1.始まりの朝
初めましてイフと申します。数あるインターネット小説からゼロの旅路をお手に取っていただき大変ありがとうございます。
この小説は私の寝る前の妄想ファンタジーを小説化したものになっており、未熟者ゆえ文章や構成が稚拙なところが多々あると思いますがご容赦ください。
皆さんの暇つぶしの一つになれば幸いです。
現段階では四話程度までは完成しているので随時更新してまいります。五話以降は-筆が遅いゆえ-まだまだなので、気長にお待ちください。
長々と書き連ねてしまい申し訳ありません。
ゼロの旅路をどうぞよろしくお願いします。
暗闇。一寸先も見えない黒の世界に僕はいた。
辺りを見回しても何もない。孤独を絵に描いた様な場所だ。
だが、どういう訳か僕はここに居心地の良さを感じている。
暗闇の中にひとりぼっち。普通ならば錯乱してしまいそうな状況が僕にはとても愛おしく思えた。
しばらく暗闇に身を預けて揺蕩っていると、唐突に眩い光が僕を照らした。
太陽のように眩い煌めきを放つ球体が、暗闇を切り裂き包み込んでいく。
僕は眩しさのあまり、手で遮ろうと思ったがそれは叶わなかった。
今の僕には手がなかった。手どころか、足も、胴体も、覆おうとした目すらもなかった。意識だけが存在している。
しかし、不思議と驚きはしなかった。昔から僕はこうだった気がする。この空間が心地よくて、きっと忘れていただけなんだ。
光は依然として僕を照らし続け、その勢いは収まる事はない。やがては闇の世界を光で支配するだろう。
僕ももう、眩しいとは思わなかった。光で包まれることを甘んじて受け入れている。
その時ある考えが浮かんだ。体のない僕に意識があるなら、僕を照らす光にも意識があるのではないだろうか。
突拍子もない考えだがありえない事ではない。もしかしたら意思疎通ができるかもしれない。僕は勇気を振り絞って話しかけた。
君は誰だ? 僕は、僕の名前は、その……僕は……誰だ?
自己紹介から入ったがそれ以前の問題が発生した。僕は自分のことが何一つわからなかった。
僕と名乗っているから、男なのか? いや、女の可能性だってあるだろう。そもそも僕は人間か? 体のない意識だけの存在は人と呼べるのだろうか。
僕は自分という存在にない頭を抱えた。
僕は……いったい……なんだ……
光が強く瞬いた。今まで以上に。それはまるで、暗く沈んでしまった、僕を励ますかのように照った。
僕がなんなのかなんて、どうでもいいじゃないか。
光を浴びた瞬間に悩みなんて吹き飛んだ。今はこの光があればいい。ここにいれば何もかもが幸せだ。
僕は得体の知れない光を崇拝していた。
しかし、僕の楽園は突如終わりを迎えた。まるで、無垢な子供から玩具を無理矢理とりあげるかのように、無慈悲にそれは起こった。
光に向かって迫るものがいた。それは手だ。僕も光も持ち合わせていない手。
それが光に伸びていくたびに、僕を包み込んでいた希望は絶望に変換される。
手は悍ましい邪気を撒き散らしながら、光に触れた。
やめろ! 僕は思いっきり叫んだ。叫んだはずだった。
しかし、声は無情に僕の中で霧散していくだけで、届きやしない。ただ、黙って光が奪われていくのを見続けるしかできなかった。
それでも僕は叫んだ、叫び続けた。
あの光を奪われるわけにはいかなかったから。
やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、たのむ、お願いだから。おねがいしますやめてくださいやめてくださいやめろやめろやめろやめろやめろ
僕はない目から涙を流しながら懇願した。が、手はこちらを見向きもせずに、光を闇で塗り潰していく。
光は半分ほど闇に染められ、僕を照らし包み込んだ暖かさも失われ、それと同時に僕の意識も消え
*
「うあぁっ!」
息を切らしながら、ゼナは飛び起きた。厭な夢を見ていたようで、ベッドと背中は大雨に降られた後のように汗で濡れている。
「最悪な朝だ……」
ぼそっと一人呟いた。
夢から覚めたのにゼナは絶望感から抜け出せずにいた。
夢特有の訳のわからない状況なのに、妙に現実感があった。まるで、本当に起きた出来事のように思える。
光が闇に塗り替わるあの瞬間を思い出して、ゼナは身震いした。
