100.忌まわしき翼
銀氷のドラゴニュートは飛翔する。
竜を壊滅に追い込み、そして今度は大事な仲間たちを傷つけた雷鳴のドラゴニュートを地に墜とすために。
肌を殴りつける風が鋭くなっていく。雷雲が近づいているのだ。
雷雲は激しいざわめきと轟きを打ち鳴らす。それはまるでドラゴニュート同士の対決を待ち望む歓声のようであった。
視界に人影が見えた。
人影は腕を組みながら羽ばたき、銀氷の翼を待っている。
「……空はいい。お前もそう思うだろ?」
リーヴィルは雷雲の元で大きく伸びをした。
「……お前は雷鳴の竜の意思を継いで、恨みを晴らすために他の竜たちを壊滅させたのか?」
「ここでそうではないと言えば、お前は驚くかな?」
「……いいや。驚かない」
レシュアは眉ひとつ動かさずに言った。
「へえ……何故だ?」
レシュアの答えが意外だったのかリーヴィルの目付きが鋭くなった。
「お前は竜に恨みがある。だから蹂躙した。ここまではあっている。問題はその理由だ。お前は雷鳴の竜の意思を継いでいる訳ではない。何か別の意思を持っている」
「では、その意思とやらを是非教えて貰おうか?」
「……それはこれから見つける。お前を倒して聞き出すんだ」
レシュアは翼を大きく広げ、氷結の爪を構えた。
「はっはっは! いいだろう……是非とも俺様の口を割ってもらいたいもんだ。できるものならなぁ!!」
リーヴィルは右手を天に掲げ、指を打ち鳴らす。
雷雲が一際大きな唸りを上げたかと思うと、赤い稲妻がリーヴィルに落ちた。
激しい衝撃と閃光にレシュアは目を伏せた。しばしの間、闇を無理矢理に照らす光が見えた。
光が落ち着くとレシュアはゆっくりと目を開けた。
そこにはリーヴィルが。赤い稲妻のスパークを全身に纏い不敵に笑う雷鳴のドラゴニュートの姿があった。
「これが今の俺様の力だ。この世のあらゆる雷は俺様のものだ。さあ、レシュア! 始めようぜ。忌まわしき翼を持つ者同士の――殺し合いを!」
……忌まわしき翼。その言葉にどこか引っ掛かった。
自分の強さに絶対の自信を持っているリーヴィルにしては自虐的な言い回しだ。
彼は竜に恨みを持っている。それは自身に流れる竜の遺伝子にまで向けられているのではないかと、レシュアは推測した。
「――考え事とは余裕だな」
「――ッ!?」
いつのまにかリーヴィルは眼前まで近づいていた。驚いたのも束の間、雷が込められた拳が腹部に炸裂した。
「ぐあっーー!?」
レシュアは勢いよく空を切りながら吹っ飛んでいく。
痛みに耐えながら翼を広げ、なんとか勢いを殺して留まった。
「おいおい、大丈夫か? これはほんの挨拶だぜ」
リーヴィルは余裕の笑みを浮かべている。
「…………ッあ!!」
レシュアは自身を中心として氷結の楔を円陣に展開する。それをリーヴィル目掛けて次々に刺し向かわせた。
「こんな豆鉄砲じゃ俺は倒せんぞ!」
襲いかかる楔をリーヴィルは拳で次々に叩き割っていく。粉砕された楔が冷気の霧を生み出す。
あっという間にリーヴィルは霧に包まれた。霧の中の影は右往左往と首を振る。目眩しは成功したようだ。
レシュアは右手を凍結させ、鋭い氷結の槍を造り出すやいなや霧に向かっていった。
霧の中の影に向かって鋭利な槍を突き出した。
しかし……その槍は届くことはなかった。
霧の中から伸びた手がレシュアの右手首をがっしりと掴み取る。槍はリーヴィルの眉間の寸前で止められた。
「くそっ……!」
「……残念だな」
哀れみ嘲笑う声が聞こえると同時にその手から電流が流れ、レシュアの全身を駆け巡った。
「がああああああッ――!?」
レシュアの絶叫が空に響く。その声をリーヴィルは心地よさそうに聞いていた。
「小賢しい手はやめにしようぜ、な?」
「……っ……くっ…………」
「おお、さすがは同種。忌まわしき翼を持つものだ。俺様の電流をまともにくらって意識があるとはなっ!」
リーヴィルは回転をつけレシュアを投げ捨てる。
「はあ……はあ……」
再び宙に浮かんだレシュアは首を振り、意識を保つ。
たったのニ撃でこれか……。
レシュアは暗澹たる未来を見てしまった。このままでは確実に勝てないという未来を。
「……そうだな。俺も豆鉄砲でお返ししよう」
ニヤリと笑うとリーヴィルは人差し指と中指の二本を突き出す。その先に雷が溜まると、閃光が発射された。
しかし、その閃光はレシュアの横を通り過ぎていく。ニ射目も三射目もそれ以降もあらぬ方向へと飛んでいき、レシュアに当たることはなかった。
「誰を狙っている……!」
「もちろん、お前だ」
「……はッ!?」
