに違いない。


「母さん……僕の父さんはすごいね。自ら魔王退治に身を乗り出すなんてさ。きっと魔王を封印した三人の内の一人は父さんなんじゃないかな。僕はそう思う。だけど……」

 死んでしまっては意味がない。その言葉をゼナは口に出さずに飲み込んだ。そんな事は母が一番理解している。


 沈黙が流れ出す。次にどんな言葉を紡げばいいのかゼナはわからなかった。



「ゼナ……」

 先に口を開いたのは母だ。


「父さんは死んではいないわ」

 その一言でゼナの体に衝撃が走った。


「……わからない。と言った方が正しいのかもね。以前あの人と、ゼルと共に旅をした人が訪ねてきたの。その人はゼルがどんな旅をして、魔王と戦ったのか伝えにきてくれたわ。

そして最後は辛そうな顔で彼の死を告げた。きっと託されたんだと思う。自分が命を落としたら家族に伝えるように。

それを聞いてから母さんは毎日泣いた。玄関で立ち尽くす日だってあった。突然、ドアが開いてゼルがいつもの笑顔で帰って来るんじゃないかって」

 そう言いながら母は左手の薬指に嵌められた指輪を外し、ゼナの目の前にそっと置いた。


「母さん……これは?」

 ゼナが聞くと母は視線で促した。ひとまず手に取り眺める。至って普通の代物に思えた。しかしよく観察すると埋め込まれた碧い宝玉の中に光が見える。それは小さく明滅し、まるで心臓のような鼓動だ。


「これは魔力……!」

 母の指輪には魔力が込められていた。母のものではない。おそらくは父さんの……


「もしゼルがもうこの世にいないのなら、この宝玉は光を失っているはず。けど微かな光を持っている。だから母さんは生きているって信じて生きてきた。でも……信じるものはこれしかない。ゼルの生死はずっと闇の中」

 母は指輪を大事に握りしめる。まるで祈りを捧げるように。普段の母からは想像できない暗い表情に胸が締め付けられる。

 

「今の話をしたのは僕を旅に行かせないため? 母さん」

 母はゆっくり頷いた。


「私はあなたまで失うわけにはいかないの。あんな思いはもう……」

 母は堪えきれず涙を流している。その姿はゼナの心臓を握り潰す。だが、止まるわけにはいかない。


「それでも僕は旅立つよ」

「どうして……」

 母は涙を堪える事なく流している。


「母さん。指輪の光をよく見てほしい」

「……?」

 戸惑いながら手を開き指輪を観察する。


「あっ……」

 母は声を洩らした。母も気がついたらしい。


「母さん。前からこの光はこんなに心臓の鼓動みたいに光っていた?」

「いいえ……今朝見た時は淡く弱い光だったはず」

 母はまさかという顔をしている。


「これはあくまで僕の考えなんだけど聞いてほしい。父さんはきっと魔王を封印する事に成功した。けどその時何かが起こって自分自身も封印に巻き込まれたんじゃないかな。だから父さんは帰ってこない。でも死んではいないから、その光は失われることなくか細く光り続けていた。そして、メイ曰く今日の地震は魔王復活の予兆らしい。

