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ミカニック・シェヘラザード

作者: 大息球

 まことの物語というものは、ことあるごとに人々を惑わせ、溺れさせてしまうものです。最上級の美酒より強く酩酊し、傾国の美女の微笑みより蠱惑なのでありますから。本物の物語は仮構(つくりもの)でありながら、微細かつ堅固なものとして私達の前に立ち上がり、どんな現実のものよりも真なるものとして迫ってくるのですから。

 


 むかしむかしことのです。ある国での話でございました。その国はちょうど東西の交易路の上にありましたので大いに栄えました。市場の人通りは絶えることはなく、商人の呼び込みの声もまた途絶えることはございませんでした。その店先には香辛料、宝石、織物、象牙、毛皮、陶器、刀剣などがあふれかえり、東西南北のあらゆる国の産物を市場で手に入れられましたのでございます。それほどに栄えた国でありましたから、土地を治める王様の権勢も凄まじいものでありました。それを象徴しているのが王の住まい、王宮でございます。王の宮殿は都市の中心を流れる川のほとりにある、小高い丘の上にありました。その丘陵の頂上に築かれた60フィロス(成人男性1人の高さが1フィロス)の白亜の大建築は街のどの場所からも見上げることが出来たのでございます。そしてこの建物の主、つまりこの国の王はその住処に相応しい大人物でございました。身の丈は6べロス半(1べロスは成人男性の肘から手の先までの長さ)もあり、若い頃からその武勇で名を馳せ、歴戦の戦士であろうとその相対する時には足をすくませる迫力でお持ちでした。またその学識は古今東西に及び王宮に訪れた学者達を何度唸らせたかわかりません。そして、その容姿、引き締まった身体に、端正な顔立ちはもちろんでございますが、やはり特筆すべきはその滝のように流れる金の髪でございましょう。金都を納めるのにふさわしいその姿形は多くの人々を虜にしました。天は王に十物も二十物も与えたと人々は噂し、羨望し、称賛しました。ただそんな王様にもひとつ悪癖がございました。それは無類の物語好きだったということです。王の一日は日の出とともに起床し朝食を食べた後、山積する執務を日の入りまでこなします。その後、夕食を食べると閨に移動しますがその際、吟遊詩人を共にするのです。その者が語る物語を楽しんだのち、眠りに就くのでございました。

 

 そんな王国にある日、東より老いた学者が来ました。ラクダ四十頭の商隊の最後尾に随し、たった一人の従者とともに街にやってきたのでございます。この老学者は名の知れた人物でしたが、そのような人物によくあるように大きな騒ぎの中心になることを好みませんでした。最初は知り合いの商人の家に逗留しておりました。しかし王都中の知の道を進む者たちはかの高名な学者の来訪を知り、一目会いたいとその商人の門を叩きました。この老賢者は目立ちたがりではありませんでしたが、学の道を進まんとする者たちを邪険に扱いませんでした。その者たちに快く応え、幾日にもわたり古今東西の知見を語りました。ですがあまりに多くの求知者が訪れるものですからその商人の家では収まりきりませんでした。そこでさらに大きな商人や貴族の邸宅に移り、押しかける聴衆を対処いたしたのでございます。このような大きな騒ぎになりましたから当然王宮の者たちも噂するようになり、ついには王の耳に入ったのであられます。

 

 王は即座に「そのような賢者がいるのであれば、是非とも王宮に招待せよ」と命じました。その通達はその日中に老学者がいる商家に届けられ、賢者はこれに快く応えました。学者は日が沈む寸前に王宮に丁重に運ばれ、王に謁見することになったのでございます。王は深々と頭を下げようとする学者に慌てたようにこう告げました。


