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30.ローナさんのお手伝い④

「確かに君が言う通り、俺の友人はいち見習いにすぎない。しかし、宮廷錬金術師のローナ・カニングが今日のサポートに指名した人間だ」


 レイナルド様の言葉は、デイモンさんが敵対する相手を暗に示すものだった。


 厳しい言葉を向けられたデイモンさんだけでなく、周囲の先輩方にも緊迫して息を呑むような空気が広がっていく。


「レ……レイナルド殿下。私はそのような意味で言ったわけでは」

「じゃあどういう意味だ」


 レイナルド様は一歩も引かない。きっと、錬金術は時間との戦いでもあるとよく理解されているからだと思う。


 錬金術は同じ素材を使っても室温などの条件で次第で仕上がりが変わる。だから私も研究ノートにメモを取る。一度成功したら、次の時も同じ条件で成功させられるように。


 扉前でのこのいざこざはローナさんの耳にも届いたらしい。


「あーもう。何を喧嘩しているのかしら? デイモン君。邪魔をするなら外に行ってくれないかな? 今、貴重な素材を使った生成の最中だってわかるよね?」

「も、申し訳、」


 レイナルド様とローナさんの二人に厳しい目を向けられて目を泳がせるデイモンさんの前、私はゆっくりと深呼吸をする。味方がいるのだと思うと、息が吸えた。


「あの……! や、やっぱり大丈夫です。そんなにご心配なのでしたら、ここで加工します……!」

「……フィーネ?」


 レイナルド様が不思議そうにしている。レイナルド様のことだ。きっと私が緊張して加工に失敗しないよう、口添えをしてくださっていたのだと思う。


 それに笑みで答えた私は、ローナさんのアトリエの棚から早速必要な道具を集め始めた。もちろん私が今から使うのは魔法だけれど、そうではないように見せかける必要があるから。


 魔法の存在を信じているのは、ここにいる人間ではレイナルド様ぐらいのもの。だったら、魔法を錬金術に見せるのは容易い。


 とにかく、今回はレイナルド様がとても心配してくださっている。もしかしたら、これからも同じようなことが起こる可能性もある。そうなったときにずっと守られているのは嫌。私は、自分の力で見返せるようになりたい……!


 棚から小さなナイフと布を取り出した私は、アトリエ端に置かれた小さな補助用の作業机に布を敷き、その上にシルバーウルフの爪を置いた。


 そしてなるべく唇を動かさないようにしてできる限りの小声で呪文を唱える。


幻影(イリュージョ)


 けれど、そこでは何も起こらない。ううん、この部屋の中の皆には何も起こっていないように見えるだけなのだけれど。


 この幻影の魔法は、この前図書館の光魔法の魔法書を読んで覚えたもの。目的だった『素材を蘇らせる魔法の呪文』に加え、偶然見つけて覚えたのが役に立つ。


「変色した部分を削るのか。あれ、難しそうだな」

「魔力を流して使えそうな部分を探りながら加工するやつか。俺も見習いの時に散々やって師匠に怒られたな。今でも苦手だけどシルバーウルフの爪なんてレアな素材じゃない限り、新しいのを持ってくるよ」


 ギャラリーからそんな囁きが聞こえる。皆には私がナイフを握っているように見えているはずだった。


 でも実際には違う。皆に見えているのは、幻影という魔法で作られたまやかしなのだ。


 使い慣れていないから、いつまで持つのかわからない。すぐに、このシルバーウルフの爪を魔法で加工しなきゃ……!


復活(レスタウラティオ)


 私はさっきよりもさらに小声でふたつ目の呪文を唱えた。皆があまり見ないようにしてくれているのがありがたい。理由は、目の前でレイナルド様が私を守るように仁王立ちしているからなのだけれど……!


 私だけに見える世界では、布の上に置かれたシルバーウルフの爪が雲母のように細かくて繊細な光を帯びていく。


 光で覆われた部分は、この素材の時間を巻き戻していく。茶色く変色していた爪の端が、白く戻った。


 よかった、上手くいったみたい……!


 加工の成功を確認した私は、布の端に置いてあったナイフを持ち直して幻影魔法を解く。すると、変色が始まる数分前までとそっくり同じ見た目のシルバーウルフの爪が現れた。


 きっと、皆には私がこの爪を削って綺麗に加工したように見えている……と思う。冷静になってみると、皆の前で魔法を使うなんて大それたことをしてしまった気がする……。


 ナイフで変色した部分を削ることもできなくはなかった。


 けれど、それでは素材の質が変わる。ローナさんの研究を最善の形でサポートできたことにはならない。


 加工を終えた私は、恐る恐る顔を上げた。レイナルド様は向こうを見ていてまだ気がついていない。チラチラとレイナルド様の目を盗んでこちらの様子を窺っていたいくつかの目が、彷徨うのをやめて瞬く。


「すげー、ほとんど元通りじゃん」


 アトリエには、何の含意もないクライド様の声がだけが響いた。


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