22.弱肉強食③
「……!?」
ちょうどそれは、私の行く手を阻んでいたカーラ様とシェリー様の頭上に降った。そして、周囲に広がる独特の匂い。枯れ葉と土が混ざったこれは……肥料だった。
「何すんのよ!? 誰!?」
顔を真っ赤に染めたお二人が上を見る。その視線を追うと……外階段の踊り場には、紙袋を手にしたミア様がいらっしゃった。そして、不敵に微笑んだ。
「あーら、ごめんなさい、先輩方? 私も気に入らない薬草園勤めのメイドに意地悪をしようと思ったのですが、手もとが狂ってしまったようだわ?」
「な……なんですって!?」
「あなた、碌に仕事もしないくせに……何やってんのよ!? ……もういいわ、行きましょう!」
肥料を払いながら口々に文句を言い去っていくお二人に、ミア様は大声で叫ぶ。
「この肥料、発酵前の匂いがキツいものみたいなので、早くお風呂に入ったほうがよろしいですわよー!」
そのうちに、カーラ様とシェリー様は見えなくなってしまった。二人が消えた方向を見つめながら、私は動けずにいた。
だって……私が困っていたのを、ミア様は助けてくれたってこと……? 『フィオナ』をアカデミーで孤立させた、あのミア様が……? 信じられない。
ミア様は階段を下りて呆然と立ちつくす私のところまで来ると、決まりが悪そうに呟いた。
「……別に、アナタを助けたわけじゃないから。本当に、アナタにかけようと思ったのを手が狂ってあの二人にかけただけだから。……勘違いしないで」
◇
次の休日。私はお兄様と一緒に城下町のカフェでお茶を飲んでいた。
「お兄様、お久しぶりです。お元気でしたか」
「ああ、フィオナも元気そうで何よりだ。それよりも、噂になっているぞ。非常に質の高い魔石を使った新しい魔法道具ができると」
「う、噂!?」
思いがけない発言に私は目を瞬いた。スウィントン魔法伯家の没落後、お兄様はモーガン子爵家に婿入りするため王都を離れている。そのお兄様の耳に入るなんて、相当大きな話になっている気がする……!
目を丸くする私に、お兄様は教えてくれた。
「面白そうな商品の噂は広まるのが早い。その後ろ盾が王太子殿下となれば、興味を持つ商人は多いだろう。その関係で、王都を離れた私のところまで話が聞こえてきた。生成者は『フィオナ』ではなく『フィーネ』だが、話題にはなっている」
「な、なるほど……」
昨日も商業ギルドに預ける魔石を作るために、アトリエで夜ふかしをしたところだった。翌日の予定を気にしなくてもいい休日の前夜は、ついつい生成に集中してしまう。
認識阻害ポーションの持続時間が上がっていることも私の研究の手助けになっていた。夜が更けても効果が切れないので、安心してアトリエにいられるのだから。
そしてそうやって準備している中、「面白そう」と魔力空気清浄機の流通を楽しみにしてもらえているのはとてもうれしいことで、私はしみじみと幸せを噛みしめる。
「お兄様。今回の魔法道具に使っている魔石を鑑定していただいたところ、純度が100だと。レイナルド様曰く、こんなに高品質な魔石はまずない、そうで。私の錬金術に精霊が反応しているように思えるのはやっぱり不思議です」
「確かにその通りだな。歴史では、スウィントン魔法伯家にはたまに偉才が生まれてきたというが。しかし、それでも消えゆく魔法に抗えた者はいなかったようだな」
お兄様の言葉に頷きながら、私の脳裏には、この前王宮図書館でリズさんと見たリトゥス王国の話が何となく思い浮かんでいた。
精霊に近い存在。魔法伯家の偉才が超えられないところにいるのが、その人たちなのではないのかな。沈黙を貫いているのも何だか意味深で、魔法が好きな私としてはワクワクしてしまう。
ぼうっとする私に、お兄様は続けた。
「王宮での暮らしが充実しているようでよかった。レイナルド殿下も、お前を助けてくださっているようだな。初めは二人が予想以上に仲良くなったことを失敗だったと思ったんだが……ありがたいことだ」
「レイナルド様のおかげで、私の世界は広がりました。せっかくこのような機会をいただいたので、自分の好きなことで生きていけるように頑張りたいです。……もちろん、きっかけをつくってくださったのはお兄様も同じことです。ありがとうございます」
私が頭を下げると、お兄様は微笑んでから何かを取り出す。
「フィオナ。これを」
お兄様が私に差し出したのは、白地に淡いピンク色のレースで彩られた封筒だった。とてもかわいらしくて、これはお兄様の趣味で選ばれたものではないとわかる。
「これは……?」
「ようやく準備が整った。私とモーガン子爵家の令嬢との結婚式の招待状だ」
「!……お兄様、おめでとうございます」
「一応、没落したとはいえ歴史あるスウィントン魔法伯家の当主だった私と、子爵家との婚姻だ。一応、王族の方宛てにも招待状は出したのだが」
「ふふっ。形式上のものですよね、お兄様?」
この前の、回廊でお会いしたレイナルド様と王妃陛下のお姿が思い浮かぶ。あの高貴な方々が、お兄様の結婚式にいらっしゃるなんてことはない。
「レイナルド殿下がお出ましになると返答があった。残念だが、久しぶりの顔あわせ、頑張ってくれ」
いやあったようです……!
「そ、そんな……!」
「きっと、あの王太子殿下なら大丈夫だ。フィオナもフィーネも困らないだろう」
「お兄様、何と無責任な……!」
「大丈夫、結婚式はまだ先だ。しばらくはこの話は忘れていなさい」
「……!」
思わず頭を抱えてしまった私だけれど、こうなっては仕方がない。一日だけ。一日だけ、私はフィオナとしてレイナルド様にお会いすればいいだけなのだ。
うん、きっと……大丈夫。