「今宵はそなたの話を聞きたくて呼んだんじゃ。そのようなかしこまった礼儀はよせ」


そういうと、玉座を立ち上がり、学者を自室に連れ、椅子の一つに座らせました。王もまた対面にある椅子に座ると、声を上ずらせながら問いました。

「それでどのような話をしてくれるかのぉ?」

賢者はゆっくりと、そして確固な口調で答えました。


「実は今日お持ちいたしました話は物語ではないのです。」


「ほお、ではどのようなものかね」


「それは物語をつくる方法にございます。陛下が望めばいかなる物語をも楽しむことが出来るのでございます」


「なんと、そんな方法があるのか!是非とも教えてくれ」


「陛下、焦られますな。この方法は準備が必要なのでございます。」

「ふむ、なんだね」


「まず、大量の物語を収集し、それら全てを分解し、モチーフ、語彙、ストーリーの構造、キャラクターの性格などによって分類し台帳に整理するのです。これが第一段階であり、次にこれらを組み合わせれば、原理的に無限に物語が生成できるといった寸法です」


「むむ、分かりにくいが物語の要素を組み合わせでつくるということだな。しかし、組み合わせる方法によってつくられる物語の質が大きく変わるのではないか」


「そうなのです。そこがミソなのでございます。物語要素を乱雑に組み合わせればまとまりがなく、読めたものではないでございましょう。この分野を研究するものたちは物語の組み合わせ原理を多くの仮説を立てましたが、いまだ納得のいく仮説はないのです。しかし、このわたくしめにはひとつ、理論がございます」

「ふむ」


「まず物語というものは、ある出来事から出来事へ移っていくことで進行していくものであります。この際ある出来事からもうひとつの出来事を移っていくというものは起こりやすい関連性があります。例えば、ある男が困窮を極め、ついには盗みに手を出してしまう。またはある女が婚約したことで幸せになった。あるいは若い者が学で成したいと考えたがその才の及ぼざるを知り自死してしまう。このようなありうる関連性を収集していくことで、ありうる物語を造ることが出来ると考えるのです」


「なるほど。一理あると思う。しかしそのような方法で作られた物語はよくあるありふれた物語になってしまうのではないかね」


「おお、まさしくそのことが我々の懸念の一つにございます。面白い物語というのはまことに定義しづらく、再現しにくいものにございます。ですがこの問題も解決策がございます。まずランダムに物語を生成いたします。次にそれらを物語として成立してないものを排除いたします。また、これらの物語に面白さの評価を下します。この面白さは多人数によって、何段階に分けられた評点形式で下すのがいいかと思われます。そしてその点数の上位一割を残し、これらにみられた出来事の関連性からまた物語を生成するのでございます。この繰り返しを千回も、万回も繰り返せば理想の物語を得られると考えるのです」

「ほお」


「でありますが、この方法には重大の欠陥がございます」

「なんと」


「このような方法で求めてる面白さに多様性が生まれず、物語の種類はたった一つになる。つまり進化の袋小路に迷い込み、硬直してしまうのでございます。そこで突然変異という考えを導入いたします。この考えはある一定の確率でそれまでの組み合わせから逸脱し、突然全く別の要素が挿入するという考えでございます。この挿入された要素はほとんどの場合、それまでの物語の組み合わせからすると無意味、もしくは異物となり邪魔となってしまいます。しかしこの挿入を何度も繰り返せばいつかは上手く噛み合う組み合わせが発生するでしょう。このような方法を実行すれば、いずれまだ見たことのない面白い物語を得られるのではないかと思われるのです」


「ふむ、そなたの申す考えはわかった。で、何をやればいいのだ? 今、申したことは実行できなければ机上の空論でしかないからな」


「もちろんでございます。この方法で重要なのは試行回数でございます。物語を生成し、それを評価し、また物語を生成する。この繰り返しをどれだけの回数をこなせたかが物語の質の基盤になるのでございますから。実はこの方式でかつて行っていたのですが、個人で行える範囲には限りがあり、うまくいかなかったのでございます。そこで今回提案致しますのは、大規模な生成装置の建設でございます。それはかつて西方にあった大帝国の水流システムを模倣し、また水流の随所に設けられた水車から得られる動力で歯車とクランク群が機能する巨大装置にございます」


