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5.スウィントン魔法伯家の偉才


「……夢」


 いつのまにか眠っていたみたい。


 夕方のアトリエ。オレンジ色の光に包まれながら、私は目を擦った。ひどい夢を見たせいで、心臓がどきどきしておさまらない。


「もう一年も前のことなのに……しっかりしなきゃ……」


 頭をふるふると振ってから、作業机の上のキャニスターを開ける。そこには心を落ち着けてくれる効果のある薬草が入っていた。


 顔を近づけて、香りを胸いっぱいに吸い込む。


「……うん、大丈夫」


 王立アカデミーで婚約破棄されてから一年が経った。友人たちは先日アカデミーを卒業したらしい。けれど、もともと内気だった私はあの日から人と話すのが怖くなってしまった。


 だからこうして、スウィントン魔法伯家の庭に置かれたアトリエに引きこもって過ごしている。ここにいれば、私は自分を偽らなくてすむ。


「あ、できているわ」


 火で加熱していたはずのフラスコの底にフェンネルの葉が沈んでいる。それを取り除いて、いくつかの小瓶に詰めた。


 カンカンカン。


 王立アカデミー時代の嫌な思い出を追いやったところで、アトリエの扉が叩かれる。この叩き方はお兄様だ。私は立ち上がるとアトリエの扉を開ける。


「お兄様。王宮から注文のポーション、完成しています」

「ありがとう、フィオナ。……ほう、これはまた」


 お兄様は私の手からポーションの入った小瓶を受け取ると、感心したような顔をして夕日に透かして見た。私は、できたてのポーションをお兄様に見せてこんな風に褒めてもらえることが一番うれしい。


 私のお兄様はハロルド・ウィル・スウィントン。18歳の私よりも4歳年上の22歳で、ブロンドに碧い瞳と整った外見をしている。当然令嬢方から人気が高いけれど、どなたとも婚約をしていない。きっとそれは私が頼りないせいだと思う。


 お兄様は、五年前に両親が亡くなってから一人でこのスウィントン魔法伯家を支えてきたすごい人。


 私がアカデミーで婚約破棄をされたときも、エイベル様のマースデン侯爵家とかなりやりあってくれたらしい。それを知ったのは目覚めた数日後だったけれど。


 あらためて、本当に気の弱い自分をなんとかしたいと思う。


「まもなく、商人が来る。この上級ポーションはいつも通り出所がわからないルートで王宮に流しておこう」

「はい、お願いします、お兄様」

「フィオナは我がスウィントン魔法伯家のかわいい偉才だな。かわいい、と呼ぶには規格外すぎるがな」


 きっと、これは褒め言葉。お兄様がこんな風に私をストレートに褒めてくださることは少ない。18歳にもなって子どもっぽいとは思うけれど、うれしくてくすぐったい。


 私が王立アカデミーで錬金術の実技にまともに取り組めなかった理由。それは、今まさにお兄様に渡したポーションにある。


 子どもの頃、こっそり遊びでポーションを作ってみたら、ものすごい良質なものができてしまった。それは私が魔法を使えることに関係しているみたいで。それ以来、私は研究に夢中になっている。


「私はこの力を知られたくありません。ポーションは、鑑定をすると誰が作ったものなのかわかってしまいます。個人名は出なくても、同じ『色』になる。だから、平穏に暮らすために、王立アカデミーでの錬金術の成績はひどいものに……。仮にも魔力を使う教科なのに、スウィントン魔法伯家の顔に泥を塗って……本当にごめんなさい」


「何を言っているんだ。あのことは忘れるんだ、いいな? それに、フィオナが作るポーションは特効薬に近い存在として高値で流通している。生成者は不明ということになっているが、ばれたら大変だ。お前の判断は正しかった。フィオナは私の誇りだよ」

「お兄様……ありがとうございます」


 本来、アカデミーは15歳で入学し18歳で卒業する場所だ。けれど、婚約破棄のショックで引きこもりになった私は、最後の一年間を通えなかった。


 それはもうどうでもいいことなのだけれど、気がかりなのはミア様のこと。


 アカデミーの錬金術に関する授業はすべて私が子どもの頃にマスターしたものばかりだった。ミア様には気軽にいろいろと答えを教えてしまったけれど、積み重ねがなくては彼女が目標とする宮廷錬金術師になっても苦労すると思う。


「それで」


 商人に渡すための紙袋にポーションをしまい終えたお兄様がにっこりと笑って続ける。


「めでたい知らせだ。ここ数年の予想通り、我がスウィントン魔法伯家は没落することになった」


「お……お兄様……それ、まったくおめでたくありませんわ……!」


 まさかの知らせに、私は卒倒するところだった。



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