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39.その夜は②(レイナルド視点のお話)

 湖は一本道を抜けるだけでたどり着く、本当に近いところにある。


 できるだけ目立たずにさりげなく、できれば誰かに頼んでストールを渡そうと思ったレイナルドは、湖の異変に気がついた。


 ライトアップを見にきた人々で賑やかなはずの湖畔が騒然とし、空気が凍りついている。


(一体何があった)


「子どもが湖に落ちたらしい!」

「こんな季節にか⁉︎ 早く助けないと!」


(……なんだと)


 人々の会話で起きていることを把握し、足を動かしかけた時。ワルツの音楽が耳に残るなか、この国でごく一部の人間だけが知る言葉が聞こえた。


 《湖の水流よ、落ちた子どもを岸に運べ》


 それは、わずかな風の音でかき消されなかったのが不思議なほどに小さな囁き。言葉の主は、さっきまでワルツの調べにのって躊躇いがちに自分へと向けられていた声。


 凛とした響きで唱えられた呪文に、無意識のうちに理解する。


(これは、魔法を起こすものだ)


 レイナルドの視界がフィオナの姿を捉えると同時に、湖畔から一気に水が引く。そして、轟音を立てて水柱が上がった。


 その上にはぐったりとした小さな男の子が見える。


 水柱は男の子を包むように螺旋状に枝分かれし、岸辺に流れ込んだ。そこに男の子は横たわり、大人が走り寄っていく。


 すると、もう一度呪文が聞こえる。


 《水に戻れ》


 きれいに呼応して、水柱は跡形もなく消えた。残ったのは魔石のランタンを残して大きく揺れる水面だけ。その揺れも、だんだんと収まって行く。


「――なんだ、これは」


 目の前で起きたことが信じられなくて足が動かなかった。


(確かに聞こえた。間違うことなど、あり得ない)


 魔法もフィオナも、レイナルドにとっては特別な存在だ。それを間違うはずがない。目の前で起きたことへの仮説を立てて、それを確かめたかった。けれど、視界に捉えたはずのフィオナはもういない。


 慌てて周囲を見回すと、レイナルドの姿に気が付かなかったらしい彼女が、早足でモーガン子爵家の別邸へと戻って行くのが見えた。


「精霊……」


 口をついて出た言葉に、自分でもハッとする。


 子どもの頃、レイナルドはこの湖に落ちた。その時も、こんな風にして助けられた記憶がある。


 湖畔で自分を見守っていたワンピースの少女は人間とは思えないほどに可憐でどこか神々しさを放っていた。だから、レイナルドは精霊の魔法で助けられたと思ったのだ。


 それから十年以上の月日が流れた。すっかり魔法や錬金術の虜だったレイナルドが、魔法書を読み、呪文を唱えてみたことは幾度となくある。


 当然、ただの一度も魔法が起きたことはない。


 そして、自分を助けたあの女の子が精霊だというのが幻想なのはとっくに分かりきっていた。


 この世界――少なくともこの国にもう魔法は存在しないはずなのだから。


 しかし、あの時自分を助けたのが魔法でなければ一体何なのだ。論理的なものだけでは到底説明がつかない何かがそこにあった。


「フィーネ……」


(今のは確かに魔法だった)


 ということは。


(フィーネが操る錬金術……あれは魔法なのか)


 行き着いた答えに、唇が震える。魔法は存在しない。精霊が魔力に応えることはない。


(いや、そんなことがあるのか? あるはずがないだろう。それなら、目の前で起きたことは何だ)


 そのすべてを、今見たものが簡単に覆していく。そして、『注目を浴びることに耐えられないからだ』と勝手に結論づけていたある疑問に辿り着いた。


「フィオナ嬢があれだけの技術と知識を持ちながら、アカデミーで錬金術を使わなかった理由はそういうことだったのか……?」


 商業ギルドで、小柄な彼女から見たら二倍以上の大きさがありそうなギルド員のジャンに引けを取らずに渡り合い、自分が作ったものが誰かの役に立ってほしいと語ったフィーネ。


 レイナルドは、それだけの志を持つフィーネが錬金術の才能を隠してきたことに疑問だった。もちろん、フィーネを自分の特別としてそばに置いておきたい気持ちがあったことは認める。


 だから好都合ではあったのだが、ただ内気で目立ちたくないということだけが理由にしてはおかしいと思ったのだ。


(なるほど。もしこの仮説が正しければ、全て納得がいく)


 同時にある心配にも思い至る。


 ――錬金術の才能から、魔法が使えることが知られてしまうようなことがあれば、彼女の人生は望まないものになるのではないか。


「……なんということだ」


 新たに守りたい秘密の存在に、レイナルドはただ呆然と立ち尽くしていた。


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