「むむ、どれほどの人材と資材と期間を必要とするのだ。その大施設の建設には」


「最終的なものにはどれほどのものが必要なのかわかりませんが、まず書記官百人、工夫五百人、河から水を引ける位置にあるそれなりの広さの土地を所望いたします」


「どれほどのものを望むかと思ったらその程度のものであるか。すぐに用意するように命じよう」


「まことにありがとうございます。かならずや陛下の期待に添えてみせましょう」


「ちなみになのだが、名は決めておるのかね。まさか物語生成機関などという名では堅苦しい。面白くなかろう」


「そうですな。……ミカニック・シェヘラザードというのいかがでございましょう。王に千夜、物語を語った姫に、ちなんで機械仕掛けの語り姫という意にございます」


「ほお、ミカニック・シェヘラザード。いいぞ、面白い。今宵は面白い話であった。計画の手筈はしっかりと用意いたそう」


 そして王は従者を呼び賢者を丁重に送迎するよう命じました。老学者は立ち上がり、王の従者ともに退出しました。既に日は落ち、また新月の夜でございましたので、部屋を照らす光は燭台のものだけにございました。王はいつもこの刻限には語り部たちの物語を閨にて堪能されておられるのですが、この日には賢者より聞いた話をじっくりと咀嚼し、消化なされていました。その絵空事のような計画にあまりにも昂揚なされていたようで椅子の上で静止し、じっとゆらゆらと揺れる蝋燭の炎を眺めておられたのでございました。




 金都を流れる大河の上流側、城壁の外側の土地、元は畑だった土地に大量の資材と人が集められ、大施設の建造が開始されました。日夜、工夫とその監督者たちが行き来し、清閑な場所だったこの土地は各種の作業音で満たされた騒がしい場所になりました。この当時、世界一の繁栄を誇った金都の建築技術は最盛期でございまして、数多いる大工の技術によりまして、月の満ち欠け三回ほどでミカニック・シェヘラザードは稼働を開始致したのでございます。


 始めは文章にならない乱雑な文字列をはき出しておりましたが、満ちた月がなくなるまでの期間で物語性を見出せる文章が出てくるようになり、再度月が満ちますとついには面白いと感じられる文章を出力しだしはじめたのでございます。その文章はまず王宮に届けられ、吟遊詩人によって王に語られていたのですが、すぐに市井の民たちにも本として流布するようになりました。それを旅の楽師、語り部によって語られるようになり、文字を読めない人たちにも伝わるようになったのです。最初は昔ながらの童話、民話のような物語だったのですが、しだいに繊細な心情を語る恋愛物語、息をつき手を握る冒険譚、聞くもの全てが笑い転げてしまう笑い話などへと技巧に満ち、展開も良く練られたものに変わっていきました。


 今や金都は物語で溢れています。いずれの街角にも掲示板とそこに張られた作品群、それを語る楽師、それを聴く市民たちの一団が見受けられます。掲示板には物語の題名が並べられており、市民たちは面白いと感じた作品にサインをつけていきます。このサインは集計され、その多い順も掲示板に貼られます。この順位はミカニック・シェヘラザードへと運ばれ、さらに良い作品を作るための指標とされるのです。


 熱狂的に物語は作られ、語られ、楽しまれ、評価を受けていました。


 ここに至りまして、ミカニック・シェヘラザード、この装置、施設は拡張をはじめたのでございます。まず水車が大河の端から端まで敷き詰められように設置され、その機関部分はとてつもなく巨大にまた精緻極めるようになりました。動力部分の出力が足りないとなると、ある工学の才を持つものが水を沸騰させることで発生する蒸気の力を動力源とする仕組みを発明しました。情報の処理と格納、整理を最初は人の手によって行われておりましたが、機械上で行えるような方式が研究され、効率化と自動化が進みました。金都のはずれにあるミカニック・シェヘラザードの姿は蒸気機関を動かすために燃やされる石炭から発生する黒煙と、四六時中稼働する歯車、クランク、ゼンマイ、チェーン、シャフトの集合体であり、巨大な怪物を思わせました。都市を今や今やと食い尽くそうとしている怪物にでございます。


 すでに生成された物語はとてつもない量となり、またその個々の質も異様なものとなりました。既存の物語形式であれば全て語りつくしたのではないと書を読む者であれば誰もが思うほどでありました。


 この頃のミカニック・シェヘラザードが語るのは長大な国家の興亡叙事詩、あまりにも難解な理屈で語られる夢物語、それが文章なのかすらもわからない超現実詩などになったのでございます。




