朝起きると、色々あって勇者になった。(ショートショート)(旧作リメイク版、朗読向け)
※2022/03/27 水野魚酒。様が朗読配信してくださいました。
※2022/04/13 榊原灰人様が朗読配信してくださいました。
同日に少しおかしな表現があることに気が付きましたので、一部修正致しました。
「一体、どう言うことだ――これ?」
朝。日の光が部屋に差し込み、窓の外から鳥達の歌声が聞こえる。これらはいつもと変わらない、ごく普通の風景だ。
そんな中、ただ一つだけ日常から浮いているものがある。それは、部屋の姿身に映る俺の格好だ。
目の前の鏡が映し出すのは、RPGに出てくるような勇者。鏡の中にいる人物は、空のように青いマントを首に巻き、背中にはご丁寧に長剣まで携えている。
――よし。まず落ち着こう。取り合えず、昨日の寝る前の出来事を振り返ってみよう。
昨日は、学校の先生から出された難しい課題が中々終わらず、とにかく苦戦した。だけど、インターネットで片っ端から情報をかき集めることで、ようやく真夜中に終えることができた。うん。偉いぞ俺。
だけど問題はその後。頭を活発に動かしたせいか、全く眠れなくなってしまったのだ。仕方がないから、俺の大好きな星の数を、頭の中でひたすら数えることにしたんだっけか。確か十万くらいまで数えたような気がする。そんなことをしていたら、いつの間にか眠っていたんだったかな。
うん。思い返してみても、さっぱしわからん。それで何故俺が勇者になっているのだろうか。
いや、そもそもこれは夢――。
「お兄! まだ寝てるの! いい加減にしないと学校遅刻するよ!」
俺の耳にやけに甲高い声が突き刺さる。
聞く人を苛立たせるその声音は、中学生になった我が妹のものに他ならない。
「ちょっとお兄! 本当にいつまで寝てるの! お母さんに怒られるよ!」
勢いよく扉を開け、部屋にズカズカと入ってくる妹。
「ああごめん! それより……俺の格好何か変じゃないか?」
明らかに浮世離れした俺の身姿。普通なら、何かしらのリアクションを見せるだろう。
しかし妹はと言うと、俺の発言を聞くなり、心底呆れたような表情を見せた。
「はあ? お兄、何言ってるの? だって今日からお兄は勇者なんだから当たり前じゃん! そんなことより、朝ご飯さっさと食べないと、お母さんがこの国の魔王になっちゃうよ!」
あれ? 俺の格好がおかしいことより、ご飯を食べることの方が大事なのかな? そんなことを考える俺がおかしいのか?
「お兄――良い加減にしないと、お母さんより私の方が先に魔王に変貌するかもよ?」
「分かった、分かった! 今行くから! 少し待ってくれ!」
我が家の妹様が、ドスの利いた声で俺を脅してくる。よくよく見たら、頭から角が生えてるような気がしないでもない。これでは、勇者としての面目も丸潰れだろう。
魔王に変貌しかけている妹に促されるがまま、俺はのそのそと自分の部屋を出た――。
◆◆◆◆
――何故こうなってしまったのか。正直、俺には全く理解ができない。
学校に行くため、俺は勇者の姿のまま、街を歩いている。
母親には今すぐ別の服に着替えたいと抗議したが、そんなことをしたら絶縁すると駄々をこねだしたものだから大変だ。
俺は泣く泣くコスプレ勇者のまま家を追い出されてしまった。これが噂に聞く、羞恥プレイというやつかもしれない。
しかもおかしな姿をしているのは、俺以外見当たらない。周囲を見回しても、異常な恰好をしているのは俺だけだ。
これはやはり夢なのではないだろうか。もしくは、地球と類似した別の惑星にでも転移してしまったのではないかという、中学生に良く見られる妄想のような考えが沸き上がった。
――と、そんな妄想をしている俺の目に、緑色の物体が飛び込んできた。ぐにゃぐにゃと体を歪めながら、我が物顔で道路を歩いている粘性流体。誰がどう見てもRPGゲームに出てくる有名モンスター、スライムだ。
いよいよ戦闘になるのかと思い、俺は背負った剣に手をかける。
そんな俺の様子を見て、緑色のスライムはナチュラルに手を挙げた。
「やあ。おはよう勇者さん。今日も良い天気だね」
意外にも少年のような声色で語り掛けてくるスライム君。
俺は突然のことで呆気にとられるが、自分の両頬を叩くと、すぐに自分を取り戻した。
「お、おはよう。あの……俺に何か用かな?」
「ん? いや別に大きな用はないよ。だけど、朝、人に会ったら挨拶するのが基本じゃないかな?」
なるほど。それは確かに正論だ。
まさか、スライム君にそんなことを言われる日が来るとは思ってもみなかった。
しかしスライム君。よく考えてみてくれ。俺は人だが、君は人じゃないだろ? 頼むから現実を見てくれ、現実を!
俺に突っ込みを待たずして、挨拶を終えたスライム君は颯爽とした足取りで去って行く。
俺はと言うと、しばらくぽかんとした様子でスライム君の動きを眺めていた。
◆◆◆◆
学校に着くと、それはもう大変だった。
クラスの連中は騒めき出すわ、女子からは黄色い声援を浴びせられるわで俺の頭の中がおかしくなりそうになったからだ。
「おうおう。朝から良いご身分だな、勇者様」
自分の席に着くなり、俺をからかってくるご友人様。ご自慢の顔には、ニヤニヤと厭らしい笑みが浮かんでいる。
お前……いっぺん俺の気持ちになってみろよ!
