101.復讐の雷鳴 相容れぬ銀氷
俺様は見ての通りドラゴニュートだ。竜を父に、人を母にして生まれた存在。
俺様は幾度となく思う。もし父親が人間だったら普通の道を歩めていたんじゃないのかと。
母親はごく普通の人間だった。魔力が高いとか、特別な力があったりとかはしなかった。
じゃあ何故、雷鳴の竜は母親を子孫を残す相手に選んだのかって?
奴は選んだわけじゃない。誰でもよかったんだ。
竜滅戦争に敗戦した雷鳴の竜はどうしても復讐がしたかった。しかし、今のボロ雑巾のような自分では特攻で精々痛手を与えられるかどうか。だから、仲間が欲しかった。けど、雷鳴の竜は自分しか残っておらず、竜の子孫を残すことは不可能。なら残された道は人間しかないだろう。
ははっ。その嫌悪に満ちた顔。わかるぜ。お前の感情が痛いほどなぁ……。
雷鳴の竜は偶然見つけた一人の女を拐い、無理矢理に孕らせた。……そう。その女から産まれたのが俺様だ。
竜はその後父親の役目を全うする筈もなく、その身一つで四属性に向かって散った。そうして後に残ったのは絶望に溺れた女と汚れた血を引き継いだガキだ。
女は……母親は俺様を捨てはしなかった。そうすることができたのにしなかった。母性とかそんなところだな。だが……俺は今でも思うぜ。あの時、この忌み子を捨てていれば……殺していれば誰も不幸にはならなかったってな。
母親は俺を連れて、自分の村に帰った。村人たちは俺の存在を見ても何も言わなかった。訝しみはしたが、関わりたくはなかったらしい。
俺は女手一つで育てられた。最初の方は順調な日常だった。ただの赤子として日々を過ごした。しかし、ある日から俺の体に変化が現れた。わかるか? そう。この爪牙、翼、角、尾。竜の遺伝子が強く主張を始めた。母親を含め、村人たちは当然驚愕した。そして、村人たちは俺を災禍の元になると考えた。
その村は山脈の奥深くにあり、閉鎖的な村だった。余所者を嫌い、不穏分子は村八分にしてきた。
当然、人でない俺を奴らは子どもだろうと容姿はしなかった。最初は事故に見せかけて殺そうとした。しかし、村人の一人がこう言ったんだ。
「竜が見ていたらどうする?」
途端に奴らは慌て出した。俺を殺すことで父親である竜の報復が来ることを恐れたんだ。ふっ……滑稽だよな。その竜はとっくに死んでるっていうのに。いやしない竜にすくんだ奴らは俺を地下牢に幽閉することにした。じわじわと衰弱させ、死を待つことにしたんだ。
俺は鎖に繋がれ途方もない時を過ごすことになる。でも死は訪れなかった。母親が夜な夜な地下牢に忍び込み、俺に食事を寄越したからだ。そのおかげで俺は死を免れた。
馬鹿な女だよ。さっきも言ったが放っておけばよかったんだ。……無理矢理孕ませられたガキを助ける必要なんてなかった。
案の定その報いはやってきた。
母親は村人たちに見つかり、地下牢に近づくことを禁じられた。そして代わりの食事係が配属された。
食事がもらえたのかって? ああ。奴らは気がついたんだ。俺の父親である竜はもういないと。いたとしてもこの村には来ないってことがな。
調子に乗った奴らは俺で遊び始めた。食事を交換条件にな。
俺に答える余地はなかった。その頃には声も出せないほどボロボロで、ただ繋がれた鎖に揺れるしかできなかった。
奴らは俺の体、それも再生力の弱い人肌を徹底的に弄んだ。槍で刺し、剣で切り、炎で炙った。
俺の叫びを聞いて奴らは悦んでいた。あの笑みは人間というよりも悪魔に思えた。いや……間違っちゃいないな。あれは悪魔の仕業だ。
拷問の日々が何年も続き、やがて誰も来なくなった。俺はただただ孤独の日々を過ごすことになった。何一つ変わらない景色を見続ける。しかし、ある日俺は見た。暗闇しかない地下牢に一つの光が迷い込んだのを。
初めは幻覚かと思った。いよいよ抽象的な救いを思い浮かべたのかと自嘲すらした。けど、それは本物の光だった。
俺は求めた。鎖に繋がれた事も忘れ、亡者の如く光ににじり寄った。光も俺を見とめたのか近寄ってくる。ついに希望が降ってきたのかと俺は喜び勇んだ。だが、それは希望などではなく別の地獄への門に過ぎなかった。