つまり結論付けると魔王の封印が解かれると共に父さんも解放された。その証拠が指輪だ」

 母は指輪をじっと見つめる。その目は先程よりも明るく、希望を取り戻している。


「じゃあゼルは……」

「生きている。きっと。いや、絶対に。僕もそう信じる」

 ゼナは力強く言い切った。小さな希望一つあれば人は前に進むことができる。


「だから母さん僕は旅に出る。メイのために魔王を倒す。母さんのために父さんを連れて帰る。必ず!」

 ゼナは快活に笑った。


「ゼナ……あなたは強いのね」

 涙を拭って母も笑う。


「母さんのおかげだよ。母さんがあの日、魔力を失ったあの日に僕を強くすると誓ってくれたから今の僕がある。ありがとう」


「さすがあの人の子ね……よし! そうと決まれば準備しましょう。旅に必要なものもかき集めて、お金もいるわね。後、お腹空いてるでしょ? 食べなきゃもたないわ」

 さっきとは打って変わってテキパキ動き出した。

 やっぱり母さんはこうでなくては。




「全部持った? 忘れ物はないわね?」

 何回目かわからない質問をゼナは浴びせられた。


「母さん大丈夫だよ。そんなに心配症だった?」

「心配するでしょ! 14歳の子供が一人で旅に出るって言うんだから」

 母は怒ったような困ったような顔をしている。


「母さん僕は一人じゃないよ。ここに心強い奴がいる。いまいち信用できない所はあるけど」

 ゼナはどんと胸を叩いたが反応は返ってこず、魔力は絶賛睡眠中のようだ。


「……そっか。なら母さんはもう何も言わないわ。あなたとメイって子の事を信じる」

 母はそのままゼナを抱きしめた。母の温もりが愛おしくてここに根を張ってしまいそうだが、ゼナは立ち止まれない。

 母から離れ村を出発しようとした時、声がした。


「「おーーーい!」」

 振り返るとそこには息を切らした幼なじみの二人がいた。


「フィート……マリア……」

「水臭いぜ、ゼナ。黙って行っちまうなんて」

「フィート……それは」

「わかってる! みなまで言うな」

 フィートは手でゼナを制した。


「あの後お前を追いかけて家に行ったら会話が聞こえてつい、会話を盗み聞いてしまったんだ」


「ごめん、ゼナ。盗み聞きはいけないと思ったんだけど、ゼナの様子が心配で……」

 フィートとマリアは頭を下げた。


「僕こそ二人に相談出来ずに逃げ出してごめん。焦っていたんだ。あの時は誰にもバレてはいけないと必死で」

 ゼナも頭を下げて弁解した。


「頭をあげてくれ、ゼナ」

 優しく声でフィートが言うので言葉通りに従った。

 すると、ごつんといい音を立てて、頭に何かが当たった。


「痛っ! なんだよ、フィート……」

 ゼナが頭をぶつけたのは鞘に収まった剣だった。それは今朝フィートが自慢げに見せてきたものだ。


「旅に出るなら丸腰じゃ危険だろ? だから持ってけ。フィート様特製の剣をな!」

 フィートから剣が渡された。それはずっしりとした重さで簡単には扱えそうにないが頼りになる重みだ。


「ありがとう、フィート」

 親友の優しさが身に沁みていく。


「私からも渡すものがあるわ。ゼナ、手を出して!」

 マリアがぴょんと飛び出し、差し出した手に何かを乗せた。


「これは腕輪?」

「そう。これは魔力がなくなったりした時に効果を発揮するの。あんたもフィートほどじゃないけど危なかしいんだから」

 世話焼きっ子のようにマリアは笑う。


「いいの? こんな貴重なものを僕に渡して……」

「何言ってるのよ。ゼナが無事に旅をすることの方が大事じゃない」

 マリアは惜しげもなくいい切った。その言葉でゼナの瞳は思わず潤んだ。


「バカっ何泣いてんだよ、ゼナ。そんなんで魔王を倒せんのか〜?」

 フィートがいつもの調子でからかってくる。それすらも今のゼナにはどうしようもなく愛おしい。


「ゼナ。いい友達を持ったわね」

 母も潤んだ目でそう言った。


 しばしーと言ってもほんの数十分間だがー少年少女は語りあった。長い別れが寂しくならないよう存分に。


 ゼナは剣を背負い、腕輪を嵌めた。忘れ物はないかしっかりと確認し、最後に大きく深呼吸をする。故郷の空気を忘れぬように。


「行ってきます」


「「「行ってらっしゃい」」」

 三人の見送りを受け、ゼナは村に家に友に家族に別れを告げ、背を向けて歩き出した。

 途中何度も振り返りそうになったが、グッと堪えゼナは進む。まだ見ぬ世界を旅し魔王を倒すため。そして……


「父さんを連れ戻すために!」

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