10.脱出
「はぁ……はぁ……」
土砂を掘り進めてからどのぐらいの時が過ぎたのだろうか。ゼナにはもはや時間の感覚はなく、ただひたすらに貪欲に目の前の土を削るしか出来なかった。
メイが力を貸しているとはいえ腕に、足に、体全体に疲労は蓄積しつつある。そして流れ落ちる汗まではメイは助けてくれない。背中にピッタリと張り付く服と体に纏わりつく土が気持ち悪くて、ゼナの気力を萎えさせる。
疲弊しているのはゼナだけではない。メイもかなり無理をしている。一振りするたびに削り取る量が目に見えて少なくなっている。このままのらりくらりとやっていては、メイが底を尽き、ここを二人の墓場にする他ない。
そうはわかっていても体はついてこない。遂にゼナは腕を振り上げることを止めた。
「……ごめん、メイ。これ以上は……」
ゼナは肩で息をしながら弱音を吐いた。
『もう少し頑張れ。出口まであと一メートルだ。休ませてやりたいのはやまやまだが私も限界に近い……ここは一気に力を解放し、残りを削る。しっかり喰らいついてこい!」
メイが叱咤した次の瞬間、腕がかつてないほど熱くなった。いや、腕だけではない。手も、足も、胴体も烈火の如く燃えたぎった。
「これが全力の……」
ゼナは力なく握っていたつるはしを強く握り締めた。
力を込めるとそれだけ熱が集中する。拳の中はまるでマグマだ。だが、この熱さは決して辛いものではない。言うなればこれは情熱だ。
苦難を共に乗り越えようとする二人の情熱。ゼナはそう解釈した。そう思わなければ強大な力の前に呑み込まれそうになる。
沸る力を抑えながら、壁を睨む。
これで……終わりだ。僕は、僕らはこんな場所で燻ってなんかいられない!!
ゼナはつるはしを構えた。
「うおぉーーーっ!」
ゼナは雄叫びを上げながら振り上げたつるはしを力の限り下した。
激しい音と衝撃が放たれ堅牢な土壁は瓦解していく。
役目を終えたつるはしは淡く光り、粒子に分解され、ゼナの体に戻っていく。それと同時に全身の熱も静かに冷めた。
「やったのか……?」
ゼナは疲れ切った顔で今さっき全力を放った場所を見る。
埋まりきっていた階段は土が払われそれどころか、一段目と二段目がごっそりとなくなっている。本当に自分がやったのか疑ってしまう。
ゼナは顔を上げ肝心の出口を探す。すると……
「あっ……」
ゼナの顔に風が当たった。土と砂の匂いにまじり草木の匂いを運んできた。
ゼナはその風を感じた瞬間、全力で階段に飛び付いた。
二本足で登る余裕はなく四肢を駆使して駆け上る。その姿はまるで檻から脱走しようとする獣そのものだ。
「外だ……!」
数時間ぶりの外を見てゼナは涙を流す。いつもと変わらない景色なのにとてつもない感動が押し寄せた。
「僕はやった、やったんだ! 魔法を使って苦難を乗り越えたんだ!!」
感動を叫びながら草の上に大の字で寝転ぶ。ゼナは何もかもを成し遂げだ気分だった。だがこれは始まりに過ぎない。
白い少女がゼナの視界を遮る。
「感嘆するのはそのぐらいにしておけ。次の行動に移るぞ」
そう言う彼女の顔は疲れ切っていて今にも倒れそうだ。
「だ、大丈夫?! メイ」
「流石に重労働だ。今すぐ眠りにつきたい所だがお前に指示を与えなければならない。自宅に帰り最低限の荷物をまとめろ。そして隣町まで行け。後の指示は私が回復しつから伝える」
「待ってよ! そんなにすぐに出発するの? せめて明日にしよう。僕もヘトヘトだよ」
「だめだ!」
メイは振り絞って声を張り上げた。
「……いいか、よく聞けゼナ。さっきの地震。勘がいいやつなら何かの前兆だと考える。この村でそう考えるのは村長だ。奴は遅かれ早かれはお前に会いに来るだろう。
そのときお前に魔力があればどうだ? すぐにでも封印の魔法を使って、お前という災いを払わんとする。
そうなればさっきの努力も何もかもが無駄だ。私は再び洞窟の中、お前は村で一生監視されながら生きることになる。
そうならないために、とっとと足を動かせ」
メイは今にも閉じそうな瞼をこらえながら巻くしたてる。
「わかりました……」
その勢いにゼナは完全に気圧され、小さくなった。
「それと道中誰にも見つかるな。お前が魔力を持っていると、噂が広まってはまずい。もし会ったらすぐに逃げろ。いいな……くそっもう限界だ。私は……寝る。とにかく…しくじる…………な」
メイは気絶する様にゼナに倒れ込んだ。咄嗟に受け止めようと手を伸ばしたがすり抜け、ゼナの体にそのまま収まった。
「僕はベッドかよ……」
軽口を叩いてみたがメイは何も答えない。本当に眠ったようだ。
「……いろいろありすぎて頭が破裂しそうだ。とにかく今は家に帰ろう」
ゼナは重くぎこちない動きで帰路を歩む。
一歩一歩進む度に足に腕に痛みが響く。さっきの最後の一撃が堪えたらしい。
はぁ……はぁ……
息を切らす。今すぐ休みたい。でも歩かなくては。誰にも見つかってはいけない。見つかればメイを、魔力を失う。
それだけはあってはならない。あんな思いはもう……
「ゼナ! 大丈夫?!」
メイの声が聞こえた。なんだもう起きたのか。回復が早くて羨ましいな。
