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47.大切な人(第一章・最終話)

 一週間後。


 お兄様が申請してくださった休暇願の期限を迎えた私は王宮に戻った。


 火事の直後こそ気を失って寝込んでしまったけれど、ポーションを飲んで復活した私の体調に問題はない。ネイトさんにご迷惑をおかけしたことを謝りながら薬草園での一日を終えた私は、夕方のアトリエを訪れた。けれど。


「だ、誰も……いない……」


 そこには、レイナルド様もクライド様もいらっしゃらなかった。きっと執務でお忙しいのだろう。


 夕方だけれど、窓辺にはまだ陽が差していた。


「これぐらいなら、上級ポーションを生成できるわ」


 気を取り直した私は、吟味したフェンネルの葉と数種類の薬草をフラスコに入れて、夜明けの泉から汲んだ水で満たす。加熱用のランプにかけて、ふくふくと泡が上がっていくのを眺める。


 これはいつもの光景。けれど、私にはもうスウィントン魔法伯家のアトリエはない。


 スウィントン魔法伯家のお屋敷は、売却先が決まったということだった。貴族令嬢の趣味にしては度を超えたアトリエが残っていては、特効薬扱いのポーションの出所が明るみに出てしまう可能性がある。


 お兄様と相談した結果、私のアトリエはすぐに壊されることになった。きっと、少し前の私だったら打ちひしがれていたと思う。


 あのアトリエは私が心を落ち着けられる唯一の場所だったのだから。


「あ。魔力を注がなきゃ」


 手もとのフラスコが本格的にぶくぶくと言いながら白い湯気を上げはじめたので、魔力を注ぎ込む。鈍い光を含んだ液体がゆらゆらと揺れた。


「あとはまた火にかけてから、数時間置いて冷やせば完成、ね」


 かつて引きこもり先だったアトリエの取り壊しを承諾した私は、そのまま『フィオナ』としてレイナルド様に手紙を書いた。


 王立アカデミーでのお礼と、ジュリア様・ドロシー様との仲を取り持ってくださったお礼と、何度も時間を作ってくださったことへのお礼。今回は、贈り物の定番である刺繍入りのハンカチは入れなかった。


『フィオナ』は王都を離れたことになっているけれど、ジュリア様やドロシー様との関係は少しずつ前のように戻りつつある。お二人は、王都に来るときは必ず会いましょうと仰ってくださったし、私もお世話になる設定のコートネイ子爵家に友人を交えて訪問する承諾をもらった。


 ……そこまで考えたところで。カチャリと音がして、アトリエの扉が開いた。


「あれ、フィーネ。今日からだったんだね」

「! レイナルド様! お久しぶりです!」

「急な休暇願だったから、ご家族に何かあったのかと思って心配したよ」


 入ってきたのはレイナルド様だった。クライド様はいらっしゃらなくて、今日はお一人のようで。 


 透き通ったアクアマリンの瞳で柔らかく微笑むレイナルド様を見ると、心が温かくなる。たった一週間お会いしていないだけなのに、随分顔を見ていなかったみたいな不思議な感覚。


「ご、ごごごご心配をおかけして申し訳ありません。た……ただ、家の用事で呼ばれただけですので」

「そっか。今日会えるなら、何か夕食を持ってくればよかったな」

「だ……だだだ大丈夫です! そんないつもおいしいものをごちそうになるわけには!」


 慌てて胸の前で手を振ると、レイナルド様はなぜか眩しそうに私を見つめてくる。


「……前から思っていたんだけど、フィーネは所作がすごく綺麗だね」

「そ、そそそうでしょうか……」

「うん。王立アカデミーを出ていないとは言っても、育ちの良さは滲み出るものだから気を付けた方がいい」

「? は、はい……?」


 これまでは言われたことがない類のアドバイスに私は目を見張る。急にこんなことを仰るなんて、レイナルド様はどうなさったのだろう。


「フィーネはよく綺麗な礼をするだろう。この前、錬金術師の工房でも気になっていた。フィーネほどの知識を持つアシスタントは引き上げたいと思う人間が多いはずだ。俺の目が届かないところで誰かに目をつけられないように気をつけるんだよ」

「……はい」


 そういえば、工房には見習いとしてミア様がいらっしゃる。いくら認識阻害ポーションを飲んでいるとはいえ、私が『フィオナ』だと知られてしまったら、ミア様は荒れに荒れるだろう。


 ありがたいアドバイスを噛みしめた私は、レイナルド様の正面に立つ。それを見たレイナルド様は不思議そうに首を傾げた。


「……フィーネ、改まってどうしたの?」


「レ、レイナルド様。あの、私の友人になっていただけませんか」


 私の言葉に、レイナルド様は少し目を細めてから柔らかく微笑んだ。


「友人、か。……フィーネはもうずっと大切な友人だよ。何があっても、俺は、ずっと君の味方」

「……!」


 受け入れてもらえたことにほっとする。


 胸をきゅっとさせるこの優しい響きを、私は『フィオナ』としても聞いた。私は『フィーネ』だから彼の望む存在にはなれない。けれど、友人としてこれからも側にいることを許してほしいと思う。


 レイナルド様は、私に外の世界を見せてくれた、大切な人。





 翌朝の、仕事前に訪れたアトリエ。


 前日に生成した上級ポーションを鑑定したレイナルド様の言葉を聞いた私は、飛び上がって喜んだ。


 その理由は――。




 私は気弱な自分が嫌いだった。 


 けれど好きなものを人に話せるようになって、誰かのために一歩踏み出すことを知った。


 そして、こうしてゆっくりでも自分が進んでいるのだと認められるようになったのは、人から見たらちっぽけかもしれないけれど、私にとっては本当に幸せで大きな変化で。



 レイナルド様が「おめでとう」と微笑んで渡してくださった上級ポーション。朝の光を反射するガラス瓶に入ったそれは、私の手の中でゆらゆらと揺れる。



 はじめてできた『味2』の上級ポーションは、大切に寮の部屋に飾ろう。


 そう思った。




【第一章・完】

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