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3.憂鬱と大切なもの③

「……何だと?」


 明らかに不機嫌になったレイナルドだったが、サイアーズ侯には怯む様子がない。


「レイナルド殿下もアカデミーを卒業され、一人前になられた。婚約者がお決まりでないことを国王陛下もご心配されているのではないでしょうか」

「ご意見感謝する。だが、心配には及ばない」


「いいえ、この国の長い繁栄を願う一人として、心配もいたします。……自惚れになりますが……ああ見えて、うちの娘は適任ではと。国母にでもなれるよう、しっかり躾けてまいりました。殿下のご意思に背くことなど絶対にありえません」

「……」


 はぁ、とため息をついたレイナルドは持っていた書類の束を執務机にばさりと置く。


「……婚約はいつでもできるだろう」

「は?」

「私には決まった相手がいない。すぐに決めるつもりもない。だが、周囲が側に置きたい令嬢は山ほどいる。ウェンディ嬢もその一人だ。貴殿が仰りたいのはそういうことだろう?」


「ああ……まあ……それは、」

「それならそういうことだ。周囲が決めたことにただ従うだけなら、いつでもいい。今日でも明日でも、数年後でもな。本人の資質や家の力関係まで含めて、そのときに最も適任だった者を選ぶ、それだけの話だ」

「……」


 有無を言わせないレイナルドの言い方に、さっきまで諭すような姿勢だったはずのサイアーズ侯は呆気に取られている。レイナルドはその背後からやってきた自分の側近に声をかけた。


「クライド。サイアーズ侯がお帰りだ。案内を」

「え? はーい?」

「……失礼する」


 まじ、という調子のクライドの返答が執務室内に響く前に、顔を真っ赤にしたサイアーズ侯は踵を返して去って行った。


 それを見送ったレイナルドは頬杖をつく。


「……面倒だな」

「何。また、縁談とかそういう案件? どこの家も抜け駆けしようと必死だね」

「ああ。一時期落ち着いていたんだけどな」


「レイナルドがスウィントン魔法伯家のフィオナ嬢と特別な面会の場を複数回持ち、人目に付く場所にデートにまで出かけたっていうのは周知の事実だかんね? そういうことには全く興味がないはずの王太子殿下の気持ちが変わったとなれば、周囲が目の色を変えるのも当然じゃん?」


「しかも……スウィントン魔法伯家は没落し、当のフィオナ嬢も王都を離れたことになっているからな」

「実際は王太子殿下の一番近くにいるのにね?」

「……」


 最後の言葉を囁くように告げ、楽しそうに笑うクライド。それをレイナルドは睨みつけてから周囲を見回す。


 ざわざわした執務室に聞こえているはずはないが、フィーネのことを思うと心配だった。立ち上がると背後の窓を覗き込む。


 この三階の執務室からは薬草園が一望できる。その中に、金色の髪を一生懸命に帽子の中にしまいこもうとする少し小柄な女性の姿が見えた。


 けれど、どうやら失敗したようである。運悪く吹いた風に帽子が飛ばされて、あわあわと追いかけている。


 その帽子は同僚の男性に拾われて、それを受け取ろうとした彼女はニコリと笑い軽く膝を曲げた。些細な仕草がフィーネらしいが、どこからどう見ても一般的なメイドではなく貴族令嬢のそれである。


 隣でクライドがくつくつと笑っているが、レイナルドとしては彼女の不器用さを知るだけにどうしても心配になってしまう。


「フィーネちゃん、薬草園にいるね」

「ああ」

「その顔。緩みすぎ」

「そういうことを言うな」

「側近として忠告してあげてるんだよ。彼女を守りたいならあまり特別扱いしちゃだめだよ。してもいいけど、バレないようにやんなきゃ」


 クライドのいうことは一理ありすぎる。レイナルドは窓枠にもたれかかると小さく呟いた。


「婚約、か。避けられないとはわかっているが、先のことはあまり考えたくないな。今の俺は彼女の幸せを守ってやれればそれでいいんだが」

「国王陛下はともかくさ、王妃陛下は好きそうだよね。フィーネちゃん」

「……」


 無言でクライドを睨むと、彼は「ごめんて」と茶化しながら両手を上げる。


「とりあえず、そういうことは本人に言いな?」

「ああ、そうする」


 ぴゅう、というクライドの口笛を聞きながらレイナルドは執務机に戻った。


(早く一日を終えて、夕方のアトリエに行きたい)


 そんなことを、考えながら。


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