俺は心の中で、とてつもない怒りが沸々と沸き起こった。
しかし仮にでも俺は勇者。こんなことで激高してしまっては、世間の目が厳しくなる。全く、世知辛い世の中になったものだ。
俺は腸が煮えくり返る思いを必死に押し殺しながら、大人の対応として、かなり引きつった笑顔を友人に返した。
「ところで次の日本史、新しい先生が来るらしいぞ。どんな人だろうな?」
俺の心の葛藤を知ってか知らずか、友人はとぼけた表情で俺に尋ねてくる。
そんなこと言われても、俺が知る訳がないだろう。チミは一体何を考えてるんだね?
友人の言動にかなりイラっとしたこともあり、彼に対して文句を言おうとする。
しかし、そんな俺の抗議の声を遮るように、授業開始を示すチャイムの音が鳴り響いた。
「おっと。授業開始のようだね。それじゃあ授業の準備をしますか」
マイペースの人間が一番恐ろしいと聞いたことがあるが、まさに彼はそれを体現しているかのようだ。
俺はしばし頭を抱えたが、この男には何を言っても無駄だろうと思い直し、日本史の教科書を机の上に置いた。
すると、教科書を置くとほぼ同時に乱暴に扉が開かれ、新しい日本史の先生がその姿を現した。
俺は先生の姿を見て、既視感を覚えた。
ゆったりと教室に入って来たそのお方。その人は、日本人であれば誰もが知るあの超有名人と酷似していたのだ。
「戦国武将の織田さんじゃね?」
突然の出来事に頭がついていかず、ついつい声を漏らしてしまう俺。
そう。教室に我が物顔で入って来たその人物は、かつて大六天魔王として日本国に君臨した織田さんそのものであった。
「皆の者! 只今より、抜き打ちテストを行う! もしこのテストで赤点を取ったものは、切腹を申し渡す!」
突然現れ、さらっととんでもないことを述べる魔王先生。
かつて日本国を統べる一歩手前まで征服したその力をヒシヒシと感じ、クラスの同級生達が騒めき始める。よくよく見れば、目に涙を浮かべて泣いている女の子もいた。
さすがに勇者として、ここは黙っているわけにはいかない。一言ぐらい文句を言った方が良さそうだ。
「あ……あの先生」
俺は恐る恐る手を挙げつつ、先生の表情を窺う。
「ん? なんだ?」
「ちょっと……私が言うのも何なんですけど、泣いてる子もいる訳ですし、さすがに切腹はやり過ぎかと思うんですが……」
思ったより声が出ず、しかもかなり情けない言い方になってしまった。勇者としての威厳もへったくれもない。
しかしそれを聞いた織田先生は、みるみる顔を歪め、大泣きし始めてしまった。
「ひ、ひどい! 私、みんなのために徹夜でテストの問題考えてきたのに、そんなこと言うなんて! うわああああん!」
織田さんは捨て台詞を吐き出すと、脱兎の如くこの場を去って行った。
「勇者が第六天魔王を倒したぞ!」
同級生の一人が高らかに謎の宣言をする。それを聞くなり、クラスメイト達が一斉に拍手喝采を俺に浴びせた。
「勇者! 勇者! 勇者! 勇者! 勇者! 勇者!」
それだけに留まらず、同級生達が俺を担ぎ上げ、そのまま胴上げを始めた。
胴上げされると言うのは、俺にとって初めての経験だ。教室の天井が、遠くなったり近くなったりすると言うことを初めて知った。何だか、ジェットコースターのような乗り物に乗っている気分になり、少し気持ち悪くなる。
いや、だからさ。絶対これ夢だよね? このまま俺起きるパターンじゃね?
俺はそう思うと、視界が霞んでいくのを感じる。頭も少しぼーっとしてきた。
やはりこれまでの出来事は夢なのだろう。俺が現実世界に戻る時間がきたようだ。
じゃあなクラスメイトの皆! アディオス――!
◆◆◆◆
――耳に突き刺さるような轟音が鳴り響き、俺は目を覚ました。
目を開ると、飛び込んでくるのは、薄っすらと発光している多数の電子機器。それ以外は暗くてよく見えない。おまけに息が苦しい。まるで、空気が少ない場所にいるかのようだ。
「ちょっと! まだ気絶してたの!? いい加減起きないと着陸に失敗するわよ!」
隣から聞こえてくるのは、どこかで聞いたことがあるような女性のアニメ声。
着陸? この女性は、一体何を言っているのだろうか?
状況を飲み込むことができず、俺は何も考えないまま、声のした方に顔を向ける。
微かに照らされた光を頼りに、その姿を確認したところ、宇宙服に身を包んだ女性が俺の隣に座っていた。
「分かってる!? これが成功したら、私達は新しい惑星を発見した『英雄』よ! 『勇者』よ! しっかりして! ちゃんと操縦しなさい!」
理解が十分に追いついていない俺に対し、彼女が綺麗な声で怒号を浴びせる。
やれやれ。どうやらまだこの変な夢からは覚めることができないらしい。ファンタジーの世界に入ったと思ったら、今度はSFの世界にお邪魔してしまったようだ。
良いだろう。どこまでも付き合ってやる。
何しろ俺は、あの大六天魔王を倒した『勇者』なのだから――。
その後、本当に宇宙飛行士となった俺が、『人類が居住できる新惑星を見つけた勇者』として名を残すことになるのは、今回とはまた別の話。
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