光は俺の前を漂うと刹那、心臓目掛けて突っ込んできた。身動きのできない俺はなす術もなく、光をその身に通してしまう。
次に激しい痛みが全身を駆け巡った。どんな痛みかわかるか? まるで体の中を他者に踏み荒らされている気分だった。
そして痛みが頂点に達すると今度は意識が朦朧としてきた。自分が自分でなくなる。そんな感覚を味わった。
俺は抵抗した。体の自由はきかなくても心は動く。長らく拷問に耐え、生まれた強靭な精神力が皮肉にも俺を助けた。心に侵入してくる何かを追い返し、俺は俺のままでいられたんだ。けど、ここでは終わらない。その何かを完全に追い返せたわけではないのだ。俺が少しでも気を抜けばそれはやってきて、精神を蝕む。実際乗っ取られた瞬間もあった。
俺は十四年間得体の知れない奴と戦い続けた。意識の奪い合いは平行線を極めた。だが、転機が訪れる。それは奴の終わりであり、俺の始まりだった。
あの地震を覚えているか? まるで世界の怯えのような地震を。
あの地震で俺の中の奴が一際活性化した。おそらくあれが奴の全力。俺を乗っ取る最高にして最大にして最後のチャンスだった。しかし、奴は見誤った。苦悶に耐え続けた俺の精神力はもはや奴ではどうしようもなく、あっさりと俺は奴を呑み込んでこの雷の力を手に入れたわけだ。
それから俺は手に入れた力を存分に発揮し、鎖を地下牢ごと破壊して脱出した。
外に出るとそこは荒れ果てた地だった。家屋は壊れ、残骸だけが残り、辺りに人骨が散らばっていた。
俺は残骸を漁り手掛かりを得ようとした。しばらく漁ると焼け焦げた残骸に一つの手記を見とめた。手に取り読みすすめる。そこにはくだらないことが書かれていた。
村が滅んだのは村人たちの争いの結果だった。互いが私利私欲に走り、やがてそれが争いを生み、最後には何も残らなかった。俺を庇いたてた哀れな女も、俺を虐げた醜い人間も何もかもが消えてなくなった。
それからの俺はお前も知っての通り、この力を使って竜を蹂躙した。あんな翼共を世にのさばらせるわけにはいかない。お前たちで楽しんだ後、あの銀氷も屠って全てを終わらせる!
「……話しすぎたな」
リーヴィルは一息ついた。その顔はどこかつきものが落ちたようにも思えた。彼は自分の過去を誰かに話したかったのかも知れない。
「もう十分休めただろ?」
「…………」
レシュアは小さく首を縦に振って肯定を示す。
「よし、なら続きだ」
リーヴィルは空洞の出入り口を埋めている氷塊に近づき、レシュアに背を向けた格好になる。
氷塊に触れると、一瞬力んだ。氷塊はひび割れたかと思うとすぐに瓦解し、雷雲の空が現れた。
「さあ、行こう――」
リーヴィルは振り返る。と、同時に腹部に衝撃と鈍痛が襲いかかった。
「……っあ!?」
何が起こったかわからないまま、空洞から空に飛び出した。
見下ろすとレシュアの頭部が見え、その角が自分の腹に刺さっていた。
「――こいつッ!?」
リーヴィルは驚愕しながらもレシュアの刺さっていないもう片方の角を掴み、体から剥がした。
宙に投げ出されたレシュアは氷結の翼をすぐさまに造り、飛ぶ。
頭を振り角に付着した血を払いとった。
「やってくれたなレシュア……予想外だ。あの話しを聞いてよく人肌に攻撃できたもんだ。情緒なんてものはお前にはないのか?」
リーヴィルは腹部から溢れる血を抑えながら怒りと呆れの混じった表情で問いかけた。
「お前の境遇に同情はする。……しかし、だからと言って、お前が行った行動は感化できない。お前が殺した竜に何の罪もない」
「……ほざけっ!! あんな奴らの肩を持つのか!? あいつらは神を気取った愚者だ。力があるのに何もしない見ているだけの愚図だ!!」
冷静さを失ったリーヴィルに対し、レシュアは実に静かに言葉を返す。
「何か変わったか?」
「何だと……」
「何か変わったか? 何か得られたか? 意味のない虐殺でお前は何を手にしたのかと聞いている!」
レシュアは最後には叫ぶように言うと、拳を作ってリーヴィルの顔面に勢いよく放った。
反応できなかったリーヴィルはまともにくらって吹っ飛ぶ。
