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37.魔石の生成とカレリアン・シチュー

 ということで、数日後、私とレイナルド様はアトリエで魔石の生成をすることになった。


「今日、フィーネが作ろうとしている魔石はどんなの?」

「は……はい、あの、水源になる魔石にしようかと」


 大雑把に『魔石の生成』と言っても、求める魔石の働きによって難易度は変わってくる。


 たとえば、レイナルド様が携帯式の浄化装置の動力として生成したアメジストの魔石は特に難しいもの。魔力量が大量に必要になるのはもちろん、もととなる素材や生成の過程も複雑になる。


 レイナルド様は浄化装置用の魔石を改良しようとしているけれど、私は別のものを作ろうと思っていた。それは。


「フィーネ、それ何?」

「ル、ルーンリーザ湖の最深部の水です。この前、城下町に行ったとき買ってきました」


 本当はお兄様に買って届けてもらったのだけれど、それは言わないでおく。


「それを使って水の魔力を湛えた魔石にするんだ?」

「はい。水と……風の両方を操る魔石にしたくて」

「……二つの属性を持たせるのか。難しそうだね、それ。一体何のために生成するの?」

「薬草園でネイトさんが仰っていたんです。雨が降らない時期にも薬草への水やりがしやすくなる魔法道具があればいいのに、って」


 薬草園で育てている草たちは、それぞれで最適な湿度・土壌が違う。植え合わせの相性もあるので、特にデリケートなものは温室内で育てている。けれど、かといって広大な屋外の畑すべての薬草たちが丈夫なわけでもない。


 そのひとつひとつにあった世話をするだけでもなかなか大変で。普段は水やりは必要ないけれど、雨が降らない季節になると仕事が増えてしまう。そんなときに使える魔法道具がほしいということだった。


「そっか。薬草園の一時的な時期のためだけに王宮内の工房に依頼するわけには行かないもんな」

「は……はは、は、はい。そういった道具を作って商品化すれば需要はあると思いますが……問題になるのはやはり魔石で。薬草園に割り振られている予算を考えると、錬金術師ギルドに依頼するよりは自分で作ったほうが早いかなって……」


 今の私にはレイナルド様という味方がいる。


 私が作る特効薬扱いの上級ポーションを生成者不明のまま流通させ、試作段階の携帯型浄化装置を商品化する手筈を整えられる。それでいて、私にとって面倒な問い合わせがくることもない。


 ――すべては、王太子・レイナルド殿下のアトリエで行われたこと。


 その一言だけで、どんなことも秘密にしておけるのだ。このアトリエでレイナルド様と一緒に研究を始めたときの私は、このメリットまで考えていなかった。でもいざいろいろと作りたいものができてくると、本当にありがたいことだと思う。


 だから……私はフィーネ、でいたい。


 フラスコに湖の水を満たし、元となる石を入れる。魔力を込めると液体が淡い水色に輝き始めた。さらにたくさんの魔力を注ぐと、色がどんどん濃くなっていく。


「……まだ魔力を入れるの?」

「は、はい。限界まで魔力で満たします」


 レイナルド様の言葉に頷いた私は、言葉の通り魔力を注ぎ続ける。すると数分でフラスコの表面には泡が現れた。ぶくぶくのそれが見えなくなったころ、湖の水は消え、石だけが残った。深い湖の底のように落ち着いた濃密な青色。


「み、みみみ水を帯びた魔石ができました……」

「鑑定してもいい?」

「も、ももちろんです、どうぞ」


 レイナルド様は私が差し出した魔石を親指と人差し指でつまんで、眺めている。数秒の後、私にキラキラした視線をくれた。


「すごい。純度100だ。混じりけなしの、純粋な魔石」

「じゅ、純度ひゃく……?」

「そう。俺みたいな鑑定スキル持ちだと、魔石の中でもランクが違うのが見えるんだ。もちろん、純度が高いほうがより高い効果を発揮するし正確に動いてくれる」


 そういうものなの……! 


 一人で魔石を生成するときは、失敗か成功のどちらかしかわからなかったので、とても新鮮な気持ちになる。私は研究ノートを取り出して、材料と作業時間と『水を帯びた魔石は純度100』と書き込んだ。


「こ、この後、たくさんの薬草と反応させて風を帯びた魔石にします」

「すると、飛びながら水を発生させられる魔法道具の動力になるのか」

「は、はい。そういうことです。本当は、飛ぶ魔法道具ではなく畑の地面自体に何か仕掛けができればいいのですが、そこまで大掛かりなものは労力と効果が釣り合っていないかと」

「確かにそうだね」

「でっっ……では、早速」


 次の工程に移ろうとしたところで、アトリエの扉が開いた。


「相変わらず、レイナルドとフィーネちゃんは研究の話ばかりしてるんだね? ……あー、こんなに見張る必要もない気がしてきた」


「……クライド、少し早くない?」

「ク、クライド様」


 それはクライド様だった。そういえば、今日はいらっしゃらないなと思っていた。いつもは何としてでもレイナルド様と一緒にこのアトリエにいらっしゃるのに。


「フィーネちゃん、こんばんは。レイナルドに言われたもの、持ってきたよ」


 クライド様はそういうと、手にした大きなバスケットを作業台の上に置く。ふわりとおいしそうな匂いが私の鼻をついて、お腹がぐうと鳴った。


「!」

「フィーネちゃん、お腹すいたよね?」

「そっか。先にご飯にしようか、フィーネ?」


 言い訳ではないけれど、魔石は加工するのにも生成するのにも、どちらにも体力を使う。両手でお腹を押さえ真っ赤になって固まった私は、何も言えずに頷いたのだった。


 


 クライド様が持ってきてくださったのは、大きめの野菜やお肉をとろけるまで煮込んだカレリアン・シチュー。それにマッシュポテトと、木の実のジャムだった。


「盛り付けは俺たちがやるから、フィーネは手を洗っといで」

「はっ……は、はい!」


 レイナルド様の言葉に、『味1』の私が逆らうことはない。このアトリエでの私はサーブされた料理を食べることが仕事のようだった。


 大人しく言われた通りに手を洗って席につくと、シチューのスパイスの香りとマッシュポテトのバターの香りが漂っている。


 シチューをスプーンでひとすくいする。さらりとしたスープに、お肉がほろっと解けた。


「……!」


 お肉が柔らかいしクリーミーなマッシュポテトと相性がよくてとってもおいしい。しかも木の実のジャム! 酸味がアクセントになってる……、と食に興味を示した感想を言う前に、レイナルド様は私のお皿にシチューを継ぎ足し、クライド様もマッシュポテトのお代わりを盛ってくれた。……どうして。


「顔だけでわかった。おいしいんだよね、フィーネ?」

「フィーネちゃんはほんとかわいいね。見てると、もっとたくさん食べさせたくなる」

「あ……あの、こんなに食べきれな、」


 慌ててシチューを飲み込んで遠慮しようとしたけれど。


「この前、三人でおいしいご飯が食べたいって言ってたよね?」

「! ……あ、あ、ありがとうございます……」


 レイナルド様の言葉に、シチューの味をしみじみとかみしめる。そっか。この前、私が伝えた些細なことを覚えてくださっていたんだ。


 うれしさにじーんとする私の前で、レイナルド様とクライド様は「次は何を持ってこようか」「孫におやつをあげるおじいちゃんかよ」と軽口を叩き合っている。


 やっぱりこの時間が好き。


 ほんのりと魔力の気配が残り、カレリアン・シチューのおいしそうな匂いに満ちた温かいアトリエ。私はほのぼのとした時間を楽しんでいた。


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