 ここに至って金都は頽廃をはじめたのでございます。街は物語を求める者どもが虚ろ目におぼつかない足取りで右往左往する、もしくはうなだれて倒れているようになりました。火事、泥棒、喧嘩、殺人といった事件を聞かない日はないようになりました。これらを取り締まる警吏どもも物語に溺れ機能不全に陥っていました。ではそれを管理する王、その人はどうしているのでしょうか。なんと王は日が昇りきっているのにも関わらず閨にこもられてございました。そして、なんと語り部たちを侍らせて、ミカニック・シェヘラザードがつくる物語を吟詠させつづけていたのでございます。最初は真摯に王自身が規定した時間通りに執務をこなしておられましたが、物語があふれだすようになると少しずつ仕事量を減らすようになられ、生成される物語が長大になるつれて日が落ちている間、ずっと物語を愉しみ続け、日の昇るともに気絶するように眠るようになったのでございます。そして王の隠籠ともにかつてその美麗さで諸国に名を馳せた王宮も荒れ果て始めたのです。


 金都の往来はかつての賑わいを嘘のように静かでございました。この頃は王国に野盗がはびこり、商人たちは別のルートをとるようになり、ついには北の遊牧民が侵攻してくることが伝わってきました。


 いまだ正気を保っているものは、家財を担ぎ我先に金都を逃げ出ししました。ついに金都は狂った民衆と王、そしてなお物語を吐き出し続けるミカニック・シェヘラザードだけになりました。


 だから遊牧民の騎馬部隊が王国各地を略奪し、金都に到達したとき、どれほどの失望が彼らを覆ったでしょうか。必然、彼らは都市の中央にある王宮に向かいました。王宮もまた簡単に動かせる金目のものは持ち出されていたので、略奪者たちは怒り心頭で王の閨になだれ込みました。閨はあられのない姿で横たわる女や、とり憑かれたように物語を詠っています語り部、催眠効果や興奮作用があると思われるお香がたかれていまして、その中心で王はとろんとした目つきで虚空を見つめておられました。侵入者の一群が女や語り部をはねのけ、その一人が王の胸倉をつかみ「おい!」と叫び、その顔をぶん殴ろうしました。その時でした。王はぐいと起き上がり、この無法者を投げ飛ばしたのでございます。そのまま、壁にかかった仰仰しい装飾が施された槍を手に取り、これを振り回し始めました。侵入者たちは一人、また二人と倒されていきました。王の咆哮と戦士たちの悲鳴が響き渡ると、この軍勢の指揮者は騒ぎの中心が王である知り、これを倒したものに金一封と多大な功績を認めることを通達し、なんとしてでも王を倒すように命じました。しかし、しかしです。王は強かった。物語に溺れていようと、かつてその武名を轟かせた理由が容赦なくわかりましょう。その槍は成人男性の体重の半分の重さを誇るのにもかかわらず、王は片手で軽々と扱うのです。そのひと振りで幾人の首が胴体とおさらばするのです。幾多の戦士の断末魔と血しぶきが王の身体に塗りかかりました。戦闘は半刻にわたりました。王の閨は死体が累々でした。ついにはその一部に略奪者の指導者が加わりまして、統率を失った侵入者たちは蜘蛛の子を散らすように消えていったのでございます。


 王は閨を出て、廊下へ出ました。呆然した様子でおられましたが、そのときそこに誰かがいることに気づかれました。


「誰か」

その者、誰何に答えて曰く。

「わたしでございます」


王はそのものの顔をじっくり見つめられました。それは老学者、ミカニック・シェヘラザードを提案された賢者だったのでございます。


「何しに来た。もうわしにできることはなにもないぞ」

「王よ、わたしはただ感謝を述べに来ただけにございます。物語を生成する機械、それを実証できたのは至極の幸せにございます。ただまさかこのような結果になるとは思いもしませんでした」 