「……ぐっ……!?」
「気がつけよ。お前が復讐すべき相手はもうどこにもいない。残酷な運命を渡した雷鳴の竜もお前を虐げた人間も、もうどこにも……」
「黙れッ! だったら俺のこの心の暗澹をどう清算するんだ! 殺すしか、報いを思い知らせるしかないんだ!!」
リーヴィルは頭を抱えて叫ぶ。まるで子供の癇癪のようであった。
「……俺は翼を折った相手をこの手で殺した」
「ならわかるはずだ。俺の気持ちが! なあ!?」
「……虚しい。ただそれだけだ。残るのは圧倒的な虚無感。お前も理解しているのだろう? だから、闘争心を盾に紛らわそうとしている。気がついているんだ。あれは無意味な殺しだって」
リーヴィルの瞳孔が大きく開く。レシュアの言葉に隠していた本心が掘り出されていく。リーヴィルはこういった時どうすればいいのか。方法を一つしか知らない。
「……もういい、いいだろう。やめよう。この戦いに意味はない。お前には気持ちを受け止めてくれる存在が必要なんだ。俺がそれになる。かつて仲間たちが俺を受け入れてくれたように、俺が、リーヴィル。お前の悲しみを――」
レシュアは手を差し伸べた。が、しかし、リーヴィルは高笑いしながらその手を跳ね除けた。
「……誰に理解されようとも思わない。俺は後戻りしない! 竜は殺す! お前もお前の仲間も! 俺は戦い殺すことでしか満たされない!」
「……馬鹿なことを言うな! その先は孤独な地獄だ。戻ってこい!」
レシュアの想いは届かない。リーヴィルは右手を雷雲に向けて天高く掲げた。
「ゼ・ウェレイト フルミネート」
詠唱を呟くと雷雲の中で唸る雷の色が赤白色から黄白色に変わり、勢いよくリーヴィルに落雷した。
リーヴィルの体躯に黄白の雷が迸る。そこから放たれるプレッシャーはレシュアを震撼させた。
「……ッ…………!?」
「……墜ちろ」
リーヴィルは小さく呟くと指先を向けた。その指先から小さな閃光雷が発射され、レシュアの全身を駆け巡る。
「……ッああああ――!?」
レシュアは抵抗一つできず、焦げ付きながら地に向かって落下していった。
「……俺はとっくに孤独な地獄を歩いているんだ。今更誰の手もとらない。とれない……」
リーヴィルは一人、誰に向けたわけでもない言葉を虚空に吐き捨てた。
レシュアはまどろむ意識の中、落下していくのを感じていた。しかし、どうすることもできない。体が痺れ、翼が動きそうもなかった。
ゼナ……すまない。お前が俺にしてくれたようにリーヴィルの心を救えると思っていた。しかし、それは浅はかで傲慢な考え方だったようだ。
レシュアの落下速度は加速する。このままいけばドラゴニュートと言えど死は免れない。
涙が溢れた。それは死への恐怖か。それとも悔しさからくるものなのか。そんな考えをしているうちにレシュアは地面に激突する……ことはなかった。
途中で体がふわりと浮いた。柔らかい”風”がレシュアを受け止めたのだ。
この風は……?
疑問に答えるようにレシュアの薄い視界に人影が映る。長髪を靡かせ、尖った耳が特徴的な人影が。
「……ウィ……オ…………ネ」
「レシュア。後は任せておけ」
ウィオネは震えるレシュアの手を掴み、強く握った。それからレシュアをそっと下に押した。柔らかな風と共にレシュアは仲間たちの元へ運ばれていく。
ウィオネは頷くと風を嵐のように荒ぶらせ、上へ上へと飛翔していった。
「……随分と派手な装いになったな、リーヴィル」
ウィオネは雷鳴のドラゴニュートの前に到達し、刀を抜いた。
「……エルフの女か。飛べたのか。だが、危うい飛行だ。今にも墜ちる。いや墜とせる」
「ふっ……舐められたものだ。確かにこんなことは初めての試みだ。しかし、だからこそ、私は燃える。この刃もいっそう輝きを持つだろう」
ウィオネは構え、いつでも戦いを交える準備は整った。
「今の俺は……俺様は機嫌が悪いんだ。簡単に喰らってもらえると思うな!」
「もとより喰われる気はない。お前こそ気をつけろ。私はその翼を斬り落とすつもりだ!」
雷と風は互いに意気込みを吐きぶつけると同時に相手へと向かっていった。
――雷風の争いが幕を開けた。




