34.友人たちとの和解①
翌日、私はまたこの前と同じようにスウィントン魔法伯家に戻って身支度を整え『フィオナ』になった。
今日もドレスはクリーム色、髪飾りは地味。けれど、お化粧だけは侍女にお願いした。
王宮に到着し、この前とは違うサロンに案内された私はテーブルにつく。
今日のサロンは二間続きになっていて、壁は淡いペールグリーンだった。しまった調査不足だったと思ったけれど、もう遅かった。
深呼吸して視線を上げると、貴公子然とした澄まし顔のレイナルド様と何やら笑いを堪えているクライド様がいらっしゃる。
どうして……今日も早すぎませんか……!
心の中で抗議の言葉を呑み込むと、レイナルド様が柔らかい微笑みを向けてくる。
「フィオナ嬢、今日は元気そうですね。顔色が良くて安心しました」
「あ……ありがとうございます……」
侍女に頼んでも自分でメイクしても、どちらでも話題を広げてしまうみたい。
ちなみに、前回の薄化粧の理由を察していたらしいクライド様は、サッと顔をレイナルド様とは反対方向に向けた。壁の色を読み間違ったことに加えて、さらに笑われている気がする。
「ジュリア嬢とドロシー嬢はもう少し後に到着すると聞いています。今は楽にしていただいて大丈夫ですよ」
「はっ……はい」
そんなの無理です……!
でも、フィーネとしての生活を守るため、レイナルド様に嫌われたい『フィオナ』だけれど、今日の目的は別のところにある。
ーー王立アカデミーで仲良くしてくださっていたジュリア様とドロシー様の本音が知りたい。
いくら魅了の効果を持つハーブで操られていた可能性があると言っても、一年間も音沙汰がなかったのだ。
もちろん、私が外の世界を怖がって接触を絶っていたせいかもしれないけれど、それでも、本当に嫌われてしまったのではないかと思うと怖くて。
私はお二人のことが大好きだった。私のつまらない話を微笑んで聞いてくださって、ミア様に話しかけたい私を一生懸命に応援してくださる優しいジュリア様とドロシー様のことが。
贅沢な望みなのはわかっているけれど、また友人として仲良くできたら……!
ぷるぷる震えながら待っていると、部屋の時計を横目で見た後、レイナルド様が仰った。
「フィオナ嬢。今から私がする質問は辛いことを思い出させてしまうかもしれませんが」
「い……いいえ。大丈夫ですわ、レイナルド殿下」
「今日、招待しているジュリア嬢とドロシー嬢と疎遠になったきっかけは、王立アカデミーのカフェテリアで起きた事件だけですか」
「……あの」
私は返答に困ってしまう。確かにそれはそうなのだけれど、実はほかにも不思議だなと思うことがあったのだ。
「あの……。実はその少し前にも違和感を持つ出来事がありまして」
「どんなことか伺っても?」
「はっ……はい。何というか……友人だと思っていたのは、私だけだったのかもしれません」
私が気になっている出来事。それは、髪飾りのことだった。
ミア様のお誕生日に、ジュリア様とドロシー様が三人お揃いで贈ったという髪飾り。いつもならそこには私も入っているはずで。それなのに、なぜか仲間外れのような状態になってしまった。
そのことをミア様から知らされたとき、お誕生日を祝う言葉を贈る私の唇は少し震えていた記憶がある。
私にとって、皆は等しく大切な友人だったはずなのに、彼女たちにとっては私一人が対等ではなかったのが寂しかった。
一連の出来事についてかいつまんで話した私は、頬を染めた。
「い、今お話ししたのは本当に個人的なことで……こんな風に考える私自体が卑しいのです、」
その瞬間、バタンと音を立てて廊下側ではないほうの扉が開いた。
「それは違いますわ!」
「フィオナ様……本当にごめんなさい!」
いきなりサロンの扉が開いて、乗り込んできたのは一年ぶりに会う友人――ジュリア様とドロシー様、だった。
ど、どういうこと……。
呆気に取られてただ目を瞬くしかできない私の代わりに、レイナルド様が立ち上がる。
「ジュリア嬢、ドロシー嬢。今のフィオナ嬢の話とあなたたちが知っていることで、食い違いがあれば説明を」
「はい、レイナルド殿下。あの髪飾りですが、たしかに私たちはフィオナ様の分もお揃いで作ったのです。私が懇意にしている商会を経由し、職人に作っていただきました。ですから、髪飾りは確かに4つあったのです」
最初に口を開いたのはジュリア様で。いつも私の話に優しく相槌を打ってくれていた懐かしい声に、泣きたくなる。それに、ドロシー様が続く。
「ジュリア様の仰る通り、確かに髪飾りは私たちとフィオナ様、ミア様の分がありました。ミア様にお誕生日をお祝いする言葉をお伝えしたところ、フィオナ様の分はご自分がお渡しすると言い出されて……」
ドロシー様の言葉に、私は息を呑んだ。つまり、私の髪飾りはミア様がどこかにやってしまったということ。そんな。
「……ミア嬢はわざとフィオナ嬢に髪飾りを渡さなかった可能性があるということか」
「うっわ。ご令嬢方ってほんとに面倒くさいことやってるね?」
「クライドは黙ってろ。お前はその面倒を引き起こすきっかけになる側の人間だろう」
「え? みんなを等しく愛するタイプだよ俺は?」
レイナルド様とクライド様の会話を聞きながら、私は恐る恐るジュリア様とドロシー様に向き直る。
一年ぶりに会うお二人は、私の記憶にあるものよりも少しだけ大人びている気がした。
長編になる予定なので、連載にお付き合いいただけるとうれしいです。