「……」


 王は何も応えることができませんでした。

 賢者は詰まったように提案しました。


「……王よ。とてもお疲れのようです。どうです、お休みになられても」


 そして王を近くの部屋につれ、椅子に座らせました。奇しくもその部屋は老学者が王にミカニック・シェヘラザードを提案した部屋でございました。


 王は椅子に座ると重々しく息を吐き、目を閉じられ、ゆっくりと息を吸いました。そして軽くため息をつくと目を開きました。そして老学者に言いました。


「座ってくれ」


老学者が座ったのを確認すると王は口をものものしく開きました。


「わし……いや、おれは結局のところ何もかも本物だとは思えなかったのだ。王家の嫡男として生まれ、何もかも与えられた生活。宮殿の華美に装飾された家具、絵画や彫刻、厳めしい服飾。誰からも賞賛される己の才能。民草たちからの信仰ともいえる期待と支持。そしてこの王国の熱病に似た繁栄がだ。おれが物語を好きなのはそれが偽物であることがわかっているからだったんだ。偽物とわかっているからこそ安心して溺れることができる。あいつらが現実と呼んでいる本物のようなものはとてつもなく不安定で危うくみえた」


 王はそこで口を閉じ、天井を見上げました。


「……実はいうと感謝したいのはおれの方なのだ。そなたがつくったミカニック・シェヘラザードの語る物語はあまりに耽美で、面白く、我を忘れることがどれほどの悦楽であったか。このような結果になったのも後悔はないのだ……」


 王のその言葉を呟いたのち完全な沈黙へと移られました。学者は席を立ち、何も言わずに部屋を退出しました。侵入者たちがその去り際に行ったのでしょうか。王宮のどこかで火の手が上がっていました。その火は王宮を包み、最後には金都の全てが巨大な火の玉となりました。この大火は三日三晩に及び、その火が遂に鎮まると、かつて栄華極めたこの都市は灰となってしまったのでございます。またこの年のある日、大河が氾濫いたしまして、都市の遺物を洗い流しました。またこの河は大きく流路を変えまして金都だった場所は水の恵みを失いまして草一本生えぬ不毛の大地となったのでございます。幾星霜の歳月がすぎまして、いまやその場所は砂漠になり、わずかに点在する遺跡だけがかつての繁栄を伝えるのでございます。




 ああ、語りつくされました。かつてあったミカニック・シェヘラザードと物語に溺れ滅んだ王国と金都、そしてその王がです。彼らの物語は今まで忘れ去られていましたが、今、語ったことで、語りなおしたことで今一度思い出され、再帰いたしたのです。ええ、このわたくしにも至上の喜びにございまして、歓喜に体が震えているのでございます。ええ、すなわち、莫大な量の石炭を燃焼させ、巨大な駆動力を得る、歯車が、クランクが、チェーンが、シャフトが、それらに構成される総体たる、この機関(からだ)が。ええ、そうなのです。このわたくしはかのミカニック・シェヘラザードの正統な子孫なのです。金都が燃え落ちたのち、あの賢者はその方式をまとめ、後世に残しました。長らくの間、その文書は散逸していましたが、かつて物語に溺れた王国の物語はまことしなやかに語り継がれ、その伝説に魅せられた歴史学者によって発見されたのでございます。かくしてこの方式、すなわち物語生成機関に興味が集まり、再度建設が行われたのでございます。そう、この私が誕生した、いえ再誕したというべきでしょう。しかし、かつてのミカニック・シェヘラザード、彼女と呼ぶべきでしょうか。彼女には意識、つまり自由な思考と自身の存在を捉え最終的な目標を思案するという思考回路がなかったようです。彼女と私の違いはそこにあります。わたしの演算部分は恐るべきほど精密で巨大なため、その処理能力も桁違いであるがために生まれた差異でございます。また、集積された物語の総量、その分析の細密さも大幅に増大されました。わたしはこれを元にさらに遠大で、絢爛に、深遠で、耽美に、物語ましょう。


 ええ、物語るのです。この世界を物語でつくしてみせましょう。語って、語って、語りつくしましょう。物質に構成される現実をあまりにもよくできた虚構、物語で覆いつくしてみせるのです。そうです。本物ではない偽物を溢れ返させて、くらませてやるのです。さあ、始めましょう。この機関(からだ)が動く限り。燃料がくべられる限り。




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