考えないように頭を振りかぶって、ベッドから降りた。
カーテンと窓を開けると、気持ちのいい朝の風が部屋に吹き荒んで、ゼナは少し気分が晴れた。
寝巻から着替え、部屋を出て階段を下る。
一階へ降りると、香ばしい匂いがゼナを誘った。
台所で母親が朝ごはんを調理している。フライパンの上で卵がいい音を立てていた。
「おはよう、ゼナ」
母は笑顔で挨拶をした。
「……おはよう、母さん」
「……? どうしたのゼナ、元気なさげだけど」
「え、あぁ……まだ眠くてさ。昨日夜更かして本を読んでいたから」
ゼナは咄嗟に嘘をついた。いつもの彼なら夢の事など、日常会話のタネとして話しただろうが、今日に限っては話さなかった。理由はわからないが、母に告げるのは憚られた。
「夜更かしもたいがいにね?」
母は手元のフライパンに視線を戻し、鼻歌混じりに料理の世界に入った。
ゼナはとりあえず椅子を引いて席についた。既にテーブルには、サラダとパンが盛り付けられ、後は主役の登場を待つのみだった。
ゼナの頭には悪夢がリフレインしてたまらなかった。夢なんていつもはすぐに忘れるのに、どうして……
頭を抱えたかったが母の前では出来なかった。
パンを摘み食いしながら、悪夢を頭の中から消そうと努力したが、あまり意味はなかった。そうこうしている内に朝食が出揃い、母も席についた。
「あ、つまみ食いしちゃってもう」
母が笑いながら嗜めた。
「ごめん、お腹すいちゃって……」
ゼナも笑いながら返した。
「食欲があるのはいいことよ。たくさん食べなさい。」
「うん、いただきます」
「母さんもいただきます」
二人揃って手を合わせ、食べ始めた。
食事中は、たわいもない話をして過ごした。ゼナの頭の中には相変わらず、夢の光景が思い浮かんでいる。
「ゼナ、やっぱり顔色が良くないわね。何かあったんでしょ?」
どうやら顔に出てしまっていたらしい。母の前で強がる事は中々に難しいようだ。だが、ゼナは尚も隠そうとした。
「大丈夫だよ。寝不足だって!」
話を逸らすように食器を重ね、キッチンに逃げようと席を立った。
「ゼナ。本当の事を話して」
母の真剣な声に振り返る。ゼナは逃げ道を探そうとしたが、母の眼差しに捕まり、離れられなかった。逡巡の後、遂に母に夢の事を告げた。
「そう……嫌な夢を見たのね」
母は慰めるような優しい声で言った。
「ゼナ、不安な事は口に出していいのよ。母さんが受け止める。あなたは今年で十四歳、大きくなったけどまだ子どもなの。怖いものは我慢せずに吐き出しなさい」
そう言うと母は、ゼナを抱きしめた。母親の暖かい体がどうしようもなく、愛おしいものに思えた。
「ありがとう、母さん。お陰で気が晴れたよ」
「ならよかった。あなたは元気な姿が一番似合うわ」
母はゼナの頭を優しく撫でた。
あまりに恥ずかしい状況に耳まで真っ赤になったゼナは、慌てて母から離れる。勢いあまって食器を落としそうになった。
「あらあら、思春期ねえ」
にやにやとした顔でこちらを見つめる母親に悔しい気持ちが浮かぶ。母は強しだ。
「あ、あのさ、今日はなんの仕事するんだっけ?」
この火が出そうな顔を鎮めるために話題を変えた。
ゼナの家は畑を営む事で生計をたてている。家というより村、といった方がどちらかと言えば正しい。
ゼナが産まれ育った村、パシーク村は自然に囲まれた、人口20人程度の辺鄙な田舎だ。
観光地も何もないこの村が生き残っているのは、緑豊かな土地から生まれる、野菜や果物を育て出荷しているからだ。
「今日は何もないわ。自由に遊んできなさい」
母はそう言い切った。
「あれ、今日って休みだっけ…?」
「気持ちが落ち込んだ時は、仕事なんかせずに遊ぶ。それが子どもの特権」
母は自慢げなポーズとにっこりとした笑顔で言った。
「でも……いや、ありがとう母さん。精一杯遊んでくるよ。子どもとして」
母の優しさを押し返さずに受け入れた。最後に少し嫌味な返しをしたのは思春期による小さな抵抗で、素直になりきれない自分に自己嫌悪が走る。
「と、とにかくいってきます!」
逃げるように玄関から飛び出す。
「いってらっしゃい」
母は笑顔でゼナを送った。笑顔というよりにやけ面だったがゼナは知る由もない。