50.約束のお茶会①
アルヴェール王国の春は唐突に訪れる。ある日雪が降らなくなったと思ったら、急に暖かくなって花々が咲き始めるのだ。
お兄様とエメライン様が新居の建設が終わるまで滞在しているスティナの街も花盛りだという。お手紙でしかやりとりしていないけれど、元気かな。
「……ネ? フィーネ?」
「れ、レイナルド様!」
アトリエに併設されている温室でぼうっと日向ぼっこをしていた私は、慌てて立ち上がった。
今日は休日。ある方から王都内のタウンハウスに招待を受けていて、これから向かわなければいけないのだ。
一人で行くつもりだったのだけれど、レイナルド様が送迎を申し出てくださったため、アトリエで待ち合わせをしていたのだった。
「フィーネがアトリエで研究をしないでぼーっとしているなんて珍しいね?」
「ちょっと……疲れました。あ、で……でももう元気です!」
「最近、錬金術工房の方が忙しそうだったもんな」
「はい。薬草園の方も、春に向けていろいろな植え替えがあって」
「ちゃんと休んでる? 倒れそうになってない?」
心底心配そうなお顔をしたレイナルド様に、私は慌ててぶんぶんと首を振った。また高級ポーションを大量に届けられてしまったら大変です……!
馬車に向かう途中、目に映る王宮の庭園はすっかり春全開になっている。ついこの間まで雪が降っていたなんて、夢みたい。
実は、今年の冬も面倒な冬風邪の流行があった。その関係で錬金術工房はずっとバタバタしていたのだ。
もちろん、一般に流通する初級ポーションや中級ポーションを生成し供給するのは錬金術師ギルドのお仕事になる。なぜ、王宮の工房が忙しかったのかというと――。
「改良版の魔力空気清浄機は商品登録しなくてよかったの?」
レイナルド様の問いに、私は微笑みを返す。
「は、はい。あれは、もう少し改良してから登録しようかなと……!」
「それが良さそうだ。今後、改良版を生成するのはフィーネだけだもんな。満足のいくものにしてから登録するといい」
「はい」
レイナルド様のエスコートで、私は馬車に乗り隣り合わせに座る。
ゆっくりと馬車は走り出して、レイナルド様は「疲れているなら寝ていてもいいよ。着いたら起こすから」と言ってくださり、私は飛び上がって「そ、そんなことできません!」と拒絶した。
話を戻したい。私がミア様のために改良して生成した魔力空気清浄機は、風邪が流行したこの冬、とても役に立ってくれた。
ただ、少し生成が難しかったので商業ギルド経由で大量生産することは叶わなかった。
けれど、難しいと言っても宮廷錬金術師の手にかかればなんてことない。魔石だって別に純度が100じゃなくてもいい。ということで、期間限定で宮廷錬金術師工房での生成が行われたのだった。
私はその責任者として個室アトリエのひとつを借り、忙しい毎日を送っていた。その個室を返却したのがつい数日前のこと。
ものすごく達成感はあるけれど、最終日、寮の部屋に帰ると同時に初級ポーションを飲んでしまったほどに疲労感もすごかった。
ちなみに、改良版の魔力空気清浄機の生成はミア様も手伝ってくれた。
相変わらず素材を見極めて集めるのはお好きではないようだったけれど、魔力を流して生成するのは文句を言いつつ手を貸してくれた。
私とレイナルド様を乗せた馬車は王宮を出て城下町を抜け、貴族街へと入っていく。社交シーズンに貴族が滞在するタウンハウスが立ち並ぶ光景は、本当に華やかで壮観だと思う。
その中でもひときわ豪華な館の前で馬車は止まる。門には王家の紋章が見えて、心臓が高鳴った。覚悟は決めてきたはずなのに、ドキドキがおさまらない。ど、どうしたらいいの……!
緊張で息が苦しくなってきた私を、レイナルド様が気遣ってくださる。
「フィーネ。やっぱり俺も一緒に行くよ」
「だ、大丈夫です。リズさんは私だけをご招待ですので、ひ……一人でまいります」
「本当の本当に大丈夫?」
「はい。本当の本当に大丈夫です」
「そっか。ならここで待ってる」
レイナルド様の優しい笑顔に見送られた私は、馬車を降りてお屋敷の中に足を踏み入れた。大理石に響く足音と、調度品の雰囲気はいつも過ごす王宮の中とあまり変わらない。
そう、ここは王族のタウンハウス。今日、私は約束のお茶会に来ていた。
ホストは図書館で出会った友人のリズさん――つまり、王妃陛下。
メイドの方に案内されたサロンには、見覚えのある黒髪と青い瞳を輝かせたリズさんがいた。
「フィーネさん。待っていたわ」
「!?」
なぜか先に到着していたリズさんに、私は目を瞬いた。
お茶会ではホストが出迎えるものだけれど、私と王妃陛下の身分差を考えればそんなマナーはあってないようなもの。先に待っていてくださるなんて、聞いていません……!
そういえば、レイナルド殿下とフィオナがはじめて王宮で面会した時もこんな展開だった気がする。親子そろって同じ行動をされすぎでは?
そう思って立ち尽くしていたはずの私は、いつの間にかリズさんの向かいに座り、湯気の上がる紅茶を眺めていた。お花の絵柄があしらわれた趣味のいいティーカップに、ケーキスタンドに並ぶ焼き菓子。
完璧なティータイムが始まっているけれど、緊張しすぎてこの数分間の記憶がありません……!
「前にあなたが作ってくれた認識阻害ポーション、効果がとっても素晴らしかったわ」
「あ、ありがたいお言葉、恐悦至極にございます」
リズさんは今日も認識阻害ポーションを飲んでここにいらっしゃっていた。
青みを帯びた艶やかな黒髪と透き通った空色の瞳は、見れば見るほどレイナルド様によく似ている。図書館で会ったとき、どうして思い至らなかったのだろう。
自分の間抜けさにため息をつきつつ、私の緊張は幾分やわらいでいた。
……実は私も同じように外見を偽っているのだけれど。
リズさんはレイナルド様と同じように鑑定スキルをお持ちの方だ。鑑定スキルが人間に使えなくて本当によかったと思う。
ほっとした私に、リズさんはにこりと微笑んで衝撃的な言葉を口にした。
「――この冬、うちの息子はスティナという街を訪れたのよ」