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7.薬草園つきのメイド

 王宮にある使用人用の寮の一室、その端っこの机の上に置いた加熱用のランプとフラスコ。


 この二つが今の私の道具。これを使って何種類かの素材を混ぜ、魔力を注いで認識阻害ポーションをつくる。


 周囲からの認識を惑わすポーションは当然生成が難しい。王立アカデミーの錬金術クラスで学んだ程度では成功しない上に、大量の魔力を注ぐ必要がある。


 だから、このポーションを作れるのも当たり前に内緒だった。


「……に、苦い……」


 ごくごく飲んだけれど、認識阻害ポーションは苦い。でも、これを飲まないと私は仕事に行けない。だから頑張って飲む。けれどやっぱり苦い。


 ガラス瓶を置いて覗き込んだ鏡の向こうには、いつもどおり金色の髪と碧い色の瞳をした私がいた。普段はただ下ろしているだけの背中まである髪はひとつに結んである。これだけでイメージが変わる。


 ポーションを飲むことで得られる効果は、微妙にパーツの形や配置が変わって見えること。うん、これなら問題ない。私は、完全に別人だった。


「いつも……引きこもっていたから使うことはなかったけれど……応用すれば面白い薬ができそうだわ」


 ばたばたと着替えを済ませ、パンをかじりながら閃いたアイデアをノートに書き留めていく。


 認識阻害ポーションの材料は数日分はあるけれど、すぐになくなってしまう。お兄様にスウィントン家の庭から持ってきてもらうのもいいけれど、素材の採取は自分で行うのがベストだ。その時点で成功率や質が左右されるから。


 できれば、薬草園で分けてもらえたらいいな、そんなことを思いながら私は寮の部屋を出たのだった。




「フィーネ、こちらへ」

「はっ……ひゃ、ひゃい、ネイトさん」


 はきはきしないといけないのに、また噛んでしまった。ここでの名前――『フィーネ・アナ・コートネイ』を呼ばれた私は、5歳年上でこの薬草園に勤めて6年目のネイトさんに駆け寄る。


 たった数日前に王宮勤めを提案されたばかりだったはず。それなのに、私はめでたく薬草園つきのメイドとして配属され、仕事相手はほぼ草だけ、という何ともありがたい環境に置かれていた。 


 それにしても、まさか私に話を持ってくる段階でここまで手筈が整っているなんて。引きこもっていた私が家の状況を察して承諾し、その気が変わらないうちに王宮へと送り込んでしまおうという考えだったのだろう。さすがお兄様すぎた。


「この辺の薬草は全部環境の変化に敏感だから。温室内の気温と湿度には十分に注意して」

「し、承知いたしました。つ……土の質と風通しにも気を付ける必要がありますね。よく注意しておきます……」


 私の返答に、ネイトさんは驚いたように目を見開く。


「随分詳しいんだね。経歴書にはコートネイ子爵家の遠縁の子って聞いてたけど。どこで勉強したの? 王立アカデミー? それなら、成績優秀者としてこっちにリストが届いていてもおかしくないんだけど」

「え、えっと……あの」 

「いや、いずれにしろ詳しい子が来てくれると本当に助かるよ」


 答えを準備していなかった質問に、私が言葉に詰まってもネイトさんはニコニコしている。一緒にお仕事をする方が、優しそうな方で本当によかった。


「はっ……はい。ごっ……ご、が、頑張ります!」


 ご期待に沿えるように、と言いたかったのに言葉にならなかった。うまく話せないけれど、せめてやる気だけはあることをわかってもらいたくて私は胸の前でこぶしを握る。


 そんな私を見てネイトさんは満足そうに頷いた後、付け足すようにして教えてくれた。


「それと、ここで育てている薬草は宮廷錬金術師たちが使うものだが、質を確認するために俺たちが採取するのは認められてる」

「ほ……本当ですか?」

「ああ。ここのミントやカモミールはハーブティーにするとうまいぞ」


 ネイトさんの言葉に、私は目を輝かせる。


 よかった、この薬草園で認識阻害ポーションの素材が揃えられそう。それどころか、休日にはいろいろな研究ができそうでわくわくする。


「じゃあここは任せるから。わからないことがあったら何でも聞いて。……それから、この薬草園の奥には少し変わった場所があるから。行けばわかると思うけど、そこには入らないでね」

「? は、はい」


 何があるのかな。私が聞く間もなく、ネイトさんはニコニコと笑って自分の持ち場に戻ってしまった。私も目の前で風にそよぐ薬草たちに向き直る。うん、とてもいい香りで安心する。




 引きこもっていたスウィントン魔法伯家のアトリエから外の世界に出て数日。私の新しい生活は順調な滑り出しを見せていた。


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