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36.秘密の夜④

 ひと呼吸置いてから、私たちはまた踊り始めた。音楽に合わせて、庭園の真ん中に置かれた噴水の周りをくるくると回る。


 レイナルド様の『決意』はまだ紡がれない。続いていた会話を置いてきぼりにしてワルツは続いていく。


「……フィオナ嬢には華やかなドレスがよくお似合いですね」

「わ、私にはもったいないお言葉ですわ」


 今日、私が着ているのは『薬草園メイドで宮廷錬金術師見習いのフィーネ』は絶対に着ない花柄のドレス。貴族的な褒め言葉に笑みを返すと、レイナルド様は告げてくる。


「たとえどんな格好をしていても、私はあなたを美しいと思います。それは内側から滲み出るものだ。飾り立てたからではない」

「そ、そんな……⁉︎」


 きっと私の顔は真っ赤だと思う。けれど、疑問すぎる。


 これまでに『フィオナ』がレイナルド様に内面を晒すような出来事はあったのかな。私たちの関わりといえば、せいぜいアカデミーで何度かご挨拶をして言葉を交わしたことがある程度なのだ。


 確かに、スウィントン魔法伯家の没落が決まってからは、レイナルド様はジュリア様やドロシー様との仲を取り持ってくださったし、一緒にお出かけをしたこともある。


 けれど、どれもただ私がレイナルド様の優しさを知るだけだった。『内側から滲み出る美しさ』なんて分不相応で大それた賞賛を受ける意味がわかりません……!


 レイナルド様は、ステップを踏みながらも絶句した私の手をさらにぎゅっと握る。些細なことなのに、心臓が跳ねた。


「もしその友人が正当な評価を得て私のもとを離れていくことになっても、ずっと支えて応援したいと思っています。いつか、私の庇護など必要がなくなっても、努力をして側にいると。そして、自分も対等に話せる人間でいると」


 それはまるで、私に話しかけているというよりは自分に言い聞かせているようで。恐らくこれが、レイナルド様が仰る決意なのだ。


 レイナルド様は『フィーネ』をとても評価してくださっているということだけはわかったけれど……。フィオナとしての正しい答えがわからなくて、私は何も返せないままただただステップを踏む。


 レイナルド様も答えを求めてはいないようだった。すぐに空気が緩んでから、他愛のない会話に切り変わる。


「フィオナ嬢はここにはいつまで滞在を?」

「冬の間はずっとここにおりますわ。モーガン子爵家のご招待で、自由に過ごさせていただく予定です」


 これは、万一に備えてお兄様と相談して決めてあった答え。今回、スティナの街に来るため『薬草園メイドで見習い錬金術師のフィーネ』は数日間の休暇をとってある。


 お兄様には何通か手紙を預けてあって、私が王都へ戻った後にレイナルド殿下宛に出してもらう予定になっていた。ダンスのお礼を書き足さないと。簡単だけれど、アリバイのようなものだ。


 このことを思い出したら、何とか忘れていたはずの昨夜のお兄様とエメライン様の甘いやり取りが脳裏によみがえる。


 レイナルド様の『フィーネ』への優しさは少し特別なものだ、という予感。でも、ウェンディ様とレイナルド様が並んでいるのを見て、私の勘違いだったと納得したはずなのに……!


 気がついたら、大広間からワルツは聞こえなくなっていた。ダンスは終わったのだ。


「……食事はおいしかったですか?」

「……え? も、申し訳ございません。もう一度、」


 考え事をしていたせいで投げかけられた問いを聞き逃してしまった。けれど、レイナルド様は気分を悪くすることなく優しく微笑んでくださる。


「いえ。何でもありません。日が落ちてさらに寒くなります。屋内へ戻りましょう」


 一曲を踊り終えた私たちは、手を離して軽く礼をした。


 私を案内するために背を向けたレイナルド様を、一歩引いて見つめる。踊りながらレイナルド様がしてくださったのは、間違いなく『フィーネ』の話だ。


 でも、どうしてレイナルド様は私にそんな話をしたのかな。決意の前に告げられた内容と合わせて考えてみる。


 フィオナとフィーネが親戚だから? ううん、もしそれが理由だったら、具体的な名前を出すはず。


 ふと、さっきのビュッフェ台前でのやり取りを思い出した。パンひとかけらが乗ったお皿に微妙な顔をし、お肉も盛ってくれと口を挟んだレイナルド様。


 もしかして、レイナルド様は……私が『フィーネ』だと気づいている……?


 そういえば、私は王妃陛下からの依頼で認識阻害ポーションを生成したことがある。クライド様が協力してくださるから危ういと思ったことはなかったけれど、どうして思い至らなかったのだろう。


 アトリエで錬金術に夢中になるレイナルド様は私の友人だけれど、一歩外に出れば頭脳明晰で聡明な王太子殿下だ。全てのことに気がついたうえで私の嘘に付き合うなんて、きっと訳ない。


「フィオナ嬢?」


 私がついてこないことを不思議に思ったらしいレイナルド様が、数歩先で手を差し出して待ってくださっている。


 フィオナの名前を呼び、節度を持って礼儀正しく接してくださる姿は『レイナルド殿下』で。だから私もフィオナとして応じる。


「ただいま参ります」

「やはり上着を持ってこさせましょう」

「だ、大丈夫ですわ。中は暖かいですから」


 今は何もわからない。けれど、これだけは確信を持って言える。


 ――私がレイナルド様を置いていくことなんて、絶対にあり得ない。


 雲の上のお方だもの。


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