その言葉で察しがついた。あれは外した訳ではない布石なのだと。
慌てて振り返ると、先ほどの閃光が迸る雷鳴に姿を変え、帯電していた。それはまるで獲物を捉えた蛇の様相で、無い目が合うと一斉にレシュアへ向かっていく。
「…………ッ!!」
レシュアは翼を激しく羽ばたかせ、真上に舞い飛んだ。
標的を見失った雷鳴は互いにぶつかり合って弾けた。
「ガラ空きだぜ」
背後に囁き声が。気づいた時には遅かった。ざらついた鱗の腕に首を絞められていた。
「――――っ!?」
「さて、この状況からどう立て直す? 十秒与えてやる。俺様を楽しませろ!」
カウントダウンと共にギリギリと腕の締まりが強くなる。どうにか打開しなければ、窒息するどころか首の骨が折れてしまう。
「……三……ニ……」
処刑の時まで時間がない。レシュアは無理矢理な策で突破することを強いられた。
「……ん?」
リーヴィルは気がついた。いつのまにか目の前の宙に巨大な氷塊が存在していることに。
「へえ……涼しい顔して無茶をす――」
氷塊は勢いよく降っていき、レシュアもろともリーヴィルにぶつかった。二人はそのままの勢いで運ばれ、天雷の山肌に押し潰された。
「……うぅ……」
呻き声と共にレシュアは目覚めた。自分をも犠牲に氷塊をぶつけ、窮地を脱する作戦は成功したが、かなりのダメージをもらってしまったようだ。体が痛みに悲鳴をあげている。
閉じそうな瞼で辺りを見回したが暗闇でよくわからない。地面を掌で擦る。ざらついた石の感触がした。つまりここは天雷の山の中。どこかの空洞にたどり着いたようだ。
「……リーヴィルはどこに…………」
「――ここだぜ」
近くで声がしたと同時に閃光が迸った。空洞がまるで昼間のように明るくなり、リーヴィルが姿を現した。
彼の背にはレシュアの造り出した氷塊が埋まっていた。どうやらそれが空洞の唯一の出入り口を塞ぎ暗闇を産みだしていたようだ。
「お目覚めか?」
「……何故、トドメを刺さなかった」
「お前は俺様を寝込みを襲う卑怯者とでも思っているのか? 心外だな。俺様は戦いの中で倒すのが好きなんだ。意思のないものをどうこうしても何も面白くない」
「武人のつもりか……」
レシュアは吐き捨てながら立ち上がったがすぐにふらりとして岩を背にずり落ちる。
「少し時間をやる。お前の体力が戻ってきたら再戦だ」
そういうとリーヴィルは腰を下ろし伸びをした。
「……教えてくれないか」
「ああ?」
「お前が竜を蹂躙した本当の理由を。雷鳴の竜の敵討ちなどではない、お前の意思を」
レシュアの言葉を聞くとリーヴィルは笑い出した。空洞にその笑い声が反響する。
「俺様を倒して聞き出すんじゃなかったのか? その聞き方は情けないぜ」
リーヴィルは腹を抱えてさらに笑うが、真剣なレシュアの眼差しに笑みを止める。
「……まあ、話してやらないこともない。だが、その前にこちらも聞きたいことがある。その右翼。誰にやられた?」
リーヴィルはレシュアの折れた翼を指差した。
「これをやったのは竜だ……」
レシュアの脳内に苦い記憶が溢れ出る。
これはかつて自分を支配下に置いていた銀氷の竜、イスリクスによってもたらされたものだ。
失った翼を補う為の氷結の翼を習得するまでは随分と苦労をさせられた。
「お前は竜か……。俺様は人間だ」
リーヴィルは立ち上がると上半身の衣服を破り捨てた。すると人肌が露出された。
「…………っ!?」
レシュアはその人肌に思わず息を呑んだ。
リーヴィルの胸、腹、背中、人肌の至る所に無数の古傷があった。もはや、無事な部分を探すのが困難なほどにその体は傷だらけであった。
「この傷は戦いで負ったものではない」
「……では、その傷はいったい何だ!?」
「この傷は拷問の痕だ。翼、爪牙、角、尾を持った人でない俺様を忌み嫌った人間の仕業だ」
リーヴィルの言葉にレシュアは動揺を隠せない。
レシュアの中で人間と言えば、ゼナやリーズと言った自分を受け入れてくれた仲間たち。自分の帰り待っている祖父。英雄と讃えてくれたシクール村の人々だ。誰もが優しい心を持っていた。
だからリーヴィルの傷痕が人の手によるものとは思えない。いや、思いたくない……。
そんなレシュアの感情を察したのかリーヴィルは笑い飛ばした。しかし、今度の笑い声はどこか虚しい。
「きっとお前は温室で育ったんだろう。だから、知らないんだ。人間から向けられる悪意を、その醜さを……!」
リーヴィルの全身に再び雷鳴が纏わり現れた。荒れ狂う雷鳴は彼の怒りであり、また、嘆きでもあった。
「よく聞いて、その身に刻み込め! 忌まわしき翼がもたらし、俺様が歩んだ地獄の道を……」




