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40.次こそは言おうと思います

「わ……わわわ私、今度のお出かけではっきりお伝えしようと思います……!」


 薬草園の真ん中。両手を握りしめた私の宣言に、クライド様は琥珀色の瞳を揺らして笑う。


「えーまじで? フィオナはフィーネです、って言うの?」

「そ……そこまでは……あの、フィオナは遠縁を頼って王都を離れるので、もう構わないでいただけますか、って……」

「うわーそれでも強気。フィーネちゃんには無理だよ。俺、100万ベレン賭けてもいい」

「ひゃ、ひゃくまん」


 100万ベレン。それは私のお給金数か月分に相当する。けれど、それも納得だった。私はレイナルド様の優しさに甘えて、何も動いていないのだから。


 ちなみに、クライド様はなぜか私と一緒に草むしりをしてくださっている。レイナルド様の言いつけで来てくださったらしい。


「ミア嬢、こないね? ていうかレイナルド勘よすぎん? フィオナ嬢でもフィーネちゃんでも、お気に入りの子の敵を瞬時に察知するとこがほんとすごいわ」

「て、敵って……あの」


 レイナルド様は、この前の工房での私とミア様のやりとりを聞いて以来、彼女を気にされているようで。けれど、私はフィーネとしてミア様に接する分には怖くなかった。この前のあれも、口調こそ乱暴だったけれど、私のことを考えての言葉だった……ような。


 私にはミア様という人間がよくわからない。『フィオナ』がされたことを考えれば距離を置きたい相手だけれど……。そんなことを考えている私に、クライド様はさらりと聞いてくる。


「そういえば、エイベルは大丈夫なの? フィーネちゃんは」

「! ……だっ……だ、だだだだだだだだだ大丈夫です大丈夫です大丈、」

「あ、大丈夫じゃないんだ。ごめん。レイナルドに言わないでね? そんな顔させたの知られたら怒られるから」


 エイベル様というのは王立アカデミーで私に婚約破棄を言い渡した張本人で。あの場には魅了の効果を持つハーブが使われていたらしいけれど、普段の立ち振る舞いを考えれば、エイベル様はミア様以上に私の『敵』だった。


 私は視線をクライド様から畑に戻して、ふかふかの土から引っこ抜いた雑草を袋に入れる。薬草の香りと土の匂いに、一瞬高まった心臓の音が落ち着いていく。


「でも……あの、エイベル様は領地でお過ごしになっていると伺って。この王宮に勤め始めたころは少し怖かったのですが……いないと思ったら名前を聞いても大丈夫なぐらいには」

「あんな騒動を起こした張本人をマースデン侯も出仕させづらいよね。フィオナ嬢の兄上は大事な妹を自立させるためによく考えたよ、ほんとに」

「お兄様には……本当に感謝しています……」

「……ねえ。今度のデートさ、フィーネちゃんがはっきり言いたいならサポートするよ。もし、いつもみたいにあわあわしてたら話を振ったげよっか? お膳立てされたら、さすがに言えるでしょ」


 それは願ってもない提案で。レイナルド殿下の前に出ると私は上手く話せなくなる。あのとんでもなく甘い声色と視線に固まってしまうのだ。きっと、自分を偽っている罪悪感から来るものに違いなかった。


「ぜひお願いします」と頭を下げてから、私はクライド様に聞いてみる。


「どうしてクライド様はこんなに私に良くしてくださるのですか」

「俺はレイナルドと似てるんだよね、わりと」

「似ている……?」


 少し意外な返答に首を傾げると、クライド様は悪戯っぽく笑って話題を変えた。


「それ、なーに?」

「あ……これは、この前アトリエで作っていた魔石です。水と風、ふたつの属性を持つ」

「レイナルドが純度がなんちゃらって騒いでたやつ?」

「そ、そうです」


 私がこの魔石を取り出したのは、この畑の土が少し乾きすぎているからで。この区画に水を撒くだけなら、レイナルド様に設計図を書いてもらった魔法道具を使う必要はない。きっとこの魔石だけで十分なはずだった。


「この魔石も加工を加えて……個人が持つ魔力次第でさらに強力な効果を発揮できるようになっています。レイナルド様に助言をいただいて改良してみました。魔力量が豊富な王族や貴族が使う場合にはさらに大きな効果を発揮でき、」

「おっけ。わかった」


 私はハッとする。また喋りすぎてしまったみたい。このまま使ったら使用方法から特徴まで全部細かく話してしまいそうだ。さすがにそれは迷惑なのでエプロンのポケットにしまおうとしたところを、苦笑したクライド様に止められた。


「そんなに言うなら、見せて?」

「ど……どうぞ……」

「へー。すっごいきれー。俺にはよくわかんないけど。これって、こうやって使うの?」


 クライド様がそう言った瞬間、魔石がふわりと飛んだ。深い藍色の石が、私たちの頭上に浮く。魔力を流し込んだに違いなかった。


「ク……クライド様、お上手です。スイッチもないのに」

「一応伯爵家の嫡男だからね? これぐらいの魔力操作はできないと……って、すげー」


 そのまま魔石は宙を舞い、生い茂る薬草の上にキラキラと水を撒く。目を輝かせてそれを見守るクライド様に誇らしい気持ちになる。こうして、私が作ったものが誰かを驚かせたり喜ばせているのを見るのはとても楽しい。



 その日、水と風の魔石が気に入ったらしいクライド様は、私の魔石をそのまま持ち帰ってしまった。


 今度アトリエで会ったときに返してもらおう。そう思った。


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