「メイ。おはよう。まだ家に着いてないよ。でも安心して。誰にも会っていないから」
ゼナは芯の通ってない声でメイに答えた。それを見てメイは怪訝な顔を見せる。
「メイ? 誰のこと言ってるの? 私はマリアよ。どんな勘違いをしたらそんな名前になるのよ」
「え……」
ゼナは今にも閉じそうな半目をカッと見開いた。そこにいたのはメイではなく"マリア"だった。
マリアの肌は透き通る様に白く綺麗だが、メイはそれ以上に白く尚且つぼんやりと光る。見比べる必要もないくらい、その違いは歴然だ。そもそも気配で簡単に判別できるはずだ。魔力と人は完全な別物なのだから。
しかしゼナは全く気づかなかった。疲労による判断力の低下もあるだろうが、ゼナは自分の中でマリアよりもメイを優先している事実に震えた。果たしてメイがそう考えるように仕込んだのか。それとも自分の意思で……
「ねえ? 本当に大丈夫?」
マリアは一層怪訝な顔を深め、ゼナをまじまじと見る。その姿を見ているとマリアとメイの境目が広がって、ゼナは正気を取り戻した。
「ごめん、マリア。なんだか疲れてるみたいで。ところでマリアはどうしてここに?」
ゼナは困った笑顔を取り繕って会話を始めた。正気を取り戻すと冷静さも湧いてくるものだ。どうにか言い訳を作って早くここから脱さなければまずい……
「ゼナを探しに来たのよ。さっき大きな地震が起きたでしょ。あれに村のみんながびっくりして大騒ぎ! その時
あんたが森に行ったのを思い出して、もしかしたら危ない目に遭ってるかもと、こうして飛んできたら土汚れで疲れ切った少年を発見したわけ」
マリアは腕を組み自慢げな顔でこちらを見る。魔法学園に通える実力の持ち主でも幼なじみの前では子どもらしさは隠せない。
「あ、ありがとう。心配してくれて。僕は大丈夫……だから。あ、家に帰って着替えなくちゃね」
ゼナは早口でそう言うと家がある方向に向き駆けようとしたがもう一人の人物に遮られた。
「ゼナ! 心配したぜ! 五体満足の所を見るに大した怪我はないな」
ゼナの汚れた服から土がつくことをお構いなしにフィートはいつも通り肩を組んできた。
「フィートまで……心配かけたね」
ゼナは内心焦っていた。マリアなら疲弊しているとはいえ全力の全力を出せば撒くことは不可能ではないと思っていた。だがフィートは体力があり運動に関しては三人の中では群を抜いている。逃げ切るのは簡単ではない。
「ねぇ、ちょっと待って」
マリアが何か見つけたようにフィートのじゃれつきを制止させた。
「どした? マリア」
「ゼナ、もしかして」
マリアの顔はどんどん明るくなっていく。まるで友の悲願が叶ったのを目の当たりにしたかのように。
「魔力が」
その言葉を合図にゼナは勢いよく二人から走り去った。
初めからこうするべきだったのかも知れない。だが、自分を心配してくれる幼なじみを簡単に無碍にできないのがゼナだ。
二人が追ってきていないか振り返る。すると、目を擦り咳き込む二人が遠巻きに見えた。ゼナが走り出した際に砂煙が舞い、目眩しとして働いたらしい。
なんという偶然。おそらく今日一番の幸運な出来事だろう。
ゼナは限界を迎えた体を酷使してひたすらに我が家を目指して疾走した。
幸運が続いたのか家までは誰にも会わずにすんだ。どうやら近隣はみんなで払っているようだ。
少し気になって辺りを探ると、遠目に村人が慌ただしく出入りしているのが見えた。地震の対応に追われているのだろう。あの様子だと村長もしばらくは村の安全確保を優先する。少し余裕が見えた。
ゼナが玄関を開けるといつもの光景が飛び込んできた。
思わず笑顔になる。家に帰ってこれた安心感が体と心を包み込む。
ここまでくれば……と思ったのはつかの間、足音が聞こえた。リビングの方から。そして慌ただしく扉が開いた。
「ゼナ!」
足音の正体は母さんだった。急いでしかし転ばぬように気をつけながらゼナの元に駆け寄る。
「無事でよかった。地震があった後、あなたを探しに行ったのだけれど、どこにもいなくて……心配したわ。ところでフィートくんとマリアちゃんに会わなかった? 二人にあなたの事を聞いたら心当たりがあるからって、探しに行ってくれたんだけど…………ゼナ?」
ゼナは安堵で早口になった母をよそに黙りこくっていた。母は最近村の役員の一人に選ばれた。だから、この村の一大事に駆り出され家はがらんどうを受け入れているものかと思ったのだ。
しかし母は母親を優先した。ゼナはその気持ちが嬉しかったが、今はそれが仇となっていた。誰よりもゼナの事を知っている母は息子の変化にいち早く気づく。
どうする……今度はさっきみたいにはいかないぞ……
誰にも見つかるな。
メイの言葉が頭に木霊する。
考えろ……考えろ……
黙って顔を顰めるゼナを母は訝しんで見つめる。
考えろ……考えろ……
いろいろな思考が飛び込む中一枚の情景が飛び込んできた。洞窟、向かい合う二人。白い少女の空虚な瞳。
メイ……
ここで諦めたらメイはまたあの顔をする。いやそれすらできなくなる。そんな事……あってたまるか!!
「母さん!」
「聞いてほしい話があるんだ」
ゼナは真剣な眼差しで母を見上げた。




