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38.執務室

レイナルドサイドです。

 ――魔法を見たことがある。


 それは、子どもの頃のレイナルドにとって輝くような想い出で、誇りだった。




 暑い季節を快適に過ごすため、避暑地の別邸に滞在していたときのこと。


 レイナルドは湖に落ちた。風に飛ばされた栞を掴み損ねて、そのまま湖面に落下してしまったのだ。


 いつもはうざったく感じるほどの側仕えの者たちに囲まれて暮らしているはずなのに、そのときに限ってどういうわけか一人だった。


 泳ぎは得意だった。しかし、水で重くなった服と靴に動きを狭められ思うように動けない。加えて避暑地の湖の水は想像以上に冷たく、体温が奪われて行く。


 子ども心に「今後は服を着て冷たい湖で泳ぐ練習をするべきだな」と考えながらなんとか浮く方法を模索していると、急に静かだったはずの湖面がせり上がった。


 水の中でもがく足に途轍もないエネルギーを感じた瞬間、湖の水ごと身体がぶわりと浮いた。驚きに目を瞬いた次の瞬間、レイナルドは湖畔の桟橋にいた。ついさっきまで自分が歩いていて、栞を掴むために足を踏み外してしまったその桟橋に。


 自分の身に何が起きたのか、と呆然とするレイナルドの視界には、少し離れた場所に佇む少女の姿が映った。美しいブロンドヘアを風になびかせ、つばの広い帽子をかぶり、白いドレスを着ている。


 表情までは見えなかったが、自分と同じ年頃の少女だということはわかった。そして、レイナルドは自分を助けたのは彼女だと直感した。


 もちろん声をかけようとした。けれど、彼女は慌てた様子で湖を囲む森の奥へと走り去ってしまったのだった。


 子どもだったレイナルドはこの出来事を勝手にこう結論付けた。


 ――あの少女は精霊で、この世界から消えた魔法を使って自分を助けてくれたのだ、と。


 この出来事はレイナルドが魔法や錬金術の研究に没頭していく後押しになった。ここで精霊と出会ったからこそ、今の自分がある。レイナルドはそう思っている。




 それから十年近くが経ち、レイナルドは王立アカデミーでフィオナ・アナスタシア・スウィントンに目を留めた。


 側近兼悪友のクライドには『一目惚れとかかわいいね、王太子殿下?』と揶揄われたが、フィオナを一目見た瞬間、なぜかあの精霊のことを思い出したのがきっかけだった。


 それが一目惚れだと言われてしまえばどうしようもないが、レイナルドは気がつけば目で追ってしまう『フィオナ』という人間に惹かれていった。


 控えめで優しくありながらも凛とした瞳や、友人を大切にする姿。優秀な成績を収めつつも目立とうとしない奥ゆかしさ。


 さらに、スウィントン魔法伯家の出身というところも興味深かった。幼いころ、魔法を司る精霊に助けられた自分には運命のような存在だと思った。


 そして、先日はついに王宮での面会が叶った。アカデミー時代、ほとんど交わすことのなかった会話の機会を手にできて、レイナルドは柄にもなく愉悦に浸った。


(だが……フィオナ嬢を前にすると、フィーネの顔が浮かぶのはなぜだ。碧い瞳を瞬いてパイを食べる姿や、真剣に素材を選ぶ彼女が見たくなる。もっとたくさんの世界を見せてやりたいと思えば、どんどんアトリエに通う頻度が上がっていく)


「何考えてんの? 手が止まってるよ?」


 昼間の執務室。クライドの言葉にレイナルドは頭を振り、何事もなかったかのように手元の書類をトントンとまとめる。


「いや別に」

「最近、フィオナ嬢との面会とかフィーネちゃんとのアトリエでの研究とかに時間を割いて忙しいね?」

「……何が言いたい」


 部屋を空けることは多くなっているが、執務はすべて余裕をもって終わらせている。この先の会話を予想して口の端を歪めると、その通りの答えが返ってくる。


「フィーネちゃんとフィオナ嬢、どちらに惹かれるのも俺から見たら当然のことだと思うけど」


「……前にも言っただろう。フィーネはそういうんじゃない」

「じゃあどういうの? いくら共通の趣味があるって言っても、レイナルドがこんなに一人の女の子に興味を示すなんてないじゃん? しかもあんなにあまーく優しくしちゃってさ。ずっと一緒にいる俺に言わせれば、フィオナ嬢以来だからね?」


 どうしてもフィーネへ特別な感情を抱いていると言わせたいらしいクライドに、レイナルドはため息をついた。


「それよりもクライド。頼んだものはどうした」

「え? 何のこと?」

「フィーネの後ろ盾にあたる、コートネイ子爵家の家系図だ。コートネイ子爵家に入る前のフィーネはどこにいたんだ。あんなに優秀なのに王立アカデミーにも通っていなかったなんておかしいだろう」

「友達なんでしょ? 自分で聞けばいいじゃん」

「それはそうだが」


 口を尖らせると、クライドはプッと笑った。


「レイナルドは俺と違ってとことん一途でかわいいね?」

「意味がわからない。大体にして……クライドこそ、フィーネのことものすごく気に入ってないか?」

「うん。かわいいと思うよ? とっても」

「いやそういう意味じゃなくて」


 じゃあどういう意味? とニコニコ笑うクライドに、レイナルドはまた嘆息し机上の書類に視線を戻す。


 クライドはレイナルドのことをよく知っていると豪語するが、それはレイナルドから見ても同じことだ。そして、側近の表情は不自然なほどにこやかなものの、本心ではないのは明らかで。



 こうなってしまったときのクライドは手強かった。


このお話はレイナルドとフィーネ(フィオナ)のちょっとチートなお仕事と恋のお話です。

次回はまたフィーネ視点に戻ります。

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