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49.心の真ん中にあるもの

「ミアさん」

「何よ?」

「こ、今度、ここで試作品を生成しますね。魔力空気清浄機を」


「ほ、本当?」

「はい。弟さんはまだ体調を崩すことがあるのですか? でしたら、より浄化の効果を上げる方法を考えた方がいいかと……! ギルドでの大量生産を前提にしないなら、多少難しい生成でも問題ないです。()()()()()()()()()から」


「……フィーネ」


 ミア様への私の言葉に、レイナルド様は少し驚いたようだった。それに笑みを返すと、納得したように微笑んでくれた。


 いつも私を理解して、背中を押してくれるレイナルド様。私はレイナルド様にとても救われている。この感謝の気持ちをどう伝えたらいいの。


 そんなことを考えていると、お兄様とエメライン様の間で交わされる甘い視線が思い浮かんで、ハッとする。


 そしてすかさずミア様からは刺々しい言葉が飛んできた。


「ねえ、私の存在を忘れないでくれる?」

「も、申し訳、」


「ま、魔力空気清浄機の件はありがとうありがたく受け取るし代金も払うし手伝うわ」

「!?」


 ミア様からお礼の言葉が……⁉︎ と驚く私に、ミア様はツンとして続ける。


「でも納得がいったわ。このアトリエに出入りしているのも、アカデミーを出ていないのに工房のアシスタントに採用されたのも。そうよね。だって、誰よりも優れた存在なんだもの。ほっといても頭角を表すわよね。とにかくアンタ、本気でパトロンを探すべきだわ。世の中金と権力よ!」


「パトロンは俺だから」

「!?」


 ちょっと待ってください? ミア様とレイナルド様の会話に私は目を瞬く。


 けれどレイナルド様は本気のようだった。


「このアトリエと、極上の素材と、おいしいご飯。ほかに必要なものはある? フィーネがほしいものはなんでもあげられるし、してあげるよ」

「…………!」


 空色の瞳に覗き込まれて、息が止まりそうです……!


 ミア様の方から「玉の輿」という呟きが聞こえた気がするけれど、それはなかったことにして、私はなんとか口を開く。


「ミアさん。あなたが悲しい思いをしてきたことはわかりました。王宮で結婚相手を探すことは自由ですし、玉の輿に乗りたければ乗ればいいと思います。でも、皆が皆、誰かを貶めようとしているなんて、と……とんでもない勘違いです……!」


「な、何よ急にハキハキ喋り出しちゃって! そんなの信じないわよ! まぁアンタはいいわよね。工房でいじめられても正攻法でぎゃふんと言わせられそうなんだもの」


 ミア様の顔色はすっかり良くなっていた。それを見て安心した反面、いろいろな感情が胸に押し寄せる。


 工房での空気に戸惑い、先輩に問い詰められて困っていた私をミア様が助けてくれたのは、きっと過去のミア様自身に重ねていたからだと思う。


 けれど、同じように過去のミア様に重ねられた『フィオナ』の人生は変わってしまった。


 アカデミーでの居場所をなくし、婚約者も友人も失い、人が怖くなってしまった。それを引き上げてくださったのが、レイナルド様だった。


 私はもう新たな人生を歩んでいて幸せ。だから、今さら『フィオナ』としてわだかまりを蒸し返すことはない。


 それに、もしあの挫折がなかったら、きっと私はずっと弱いままだった。何事もなくアカデミーを卒業して、誰かの悪意を知ることもなく世間知らずのお嬢様のまま、エイベル様と結婚していたのだろう。


 自分の錬金術が誰かの役に立てるよろこびを知ることもなく、一歩踏み出すこともなく、ただ安心できる世界だけで生きていくことになったのかもしれない。


 それを思うと、ミア様には少しだけ感謝したい。……ほんの少しだけだけれど。


 婚約破棄のとき奔走してくださったお兄様にだけは申し訳ないな、と思いかけたところで、結婚式でのお兄様とエメライン様の甘いやりとりが頭に浮かぶ。


 あの婚約破棄はすっかり過去のこと。うん、だから大丈夫。皆が前を向いて、幸せな未来を歩んでいる。


「でも、正直……これまでにやりすぎたなと思うことはあったわ。フィーネが言うことはあまり信じられないけど……。でも、()()()もそうだったのかしら。昔の自分みたいで大っ嫌いだったけど」


 唇を噛んで俯いたミア様の呟きに、私は気づかないふりをした。すっかり冷めてしまったコーヒーを一口飲んで、深呼吸をする。


 怒りをぶつけ、拒絶することは簡単。


 けれど、いつだって錬金術は私の真ん中にあって、そして幸せなスウィントン魔法伯家そのものだ。



 ――大切であたたかな記憶を、一時の感情で壊すなんてこと、したくない。


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